兄たち
今日もはじまり、はじまり
二度のゴーレム襲撃を受けて破損した王都であったが、道路と建物の修繕は速かった。
石畳は数日で敷き直され、建物を覆う足場がかさぶたのように都市を飾り、降ってわいた仕事に活気づいてさえいた。
通りを走る荷馬車の行き来は血液の如く、それは、王都という生き物が生傷を治す課程を見ているようであった。
「辺境軍の帰還だ!路を開けろ!!」
「アントニオ様がお帰りになったぞ!!」
昼前の大門から早馬が駆けて行く。
地方を巡回していた辺境警備軍の本隊を率いる、アントニオ第二王子が数ヶ月ぶりに王都へ帰還したのだ。
勇神の休眠期間に大きく再編された辺境軍は、常に国内を巡回する対魔獣用戦闘ゴーレムと騎士、志願した民兵などで構成された王国の軍事組織である。
各領内で駐屯地を構え補給を受ける代わりに、変事にあっては領軍より率先して危険に対処すると言う、王家と領主の利害を調整する役割と同時に、領主の支配と忠誠を絶えず確認し、時には悪政に苦しむ領民からの陳情も受ける王家の出先機関としての側面を持っていた。
常に腹を探られ出費を強いられる貴族達にとっては有難迷惑な存在であったが、勇神不在の王国にあっては強大な魔獣に対抗する軍事力を個別に維持するコストと引き替えに街道の整備や、治水や天災対策まで手を貸してくれる辺境軍をおおむね殆どの国民が好意的に捉えている。
「騎士団は大通りをあけさせろ!!王城までだ!!」
「アントニオ様がお通りになるんですって!!」
「うちの息子も戻ってきたかしら?」
「忙しくなるぞ今から!無くした屋台をもう一度持つんだ!」
王都の人々はこぞって歓迎の準備を整え、帰還した辺境軍を迎えた。
勇神不在の間国を守ってきた戦士達を一目見ようと大門から伸びる通りに人だかりが出来る。
大通りに綺麗な人垣が出来ると、大門からラッパの音が鳴り響き、馬にまたがった屈強な男達が整列しながら王都に入って来た。
実用性重視の軽鎧を身に着け、対魔獣用の長獲物を持った騎士達に、王都で運用されるよりやや大型の重装ゴーレム隊が続く。
歓声と拍手がわき起こり、手が、旗が、ちぎれんばかりに振られた。
堂々と王都を行進するゴーレムと騎士達の先頭に、一際背の高い美丈夫があった。
歳の頃なら二十歳程か、若々しい活力にみなぎった筋肉質の巨体に、日焼けしながらも爽やかな笑顔で馬上から観衆に手を振る。
彼こそアレックスのもう一人の兄、アントニオ第二王子であった。
「きゃー!!」
黄色い声が大きく上がる。
ゴーレムを従えた一軍は、ゆっくりと昼時の王城に向かっていった。
各所に報告を届けに行った部下達を置いて、形だけの謁見を済ましたアントニオが向かったのは、長兄アルフレッドの執務室であった。
「やぁ、おかえりアントニオ」
執務机に座ったまま、仕事の手を止めずに弟を迎えたアルフレッドが顔だけ向けて笑う。
執政官達に退室を命じてから、そのまま立っていると部屋の入り口を封鎖してしまう弟に目線で椅子を勧め、いつもの様にサインの終わった書類を箱の上へ飛ばす。
初夏の日が中天から少し傾き始めようかとしていた。
「ただいま兄上。相変わらず仕事漬けだなぁ」
大きな体をどっかとソファーに沈めて、呆れたようにアントニオが脚を組む。
帯剣も外し鎧も脱いでいたが、その巨体を受け止めたソファーが悲鳴にも似た軋み音を鳴らした。
「たまには親父どのにも仕事をさせりゃ良いんだ、そのうち兄上が体を壊しますよ」
久しぶりに会った兄弟であったが、そこに数ヶ月のブランクを感じさせない。
まるで昨日の会話の続きを始めるように、二人はくつろいでいた。
「ははは、今日は謁見の間にちゃんと座ってただろう。 さて、報告は読んだよ。北部で魔獣がやや活発になっている以外には、特に災害や変事の予兆はなし、と。 ゴーレムや人員の補充は要るかい?」
「いや、今回は行く先で街道の補修に使う物資と、交換する魔除け灯の部品だけで。 あんまり人員が増えると領主共がいい顔しないもんでね、有事には真っ先に泣きついて来る奴ほど、普段のこっちの飯代をけちりたがる」
まるでならず者のみかじめ料と同じに考えていやがる、とアントニオが下唇をとがらす。
「勇神様が無償で国内を守っていた時代を覚えている者達ほど、今の制度に不満があるのは仕方ないね。辺境軍のほうが対応速度もアフターケアも優れているのに、損得では無く感覚で批判する連中など相手にする必要はないよ。あと20年もすればそんな者達は一線を退くのだから、我々は必要な仕事をこなすだけだ」
あくまで穏やかに返すアルフレッド。
書類にペンを走らせるとまた一枚、裁定済みの箱へと投げる。
「オレは兄上ほど割り切れないからな……。そうだ!モーズリー伯んとこは要注意に入れといた方がいい。まだ12,3の娘をオレとくっつけようとして抱き込みに掛かってきた。反逆の芽かどうかはわからないけど、まぁ断ってやったが」
「モーズリー伯というと、北西の鉱山持ちだったか。私を通さないで話を進めるとは思えない人物だが、酒の席の冗談だったのではないか? まぁ君の好みも把握していなかったのは失敗だったな、くっくっくっ」
サインを続けながら可笑しそうに肩を揺らす兄を鬱陶しそうな目で睨むアントニオ。
「君の容姿と体格で年上好きの甘えたがりだと、知ったら驚くだろうに、はははは」
「オレの好みはほっといて欲しいね! 問題は、正直兄上に勝る所など図体ぐらいなんだから国政を離れて地方巡りをしてるのに、笑えない頻度でこんな事が起きるって事だ。王位は兄上が継ぐし、オレにその気が無いってのは十分世間に伝わっているだろうにさ」
「君は見た目通りに優秀だと思うがね。私の身に何かあればその時は君しかいないのだし、繋がりを作っておきたいのさ。私が袖にした子女達が君に向かうのも仕方が無い事だ……。 いや、アントニオ、気を悪くしないでくれよ。申し訳ないとは思っているからな私は」
ペンを止めオールバックの金髪頭を上げて、書類の山越しに弟の顔色をみるアルフレッド。
妻である隣国の姫君を射止める為にいかなる苦労があったものか、執務室に居ながらにして、さしたるトラブルも起こさず縁談まで持って行ったこの王太子は、貴族の子女達との縁談を全て、恨みを買う事無く完璧に、相手を立てながら断った筆力の持ち主である。
そのしわ寄せがアントニオを悩ませる事になっていたのは、兄として数少ない負い目であった。
「別に怒っている訳じゃない、義姉さんはいい人だし。 ただ、こんな話を母上達や下の兄弟にはできないからちょっと言ってみただけだよ」
今度はアントニオが笑いながら、また大きな音を立ててソファーから立ち上がる。
「報告は済んだし、久しぶりにみんなの顔を見てくるよ。 先生は今アレックスの屋敷にいるんだっけ?」
「ああ、そのはずだ。 私も今日は早めに切り上げようかな、また後で土産話を聞かせてくれ」
来たときと同じように、あっさりと退室するアントニオを見送って、アルフレッドはまた書類にサインを書き入れた。
柔らかな風が吹き込む執務室で、飛ばされた書類がまたぴたりと、裁定済みの箱に収まった。
今日はここまで
お読みいただきありがとうございました。




