十話 認めようとしない女
ともあれ俺は、兄貴が潔白である証拠を手に入れた。
未練を抱えた早苗さんを兄貴が振ってしまうという動画。
これを見せれば華子も納得してくれるはずだ。
次の日の昼休み、俺は弁当片手に華子の教室を訪れた。
華子はあいかわらずのぼっち飯。
今日の髪型は左の上の方でひとまとめにくくるというもの。
ボリュームのある髪なので、首にすごい負担がかかってるように見えてしまう。
俺は軽い調子であいさつをする。
「よう、華子」
驚いたような顔を向けてくる華子。
教室の時計を見て、俺をまた見る。
「あなた、昼食は?」
「今ここで食べるんだよ」
華子の机に自分の弁当を置いて膝立ちになる。
「そんな食べ方お行儀が悪いわよ。前のイスを使いなさい?」
言われたとおり、華子の前の席からイスを借りた。
華子の反応はちょっと意外だ。
「一緒に昼飯食べるの、素直に認めてくれるんだ?」
「どーせ、うだうだ食い下がってくるんでしょ?」
整った顔を歪めて悪態をついてくる。
まぁ、その通りなんだけど。
華子の弁当は色とりどりのかわいらしいものだった。
「華子の弁当、ゲンさんが作ってくれたの?」
「違うわ。いつも私が自分で作るのよ」
ちょっと自慢げな顔。
「へぇ、華子って料理できるんだ?」
家事なんてなんにもできない、ダメなお姫様というイメージなんだけど。
「そりゃそうよ。元々母と二人暮らしで、母は外で働いてるんだし」
「あ、そうなんだ」
華子の母親たる実加子さんと兄貴が付き合っているということは、華子の父親とは別れているということになるのか。
今まで深く考えてなかったけど。
父親はどうしたのだろうか?
死んじゃった? 離婚?
でもそんなの聞いていいの?
不器用な童貞の俺にはいまいち判断ができない。
華子が少し顔をしかめる。
「なにか聞きたそうな顔よね?」
「あーうん。華子のお父さんって……どうしてるの?」
結局聞いちゃう俺。
「知らない。そこら辺で野垂れ死んでるんじゃないの?」
あれ? 自分の父親のこと、そんなふうに言うの?
これ以上は深く聞かない方がよさそうだ。
でも華子は自分から続けた。
「私が三才の時に離婚したのよ。愛人作っちゃって」
「……へぇ、それはそれは」
どう反応したものだかよく分からない俺。
「男って奴はそういう生き物なのよ。女を裏切ったり、あんたみたいに女にゲスいことしてきたり」
「いやいや、俺はまだなにもしてないって」
「ロクでもないことさんざん言ってるでしょ? 私みたいに超絶美少女をやってると、いろんな系統のゲスい男がいっぱい寄ってくるのよ。ホント、うんざり」
「まぁ……大変そうだよね」
華子は城山高校の美少女ランキング一位だ。
美人は美人でいろいろ苦労があるのかもしれない。
俺は平凡な童貞だからイマイチ分からないけど。
「そんなゲスい男の一人が浜口行道なのよ。母を騙くらかそうと企んでる。でも、バカな母は年甲斐もなくはしゃいじゃって、私の忠告なんて聞きやしない。ホント、面倒な母だわ」
うんざりというようにため息をつく。
「いや、兄貴は本気で実加子さんと付き合ってるみたいだよ? ちゃんとその証拠を持ってきたから」
「証拠?」
華子がイヤそうに表情を歪めた。
頑なに兄貴が詐欺を企んでると思い込んでる。
でも、俺が持ってきた動画を見たら、考えが変わるはずだ。
昼食を食べ終わってしばらくして。
華子がブスッとした顔で言う。
「こんなの、なんの証拠にもならないわ」
俺が苦労して撮った動画を見ての感想だ。
華子が自分のイヤホンを俺のスマホから外す。
「いやいや、ちゃんと早苗さんを振ってるじゃない」
「でも、母と本気で付き合ってるとは明言してないわ」
確かにそのとおりだ。
俺も家で何回も見直したけど、はっきりとは言っていない。
「いや、早苗さんが途中で遮ってるから言えてないけどさ、本気だって言おうとしてるでしょ?」
「でも言ってない」
「むむむ……」
華子はどこまでも頑なだ。
この動画の中の兄貴は、実加子さんとは本気の付き合いだと早苗さんに伝えようとしている。
そんなの童貞の俺でも分かった。
なのに、この女は……。
ふいに華子がハッとした顔になった。
「ああ、そうか!」
そして俺に真剣な目を向けてくる。
見つめられてドキドキな俺。
華子が言う。
「確かにこの二人は別れたのかもしれない」
「そうそう。で、実加子さんと……」
「本命の女は別にいるのよ。第三の女ね」
「ええ?」
またメンドくさいこと言い出したぞ?
「いやいや、そんな女の人の話なんて出てきてないじゃん。早苗さんも『十七才も年上なんでしょ?』って言ってるし」
「早苗って人には母のことしか言ってないの。でも、彼女にも黙っている本命の女がいるのよ、うん」
自分の考えに深くうなずく華子。
ええ~。
「兄貴が詐欺を企んでるって説はあくまで曲げないんだ?」
「当たり前でしょ? 普通に考えたら分かるじゃない。十七才も年上の、私みたいに大きい子供がいる女と本気で付き合うと思う?」
「いや、好きになったら年とか関係ないでしょ?」
兄貴は本気で実加子さんと付き合っている。
あいつと話をした俺はそう信じたんだけど。
「童貞のくせに知ったふうなことを言わないで」
「ぐ、ぐう……」
「絶対に、浜口行道は母を騙くらかそうとしている。なんとしてでも証拠を見つけ出し、母に突き付けてやらねば!」
拳を握りしめて自らの使命を再確認しているらしい華子。
「でも、華子が望むような証拠なんて出てこないと思うよ?」
俺が力なく言うと華子が射るような視線を向けてきた。
俺は当たり前だが勃起する。
「そんなやる気なしでどうするの? 手付金、払ってあげないわよ?」
「ええ? 今さら?」
「払って欲しかったら、ちゃんとやる気を出して詐欺の証拠を見つけるように」
「分かった分かった、頑張ればいいんでしょ?」
具体的にどう頑張るかはまた後で考えよう。
なんとかなる、きっとなんとかなるさ。




