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フラスコの中の世界  作者: 瀬野 或
一章
2/7

出会い

授業の終了を告げるチャイムが、まるでファンファーレの如く教室に響き渡り、僕は机に項垂れた。これでやっと昼食にありつけるのだ、朝食はちゃんと食べて来ているが、この時間までにはすっからかんと胃袋の中が空になってしまう。まあ、それ以上に先程受けた数学の授業の問題がチンプンカンプンだったのと、夏の暑い太陽が、今日もサンサンとその熱を放出していて、その暑さに体力を奪われたからだ。


因みにだが、太陽だけに〝サンサン〟という駄洒落なんかではないと先に伝えておこう。駄洒落じゃないぞ?駄洒落なんかではないんだからね!


そんな下らない事を頭の中で考えつつ机の左側のフックにぶら下げている鞄の中から、朝、学校に来る前に買っておいたチョコチップメロンパンを取り出した。強引に鞄に詰め込んだので些か形が崩れてはいるが、それでも味は変わらない。多少、この熱でチョコと表面にコーティングされていた砂糖が溶けているが問題無い。食べられればそれで問題無いのだ。別に美食家でも無いし、選り好みしてられるような身分でもない。学生のお財布事情というものは、大人が思っているよりもシビアなのだ。欲しい物があれば昼食を削り、水で腹を膨らませる…なんて事もしょっちゅうである。だから、こうしてチョコチップメロンパンを食べられている僕は、まだマシな方で、教室をぐるりと見渡せば、昼食を食べずに我慢している輩もいる。ああ、然し…委員長の弁当に入ってる玉子焼きは美味そうだ…なんて思いながら凝視していたら、僕の視線に気付いたのか、ギロっと僕を睨みつけて弁当を隠してしまった。


何故気付いたんだ・・・篠崎さんは後ろに目でも付いているのか?いや、それか固有結界か!?なるほど、篠崎さんは結界を張って、僕の動向を見張っていたのか…なんて、そんなはずも無い。何故なら、僕の視線上にもう一人、爽やか、イケメン、リア充の三拍子揃った幼馴染の倉持(くらもち) 賢汰郎(けんたろう)がいたからだ。篠崎さんと何やら話しをしていた最中、僕の視線に気付いた賢汰郎が、篠崎さんに告げ口をしたのだろう。これはもう覇〇翔吼拳を使わざるを得ない…。


だが、僕の思惑を知らない賢汰郎は、篠崎さんと話を切り上げると、僕の所に近付いて来る。このままだと気さくに「よう」と声を掛けられるんだろう。案の定、賢汰郎は僕の机の前まで来ると爽やかなイケメンスマイルを添えて「よう」と片手をあげて挨拶をしてきた。


「何か用?」


僕はお前に用なんか無いんですけど?的なニュアンスをスパイスに、賢汰郎に応えた。だが、賢汰郎にそんなスパイスは効かない。何故なら、僕と賢汰郎は毎回こんなやり取りを交わしているからだ。慣れというのは怖いですね。馴れ合いと傷の舐め合いは嫌いじゃないですけどね。


「何か浮かない顔してるなと思ってな…もしかしてさっきの数学の授業が分からなかったのか?」


おいおいおい、そういう攻撃してくる?いやー、ちょっと待って下さいよ賢汰郎さん。僕が数学苦手なの知ってるでしょう?知らないとは言わせませんよ?


「図星みたいだな…」


賢汰郎は苦笑いを浮かべながら、同情するような目で僕を見つめる。やめろ、やめてくれ…そんな目で僕を見るな…同情するなら金をくれ…同情するなら金をくれ…!!


「べ、別に…」


僕はエリカ様宜しくな返答しか出来ず、そっぽを向いた。


「じゃあ、放課後、サッカー部の練習終わったら勉強見てやるから、それまで適当に時間潰しててくれ」


「おい賢汰郎。僕がいつ賢汰郎に数学を教えてくれと頼んだ?」


「だって、分からなかったんだろ?」


確かに、先程授業で出された問題の八割は理解出来ていない。だが、男に勉強を教えて貰うほど、僕は落ちぶれてなどいない!!


「いいよ。自分で何とかするから」


「そう言って放置すると、余計に分からなくなるぞ?」


「なあ、賢汰郎」


「何だよ」


「そうやって僕にばかりかまけているから、彼女が出来ないだぞ?それとも賢汰郎って僕狙いなの?え?そうなの?巷で噂の薔薇男子だったの?」


賢汰郎は「ち、違うっつの!」と抗議しながら、一つ溜め息を吐いた。


「…真だって、分かってるだろ?」


「け、賢汰郎…まさか、本当に僕を!?」


「違う!!そうじゃなくて、俺が恋愛に興味が無いって事だよ」


「あー…うん…」


賢汰郎にはちょっとした事情があって恋愛をしない。実は、僕もその理由について詳しくは知らないけど、賢汰郎は前に〝興味が湧く人がいない〟と零していた。高身長、イケメン、サッカー部、そしてサッカー部。モテない要素など一つとして無く、寧ろモテる為だけに存在しているのではないかと思う程のモテ男だが、これまで告白されても全て断っている。


僕と賢汰郎の間に、微妙な空気が流れ、お互い無言になってしまった…そんな時、「野口はいるか?」と、聞き覚えのある声が教室の喧騒をかき消した。


扉の前に目をやると、そこには昼休憩で長い髪の毛を下ろしている、担任の女教師、冴木(さえき) (りょう)の姿があった。国語教師らしからぬ白衣を羽織るその姿は、まるで勇者がマントを翻しているかのような、そんな印象を受ける。否、冴木 涼は勇者ではない。勇者とは正反対の存在である。それは、この高校で囁かれる二つ名が、それたら占めているのだ。


冷血の女王…それが冴木 涼に付けられた通り名である。一度睨まれた相手は、まるで蛇に睨まれた蛙の如く、その場から動けなくなってしまう程、恐れられているのだ。だが、その容姿は〝女王〟と呼ばれる程には良く、一部からは絶大な人気もある。


そんな女王が僕を名指しで呼んでいる。目と目が合う瞬間好きだと気づいた…なんて事は無い。寧ろ、目と目が合う瞬間、死すら覚悟する。


「野口、いるなら返事をしろ」


「は、はひぃ!!」


自分で言うのも何だが、今、とてつもなく情けない声を上げたと思う。緊張と恐れから、声が裏返ってしまった。


だが、このまま無抵抗で死ぬくらいなら、爪痕の一つくらいは残してやる…。


「冴木先生、ぼ、僕に何か用事ですか…?僕には呼び出されるような心当たりは無いんですけど…」


「・・・・・・」


無言。だが、それだけではない。

冴木先生は一度だけニッコリと微笑んだ。


だが、その目は笑ってなどいない。有無を言わさないと言わんばかりの眼力が、僕のチャレンジャーとしての精神を粉々に砕いた。


「真…」


「何も言うな、賢汰郎…。もし僕が死んだら、本棚の裏にある秘蔵書物と、携帯を確実に処理してくれ…」


「分かった…任せろ!」


「行ってくる…」


賢汰郎に今生の別れを告げ、僕は一歩ずつ、ゆっくり、確実に地面を踏みしめて進む。賢汰郎がまた「真…」と呟いていたが、振り向かない。ここで振り向いたら、きっと僕は……


「野口、早く来ないか」


「ひゃうッ!!」


僕は走って先生の元へと向かった───。


* * *


暫く無言で先生の後ろを着いて歩く。廊下ですれ違う男子生徒に「廊下で騒ぐな」と一喝しながら、僕には何の声がけも無い。これは、もしや逃げるチャンスなのではないだろうか?このまま、後ろに方向転換してもバレないのでないないか?やるなら今しか無い…僕はゆっくりと後ろを振り向こうとしたその時、冴木先生は後ろを振り向かずに、ただ一言「逃げるなよ?」と言い放った。何でバレたんでしょうねぇ!?先生、もしかして覇気とか使えちゃう人なんですかねぇ!?いっそひとつなぎの大秘宝を求めて海へ繰り出しませんかねぇ!?


だが、今は大航海時代ではなく、寧ろ僕的には大後悔時代の幕開けなのは、言うまでもない。


「先生、いい加減教えてくれませんか?」


「まあ、そうだな…野口に合わせたい人がいる」


合わせたい人…?


「それって誰ですか?」


「着けば分かる」


僕と冴木先生はそれ以降会話をせず、やがてとある教室に辿り着いた。


「ここって…保健室ですよね?僕の頭の悪さは、残念ながら現代医学でも治す事は出来ませんよ?」


「君のはもう、そういうレベルではないだろう…」


ちょっと先生?流石に言い過ぎですよ?


「保健室に、その会わせたい人って方がいるんですか?」


「ああ、そうだ。訳あって保険担当には席を外して貰っているから、今は一人だよ。さあ、入りたまえ」


「入りたまえ…と言われましても…」


「野口。入りたまえ」


「ひえっ!!し、失礼致します!!」


僕は脅されて、勢いよく保健室へと入った。保健室は消毒の匂いがして、この空間にいるだけで傷が治りそうな錯覚を受ける。左手の壁には端が少し敗れた『手洗いうがい』を促進させるポスターがあり、その横に薬品が並べてある棚や、薬学の本が並ぶ本棚なんかが並び、右手の壁には白いカーテンで仕切られたベッドが三つ並ぶ。奥にある机には普段、保険担当の先生がいるようだが、今その椅子に座っている者はいない。正面奥にある大きな窓が開けられて、時折そよぐ夏の風が、カーテンを揺らめかせている。


何の変哲もない保健室だ。


もう一度僕は保健室を見渡してみると、一番奥のベッドは、誰か使用しているのか、白いカーテンが閉じられている。


「あ、あの先生…?」


「言われた通り、野口を連れて来たぞ。吉野、後は頼んだ」


「え?先生?どこに行くんですか?」


「お前は吉野をちゃんと見てやればいい。それじゃ、私は残っている仕事があるから、終わったら教えてくれ」


「はい!?ちょ、先生!?」


冴木先生はそう言うと、そそくさと退散してしまった。一体何だと言うのだろうか?野口…と言っていたっけ?先輩なのか?後輩なのか?それとも同級生か?それさえも情報が無い。


「あ、あのー…」


僕は恐る恐る閉じられたカーテンの中にいる人に声を掛けた。


そして、カーテンがゆっくりと開かれた───

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