五話 大人のカップル
それからしばらくの間、俺と華子は適当に時間を潰す。
そう、時間を潰す!
今日、二人はお付き合いが始まった。
できたてホヤホヤの恋人同士だ。
なのに、華子はまるで会話する気なしに雑誌なんて眺めている!
……まぁ、俺としては言うほど不満はないんだけど。
ややうつむいて雑誌を眺めている華子のきれいな顔は、何時間だろうと眺めていられる。
美人は三日見てたら飽きるなんて言う奴は、本当の美人を見たことがないに違いない。
これでおっぱいが大きければ、もっと見応えがあるんだけどなぁ……。
不意に華子が顔を上げる。
「い、いや、Aカップなのは納得してるから」
慌てて弁明する俺。
しかし華子は首を傾げるだけ。
「なんか失礼なこと考えてたみたいだけど、この際どうでもいいわ。そろそろ浜口行道が来るわよ」
壁掛け時計を見ると五時半。
兄貴は外回りをしていない時はたいてい定時上がりらしいから、華子の言うとおりかもしれない。
カランと音が鳴って扉が開く。
本当に兄貴が来た。
時間的に会社から直接来たはずなのに、スーツではなくジーンズなんて穿いている。
仕事中は作業着に着替えるので通勤時の服装は雑でいいらしい。本当かよ。
そして一緒にいるのは中年女性。
ひと目見て分かるが、華子と血が繋がっている。
整った顔で、昔は美人だったんだろうと思わせた。
すらりとしたスタイルに落ち着きのあるしゃれたファッション。
おばちゃんというかんじではない。
「きたよ、ゲンちゃん」
「おじゃまです、ゲンさん」
「いらっしゃい、実加子さん、浜口さん。あちらへどうぞ」
二人が通されたのは俺らの隣のテーブル。
華子は二人に背を向けた形になる。
観葉植物が間にあるからこっちはよく見えていないはずだ。
気を利かせてくれたらしいゲンさんに向かって華子がぐっと親指を立てた。
大人二人の会話が聞こえてくる。
「ホント、イヤになっちゃうよ。連絡ひとつ寄こさないんだから、華子ってば」
「高校生だとまだまだ微妙なお年頃なんだね。俺の弟なんかはひたすら馬鹿だけど」
よけいなお世話だ。
話題になってる華子も顔をしかめていた。
「なんであんな娘に育ったんだろう? 私と全然……」
「似てないの? 話聞いてるかぎり、実加子さんそっくりなんだけど」
「そうね、まぁ、そうね。イヤになるくらい似てるかも」
「もっと正直に言うと?」
「私の方がタチが悪いかもね。あの子は都会で遊んだりもしないし」
華子のしかめっ面がどんどん酷くなっていく。
実加子さんという人は華子の母親らしい。
親がこぼしてる愚痴を真後ろで聞くのはキツいよな。ましてや自分のことだ。
それにしても、母親の弁によると華子は遊び回ったりはしないらしい。
童貞を目で殺すにしては品行方正?
「……俺のせいなんだろ?」
兄貴の声はどことなく情けない。
いつもと違う調子に俺は驚いた。
「ううん、私のせいだね。何かのついでみたいに言っちゃったんだよ。『あ、そういえば私の彼氏って、十七才年下なんだけどさ』ってかんじで」
「いきなり年の差から言ったのか……。最初が肝心だと思うんだけどねぇ」
「まぁ、挽回はできるんじゃないの? だって、ユキはこんなにカッコいいんだから」
俺と華子、同時に歯ぎしりする。
今すぐ逃げ出したい。
「分かってもらえる自信ないなぁ。せめて高校は卒業した年なら……」
「母娘両方頂いてた?」
華子が拳を振り上げる。
ドウドウと制する俺。
「まさかまさか、実加子さんに刺される覚悟なんてありませんから」
「細切れにしてやるから」
「嫉妬で?」
「ん? いや違うね。やっぱり娘にはアソんでない真面目な青年をあてがいたいよ」
「そんな言うほどアソんでないけど」
「この前メールが来た早苗さんは?」
「あー……まぁ……ねぇ……」
早苗さんは二年前の彼女だ。
俺も会ったことがある。
あれ? そういえばあの人とはなんで別れたんだろう?
兄貴の女性関係は乱れすぎてるな。
「あんた、女の切り方が下手なんだよ。ヘンな情けなんてよけいに駄目なんだから」
「どうしても、いい顔したくなるんだよねぇ……」
「私、イヤだよ? 結婚式に花婿をかっさらいにくる女が現われるとか」
「ああ、あの映画よかったよね」
「話を逸らすな」
「イテ」
華子は拳を下ろしたきりテーブルに突っ伏している。
耳が赤い。
そんなこんなで大人の男女は聞くにたえない会話を続け、一時間くらいして出ていった。
実加子さんはしきりに華子のことをゲンさんに謝っていた。
華子がお店に入り浸るのは、ゲンさんには迷惑なのだろうか?




