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人とドラゴン

今日もはじまり、はじまり


 「よしよし、お辛かったでしょう。 貴女のお悩みはこのモニカさんがばっちり解決して差し上げますから、先ずは泣き止んで下さいよう」


 翠星王ミストラルの巨大な瞳に我が身を映して、優しく顔を撫でるモニカ。

 涙の跡をタオル拭いては絞り、戦いでついた汚れを落としてなだめる。


 「ううっ、ぐすん。 貴様はやさしいのう人間よ……」


 巨大な爪の生えた前脚の指で目の下をぬぐいながら、ようやく顔を上げた翠星王は、まだ少しおびえた様子でアレックスに向き直った。

 片方の翼で大勇神を横から小突きつつ、充血した瞳で少年を見る。


 「わらわと此奴の関係は話した通りじゃ、ちっこい方の人間よ。 400年前の恥と笑わば笑え、此奴がこの体になってより幾度も相まみえ、戦ってきたが決着のつくことはなかった。 今日もたまたま顔を会わせただけじゃったものが、このような事態になったのはひとえに妾の不徳のいたす所。どうか許されよ、あい済まなかった」


 真摯に目を伏せ謝罪するドラゴン。

 その隣では大勇神がむくれた様子で片手を上げ続けていた。


 「この始末は後で考えるとして、事情はわかりました。 そのエクスと言うのは勇神様の事だったんですね、ボクが知る生前の御名前とも違うみたいですが……」


 高い位置にあるドラゴンと大勇神の顔に向かって、アレックスが頚をかしげる。

 

 「王子、そろそろ勇神様のお話を聞いて差し上げたらどうでしょう? 恋の行き違いは両方の意見を聞くことから解決に向かうものですよう」


 楽しそうに少年の袖を引いて、待ちきれなくなったモニカが急かす。


 「そうだね、じゃあ勇神様、発言を許可します、どうぞ」


 『誤解じゃぞアレックス!!』


 まだ冷たい視線を向ける少年に促されて、ようやく口を開いた大勇神が身を乗り出して弁解を語る。


 『儂は詐欺など働いてはおらぬ!!この体を建造するためのアーティファクトを分けて貰うよう、協力を頼んだのがこの翠星王なのじゃ。 ドラゴンは力ある遺物や宝石をため込んでおるからの、足繁く通って頼み込んだのは事実じゃが、誓って騙した訳ではない!!』


 「奥さんがおありなのに、お泊まりなさったのはどうなんですか? モニカはとっても気になりますよう」


 にやけた口元を手で隠して、大勇神を見上げるモニカ。


 『翠星王の住み処は聖国の霊峰にあるのじゃぞ、日帰りで行ける訳がなかろうが! まだ儂もこの姿ではなかったのじゃ、吹雪に遭えば一晩軒を借りる事もあったであろう。じゃが、やましいことはしておらん!!』


 「エクス貴様っ……!!」

 

 黙って隣で聞いていた翠星王が牙を剥きだして怒る。


 「まあまあドラゴンさん、落ち着いて最後まで聞きましょう。 男には男の言い分があるってものですよう。 ささ、勇神様、続きをどうぞ!」


 『今日はやけにぐいぐい来るではないか娘よ。儂としては何故このドラゴンが怒っているのか皆目解らぬ。ある日霊峰を追い出されるまでは無二の友だと思っておったのに、突然の変わりようはいまわの際まで儂の心残りじゃった。 後は会う度に今日の様な感じでのう、理由を聞いたのも初めてじゃ』


 「っきゃー!!ドラゴンさん!! 勇神様は最期まで貴女の事を考えてらっしゃったんですって!! どうです!?」


 「いやん、そこまで妾の事を……ポッ」


 胸の前で両手のひらを合わせ、クネクネと左右に揺れながら、肘で翠星王の脚をつつくモニカ。

 翠のドラゴンは前脚の指先を顔の前でもじもじさせながら、真っ赤になって俯いていたが、はっと顔を上げて大勇神に食ってかかった。


 「いいや騙されんぞ!! 妾は貴様とのつがいの約定を守って歪みと戦い、これまで人界を守護してきたのじゃ!! 貴様が無責任な言動を続けるならば、守護聖獣など止めてやる!!妾はまた一個の魔獣に戻って世界を焼き尽くしてくれるからそう思え!!」


 何かとんでもない事を言い出した翠星王が大きく翼を広げて威嚇する!!

 腕を組んで三者のやりとりを聞いていたアレックスは、ドラゴンと勇神の双方の供述に嘘のないことを感じ取って、大勇神に尋ねた。


 「勇神様が初代様だった時のお名前は、フィーバ・ダグムだと伝わっていますが、エクスと言うのは何処から出てきたのでしょうか?」


 『それは儂の名の一部じゃな、少し長いがエクスフィブラダグムンドが儂の本名じゃ。 途中で区切って姓と名に分けて使っていたが、今はそう伝わっておるか。エクスは生前の近しいものだけが使う愛称であった』


 「翠星王さま、貴女が勇神様の事をエクスと呼ぶのは何故です?」


 「そやつがそう呼ぶ様にと言ったからじゃ。人界を守護し、共に歪みと戦う約定を結んだ時に互いの名を交換して誓ったのじゃ」


 「ドラゴン同士で同じように誓いを立てたら、それは婚姻の証になるのでしょうか?」


 「そうである。オスがメスの所に通い名を明かし、メスがオスの決めた誓いに同意して終生の愛を約束するのじゃ。此奴は既婚者でありながら、妾をたぶらかした詐欺師じゃと、やっとわかってくれたか!!」


 正座したままの大勇神を指さして、勝ち誇った様に尻尾を揺らす翠星王。

 足下にいたモニカとアレックスは、互いの顔を見合ってようやく事の真相を飲み込んだ。


 「ドラゴンさんには悪いですが、人間の世界ではそれだけで結婚したことにはならないんですよう」


 大きく手を広げて、モニカがドラゴンを説得にかかる。

 

 「何と!!」


 「ドラゴンさんの言うつがいになるには、もっと凄い事をする必要があるんです。同じ家で寝るだけでは足りません!!」


 「すっす凄いことじゃと!?」


 「あたしと王子は同じ部屋に寝ていますが、まだつがいではありません!! たまに王子がベッドの中に入るよう誘ってきますが、こんなのまだまだ序の口です!!」


 「モニカが床に寝てるからでしょ……」


 額を押さえて、アレックスが赤くなる。


 「ななな何とハレンチな!! いやしかし人間たち、貴様らはメス同士ではないか、どっちも生っ白くてぷにぷにしておるぞ」


 「ドラゴンさんはゴツゴツトゲトゲしてるのにメスじゃないですか! あたしがメスで王子がオスです!!」


 『若い娘がオスとかメスとか、もうちょっと言い方があろうに……』


 「勇神様は黙ってて下さい!!ここからは女同士のターンです!! ドラゴンさん、あたしは王子の為なら誓いなんか立てなくっても何だって出来ますし、隠し事なんかありません!! 互いの名前どころか王子の尻のほくろの位置と数でさえ知っているのです!!」


 「尻ををををを!?」


 「わあああああ!!モニカ!? ストップ!!」 

 

 『娘!!聞き捨てならんぞ!!いつ見た!!』


 アレックスが真っ赤になって飛びつこうとするのを踊る様に躱して、大勇神に答えるモニカ!

 

 「この間庭でお着替えをご一緒した時に!! ご安心下さい勇神様、まだ王子は未経験の清い体でいらっしゃいます!! さあ、ドラゴンさん、貴女は400年前勇神様と、これ程の体験をなさいましたか!? 人がつがいになるには、これでもまだまだ足りないのですよう!!」 


 「恐るべし人間……  きゅゥ」

 

 夏の晴天の下で、モニカの声はドラゴンのハートを打ち抜いて真っ白に焼き尽くし、完全にノックアウトした。



 「ではこの400年、妾は勘違いで一人相撲を取っておっただけじゃったというのか、うう……、恥ずかしくて死にたくなってきた……」


 地面に爪でのの字を書きながら、翠星王がべそをかく。

 戦いの熱でガラス状になって冷えた地面は、鋭角の爪にこすられてきぃきぃと音を立てた。


 『これ娘よ、この一件仕切ると申しておったじゃろうに、翠星王がショックを受けただけではないか。儂にも責任があるとは言え、これはちと気の毒過ぎる』


 耳の辺りを押さえ、正座したままの大勇神がモニカを見る。

 同じく耳を押さえて鳥肌の立つ音を防いでいた少女は白い歯を見せて親指を立てると、大勇神の顔を見上げた。


 「ご安心下さい勇神様!! 上げて落とす、落として上げるは交渉事の基本だと、ヤマガタさんから教わったばかりのモニカに隙はありません!! ……所で、今勇神様はご自分にも責任がおありだと仰いましたね?」


 『然り。ドラゴンのしきたりを知らぬまま、人界の守護を頼んだ儂にも落ち度があろう』


 「そこなんですよね、今からそんなの無しって言っても、ドラゴンさんはもう押しも押されぬ聖国の守護聖獣でいらっしゃいますし、勇神様もそのお体をバラバラにして、宝物をお返しするという訳にもいきません」


 『むぅ……』


 「もう良い優しい方の人間よ、妾が此奴に奪われた時間も財産も諦めて、泣き寝入りすれば済む事である。と言うかここに埋まる」


 爪で引っ掻いていた地面に穴を掘って、頭を半分隠した翠星王がくぐもった声を出した。

 

 「待って待ってドラゴンさん! 解決するのはここからなんですよう。 お二方の問題を一挙に片付けるモニカの名案がこちら!!」


 もうあんたらくっついちゃいなよ!! です!!!!

 

今日はここまで。

お読みいただきありがとうございました。

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