成り行き
今日もはじまり、はじまり
りんりんと虫の声が聞こえだした外はまだ涼しくなってはおらず、生ぬるい風が吹いてくる窓のカーテンが動くのに合わせて部屋の明かりも揺れる。
野菜のスープを匙で掬っては皿にもどし、町長の話を聞いていたアレックスと元強盗たちは山賊について全く有効な情報を得られず、その対策会議は停滞していた。
「相手の強さも装備もわからないまま、今夜山狩りをしようとしたのはなぜなんでヤンスか?」
テーブルの端で芋を食んでいたザッカーが、次の芋に手を伸ばしながら尋ねる。
「はあ、お恥ずかしながらそれは多分に私情が絡んでおりまして……。 手前事で申し訳ない事でありますが私の息子夫婦が隣の家に住んでおりまして、その嫁が後数日でお産を控えて、この先の実家に帰っておるのです」
禿頭に手をやってはにかみながら、老人は心配半分、嬉しさ半分の複雑な顔をする。
「人造湖のそばの村の出身の娘でしてな、こう言っては何ですが息子には勿体ない程良くできた嫁で。この町の世話役をしている息子より街の者に慕われている所さえあります。 私は家内を早くに亡くしまして、今度生まれる孫が初めての子になりますのでな、街の者が通行の回復を急ごうとしてくれておったのです。 ワシとしては街と宿場にいらっしゃるお客様の安全が第一ではありますが、街の者の気持ちがありがたく今夜の騒ぎに至ったと」
町長として情けない事です。と老人は丸い背中を更に丸めてかしこまってしまった。
「町長さんは街の皆さんに慕われているのですね。 それにしても山賊どうしようかなぁ……」
アレックスは匙を置いて老人の話に聞き入っていたが、腕組みをしてうんうんと頭をひねった。
王都の屋敷で家族と離れて暮らすアレックスは、こういう展開に弱いのである。
王城に行けばいつでも会えるとはいえ、守護神の半身というデリケートな立場上入り浸る訳にもいかず、何処か遠慮がちに育ってしまった彼は心の内に、誰よりも家族を求めているのを表に出さずにいる。
「その息子さんは何処にいるんですかい? 隣の家に明かりも点いてねぇみたいですが」
「集会のあと徒党を組んで勝手に行動する者がいないか、街の顔役たちと協力して見回っております。人数が人数でしたから、気が大きくなって騒ぎを起こす者が出れば宿泊中のお客様に迷惑がかかりますでな」
「そうなんでヤンスか、先走って山賊退治に行ったかと思ったでヤンス」
「まさか、それほど落ち着きのない歳ではありません。宿場の仕事をしっかりやるのが嫁の為だと、最後まで今夜の集会を止めようとしたやつですから大丈夫でしょう。もうじき戻ってくる頃ではないかと思います」
外を眺めて町長がそう言い終わるかしないうちに、隣家に明かりが灯る。
顔くらい出せば良いものをとぼやく老人の目が、寂しそうに細められた。
「山賊が奪うのはお金と食料なんですよね?他の品に手を付けないのは何故なんでしょうか?」
思案がまとまらない主人の代わりに、モニカが町長に話を振って山賊の話題にもどす。
「そりゃぁ売り払う伝手が無い連中だからじゃねぇですかい。現れたのがここ数日ってんですから、この街道に腰を据えるかまだ決めてねぇンでしょう。引き払うつもりが僅かでもあれば身軽でいたいのが人情ってもんだ」
「なるほどでヤンス」
荒くれ者であった過去の経験から山賊の心情を推察して見せたワッジに、テーブルに就いていた者達が感心する。
目立つつもりは無かったワッジだったが、この場で何も発言しないのはむしろ不自然だと考え、今はさっさと山賊を片付けてこの町を後にする方向に考えを改めていた。
顔がバレていないとはっきりわかると、人は時として思いもよらず大胆になるものである。
「俺が思うに連中は流れのヤツか傭兵崩れじゃねえですかね。今のところ殺しをしねえのは大事になるのを避けてるだけで、こういう連中は実入りが少なくなると近隣まで降りてきて荒稼ぎをして高飛びするんで、手を打つなら早ぇほうがいい」
カタギを装ったバンダナの下で、鋭い眼光を光らせる中年男。
山鳥の焼き物を自分の方に引き寄せて、片足を切り取ると粗野に噛みついて咀嚼するさまは彼自身がまるで山賊のよう。
「それは困ります!!宿場街に被害が及ぶのは論外ですが、隣村には嫁と初孫があるのです。 何とか奴らを排除できないものですか……」
遂に頭を抱えてしまったエドモンドに、アレックスはやっと腕組みを解くとはっしと手を打った。
「山賊を一気に捕まえてしまう、良い考えがあります」
朝早く宿場街を抜ける街道を、早足で駆けて行く一台の馬車があった。
黒塗りの立派な意匠の車体はがっしりとした二頭の白馬に牽かれて、土肌の露出した路を跳ねながら進む。
平地からゆるい坂道に変わる街道は次第に幅を細くして行き、山間に差しかかると両側には森や斜面が多くなる。
大河に注ぐ流れも角度を増して路と併走するのを諦め、街道と交差してたまに見える川面は凹凸のある岩や、砂利をたたえた州が見られるようになった。
木々の間から差す日の光が次第に真上へと移動してゆき、名残惜しい涼しい時間が終わりを迎えようとする頃に馬車は一際狭い隘路に差しかかった。
「王子さまがた、そろそろ怪しい所に来ましたぜ」
昨日とはうってかわって、素封家の下男のような動き易くも上品な格好をした中年男、ワッジが馬車の中に声をかける。
ひっそりとした山の腹の中にあって、木々の影で薄暗くなった路はいかにも襲撃して下さいと言わんばかりに曲がりくねり、馬を返す幅さえ怪しい程の狭さになった。
「!!」
とっさの判断で手綱を引いて、馬を止めたワッジの視線の先に、木の上から氷の矢が降り注いだ!!
今日はここまで
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