七話 デート!(解散)
華子は気まずそうにうつむいたまま料理を口に運ぶ。
俺は俺で考え込んでいた。
華子に童貞を捧げる条件は『全部が終わったら』。
つまり、結婚詐欺の証拠を見つけ出さなくても、全部を終わらせたらそれでいいんだ。
なにが終わるんだろう? どうやったら終わるんだ?
「なぁ、華子」
「ん、なに?」
逆ギレ気味にふてくされた声を出す華子。
「ホントのところ、華子はどうしたいの?」
「浜口行道の悪行を……」
「それはもういいから」
俺が言うと、華子は横を向いて舌打ちした。
その後、歪めた顔をこっちに向けてくる。
「快人は全然分かってない。神在実加子という女はとんでもなくタチが悪いんだから」
「そうなんだ?」
「私はすごい苦労してるの。今回のことでも、私がちょっと意見したら自転車のタイヤを隠すのよ。『自転車はタイヤが両方ないと走れない! ユキなしでは走れない私のように!』とか意味不明な演説してさ。そこからさらに……っていちいち言ってたらキリがないくらい酷いことしてくるんだから。あの人は痛い目を見ないとダメなの。痛い目に遭わすには結婚詐欺が最適なの」
「……なんかこう、普通に仲良くできないの? 二人きりの母娘なんだしさ」
「ぬるい……ぬるいわ、快人」
ダメな奴を見る目で俺を見る華子。
「でもさ、結婚詐欺をでっち上げて一回ヘコませても、それで問題は解決しないと思うんだよね」
「問題? 問題ってなに?」
首を傾げて見つめてくる。
無防備な視線を受けて俺の胸は意味なく高鳴った。
「華子って実加子さんが嫌いなんでしょ?」
「……そうね」
「親のことが嫌いって、問題だと思うんだけど」
「ぬるいわね、快人。いくら親だろうと、いけ好かない奴はいけ好かないのよ」
華子は深刻そうな顔をゆっくり左右に振った。
まぁなぁ、ぬるい考えと言われればそうかもしれない。
俺は両親とは円満な関係にあるのだし。
でも、華子が実加子さんを嫌ってる限り、同じことは何度でも繰り返されると思うんだよね。
華子に童貞を捧げる条件は『全部が終わったら』。
華子と実加子さんが仲良くなった時、初めて『全部が終わった』と言えるんでは?
……大変そうだ。
でも、ありもしない結婚詐欺をでっち上げるよりはよほどいい。
「いけ好かない、か。今はそう言ってたらいいよ、華子」
「ん? どういうこと?」
怪訝そうに少し眉をひそめる華子。
そういう顔もまたいい。
「俺、ちょっと頑張ってみる」
「お、やる気になってくれたのね」
華子がにっこりと笑みを見せる。
「やる気なんていくらでも出すよ。華子に童貞を捧げるためならね」
「ふふ……」
軽やかな笑い声。
そして――
「あんたって、ホントサイテー」
高出力のレーザー光線みたいにキツい視線を向けてくる。
「ええ?」
どこで怒りに触れたのか分からない。
童貞を捧げる話は今さらだよね?
「……ねぇ、快人?」
華子が深刻そうな顔を近付けてきた。
「あなたにとって、私ってなに?」
「なに? なにって……極上の女?」
「それだけ?」
「童貞を捧げる相手?」
「ホントに?」
「……あれ?」
華子の顔がどんどん近付いてくる。
いつものような厳しい視線じゃない。
でも、いつも以上に迫力のある目で俺を見た。
「ホントに、それだけ?」
「いや……ちょっと待って?」
「ダメ、即答せよ」
「でも……あれ?」
「快人にとって、私は極上の女、なのよね?」
「……うん」
「快人にとって、私は童貞を捧げる相手、なのよね?」
「……うん」
「ホントに、それだけ?」
「……う、うーん?」
「それだけじゃ、ないっぽい?」
「……そんな気が……しなくも?」
「その辺、はっきりできないの?」
「……わ、分かんないんだよねぇ」
「じゃあ……快人にとって、私は特別?」
華子がじっと俺を見つめる。
俺もよそ見できない。
ただ思ったそのままを口にする。
「……うん、華子は特別。それは確か」
「了解」
華子が深くうなずく。
顔を引っ込める。
そして出されたアイスにスプーンを差し込んだ。
「おいしーっ! 快人も食べなよ」
華子はご機嫌でアイスを食べていく。
わけ分かんねぇ。怖かった……。
そして食事を終えてダイニングを出る。
言っていたように華子の奢りで。
「ゴチでーす」
取りあえず頭を下げる俺。
「ええ? 言ったでしょ、お礼だって」
ぽんと俺の腕を叩く華子。
なんでここまで機嫌を回復しているのかナゾなんだけど。
「さぁ、帰るわよ」
例によって先へ先へと歩いていく。
帰りの電車は空いていた。
二人並んでシートに座る。
……肩が接してるんですが。
……腕とかすっごい柔らかいんですが。
気のせいか、華子からは香水以外の匂いもただよってくる。
電車が揺れて華子が俺の方へ傾く。
いい匂いがいっそう濃くなる。
当然、俺はそのタイミングで鼻から大きく息を吸い込む。
ふあああ……。
華子はずっとご機嫌だ。
「今日は楽しかった。ね?」
「うん、手付金としては十二分だよ」
極上の女とのデート。
いろいろあった気もするけど、とても楽しくすごせた。
「手付金? ……そうか、そういう話だったわね。忘れてたわ」
「あれ? そうなの?」
「うん、普通に楽しく遊んでた」
華子が照れたみたいな無邪気な笑顔を向けてくる。
俺はなぜだか顔が火照ってしまう。
「そっか、よかった。俺なんかじゃ、華子は楽しめないんじゃないかって心配してたんだけど」
「まさか、楽しかったよ。初めてのデートだからすっごいドキドキしてたんだけど、もう途中から素で遊んでたもんね」
「へぇ……えっ! 初めてのデート?」
驚いた俺が隣を見ると、華子は真っ赤にした顔をこっちに向けていた。
「違う! 快人よ! 快人は初めてのデートでしょ? なにかやらかすんじゃないかって、ずっとドキドキしてたのよ、私!」
「ああ、なるほど」
びっくりした。
そりゃそうだ、華子はケーケンホーフだもんね。
華子と俺はすっかり打ち解けていた。
俺のバカ話に声を出して笑ってくれる華子。
「童貞同盟って、ホントバカぞろいよね? 『今週見た下着の報告会』? そんなの真面目な顔してやってるんだ?」
「極めて重要な会議だよ。童貞は女子と話すのすら困難だからね。美少女を遠くから眺めるしかないんだよ」
「で、パンチラとか透けブラ? キャミが透けても大興奮なんだ?」
「白地のシャツの向こうに透けて見えるピンクのキャミ。たまらないよ」
「ええ? あれって見えてもいいんだよ? キャミだけ着ることもあるし」
「キャミだけ着る奴なぁ」
「どうしたの、難しい顔して?」
「確かに露出が大きいのはうれしいんだよ。でも時々、はしたないのがあるよね?」
「下着っぽいの? その方が大興奮でしょ?」
「いやいや、慎み深さは大切だよ」
「肌は見たいくせに? メンドくさいね、童貞は」
「日々、苦悩してるよ」
「じゃあ、タンクトップは?」
「あれは判断が難しいんだよ。肌に密着してて興奮するのもあるし、まるで色気のないのもあるし。彼女が着ているタンクトップをどう位置付けるか? 常に熱い議論が展開されてるよ」
「前に私が着てた奴は?」
「あんまり色気は感じなかったね。カップなんて付いてたし」
「ショートパンツは?」
「あれは童貞心を挫く悪魔のアイテムだね。でも、童貞の妄想力をもってすれば、あんなのないものとして扱うことができるんだ」
「妄想力?」
「そうそう。スカートの向こう側にあるアイテムではあるんだよ。これはショートパンツじゃない! パンツだ! パンツだ! と強く念じれば、童貞の頭の中ではパンツになるん……だけど……」
華子の顔を見てみると、氷みたいな視線で俺を見ている。
や、やべぇ、調子に乗りすぎた。
「ふーん、それでジェットコースターじゃスカートばっか見てたんだ?」
「い、いや……その……」
ビンタ? グーパンチ?
「バーカ」
華子、軽くデコピン。
え? それだけ?
華子はにこにこと俺を見ていた。
「童貞って、ホントしょうがない生き物よね」
「ま、まぁ……童貞だからね?」
「他には? 他にはどんなバカな活動してるの?」
肩で俺を押してくる。
よく分からないけど、助かった?
それからも童貞同盟の話で二人は盛り上がった。
やがて学校の最寄り駅に到着。
華子はここで降りる。
「うーん、やっと着いた」
立ち上がって伸びをする華子。
スカートの裾の位置がいっそう上がって俺の目を惹き付ける。
いかんいかん。
「じゃあな、華子」
お名残惜しいながらも手を振る。
そんな俺に向かって怪訝な顔の華子。
「なに言ってんの? 女を家へ送るまでがデートよ?」
……そうなんだ?
というわけで俺も電車を降りる。
駅の中の自販機で華子がジュースを買う。
あれ? 言ってくれたら俺が買うのに?
そして駅を出て、ふたり並んでてくてく歩く。
なぜか会話がない。
それでもいいと俺には思えた。
華子の住処たるゲンさんの家の前まで来る。
さて、今度こそお別れだ。
ここでなにか気の利いた別れの言葉を言うべき?
……いや、下手なことを言えばまた冷たい視線だ。
次のデートの約束は?
ああでも、今回のはただの手付金だし……。
「じゃーねー」
華子が軽く言って駆けていく。
俺に顔を向けるもことなく。
あ、そう? 結構あっさりなんだ?
釈然としないものを抱えながらゲンさんの家に背を向ける。
さーて、帰ってフロ入って……。
「快人!」
「え?」
振り返ったらほっぺたになにか当たった。
一瞬のことだ。
温かい? くすぐったい?
混乱が収まる。
間近。本当に間近に華子の顔。
口の両端を引っ張ったみたいにして笑ってる。
親しみが込められた視線。
「ご褒美」
「え、なにしたの?」
ほっぺたに手を伸ばす。
触れる前に華子が手首を掴んだ。
「鏡で見るまでは、触っちゃダメ」
ぱちっとウインク。
そして華子は去っていった。
何度も振り返りながら。
駅のトイレ。
鏡を見たら、ほっぺたに赤いのが付いていた。




