川岸の魔獣
今日もはじまり、はじまり
勇神がこの国の守護神と呼ばれるようになった理由は、その絶大な戦闘能力だけに由来するものではない。
この王国を興した初代国王が身罷る時に、我が身を模した巨大な神像を建造し、自らの魂を移して子孫達の守りとなったと伝説に残る勇神の、神としてのもう一つの能力こそ魂の感知と吸収。
王国に存在する人間の魂の位置と強さを感知して把握し、肉体を失ってさまよう者を自らの内に招く事で、勇神はこの王国の全てを知る歴史書となったのである。
むろん全ての魂が勇神と同化する訳では無いが、国のため、知識や技術を追求するため、愛する者のためにもう少しだけ現世に留まろうとするもの達の思いを勇神は受け止めて400年の間守護神として稼働してきたのだ。
その中には剣と拳に男をかけて、いくさに生きた勇士がいた。
魔獣を寄せ付けない建築に一生を捧げた知恵者がいた。
隅々まで国内を巡り、人々の病と闘った医者がいた。
たった一人で命を燃やし、ドラゴンから村を守った魔法使いがいた。
森を開拓し田畑を耕し子をなして、大地に帰った農民がいた。
大河を下り海に出て、大冒険を繰り広げたものたちがいた。
愚直に忠義を貫き、主君の盾となって果てた夫婦がいた。
あまたの者達が勇神の魂に同化して、村を、畑を、我が子らを守れと叫ぶ。
そのためなら記憶も、技術も、知識も何もかもを差し出して、くにを守る礎にならんと死者達が叫ぶ。
巨体を通して木霊する祖霊達の声は、勇神の背負う呪いであり、神たる所以であり、王国を支える確かな福音であった。
『口は災いの元とはよく言ったものよ、アレックス、魔獣じゃ』
アレックスの馬車からそう遠くない位置で、魔獣に襲われた者の叫びを感知した勇神が知らせる。
『水棲魔獣の一群が荷駄隊を襲っておるようじゃ、早う儂を呼べ、ブレイブキャリッジもじゃ!!』
腕輪から切迫した勇神の声がかかる。
アレックスは馬車から飛び降りると、街道の先で暴れる馬と逃げ惑う人々の群れに、次々と襲いかかるワニのような魔獣の一団を見つけた。
大蜥蜴のような鱗と甲殻を纏った体にやや小さい頭のついた、地を這う魔獣の手足には鋭い爪と水かきがあり、二、三頭で協力して荷馬車の馬を大河に引きずり込もうと暴れている。
その大きさは尻尾の長さまで含めると一頭一頭が勇神とほぼ同じほど、未だ背中だけを水面に出して川岸から街道に上陸しようとしているものもざっと20ほど見て取れた。
馬主達が捨てて逃げた車に括られて、動きの止まった馬たちが今は襲われているが、後続の魔獣は間違いなく逃げ惑う人を食らうべくして大河の岸を這い上がるつもりであろう。
事態の急を飲み込んだアレックスは、左手の腕輪を大きく掲げて叫んだ。
「勇神召喚!! ロイヤル・フォーメーション!!」
昼の日差しよりまばゆい召喚魔法陣が街道に出現する。
赤が、青が、黄色の光が渦を巻き、少年の立つ地面から巨大な頭が、肩が、胴体が昇り来る!!
アレックスの馬車より後ろに続いていた者達が揃って馬を止め、麦畑と大河の間に大地から生えるようにして出現した巨神を見上げた。
がっしりとした手足に逆三角形のボディ 胸には交差する剣を背後に獅子と鷲をあしらった王家の紋章
赤いラインに縁取られた、滑らかな曲線が描く白磁の装甲の間からは青白い魔法光を放ち、力強く優美にも感じられる甲冑のようないでたち
鶏冠のついた兜のような頭部は揺らめく炎を燃やし、アレックスと合身した勇神は膝を曲げると大きく前方に跳躍した。
天空に空いたもう一つの光の門から出現した四頭立ての装甲馬車に向かって、足下の召喚魔法陣を蹴り砕きながら逆向きの流星の如く天に舞う。
『「とうぁ!!」』
天空から大地に駆け下るようにして機械馬の鼻先を下に向けた装甲馬車は、勇神との合流地点に合わせて変形を開始する。
先頭の二頭は両翼に移動し、馬の前半分が巨大な肩鎧に、後ろ半分が背中側でブースターとなるように腕を下ろしてくの字に曲がり、車輪の変形した盾を装着して、装甲車を胴体とした上半身の両腕として接続する。
二列目の機械馬は頚を引っ込め足を曲げ、畳んだ前足と鼻先で踵とつま先を形成すると、こちらも巨大な下腿部に変形し、折り畳みナイフのように大腿部を出現させ、各々装甲馬車と一体となって下半身となった!
胸の装甲が展開し巨大な兜が射出されると、勇神がマリオネットを着込むようにその中へ収まり、頭だけ出した所に兜ががっちりと嵌まり、鬼神の如きマスクが勇神の顔を覆う。
各部の装甲が閉まり、超巨大人型戦闘ゴーレムとなった大勇神の関節からサーチライトのように魔法光が吹き荒れ、両の拳を打ち付けて大地に落着する!!
『「大・勇・神・参・上おォォ!!」』
ドゴオォォォン!!
今まさに哀れな荷馬を水中に引きずり込まんとしていた大蜥蜴の数匹が、川岸に突如落下してきた大質量の衝撃に吹き飛ばされ、めくれ上がる地面と一緒に大河の水面に叩き返されて、派手な水柱を上げる。
閃光と共に上空から出現した巨神が、魔獣の群れと街道との間に立ちふさがるように騒動の中心を狙って飛び込んだのだ。
シャアアアアア!!
優勢に進めていた狩りの時間に水を差され、大勇神に怒りの声を上げて威嚇する大蜥蜴の群団。
続々と川岸に這い上がり来る数はおよそ40頭!!
そのどれもが敵意に満ちて、ぬめり這い回りながら大勇神を包囲してゆく。
黒みがかった緑色の甲殻が並んだ川岸は、呼吸で上下するアスファルトを敷き詰めたかの如く、野生の殺気に充ち満ちていた。
ギュウウウン
立て膝の姿勢で落下したままだった大勇神が動き出す。
関節からは青白い魔法光を吹き出し、後頭部まで伸びた金の二本角のある赤い兜の頭部が周囲を見回すと、手近にいた大蜥蜴の一頭を手の平に掬い上げて立ち上がりざま、肩より高い位置から大河に向かって、パイ投げのように叩き込んだ!!
哀れ背中から水面に激突した大蜥蜴は、パアンと水柱を上げて見えなくなった。
『「今の一匹は警告だ!!街道を騒がす魔獣ども!!これより先に上がるなら大勇神と!アレックス第三王子が相手だ!!」』
今日はここまで。
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