猛牛侵攻
今日もはじまり、はじまり
「アレックス様。騎士団のオットー・ロウ様から緊急要請が届いております」
夕食の野菜に手こずり、風呂に入るのが遅れて珍しくこの時間まで起きていた深夜、帽子つきのパジャマに着替え、寝室に引っ込もうとしていたアレックスは、硬質の廊下を音もなく現れた執事姿の老人に呼び止められた。
「場所はどこですか?」
ねむそうな目をこすって大きな枕を抱えたまま、ドアノブから手をはなすアレックス。
「西南区の港と繁華街の間にあるシーン通りでございます」
銀の白髪をなでつけて口ひげを蓄えた老紳士は、銀の盆に乗せた一枚の紙を差し出す。
アレックスが騎士団からの要請書を手に取って確認し、盆に戻そうとすのを少しかがんで受け取ると一礼して続ける。
「所属不明のゴーレムが通行妨害をしているとの事です」
「ありがとうヤマガタさん。すぐに出ます!」
アレックスはそのまま廊下を走り出そうと二、三歩進んで止まった。
「やっぱり着替えて行きます」
「用意しております」
表情の変わらないヤマガタが白手袋の指をぱちんと鳴らすと、背後から一着づつ服をもったメイド達がずらりと現れる。
どう考えても老人の背中に隠れられる人数ではなかったが、彼女らは無言のまま手際良くアレックスを着替えさせると、さざ波が引くように廊下の角を曲がって消えた。
「うわぁまた出た!! 今度は何よう! ちょっ、脱がすなこのっ!! わかった、着る、着るから!!」
遅れて廊下の先から響くモニカの声と騒音。
どうやら多勢に無勢で無理やり着替えをさせられているようだ。
少しして、ポニーテールに結われた栗髪と、動き易い白のパンツスタイルに造られた彼女がやつれた様子で走り来る。
「王子の忠犬モニカ!準備よしです!あいつら心臓に悪いですよう……」
王子の傍で胸を押さえて見せるモニカに、ヤマガタが手提げのバスケットを渡す。
「お夜食でございます。外には馬車の用意も整っております。無事のお帰りを」
「いってきます!!」
今度こそ走り出したアレックスに礼をして、小さな背中を見送るヤマガタ。
パジャマを銀の盆に載せた彼は、足音が聞こえなくなるまで頭をさげていた。
ゴオオオオオォッ
闇夜に雄叫びをあげる猛牛。
ぼんやりと黄色の魔法光をあげて、小山のような巨体がゆっくりと通りを進む。
建物を揺らし、道路にあるものを押しのけながら、二本角の巨獣は災害のごとき存在感を王都の夜空に現した。
「奴の目的は何だ!なぜゴーレムの到着が遅れている!!」
かがり火を焚いた非常線で、オットーは歯がみしていた。
先行した夜警組と馬持ちの騎士達で野次馬を遠ざけ、道を封鎖した所までは良かったものの、巨獣の進行を止める手段が全くないのだ。
我が物顔で歩を進める猛牛ゴーレムの速度は決して速くはないが、先だっての化け蟹を上回る図体は人の力で止める事は不可能であった。
「ゴーレム隊が移動するルート上にことごとく酔っ払いが寝ており、足止めをされております!」
後ろに付いた三人の若い騎士が悔しそうに報告する。
「随伴騎士が排除を試みておりますが、いかんせん数が多く暴れるものもあって難航しているとの報告が!!」
オットーは赤い火に照らされた顔をさらに赤くして叫んだ。
「馬鹿な!!大きな祭りでもないのにそんなに酔っ払いがいるものか!!」
井戸の直径よりまだ大きい猛牛の蹄が、石畳を踏みしめてまた一歩進む。
「敵は明らかにゴーレムの特性を把握しているようです。我々を分断する意図が窺えます」
猛牛が進んだ分、馬と松明を下げる騎士たち。
地鳴りが響くたびに馬が怯え、振り落とされまいとするのに難儀している。
不気味な進行を続けるゴーレムの目的もわからないまま、もどかしい時間だけが過ぎる。
「人命を害せないのはこの牛型も同じ事! 我々のゴーレムがと戦いたくないのか……いや!戦うつもりがないのだ!!」
何かに気づいたオットーは、馬の向きを変えて若い騎士に矢継ぎ早に指示を出す。
「クレイグ!何人か引き抜いてゴーレム隊の援護に向かえ!! 敵の狙いは勇神様と戦う事だ!! アレックス様が到着なさる前に状況を有利に傾ける必要がある!!」
「了解しました!!」
「ジンは非常線を警戒して不審な人物を見逃すな! 時間が経てば不利になることは敵もわかっている! 何かもう一段階策があると肝に銘じよ!!」
「はい!!」
「テリー!貴様はレイモンド団長に現状の報告と王城の警戒を進言するのだ!! 現場は陽動の可能性大とな!!」
「ご命令のままに!!」
「王と法に忠誠を、剣に高潔と献身を捧げ、勇神様の御霊に招かれんことを!!騎士団の魂ゆめゆめ忘れるな!! 行け!!」
「「「はい!!」」」
三人の若武者が暗闇を駆けて消えてゆく。
単身巨獣の正面に残ったオットーは鐙を踏みしめ、一つ大きく馬の腹を蹴ると、威勢を上げて猛牛の元へ駆け始めた。
先だっての化け蟹に対してアレックスが行った、時間稼ぎをするためだ。
ゴーレムの足元をくぐる、たったこれだけのこと。
少年に出来て、大人の自分にできないはずはない。
「さぁ、ここからは根競べだ! 王子の到着まで頑張るぞリュディヴィーヌ!!」
舌を噛みそうになる名前の愛馬を一撫でして、オットーは夜の風になった。
今日はここまで 次回「勇神再び」
お読みいただきありがとうございました。




