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庶民感覚

今日もはじまり、はじまり


 遡って昨夜。

 町長宅での夕食会を終えて二人づつあてがわれた寝室に引っ込んだアレックス達が寝静まって、ワッジは一人ベッドに腰かけていた。

 横のベッドには弟分のザッカーが、まったく音を立てずに眠っている。

 大きな体と普段の下っ端口調に似合わず、この舎弟は必要のない時は徹底的にエネルギーを使わない。

 乗り合い馬車での移動中も、腰や背中が突っ張ってあちこち体の向きを変えて他の客に荷物をぶつけていた自分と違い、折り目正しく席に収まっていたのである。


 (育ちの違いってやつかねぇ……)


 王都を出てまだ一週間にもならないのに、弟分と出会った路地裏が懐かしく思えてくる。

 まだ2年にはならないだろう、危なっかしい稼業もそろそろ嫌気がさしてきていたワッジが何とは無しに飲み歩いていた蒸し暑い夜、ふと目をやった路地に倒れていたのがザッカーであった。

 上等の仕立物で出来た服に乱れはなく、酔いつぶれたのか仰向けになって寝息を立てている大男に、ワッジは特に何の感慨も浮かばなかった。

 治安の良い王都でも後ろ暗い連中は掃いて捨てるほどいるし、お上の目の届かない場所が無いわけではない。

 人の多い大通りでもなければ酔っ払いなど幾らでも倒れているのが当たり前なのだ。


 「行き倒れなら財布はいらねぇな、っと!!」


 近寄って屈みこんだワッジが大男の懐に手を伸ばそうとしたその時、辺りを囲まれている気配に気付き、緊張が酔いを一気に吹き飛ばした。

 毛穴から酒気が抜け、引き締まった頭の芯が魔法を汲みだして手先に炎が現れる。


 「魔法使いか。破落戸のくせに大したものだ。 その男をこちらに寄越せ、さもないと……」 

 「あっちいぃ!!」

 

 闇から響いてきた声が言い終わらないうちに、ワッジの手から炎が懐に燃え移り大男が飛び起きた。

 

 「服が燃えてる!!何で!? あち、あっちいい!!」

 「くそっ!! 目が覚めたか!! ほぼ致死量の眠り薬だったのだぞ、坊っちゃんはやはり化け物だ!!」


 路地をゴロゴロと転げまわって火を消す男に、周囲を取り囲んだ気配が闇の中へ消えてゆく。

 後に残されたワッジは両手に炎を構えたまま、暗い路地を明るく照らしていた。


 火傷のあとを気の毒に思い、適当に介抱したのが何の因果か懐かれてしまい、魔法使いに憧れているというザッカーに初歩的な手解きをしているうちに、気が付けば兄弟分として行動するのに時間はかからなかった。

 後になってザッカーから、あの時の気配は自分を実家に連れもどそうとした家のものであると聞いて、実はいい所の育ちだったのかと表には出さずに大層びっくりしたのだが、弟分の前で大げさに驚くのも何となく癪に障るので、ただ頷いて話を打ち切ったのだった。


 


 「あのガキが立てた作戦とやらに、てめぇが異を唱えなかったって事はそうなんだろうな」


 ほとんど死んだように動かないザッカーは、腹の上で組んだ手が呼吸で上下するのみ。

 食事の場でアレックスが提案したのは、ワッジ、ザッカー、モニカが旅行者を装って街道を馬車で進み、山賊が現れたらアレックスの入った金箱を残して逃げだし、アジトまで追跡するというものであった。

 山賊のアジトまで金箱を運ばせたら勇神を召喚し、総崩れになった連中を今度はこっちが包囲して捕縛する、敵の魔法使いにはモニカが対処するというので、ワッジとザッカーは囮として演技して欲しいと頼まれたのだ。


 あの少年はいつもそうだ。

 蟹の時も、猛牛の時も、自分たちの正面に生身で立ちふさがった。

 自分自身を一番危険なところに置いて、危険を憚ることがない。


 「気持ち悪ぃな、そういうのはよ……」


 貴族だからか、王族だからか、まだ10やそこらに見える子供がそんな選択肢を自分で選ぶなどまともではない。

 勇神があるからと言って、そんな行為を子供にさせる周りの大人たちもどうかしている。

 自分が子供の時はどうだったか、そんな昔の事はもう忘れたが、田舎ものだろうと王子だろうと命は一つだ。

 危ない橋を渡るのが少年でなければならない理由などない。


 それなのに町長も、町の人間も、アレックス自身さえ、山賊に対処する事に疑問を持たず明日朝を迎えようとしている。

 

 「ほんっと、気持ち悪いぜ……」


 壁に掛けられた、翌朝の作戦に着る御者の服を月明かりに眺めて、ワッジはやっとベッドに横になった。

 みしりと音を立てて伸びる背骨が、ようやく頭の重みから解放されてジワリと平面に広がった。

 

今日はここまで

お読みいただきありがとうございました。


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