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王都郊外

今日もはじまり、はじまり


 決闘の日から数日後、旅装束のアレックスとモニカは馬車に揺られて旅の最中にあった。

 夏の日差しがまぶしい街道を多くの旅人や荷馬車が行き交う。

 

 王都に流れ込む大河とそれに沿って造られた大街道は王国の物流を支え、周辺の広大な穀倉地帯と各領地を繋ぎ陸運と水運の両方から王国を支える大動脈として機能していた。

 かつては海からは塩や海産物を、山からは木材や鉱石を運ぶ要衝として栄えた王都を貫通して南北に走る商業ルートは、枝葉のように支線を延ばし現代では王国中を結んでいる。

 その発展に大きく寄与したのはまさに勇神。

 分散していた都市国家群の間をつなぐルートを整備し、原野を闊歩していた魔獣を排除して人の行き来を保証し、バラバラだった各領主を王国に帰属させたのである。

 城砦に守られてひっそりと採取や農業を続けていた400年前の王国民は、勇神によって新天地へと解き放たれ、闇や原野に挑む意識を持つに至ったのだ。

 王家の権威の象徴にして、国家の守護神と言われるかつての勇神は、今は馬車の中のアレックスに愚痴をこぼしている最中であった。


 『何で儂が留守番なんじゃ、おかしいではないか』


 少年の左腕から声がする。

 腕輪に嵌められた赤い大宝玉がまたたき、アレックス以外にも聞こえるようになった勇神の不満げな声が馬車の中に響く。

 合身せずとも意思の疎通が出来るようにと、最近アレックスが会得した、腕輪を介した会話機能であった。


 「しかたないですよう、勇神様がそこらを歩いてたら大騒ぎになっちゃいますから、王子の武者修行にならないじゃないですか」


 御者台で手綱を握るモニカが日傘の影から応える。

 今日は長袖の旅装束にブーツを履いて皮の帽子を被り、御者台の雨よけの下に日傘を差していた。


 『そうは言うがの娘よ、儂がアレックスに教える事はそれはそれは沢山あるのだぞ。こうして話ししか出来ぬ事のなんともどかしいことか……』

 

 納得のいかない勇神の繰り言は止まない。

 先日の決闘でアレックスを倒して王都から追い出す計画だった姉アイリスを、どういう訳かやっつけてしまった彼らが旅に出ているのは、ひとえに少年の成長を願った勇神の意思によるところであった。

 しかしながら、決闘の結果としては勇神無くして王都の守りが危ういという決着がついてしまった以上、勇神は王城を離れる事が出来なくなってしまったのである。

 ゴーレムに閉じこもって拗ねてしまったアイリスの顔を立てるためにも、アレックスは勇神抜きでの旅立ちを余儀なくされ、今に至る。

 

 きらきらと陽光を反射する大河の脇をゆっくりと、川上に向かって街道を進む馬車。

 青々とした麦畑が風に揺られて海の波のように揺らめいた。


 「何かあったら召喚でお呼びしますから、勇神様はお城で待ってて下さいって約束したじゃないですか。姉様に勝ったので年掛かりの武者修行ではなく、任意の国内巡回になったんですから王都に帰るのも自由なんでしょう?」


 同じく旅装束のアレックスが呆れたように腕輪に話しかける。

 王都を出てまだ数時間だが、もうずっと勇神の不満に付き合ってくたびれた様子であった。


 『自由とはいえ今日明日に戻る訳ではなかろう。アレックスのおらぬ王都に儂一人残されて何とするというのじゃ、あーあ、早く魔獣の一つでも出て来ぬかのう』


 「滅多なこと言わないで下さいよう。お気持ちはわかりますけど、こんな王都の近くで魔獣なんて出たら大事も大事じゃないですか。王子の安全はこの忠犬モニカが命に代えてもお守りいたしますから、少しは落ち着いて下さいまし」

 

 「モニカの言うとおりですよ。そうだ、勇神様ならこの王国に知らぬ所はないのですよね?」


 『無論であるぞ。この街道も畑も全て、400年前より儂らが拓いたものである。王都の拡張する余地を残し、「の」の字型に発展させる事で防壁の穴を最小限にしながら徐々に耕作地を広げたものよ』


 話題が変わって少し機嫌が治ったのか、自慢げに語りだす勇神。

 王国の至宝、歴史書と呼ばれる知識は伊達ではなく、自らの足で切り開いた土地の事はほぼ全て把握しているのであった。


 「へぇ~、あたしってほら孤児院を飛び出してからは下町でやんちゃしてたじゃあないですか、王子のお世話をするようになってから日も浅くて、なかなかそんな勉強する暇がなかったんですよう」


 「ボクも本で読んだことはありますけれど、実際にこうやって王都から出るのは初めてなんですよね、勉強になります。 勇神様はやっぱりすごいなぁ」


 『そうであるか! ふふん、二人とも分からない事があるなら遠慮なく儂に尋ねるがよいぞ! しかし、そうか、アレックスは王都から出るのは初めてであったか……』


 軽めのよいしょに容易く乗せられてしまった勇神。

 その声色は先ほどとは変わって普段の優しい調子に戻っていた。

 何かを思い出したのか、感傷に浸るようにふむふむと何やら考えだしたらしく、馬車のなかはようやく落ち着きを取り戻した。


 「で、王子は最初の目的地をどこにしようとお考えなのですか? 夕方に着くゴサロ市で街道の分岐点あるのですが」


 やっと二人の会話が出来ると、モニカがアレックスに声をかける。

 王都から出て大河を遡り北に向かって数時間、なんとは無しに馬車を進めてきたモニカは地図を見ながら首を傾げた。

 帽子の下で束ねられた栗色の髪がふさふさと揺れる。


 「う~ん、まっすぐ北上するとガイアス候の領地に入っちゃうよね、魔獣の森と接する開拓の最前線を見ておくのは歴代の操者に近づくのに必要だと思うけれど……」


 モニカの後ろで顎に手をやって、アレックスは麦畑の海を見ながら答えた。


 「何かあるんですか?」


 「アントニオ兄様がいわれてたんだけど、大河の上流でここから北東にある人造湖に化け物の噂があるらしいんだ。 なんでも巨大な影が泳いでいるのを見た人がいるんだって」


 「化け物ですか……」


 「うん、魔獣の森は辺境軍がたくさん配置されているから、ボクは兄上たちの手が回らないところを見回るつもりでいるんだ。 まずはそっちを見てから魔獣の森に行こうかな」


 まだ幼さを残した顔で、彼なりに考えた旅の目的を語るアレックス。

 馬に道行きを任せて背後を振り返っていたモニカは、数日前と少し雰囲気の変わった主に見惚れてしまっていた。


 『素晴らしいぞアレックス!自らで役目のありようを考える事こそ操者としての第一歩。お主が思うように馬を進めるがいい!』


 しかし今は儂を呼べ!!と、勇神の大声が再び馬車に響く。


 「うわぁ!! びっくりしましたよう! いきなりどうしたんですか?」


 「勇神様?」


 急に現実に戻されたモニカが、御者席から転げ落ちんばかりに驚く。

 アレックスが腕輪を覗き込んで何事が起きたかと構え、馬が足を止める中で勇神の申し訳なさそうな声がする。


 『口は災いの元とはよく言ったものよ、アレックス、魔獣じゃ』


今日はここまで

お読みいただきありがとうございました。

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