表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/44

八話 キスしようぜ!

 さて、華子とキスだ。

 俺は目を閉じて唇を華子の方へ差し出した。


「え、ちょっと待って、私からするの?」


 華子の焦った声がしたので目を開ける。


「いやだって、俺、やり方知らないし」

「そんな……あんた、男でしょ?」

「でも、華子の方がケーケンホーフじゃない」

「ぐぐ……」


 俺にも男らしくリードしたいという想いは多少ある。

 しかし、キスは意外に難しいと前にネットで見た。

 初めて同士だとまごついたりするらしい。

 だったら最初からケーケンホーフな華子に任せておいた方が安心だ。


「ほら、早くしてくれよ、華子」


 また目を閉じる俺。

 あんまり興味はなかったくせに、いざとなるとドキドキしてくる。

 柔らかいのだろうか?

 甘いのだろうか?

 ……甘い? 辛いものを食べてるところだし、やっぱり辛い味がする?

 俺はあれこれと想像を巡らせていく。

 ……あれ? いつまで経ってもキスの感触がない?

 薄目を開けてみると、華子の顔が間近にあった。

 よし、いよいよだ。

 目を閉じる俺。

 ……しかし華子はキスしてこない。

 どうした?

 また薄目を開けてみると、華子の顔はさっきと同じくらいの距離にある。

 つまり、華子は動いていなかった。

 目をしばたたかせたり、固く閉じたり、カッと見開いたりするが、顔を動かそうとはしない。


「なにやってるの、華子?」


 いい加減うんざりして俺は言う。


「ひゃっ!」


 華子が跳ねるみたいにして俺から離れる。

 俺がじとーっと見てやると、華子はそっぽを向いて自分の髪を弄り始めた。

 そんなに俺とキスするのイヤ?

 と、華子が流し目を送ってきた。

 おおう、色ッぺぇ!


「手付金……だったわよね?」

「そうだよ、手付金にキス。早くしてくれよ」

「キス……ごときでいいのかしら?」

「え?」


 キス以上? キス以上のことしてくれるの?

 例えば……。


「キスなんてほんの一瞬よ? それより、もっと長い間楽しめることをしない?」

「……というと?」


 やっぱりアレをしてくれるの?

 いやでも、今の俺なら一瞬で終わりそうだ。

 長い間は楽しめそうもない。

 と、華子が魅惑的な唇を動かす。


「デートしてあげる」

「デートかぁ」


 思わずがっかりがため息となって漏れ出てしまった。

 下手に期待値を上げられただけにがっかりは大きい。

 華子が焦った顔を向けてくる。


「え、なにその反応? デートよ? この私と一日過ごせるのよ?」

「いや、もっと即物的なのがいいなぁ」

「即物的?」

「フェラとか」


 俺が言った途端、華子の視線が厳しくなった。

 地獄の業火を放たんばかりだ。

 そんな視線を受けた俺は当然勃起する。

 華子が目を閉じた。

 プルプルと身体を震わせる。

 次にまぶたを開いた時には不自然に穏やかな目をしていた。


「手付金はデートよ。それ以外は認めないから」


 言葉は静かだが有無を言わさない迫力があった。


「……分かったよ、その条件で」


 フェラは童貞を捧げる時の楽しみに取っておくか。


「気に入らない態度だわ。私だって初めての……」


 と、華子はなにかに気付いた顔をした。

 すぐに口をつぐむ。顔が赤い。

 ヘンな態度が気になる。


「初めての、なに?」

「な、なんでもないわ。とにかく私は莫大な手付金を支払うの。あなたは引き続き浜口行道の悪行の証拠を探しなさい?」

「はいよ」

「分かればよろしい」


 よくよく考えてみれば手付金はおいしい話だった。

 付き合うなどと言いながら、恋人らしいことはほとんどなにもしてくれない華子なのだ。

 その華子が自分からデートをしようと誘ってきた?

 これは大きなチャンスかもしれない。

 うまく立ち回ればキスのチャンスもある?

 華子を煽りまくったゲンさんには感謝だな。

 俺はゲンさんに向かって親指を立てる。

 向こうも親指を立ててきた。




 もう華子は俺を見ない。

 ぶすっとした顔でサラダにフォークを突き立てる。

 レタスを口に放り込んだ華子を見て俺は目を見張った。


「華子……ちょっとこっち向いてくれる?」

「なによ?」


 怪訝な顔を向けてくる華子。

 その唇にはドレッシングが付いている。

 白いフレンチドレッシングだ。

 白く! 濁った! どろりとした液体!


「華子、唇にドレッシングが付いてる。舐めときなよ」

「あ、そう?」


 ぺろりと舌を出し、華子がドレッシングを舐める。

 白く濁ったどろりとした液体を、極上の女が舐めた!

 俺の息子は発射寸前まで膨らむ。

 たまらん……たまらんものがある……。


「なによ、ジロジロ見て」


 本人はどれだけエロい事態が発生したのか分かっていない。

 そんなところがいっそうソソる。


「なんでもないよ、なんでも。サラダ、もっと食べなよ」

「言われなくてもそのつもりよ。私は出されたものは全部頂く主義なの」


 童貞も頂くんだもんね。

 そして、サラダを――白く濁ったどろりとした液体を口に運ぶ華子をチラ見しながら、俺は食事を終えた。




 食後のデザートはケーキだ。

 華子はフルーツがたっぷり載ったタルト。

 ゲンさんはチョコレートムース。

 ケーキにこだわりのない俺はイチゴのショートケーキだ。


「やーん、おいしそー」


 華子が俺には決して向けてくれない甘ったるい声で叫ぶ。

 そして自分のスマホでケーキを撮る。

 ここで俺は思い出した。

 スマホを取り出して華子に向ける。


「おい、華子。こっち向いて」

「ん?」


 こっちを向いたところでシャッターボタン。

 フラッシュが光ってパシャリと音がする。

 そう、俺はまだ華子の写真を持っていなかった。

 恋人の写真は手元に欲しいところ。

 ましてや華子は極上の女なのだ。


「ちょっと! 勝手に撮らないでよ!」


 華子がにらみ付けてくる。

 あれ、おかしくない?


「いや、俺たち付き合ってるんだろ?」


 写真くらい普通に撮るでしょ?

 華子は俺を見たまま顔を歪める。


「付き合っていようが勝手に撮るなんて許せるわけないわ。この私は、気軽に撮っていいような、そんな安い女じゃないのよ!」


 胸を張る。

 ……そうなんだ?


「今撮ったの見せなさいよ」


 華子が俺のスマホを分捕る。


「なにこれ!」

「え、いや普通に撮っただけだよ?」


 別に際どいところを狙ったわけでもなんでもない。


「フラッシュなんて光らせるから、おでこがテカっちゃってるじゃない!」

「え、そう?」


 華子の横から自分のスマホをのぞき込む。

 どこがおかしいのかさっぱり分からない。

 極上の女がこっちを向いているだけの写真だ。


「信じらんない! こんなの消去よ」


 有無を言わさず華子が写真を消してしまった。

 写真一枚すら許してくれないの?


「なぁ、一枚くらいいいだろ? もう一回撮らせてくれよ」

「ダメよ。スマホのフラッシュごときで私を撮るような奴に、私を撮る資格はなし!」


 頑なな華子。

 やはりダメなのか?

 いいや、ここで食い下がらねば。

 でもどうやって?

 考えた末にたどり着いた方法はただひとつ。


「どうか頼みます! 写真撮らせて下さい、華子様!」


 俺、土下座。

 華子が呆れたみたいな声を出す。


「ええ~? そこまでして欲しいの?」

「はい! このままでは俺たちが付き合ってると確信が持てません。それはつまり、兄貴の調査をする気になれないということです!」

「今さらそんなこと言わないでよ。手付金だって払うじゃない」

「写真すら撮らせてくれない女が、本当にデートしてくれるのでしょうか? 俺は非常に疑問です!」


 土下座をしながら華子を批難する俺。


「む、むむむ……」


 華子がうめく。

 ちらりと見てみると腕組みをして考え込んでいる。

 そして深いため息。


「分かった、分かったわよ。写真あげる」

「よっしゃっ!」


 俺はすかさず起き上がる。

 スマホを……と思ったら、まだ華子が持っていた。


「ええっと、メッセージのアプリは、っと……」


 人のスマホを勝手に操作している華子。

 続けて自分のも操作。


「これでよし。今、ちゃんとした写真を送ったから」


 ようやくスマホを返してきた。

 メッセージのアプリを見る。

 今までなかった『華子』というアカウントが追加されてあった。

 そして最初のメッセージとして画像が。

 どこかの、『ささら=りゅうきん』ではないカフェで撮ったらしい。

 窓から暖かそうな日が差し込むテーブル席。

 テーブルの向こうにいる華子が頬杖をついて笑っている。

 俺には向けてくれたことのない、リラックスした笑顔だ。


「ゲンちゃんが撮ってくれたのよ」

「やっぱ、かわいいよな、華子って」

「それは私が一番よく知ってるわ」


 得意げな顔の華子。

 中身はメンドくさい女なんだけど。


「他にはないの?」

「ん? そうねぇ……」


 三枚ほど送ってくる。

 それぞれ季節が違う。

 誰かに撮ってもらったのだったり、自分で撮ったのだったり。


「もういいでしょ? 好きなだけ知り合いに自慢するなりしなさい」

「うん、そうする」


 いいや、誰にも見せたくない。

 俺はなぜだかそう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ