ヤマガタの仕事
今日もはじまり、はじまり
初夏の日が斜めに差す貴族街。
夕方近くになった屋敷の庭で、後ろ髪を括ったアレックスは魔法の訓練をしていた。
「むむむぅ」
手の先に光を集め、散らす事の繰り返し。
これだけの訓練を、もう昼からずっと続けている。
アレックスの魔法は勇神の必殺技でもある光の杭であったが、集中に時間が掛かり実戦では使い勝手の悪い物だった。
先日の戦いでは光の釘を放ってみたものの、威力に難ありで数を揃えて何とかゴーレムにダメージを与える事が出来た程度。
勇神の格闘能力と比較すると心許ないのは仕方のないことであったが、自身の魔法を鍛え上げる事こそ今のアレックスを支える意地であった。
額から流れた汗が白い頬を伝ってぽたぽたと落ちる。
「うーん……」
今日何度目になるかわからない魔法の発動に集中するアレックス。
速く、大きく、鋭くなるようにイメージを込めて、手の先から光を伸ばそうと意識をこらす。
疲労がたまってきたのか、魔法の杭は串のような細いかたちを作ると、もやのように消えてしまった。
「あっ……」
軽いめまいを感じてぺたんと座り込んでしまったアレックスに、後ろから声がかかる。
「大丈夫ですか王子、少し休まないと倒れてしまいますよう」
盆にグラスと水差しを載せたモニカが、少し急ぎ足で近づいてくるところであった。
今日は黄色のワンピースにつばの広い帽子を被り、栗色の髪を三つ編みにした彼女は、アレックスの側まで来るとかがみ込んでその顔を覗き込む。
「ヤマガタさんからお水もらってきました。そろそろお客様がいらっしゃるそうなので、お召し替えなさってはいかがですかって」
膝の上の盆で器用にグラスに水を注ぐと、アレックスに差し出す。
喉を鳴らして水を飲み終えた主人の顔の汗を、彼女は何処からか取り出したハンカチで優しく拭いた。
「ぷあ…… ありがとうモニカ。 もうこんな時間なんだ。来客は誰かヤマガタさんから聞いた?」
「いえ、でも王子のご家族の方じゃあないでしょうか?メイド達がピリピリしてましたよう」
アレックスの手の中のグラスに水を足しながら、首をかしげるモニカ。
用事があるなら城に呼び出しがあるのが通常で、王家の人間が屋敷に訪れるのは珍しい事だった。
一杯目よりゆっくりと水を飲んだアレックスは、水を飲んだ事で思い出したように増した汗に気づいて困った顔をした。
「水浴びして着替える時間があるかな?」
「お急ぎになった方が良いかもしれませんね」
「それには及びませんぞ」
いつの間にか二人のすぐ傍に現れたヤマガタが白手袋の指をぱちんと鳴らす。
「「うぇ!?」」
驚くモニカとアレックスが立ち上がるより早く、庭木の影やヤマガタの背後からパーテーションを持ったメイドたちが出現し、二人を覆い隠してしまった。
「出たな強制更衣メイドども!!毎回好きにやられるモニカじゃありませんよう!!」
「わあああ!!せめてもう一枚間仕切り入れてぇ!!」
外からすっかり見えなくなった中へ、服と化粧道具、水桶を持った第二陣が飛び込んだ。
お体をお拭きいたしますと声がして、中で珍しくアレックスの暴れる気配がする。
「くっ、貴様ら!!大丈夫ですか王子……! っは、おお~、これはこれで……」
「何見てるのモニカ!? ちょっと!カラダ隠して!! ううぅ」
暑い中汗一つかいていないヤマガタが見守る中でいかなる戦いがあったものか、衝立が取り払われるといつもの服に着替えて真っ赤になったアレックスと、親指を立ててメイドたちを見送るエプロンドレス姿のモニカが現れる。
「あたしあいつらを誤解してました……!」
「……モニカのえっち」
「お客様がお待ちです。応接室へどうぞ」
先に立って歩き出すヤマガタに、上機嫌なモニカを腕にしがみつかせたアレックスが続いた。
「どうしたアレックス!? 何か元気ないな?」
応接室に待っていたのは兄アントニオであった。
「アントニオ兄様! 王都に戻られたのですか!」
「午前中に帰ってきたばかりだ。二ヶ月ぶりだな、ちゃんと飯食ってたか?」
大きな体をソファーから起こし、アレックスの頭を撫でるアントニオ。
大柄な彼のみぞおち程までしかないアレックスは、見上げるようにして目を輝かす。
アルフレッドより近い年のこの兄は、小さい頃良く彼の遊び相手になってくれた事があり、家族の中でも一際懐いていたのであった。
「ちゃんと食べてましたよ。 今度は北の方に行かれたのでしたっけ」
偏食の事は話さないアレックスに、後ろで控えていたモニカとヤマガタが苦笑している。
「おう、土産もあるぞ。 今晩王城でみんなで夕食をとろうってな、兄上が仕事を早く切り上げるそうなんでアレックスを呼びに来たんだ。 俺の馬車が外に待たせてあるから乗って待ってろ」
「アルフレッド兄様も!? 行きます! ヤマガタさん、夜は何かありましたっけ?」
飛び跳ねんばかりに喜ぶアレックス。
守護神の半身として政治と距離を置くしきたりは理解していても、まだ家族の恋しい11歳の少年なのだ。
「本日の夜は特にご予定はありませんな、どうぞ行ってらっしゃいませ、モニカをお連れになりますか?」
いつもは淡々としているヤマガタが、珍しくにこやかにして言う。
「はい! 行こうモニカ! 早く早く!」
嬉しそうにモニカの手を引いて、部屋の外に飛び出して行くアレックス。
転んでしまいますようと、困ったような声が廊下を遠くなっていった。
「お土産はアレックスにだけじゃないんでした」
部屋に残ったアントニオはソファーに戻ると、布で包まれたボトルを取り出してヤマガタに渡した。
「先生にはいつも弟が世話になっているんでね、サクソン領の蔵元の13年ものです、試飲してきましたが辛くていい薫りでした。 アレックスは今夜は城で休ませるから、ゆっくり楽しんで下さい」
「恐縮でございます」
押し戴くようにして受け取った酒瓶を近くのメイドに預けて、ヤマガタが口を開いた。
「さて、アントニオ様はこの年寄りを喜ばせて、何をさせようと仰るのですかな?」
先ほどの雰囲気はいつもの淡々としたものに塗り替えられ、木石のように気配の消えた銀髪の老人がすうと目を細める。
「さすがは先生だ。後で兄上から正式なものが来ると思いますが、先日の王立研究所で発生した盗難事件を調べてもらいたいのですよ。 ただのゴーレムを使った騒乱事件なら騎士団でもいいが、勇神様のデータを盗まれては公に捜査がしづらいものでして」
「それで我ら特務部隊に動けと、かしこまりました。アレックス様のお世話は如何いたしましょう?」
「それなら心配要りません。アレックスにはちょっとの間旅に出てもらおうかと、おやじ殿が企んでいましたから」
だからそれを飲む暇も出来ますよ。
酒の味を語るほど大人になったかつての生徒が日焼け顔で笑うのを見て嬉しくなりながら、アレックスもいつかはこのようになるものかと複雑な思いに浸るヤマガタであった。
今日はここまで
お読みいただきありがとうございました。




