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フラスコの中の世界  作者: 瀬野 或
一章
6/7

依り代 ②

僕と吉野先輩が保健室を出てからと言うもの、吉野先輩はとても嬉しそうに、そして珍しいものを見るかのように校内を見渡しながら歩いている。そりゃまあ、ずっと保健室にいたというので、久しぶりの保健室外は嬉しいのだろうけど……。


「野口君!図書室に行こうよ!私、読みたい方があったんだけど、ずっと読めなくて!ね!お昼休みでいいからさ!」


「駄目ですよ先輩。お昼は冴木先生に詳しい話を聞かないと……」


「あ、そっか…でも、少しだけなら…ね?」


そんな真っ直ぐな瞳で俺を見ないで下さい……。


「わ、分かりましたよ…でも、少しだけですからね?」


「わーい!ありがとう♪」


まるで子供みたいにはしゃぐ吉野先輩は、見た目も相まってより一層子供っぽく見えた。クソ…幽霊じゃなきゃ惚れてるのになぁ…!?

両手を広げ、まるで踊るように廊下を歩いている幽霊先輩は、解放された今を楽しんでいるかのようだ。でも、廊下はダンスホールじゃないから、良い子は真似しちゃダメだよ?


僕のクラスに到着し、僕はいつも通り席に着く。相変わらずの教室は、僕の事情なんてお構い無しで、いつも通りだ。


「うわぁ…最近の子は結構大胆だねぇ…あんなにスカート短くしたら、下着見えちゃうよ…あ!今ちょっと見えてる!」


「・・・・・・」


「ふむふむ…これが日本史の教科書かぁ…私が使ってたやつとは結構違うね。デザインも何だか今っぽい!」


「・・・・・・」


「野口君!このお花綺麗だねー♪誰が水やりしてるんだろう?」


「・・・・・・」


「野口君?」


「・・・・・・」


「おーい?」


「よう、まこ───」


「教室では静かにお願いします!」


「お、おう!?いきなりどうした真!?」


「え?」


吉野先輩に気を取られて、賢汰郎の存在をミリ単位で忘れていた。


「俺、そんなに五月蝿かったか?」


「いや、賢汰郎じゃないよ。こっちの話だから……」


当の本人はと言うと僕の声なんて目もくれず、物珍しそうに教室を探索している。


「朝といい、今といい…お前、本当に大丈夫か?」


「ま、まあ…何とかね…」


賢汰郎は心配そうな顔をしている。


「あそこにある花壇に水やりしてるのって、誰だっけ?」


僕は話題を変える事にした。


「ん?確か篠崎さんだったはずだが…それがどうかしたか?あ、まさかお前……」


これは、絶対に勘違いしている。


「そうか、お前の悩みって、恋の悩みだったのか…朝の〝あの質問〟は…そうか!お前、今日告白を!?」


「賢汰郎ってさ、イケメンなのにそういう所は本当に残念だよね。残念過ぎてお話にならないからさ、一回爆発してくれないかな?その後、追い爆発してくれると、僕は更に嬉しいんだけど、どうだろう?」


「追い爆発ってなんだよ!?てか、爆発したら追いも何も無いよな!?」


僕としては、追いの追いの追い爆発くらいまでしてくれる嬉しいんだけどね。なんで賢汰郎ってこう…勘違いバカ何だろう。イケメンで、サッカー部で、そこそこモテるのに、どうしてこんな残念な存在何だろう。もう勘違いする時に『賢汰ろる』って形容詞を作れるまである。


「その言い分だと、告白じゃないのか…真に春がやって来るかと思ったんだけどなぁ…」


「あるわけないだろ…ん?」


遠くの席にいる篠崎と、一瞬目が合った気がするが…勘違いか?


「でもな、真。もし篠崎さんが好きなのなら、結構大変だぞ?篠崎さん、隠れファンいるからな?」


「ねぇ、賢汰郎。〝もし〟も何も無いんだよ。それだから賢汰郎は賢汰郎なんだよ。賢汰ろってるんだよ」


「俺の名前を悪口みたいに言うの止めろ!?」


そんなくだらない会話をしていたら、冴木先生が教室に入って来た。それを確認すると、今まで教室でフラフラしていた奴らは、一斉に自分の席に座る。毎回この後継を見て思うけど、まるで『女王様のおなーりー』って感じだよな。


「あ!りょーちゃんだ!りょーちゃーん!」


吉野先輩が冴木先生に手を振る。だが、冴木先生はそれを無視して、朝のホームルームを始めた。


「りょーちゃんに無視された…」


(吉野先輩。クラス連中は吉野先輩の事が視えてないって事、忘れてませんか?)


「あ、そうだ!忘れてた…ごめんねりょーちゃん!」


それにしても吉野先輩は冴木先生を『りょーちゃん』と呼んでるのか…これはまた、なかなか良いネタを拾ったぞ。ぐふふ…。


「おい。野口」


「え?あ、はい?」


「朝に君に伝えた事、覚えているな?」


「は、はい…」


何だろう…何かとてつもなくお怒りのご様子…。


「忘れるなよ?」


で、出た…『無慈悲な微笑み』…。

目が据わってる…。

荒れ狂う竜をも黙らせる、最凶の笑み…。


教室のあちらこちらで「野口、何やらかしたんだ?」とザワつく…。違う。僕は何もやってない。それでも僕はやってない!!犯人はあの人です!!と、指を指してやりたい所だが、それも叶わぬ…うう…。


「それでは、授業を始める」


僕が授業に集中出来なかったのは、言うまでもない……。


 * * *


「はぁ───」


やっと午前中の授業が終わった。

授業の合間に「野口君、この式間違えてるよ!」とか「この文法はこうやって解くんだよ」とか、もう本当に勘弁してくれ……。


「野口君!授業って楽しいね!」


「吉野先輩はそうかもしれませんが、僕はもう満身創痍です……頼みますから、授業中だけでも静かにしていてくれませんか……特に、冴木先生の授業の時は……」


「ご、ごめんね…久しぶりで楽しくて…」


「午後は本当に頼みます…」


この調子がずっと続いたら、たまったもんじゃない。これは、冴木先生にも何とか言ってもらわないと…あ、そうだ。昼は冴木先生の所に行かなければならなかったんだった。


「吉野先輩。行きますよ」


「あ!図書室だね!」


「職員室です」


「図書室…」


「・・・・・・分かりましたよ。本当に少しだけですからね!?」


そうして、僕達は教室から出た。


昼の校内は、朝にも増して賑やかになる。授業のストレスも相まってだろうな。僕もストレスが溜まっている。そう、何が原因か…とか、言うまでも無いんだけどさ…。


濃い緑色の廊下を歩く。この廊下は滑らないように加工してあるのだろう。少し力を入れて足を踏み込むと『キュッ』と音が鳴る。右を見ればグラウンドを覗ける窓ガラスがあり、一定区間内に水道が設置されている。左には各二年の教室があり、壁には新聞部が作成した『学年別新聞』や、部活の活動報告、学校のお知らせ等の掲示物が張り出されている。こういうそこまで重要ではない掲示物は、主に廊下の壁に貼られていて、重要な掲示物は、下駄箱の前に専用の掲示板があり、そこに貼られている。登校した生徒が一番先に見れるようにだろう。

この学校の形は少し特殊な形状をしていて、ひらがなの『く』のような形をしている。中心の出っ張っている所が出入り口、反対側にグラウンドと体育館、そして部活別棟がある。体育系の部活はその別棟が部室になっていて、直ぐにグラウンドに出れるという訳だ。また、保健室を除く、音楽室や理科室等の特殊な教室は全て四階にあり、一番下から一年、三階が三年の階層になっている。なので、一年の頃は移動するのがとても苦労した。

なんで今頃こんな話をするのかと言うと、これから吉野先輩がその〝特殊教室〟の前を歩くからだ。図書室の他にも音楽室を見て「ピアノ弾きたい!」とか、調理実習室を見て「料理作りたい!」とか、理科室を見て「太郎ちゃんだ!久しぶり♪」と、まるで遊園地にでも遊びに来たかのようにはしゃぎ回っているのを、こと正確にお伝え出来ればと思い、こうして教えてあげたんだよ。因みに『太郎ちゃん』というのは、吉野先輩がお気に入りの人体模型の名前らしい。人体模型に名前付けるってどうなの?しかも名前が『太郎』ってどうなの?そのネーミングセンスの無さはNASAも吃驚だね!宇宙規模でね!そうして、ようやく辿り着いた図書室。ゆっくりと扉を開くと、中は古本特有の匂いが漂う。


「あるかなぁ…ヘンリー・ポルター…」


ヘンリー・ポルターシリーズはJ・C・ローリンズが書いた児童向けのファンタジー作品。だが、挿絵は一切無く、物語も評判が良く、全世界で大人気の作品だ。映画化もされて、それも大ヒットし、ローリンズ氏は幅広い世代に知られる、超売れっ子小説家となった。


「あった!これだよー!これが読みたかったの!」


「じゃ、それ借りて行きますね。早く保健室行かないと、冴木先生に怒られちゃいますから…って、吉野先輩、聞いてます?」


吉野先輩はヘンリー・ポルターシリーズの他にも数冊の本を両手に抱えている。


「それ、いつ読むんですか…」


「えーっと…寝る前?」


「幽霊って寝るんですか?」


「・・・えへ?」


「どれか一つに絞って下さい…」


そうして選ばれたのはヘンリー・ポルターではなく、『首輪物語』という別のファンタジー作品だった。おい、僕が丁寧に説明した(くだり)、どうするのさ…。


 * * *


「遅い!!約束の時間を15分も過ぎているではないか!!」


案の定、冴木先生は大激怒している。そりゃそうだろう…僕だって遅れたくて遅れた訳じゃないんですよ…と、言い訳しても無意味そうだ。


「りょーちゃん、ごめんね…つい…」


「野口。君もだ」


「はい。すみません…」


理不尽だ!理不尽だけど…仕方が無い。遅れたという事実は事実であり、冴木先生を待たせてしまった罪は謝罪せねばなるまいて…。


「理由を問いただしたい所ではあるが───」


冴木先生は腕を組んで、僕と吉野先輩を交互に見てから「仕方が無い…」と察したようだ。


「昼休みは残り15分あるが、この時間で説明は不可能だ。なので放課後、職員室に来なさい。いいな?」


「イエス!!マムッ!!」


「次遅れた時は、どうなるか分かるよな…?」


「帰りのHRが終了しましたら、直ぐに職員室に向かう所存であります!!」


「分かった分かった…もういい…行け」


この次、もし遅刻したら…僕の命は無いだろう。帰りのHRが終わったら速攻で職員室に行こう…絶対にだ!!


これがフラグにならない事を、僕は切に願った…。

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