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勇神と王子

今日もはじまり、はじまり


 王都上空に大輪の花火を打ち上げ、大勇神はアレックスを分離してどっかと胡座をかいて座った。

 青白い魔法光にてらされて自身を見上げる少年に、僅かな恐れの色を見て取った大勇神は、ゆっくりとかがむ様に顔を近づけて話し出す。


 『アレックス、疲れたか』


 鬼神の如きマスクの下から、いつも通りの優しい声。


 「いえ……」

 

 まだ戦闘の熱を残して音を立てる大勇神のボディに、アレックスの表情は晴れない。


 『自らが人を殺めたと、心を痛めておるのだな?』


 「はい」


 アレックスが俯いて、細い声で答える。

 

 「勇神様と戦う事を決めてから、いつかこうなる事はわかっていましたけど……」


 小さな体を震わせて、少年は改めて、自らに科された力の大きさを痛感する。

 大勇神はゴリゴリと頭の兜を掻くと、居心地悪そうに話しだした。


 『下郎共は死んではおらんよ、ブレイブキャノンが当たる前に頭部を切り離して脱出しおった。奴らの魂も儂の元へ来ておらんのが証拠じゃ。安心致せアレックス』

 

 アレックスに語りかける大勇神の表情は窺い知れないが、声色からは優しさと、ほんの少しの口惜しさが感じられた。


 『まだ合身が不完全ゆえ、お主には感知出来なかっただけよ』


 アレックスは俯いたまま、ぽろぽろと涙をこぼした。

 自分はなんと不甲斐ないのだろう。

 受け継がれ、託された力を振るうことを恐れ、合身は不完全なまま、曖昧な気分で戦った自らを責める。

 そして、世を騒がせる悪人が、再び野放しになったと言うのに、自分の手を汚さずに済んだと安堵した己に、情けなくて腹が立つ。


 「うぇぇぇ……」


 荒れた地面に手を付き、小さな体を折り曲げて、少年は一人夜の空の下で泣いた。


 『アレックス、聞くが良い』


 アレックスの背中に、大勇神から声が降る。


 『歴代の操者達と、お主が違う事は決して欠陥ではないぞ。 人神一体の合身が完成すれば、確かにお主は儂の力を今以上に発揮出来るであろうが、それは儂の本意ではない』


 大勇神はゆっくりと、己にも語り聞かせる様に話す。

 

 『今宵の戦いで、儂は怒った。お主を傷つけ、ゴーレムを悪用したあ奴らに、かつて無いほど怒った。それは儂の為であり、アレックス、お主の為でもあったのじゃ』


 「……」


 『合身が完成してしまえば、もはや儂はお主の為に怒る事は出来なくなるであろう。儂はそれが淋しい。お主の為に怒る今の自分がある事が嬉しいのじゃ……。 うむ、合身を阻んでおったのは儂の方であったかも知れんな、許せ、アレックス』


 「そんな!ボクがまだ……!!」


 『お主が未熟なのはその通りよ。じゃが、未熟で良いではないか。辛いことは儂が引き受けよう。先日お主に申したことは少し不足であった。 お主が目指すのはお主の合身ではない。儂と、お主の合身じゃ』


 「ボクと、勇神様の……?」


 『そうじゃ。 これはかつての操者達とは違う、儂も知らない試みじゃ。 どうじゃ、アレックス、儂と共にやってみんか? 儂が見込んだ、お主にしか頼めぬ事である』


 「う゛……」


 大勇神を見上げて、大きな目から涙をこぼし、鼻をすするアレックス。

 

 「勇神様は、それでいいのですか?」


 咎められると、叱られると思っていた。

 しかしこの巨神は、アレックスの思いもよらない視点から、彼の心を解きほぐしたのだ。



 (だから君は今の勇神様と一緒に新しいあり方をゆっくり見つけて欲しい)



 兄であるアルフレッドの言葉を思い出す。

 あれは、役目の変化を語ったのではなく、心の変化を伝えたかったのだと、アレックスは今こそ気づいた。


 『言うた通りよ。儂が、アレックスに頼むのじゃ』


 「はい!!」


 立ち上がったアレックスは、手の甲でぐしぐしと涙を拭いて、大勇神の正面ではっきりと、大きく応えた。

 









 夜の白み始めた石畳を、一台の馬車がからからと走る。

 御者台に座るモニカの膝を枕にして、すうすうと寝息を立てるアレックス。

 二人の乗った馬車は朝靄の中をゆっりくと、少年を起こさない速度で屋敷へと帰る。


 (勇神様と、何があったんでしょう?)


 騎士団ゴーレムとモニカが大勇神の元へ走ったのは、もう戦いが終わって結構な時間が経ってからであった。

 酔っ払い共をたたき起こして家に帰らせ、夜通し王都を走り回って活躍したモニカが欲したのは、ただアレックスの笑顔とねぎらいの言葉であったのだが、地面に座り込む大勇神と、涙の跡を決意に満ちた表情で隠して、巨神に向かい合う少年に、彼女は思わず掛ける言葉を失ってしまった。

 戦いに勝った筈の主人に、何が起きたのかと尋ねてみたが、アレックスはモニカを見るとその場でくたりと膝から崩れて寝てしまった。

 


 『男同士の秘密という奴であるぞ』



 大勇神がマスクの下で笑いながら、王城に向かって歩き始めるのを、モニカはポカンと見送る事しか出来なかったのだ。

 

 (何でしょうね、寂しいような、いらいらするような……)


 嫉妬と呼ばれる感情に、彼女はまだ気づかない。

 狭い御者台の上で身をよじったアレックスが、膝の上で頭の向きを変える。

 膝先に向けていた顔を、モニカの方へと。

 さすがに少し恥ずかしくなったモニカは脚を動かして、アレックスの頭を腿から、膝の近くまでほんの数センチ遠ざけた。


 (まあ、これはこれで……)

 

 これだけはいつもと変わらない、表情の見える位置になった主人の寝顔によだれを垂らしそうになりながら、ふと、自分の横にあるバスケットに気がつく。

 ヤマガタから預かった夜食があったのだと、今更思い出してそのふたを開けてみると、中にはアレックスの好物の、ジャムサンドが入っていた。


 「あー ここは野菜じゃないんだ……」


 屋敷の門をくぐる馬車の上で、ヤマガタの思いやりと、間の悪さに思わず声を出してしまったモニカであった。


今日はここまで

お読みいただきありがとうございました。

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