初陣王子
はじまり、はじまり
私は待っている。時が経ち、力を蓄え、遙か天上の座に返り咲く時を。
私は愛している。か弱く、命短き者達、しかし確かに我々より強かな我が子らを。
私は勇神 愛と勇気の守護者
そして命持たぬ金属の神
王都ダグムンシティ 肥沃な穀倉地帯と大河の水運に恵まれた巨大な城砦都市は、いつもの活気ある昼時とは少々違った混乱の中にあった。
「だぁっはっはっはぁ!!怪我したくなかったら大人しくしやがれぇ!!」
「アニキ!!カッコイイでヤンス!!」
やられ役丸出しの台詞と共に、商店が並ぶ通りに仁王立ちする大迷惑なシルエット 重機ゴーレムだ。頭頂部に二人の覆面男を乗せて、関節からは黄色の魔法光が轟々とうなる。
樽とカニを足して巨大化したような見た目のそれは、三階建ての家屋を見下ろす巨体。六本足と二本のアームを備えたまさに怪物的異彩を放つ大型建機の凶行であった。
化け蟹は両手を振り回してその存在をアピールすると、足下を逃げ惑う人々が怖々と遠巻きに自身を眺めはじめるまで周囲を睥睨していた。
「騎士団はまだかよ!?」
「ゴーレムで強盗とは見下げ果てたヤロウだぜ!」
「うちの子が飴落としたのよ!弁償しなさいよぉ!!」
「ハゲ!カニ!さっさと道空けろよ商談に間に合わなくなるだろ!!」
「串焼きいらんかねぇ~!!おいしいよぉ~!!」
「やーね奥様?聞きました?強盗ですって!?」
「嫌ねぇホント!強盗なんて!私なら恥ずかしくてお外歩けないわ!ホントよぉ~」
時間と共に厚みを増す野次馬が好き好きに騒ぎ立てる中、遂に化け蟹に動きが起きた。両腕を伸ばし威嚇するように振り回すと、その先端の大ばさみを大きく開閉させたのだ。
悲鳴と混乱が広がり、慌てた人々が石畳の上を走り出す。外側に向かって押し出される人ごみは折り重なって波打ち、さらに密度を増して恐怖を伝播させた。
「だぁはっはっはぁ!!さっきハゲって言ったヤツは後で覚えてろよオラぁ!!」
「アニキ!!ドンマイでヤンス!!」
野次馬を遠くに追いやって、とある商店の屋根に手をかける化け蟹。ハサミの付いたアームはまるで生き物のように、器用に建物を解体し始めた。
ばりばりと轟音を上げて屋根を剥がし、中に両手を突き込んで、壁と柱を割り砕く。家主とおぼしき太った男が地べたに膝をつき、呆然と眺めるままにものの数分。
土埃を上げ崩れゆく商店の中に深々とアームを差し込んでつまみ出したものは黒く大きな金属の箱。両替商の大金庫であった。
「だはははぁ!!いくら建物に造り付けの金庫だからってゴーレムにかかりゃあこんなもんよ!!」
「さすがアニキ!!後はずらかるだけでヤンスね!!」
狙いの獲物を手に勝ち誇る二人。操縦者の喜びを表すかのように六本足をガチャガチャと動かして、化け蟹が通りの方へ向きを変えたその先に、一人の立ちふさがる影があった。
まだ子供と言われても間違いではない、細身で小柄なその体躯。耳下まで伸びた色の薄い髪はさらさらと土埃の混じった風になびき、幼さの残る色白の頬をなでる。
足首までの短ブーツに膝丈のズボン、上品な装飾の施された白の上着を羽織り、左手には深い血の色の大宝石が輝く腕輪を嵌めたその身なり。
多くの野次馬が戻れ引き返せと呼び戻す中、瓦礫が散らばる割れた道路を乗り越えて、ゴーレムの足下までやってきたのであろう。
まっすぐに狼藉者を見つめる琥珀の瞳には涙と怒りを込めて、手に持った串焼きの棒を高く掲げて突き付けた少年は、擦り傷新しい震える膝を気力で押し隠し、傍若無人の巨体へ立ち憚ってみせたのだ。
「だぁははっはっはっはぁ!!ボウズ!良い度胸だがそこにいると怪我するぜぇ!!この商家のボンボンと見たが、無駄なことは止めときなぁ!!」
「アニキのいう通りでヤンス!!失うのが金で済んでるうちに引っ込むでヤンス~!でないと踏みつぶしちゃうでヤンスよ!!」
哀れみと嘲りの混じった挑発に、キッと顔をあげた少年の、口から出たのはまさかの言葉であった。
「やれるものならやってみろ!!そのゴーレムで人の命が奪えるものか、知らないとは言わせないぞ!!」
目尻に溜めた涙がこぼれないように精一杯上を向き、可愛らしさを残す鈴のような少年の声は、しかしその場に高らかに響く。
「僕の名はアレックス!!王国の第三王子にして勇神の操者!!これからお前たちを逮捕する!!」
通りの壁に反響して大きく木霊した宣言は水を打ったような静寂を群衆にもたらした。
誰もが驚きを通り越して馬鹿馬鹿しいと一笑に付す単語の連続。
その場面の何もかもが常識外れであり得ない事だらけ。
王家の男子が、共も連れずに町中で、30年前に稼働を停止した筈の、終わった神の名を口にしたのだ。
しかもあろうことか、優に身の丈の十倍はあるゴーレムに逮捕など!!
「うそ?王子さま?あの子が?」
「勇神って、あの勇神様? 伝説ってかおとぎ話でしょ?」
「ワシは若いとき動いてる所を見たぞ 手だけじゃがな」
「アレうちの屋台の串焼き!!美味しいよ~!!誰か買わんかね~!!」
「っつーかホンモノなのあの子?誰か知らない?」
「ボク-!逮捕とか危ないから-!こっち戻ってらっしゃい-!」
「そうだ!!戻れ戻れ!!はーやーくー!!」
騒ぎを取り戻した野次馬が少年を案じて叫ぶ、しかし誰も前へは出ない。皆我が身が可愛いのだ。
恐怖と興奮とで白い肌を赤く染めながら、ゴーレムに立ちはだかる小さな背中に届く叫びは、守ろうとしているのか、守られているのか。
にらみ合いにしびれを切らし、先に状況を動かしたのは強盗コンビの方であった。
「だぁっはっはっはっはっはっはぁ!!コイツは恐れいったぜ王子様!!だがなぁ!ハッタリだけで大人が止まると思ったら間違いってもんですぜぇ!!」
「全くでヤンス!!だいたいどうやって逮捕してくれるんでヤンスかぁ~?登って来るなら待ってやってもいいでヤンスよ王子さま~?べろべろばぁ~あひゃひゃひゃ!!」
圧倒的優勢に胡座をかいた傲慢な大笑い、そしていい大人が発するにはあまりに幼稚な嘲りが降り注ぐ。ふるふると肩をふるわせたアレックスは、串焼きを握って上げたままの右手をゴーレムの上の兄貴分へと突きつけるとポツリと呟いた。
「……うるさいハゲ」
「っっあっはっはっは!!ぶち殺すぞクソガキがぁぁ!!」
足下の瓦礫を蹴り上げて、少年に襲いかかる化け蟹!!関節から魔法光を激しく吹き出し、金庫を持たない方のハサミで正面の地面を叩く!!
一瞬早く動きだしたアレックスは降りかかる石を、木材を、巧みにかわすと巨大アームの死角、すなわち六本足の間をくぐり、巨体の背後へ素早く走りだしていた。
ゴーレムが足踏みを繰り返して再び破壊された商家の方へ向き直る間に、さらに距離を取ると建物の向こうの通りまで駆け抜けて振り返った。隣接する建物に手足を引っかけ、ジタジタともがきながら迫り来る化け蟹はすぐにでも追いついてきそうな勢いである。
「モニカ!」
「はーい!王子の忠犬、モニカここに参上です!! 騎士団の到着はもう間もなく、野次馬も退避中でっす 何かへこんでたデブのおっさんも遠ざけましたし、見事な時間稼ぎでございましたよう!」
影のように現れた栗髪の美少女がアレックスに並んで横に立つ。この場に不釣り合いな程の落ち着いた明るさで、王子の手から串焼きを受け取ると恭しく一例した。
「ご命令がなければ何度飛び出そうと思ったか…… モニカは辛うございました」
よよよ、としなを作って泣き真似をする少女にちらりと目線をやったアレックスは、手振りで彼女を遠ざけると、左手を天に掲げて叫んだ。
「勇神!!召喚!!」
今日はここまで 次回「勇神登場」お楽しみに
お読みいただきありがとうございました




