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フラスコの中の世界  作者: 瀬野 或
一章
7/7

依り代 ③


午後の授業は午前中と違い、とても静かに授業を受ける事が出来た。と言うのも、あれほど騒いでいた吉野先輩は『首輪物語』を熱心に読んでいたので、それが幸をそうしたのだ。まあ、その前に充分過ぎるくらいに釘を刺しておいたのもそうなんだけどね。


HRも終わると、クラスの連中は部活に向かう者もいれば、集まって駄べる連中もいる。賢汰郎は部活に行くらしく「それじゃ、また明日な!」と声をかけて出て行った。ねぇ、賢汰郎?それって明日もあるってこと?爆発する予定はいつなのかな?イケメンは滅ぶべきなんだよ…もしそうじゃないのなら、いっそこの僕が滅ぼしてあげようか…と、闇落ちしそうになりながらあと一歩の所でダークサイドから引き返す事が出来た。僕はアナキンにはならないぞ!アナキンって書くと、何だか流行りのユーチューバーっぽい響きだね。ブンブン言ってそう。


「吉野先輩。そろそろ職員室に向かいますよ」


「うん。分かった!」


あの台風のような好奇心は何処に行ったのやら、吉野先輩は案外素直に僕の後ろを着いて来る。それだけ昼休みに怒られたのが響いたのだろう。もしかしたら冴木先生は教師になるよりも警察官になった方が良いのではないだろうか?あの怖さなら犯罪率もガクッと減りそうだけどな。あ、でも冴木先生が警察官になったら、銃だけは渡さない方が良さそうだ。てか、銃なんて必要無いか?


保健室と職員室は一階にあるので、中央階段から降りて職員室へと向かう。すると、階段の途中で賢汰郎と篠崎が何やら話をしている。珍しい組み合わせではないけど…まあ、いいや。どうせ賢汰郎だし…と、無視して先を行こうとしたのだが、賢汰郎に気付かれてしまい、何だか微妙な空気になってしまった。


「あ、真…」


「うん?どうしたの?」


「それじゃ、倉持君。また明日」


「あ、あれ?篠崎さ───」


どうやら会話を途中で終わらされたようだ。


「賢汰郎。何やらかしたの?」


「俺はトラブルメーカーかッ!?」


ある意味トラブルメーカーではあるだよなぁ。


「篠崎と何話してたの?」


「ん?まあ、ちょっとな」


「うん?」


それ以上の事は言わないらしい。別に興味なんて無いですけどね!全然無いですけどね!教室で少し陰口叩かれても、別に気にしてませんから!全然気にしませんから!


「じゃ、また明日な!」


そう言って、階段を段飛ばしで駆け下り、賢汰郎は部室棟へと向かって行った。


「なんなんだ?」


だけど、吉野先輩は賢汰郎ではなく、篠崎の後ろ姿が見えなくなるまで、じっと見つめていた。


「吉野先輩、何かありましたか?」


「ううん。何でもないよ。ただ、一瞬だけ目が合ったような気がして…」


「へぇ…篠崎も霊感あるんですかね?」


「倉持君とは全然目が合わないんだけどね」


それはほら、賢汰郎だからですよ。とだけ答えて、職員室へと少し早歩きで向かった。


 * * *


「失礼します。冴木先生はいらっしゃ───」


と、最後まで言うこと無く、冴木先生が自ら「こっちだ」と僕らを誘導してくれた。


職員室には校長室と応接室があり、僕らは職員室の左奥にある『応接室』へと連れて行かれた。この部屋は普段、来客用に使われている部屋だが、それとは別に『お仕置き部屋』とも呼ばれている。何か問題を起こした生徒は、先ずこの部屋で事情聴取を取らされるのだ。あー、カツ丼食べたいな。


応接室はこざっぱりした部屋で、換気用の小さな窓が天井近くに設置されているだけだ。その代わり、エアコン、加湿器、空気清浄機完備、何ならテレビもあって、この部屋で寝泊まり出来るまである。ゲーム機があれば最高だ。

中央には足の低い、高級そうな黒のテーブルがあり、それを囲むようにして、張りのある黒いソファが置かれている。あまり使われていないようで、その張りはまだまだ健在だ。僕は入り口近くにあるソファに座り、吉野先輩と冴木先生はテーブルを跨いだ僕の前にあるソファに腰を掛けた。


「さて、何から話せばいいかな…」


こうしていると、まるで秘密の会合を開いているかのようだ。冴木先生は某司令官のように両膝に両肘を置き、両手に顎を乗せている。そろそろ僕もエヴァに乗る時が来たのだろうか…。冴木先生が怖いけど逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ!!


「では、〝依り代〟が何なのか、もう少し詳しく話そうか」


そうして、冴木先生は静かに語り出した───。


「朝も話した通り、依り代は霊の宿り木のようなものだ。霊は依り代に宿る事で、地縛から解放され、自身の心を探す事が出来るようになる。ここまでで何か質問は?」


「いえ。特には…」


「では次だ。そもそも君が何故依り代になれたか…という点だが、依り代になる前提条件として〝霊感が無い〟というものがある。霊感があるものが依り代になると、霊の持つ〝霊力〟とその者が持つ〝霊力〟がぶつかり合い、その反動で霊を消滅させてしまう恐れがある。また、その人間自身には〝霊の業〟が移り、最悪の場合は死に至る可能性もある。だから、霊感の無い君が選ばれた…吉野と波長が合ったというのも理由だがな」


「ちょっと待って下さい。吉野先輩は前に〝僕は幽霊が視える人〟と言っていましたが、それはつまり〝霊感がある〟って事になりませんか?」


「良い質問だ。確かに君は本来〝霊が視える力〟が備わっているはずなんだよ。然し今、君にその力は無い。つまり、君は〝特異体質〟と言える。霊感は無い。でも幽霊は視える。不思議な体質だな」


「つまり、僕は〝霊感が無くても幽霊が視える体質だった〟って事ですか?今まで視る事が出来なかったのは〝霊なんて視えない〟という先入観がそうさせていただけ……と?」


「うむ。私は専門家ではないから詳しい事は分からない。ただ、君からは霊力を一切感じない。だから、吉野の霊力と君の霊力がぶつかる事は無い。安心したまえ」


「そ、そうなら良いんですけど…」


「では、話を戻すぞ。依り代になった者は、霊から加護を受ける事になる」


「ま、まさか…魔法が使えるように!?」


「なるはずないだろう…そうではなくて、霊と霊力を共有出来るようになるという事だ。つまり〝霊感持ちになる〟…だな。依り代になった者の中には、それ相応の力を発揮した者もいるらしいが、必ずそれが起きるかは分からん」


「僕は…勇者にはなれないのか…」


「の、野口君は私の勇者だよ!!」


「話の腰を折るんじゃない…。それでは次に依り代と霊の距離についてだ」


「霊との距離?」


「これについては詳しい事が分かっていないのだが、依り代と霊は、あまり離れて行動しない方が良いらしい。離れ過ぎると強制的に縁が絶たれ、二度と結ぶ事が出来なくなる…らしい」


「それはまた、随分とあやふやな情報ですね…」


「私の知識もそこまで深いものではないからな。だから、あまり遠く離れるなよ?家の一階と二階くらいの距離なら大丈夫だろう」


「そ、それってつまり…吉野先輩が僕の家に住むって事ですか…?」


「そうなるな」


「お世話になります♪」


「NOOOOOOOOOOOOO!!」


「吉野。不純な雑誌等があったら処分しろ。いいな?」


「もちろんだよ♪」


「そ、そんな…僕の大切な宝物が…」


「諦めろ…野口…」


「野口君…」


やめて!そんな同情の目で僕を見ないで!!


「依り代の説明は以上だ」


「え?もう終わりですか?」


「いや、まだ伝えなけばならない事がある。依り代は〝狙われやすい〟存在になる」


ゾクリ…と背中にひんやりとした空気が入り込んだ。


「それってもしかして、この前言っていた〝心霊〟ってヤツにですか…?」


「そうだ。心霊は〝依り代に取り憑く事が出来なかった霊魂の末路〟でもあるからな。そこに依り代が一人歩いていたらどうなるか…これは言わなくても想像は容易いだろう」


「・・・・・・」


「だ、大丈夫だよ!私が守るから!」


それが一番不安なんですけどね…。


「なので、野口にはこれを渡しておこう」


冴木先生は白衣のポケットから、ポケットサイズの入り口を止められるタイプの袋を取り出した。中には『白い粉』が入っている。それ、もしかしてヤバいヤツじゃないですよね?大丈夫ですかね?


「別に警戒するものではないよ。一般家庭にもある単なる〝塩〟だ」


「塩?塩をどうするんですか?」


「もし心霊に襲われたら、塩を投げろ。塩には〝清める力〟があるとされている。お葬式の帰りに、自分の身体に塩を振るだろう?それは〝身を清める為〟だ。塩を心霊に投げつければ、それだけで撃退する事が出来るという訳だ」


「塩、万能過ぎる説……」


僕は有難くその袋を貰い、ポケットにしまった。


「後は、君と吉野で〝吉野の心〟を探すだけだ。それが一体何処にあるかは分からないが、吉野自身が学校に地縛していたという事は、この学校の何処かにある可能性が高い。なるべく早く見つけ出してくれ」


「野口君。頑張ろうね!」


頑張ろうって言われても、吉野先輩の心がどういう形なのかも分からないのに、どうやって探せと言うんだ……。


「吉野の心の形は分からないが、きっと近付けば吉野が何かしら感じるはずだ。教室の鍵が必要な時は私の所に来なさい」


「因みにですけど……吉野先輩が心霊になるまで、残り何日くらいなんですかね……?」


これを知らなければ、今後の予定も立てられない。


「多く見積もって…一週間くらいだろう…」


「はぁ!?あと一週間ですか!?」


それ、かなりの無理ゲーだぞ!?姿形も分からない宝探しなんて、砂漠に落とされた石を探すくらい困難じゃないか…。


「もちろん、私も協力は惜しまない。何か分からない事があれば、いつでも相談に来るといい。話は以上になるが、他に質問は?」


「無いです……」


「それでは、宜しく頼んだぞ。野口」


 * * *


そして、僕らは冴木先生に見送られながら職員室を出た。


「吉野先輩…本なんか読んでる暇無いですよ!?」


教室へ戻る途中、僕は吉野先輩に怒った。


「だって、一人じゃ探索出来ないし…ごめんなさい…」


「はぁ…もう本当に勘弁してくれよぉ…」


もっと時間があると思っていた自分が甘かった。少なくとも一年くらいはあって、僕と吉野先輩はその日々の中で、愛情を育み、そして───なんて、淡い期待をしていた自分が情けない。依り代を引き受けた時点で、もう始まっていたのだ。覚悟が足りなかったと言われればそれまでだけど、それでもこれは唐突過ぎやしませんかねぇ!?


「今日は水曜日だから…明日、明後日探索するとして、土日挟むのか!?マジかよ…」


さい先真っ暗だな…おい…。


「野口君…本当にごめんね…」


「いや、すみません。僕も言い過ぎました…今日はもう遅いので、明日から本格的に探索しましょう」


なるべく休日に入る前に見つけ出したい。もしそれで見つけられない場合は、土日も来て探索するしか無いな…。土日は部活動が行われているし、その関係か、それとも教師という職業がブラックなのか分からないが、土日でも教員は学校に来て作業をしている。冴木先生も来るはずだ。と言うか、来てくれないとヤバい。


「目標は金曜日まで!それが駄目なら日曜日までに見つけ出しましょう!」


「うん!一緒に見つけ出そうね!」


そして教室に一旦戻り、帰宅準備を整えて、僕らは学校から出た。

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