大橋のほとり
今日もはじまり、はじまり
「じゃあ、ここからは別行動ね。あんた達のゴーレムは先に出発してるから、乗り合い馬車で行けばちょうど現地で合流出来るはずよ」
まだ暑くなりきらない午前中の、商業都市ゴサロ市の中心部。
大河にかかる大橋の側で大きな帽子を被った美人顔の女が二人の男にチケットを渡す。
旅荷物をキャリーケースにまとめ、青みがかった髪を編んで縛ったアザレア博士は、大河が反射する光を避けて街路樹の影に立っていた。
「手回しの良いことで、さすがは姐御だ。昨日の騒ぎで街道が封鎖された時はどうなるかと思ったが、輸送便の再開が早まるのを予想してたんですかい?」
「王都から脱出したのに捕まるかと思ってヒヤヒヤしたでヤンス」
薄毛の細身中年と金髪マッチョの大男が、馬車の乗車券を受け取って懐にしまう。
こちらは大きな荷物を背負った旅商人と、その護衛の傭兵と言った格好である。
「王都方面の街道にドラゴンが出たって話?近くにいたなら観察したかったけどね。ゴサロ市で流通が止まると北部は塩の自給が出来ないでしょ、安全確認が済んだら真っ先に動かすルートを読む位はするわよ。これでも商人なんだから」
帽子の下で手帳をめくりながら、何やら書き込む博士。
忙しい早朝の混雑が落ち着いた時間にも行き交う荷馬車は多く、交通の要衝である大橋は旅人と馬車とで休む暇無く踏まれ続けている。
その様子をぼんやり眺めていたワッジは、かつて自分がこの橋を渡って王都に来たときの事を思い出して、三十年の人生を振り返り感傷に浸ってしまった。
(河を遡上する定期便にこっそり乗って王都で降りるはずが、初めて呑む酒に潰れて乗り過ごしちまったんだ……)
船倉で隠れていた所を見つかって、騎士団に入るから出世払いで船賃を払うと豪語した若き日のワッジを、船乗り達は良く可愛がってくれた。
生まれ育った村を飛び出して都会で一旗上げようとする者など珍しくもないだろうに、何処を気に入られたのか、数日の船旅の間に帆の操作、風の読み方、釣りの仕掛けなどを入れ替わり立ち替わり教えてくれたものだ。
いよいよ王都に入る前夜、皆が開いてくれた宴会で船長が開けた蒸留酒を一息に呑んで意識を失ったのが運の尽き、目が覚めたのは上流のゴサロ市に停泊している所であった。
とうとうその年の入団試験には間に合わず、翌年まで日雇いなどして王都に居座ったものの、次の入団試験で対戦した、いかにも騎士の子息然とした若武者に痩せ狼のような田舎者が勝てる筈が無く、夢破れたワッジは頼みの魔法の業で用心棒などしながら、社会の闇に呑まれて行ったのである。
あのとき王都で降りていたらと、薄くなった頭を覆うバンダナの結び目に手をやって、年を取ったものだと自分を笑う。
時々膝が痛むし、なんだか肩も上がりにくくなってきた気がする。
昔を思い出すのは弱気になっているからだと、いつかの船乗りが教えてくれたのではなかったか。
いや、行きつけの飲み屋の親父だったかもしれない。
(記憶力も年を取るのかねぇ……)
しかし今はあのとき王都に旅立った少年の気持ちのまま、勇神を倒すという目標に向かって生きる活力がある。
若い時代を浪費して、積み上げる事をしなかった自分にも、これほどの情熱が眠っていたのだと嬉しくなる。
どんな形でも人生には目標が必要だと最近になって実感した男は、下流から大橋の下をくぐり行く船が、時間の流れに逆らう自分のように思えてしまった。
「アニキ!」
「聞いてんのあんた?ほら、何かあった時の連絡先よ。緊急時は私の商会に駆け込んでもいいけど、普段はこっちに頼むわよ」
手帳のページを破って目の前に突きだして、アザレア博士がワッジの顔を覗き込む。
隣では弟分が心配そうにして、大きな体をかがめている。
「あ、へい。ちょっと気が抜けてやした、申し訳ねぇです」
博士の差し出した紙切れをつまみ、現実に戻って来るワッジ。
「まだ休み足りなかったかしら?魔法使いってデリケートなのね」
「朝飯を食わなかったからでヤンスかね。アニキ最近胃も弱ってきたんじゃないでヤンスか?」
「考え事をしてただけだ、問題ねぇよ」
勝手な事を言って心配してくる二人にそう言って荷物を背負い直すと、紙を仕舞って姿勢を正す。
「姐御の表の商売に迷惑はかけやせん。ちゃんと遺物を持って帰って来まさぁ」
「休んだ分は働くでヤンス」
少しづつ暑くなる街の、街路樹の影も日が高くなるにつれてだんだん狭くなってきた。
「それじゃ頑張って。私は馬車の時間があるからもう行くわ」
日陰に体が入らなくなってきて、そわそわとしていたアザレア博士は元強盗二人にそう言うと、キャリーケースを引っ張って人混みの中へ消えていった。
「お気を付けて」
「でヤンス」
軽く頭を下げて上司の背中を見送って、ワッジとザッカーが逆の方向へ歩き出す。
旅商人の格好をしている大きな荷物が行き交う人混みに当たって、時々左右に揺れた。
「何でおめえの方が荷物少ねえんだ、年考えたら逆じゃねえか」
「夏に鎧着てるほうがキツいと思うでヤンス」
ずっと日向に立っていた弟分が珍しくふらふらしながら後ろをついてくる。
「俺らの馬車は昼からだったな、どこか日陰で冷たいもんでも飲むか……」
汗に滲んだ顔の眉毛を上げて、男二人は飲食店の並ぶ通りを目指して昼前の路を行く。
今日はここまで。
お読みいただきありがとうございました。




