第8話:異世界っぽい剣術を学ぶと思ってた
「その前にもう一度テレポートをしますね。もしかしたら本当に魔法を唱え間違えたのかもしれません」
そういうと、また早口で詠唱をし始める。今度は前よりもゆっくり詠唱をしているのだろう。前よりも少し時間がかかった。といっても、ほんの数秒違いだけどな。それに、最初から魔法陣が展開されたまま煌々と輝きが増してくる。やがて詠唱が完成したのか、ガブはこちらを向いて、
「それでは行きましょうか。『テレポート』!」
景色が変わる。不思議と目眩とかそういった類の症状は現れない。もしかしたら『テレポート』とはデメリットなしの魔法なのかもしれない。非常に便利なので今すぐにでも習いたいものだ。
最初にいた森の場所に瞬間移動する。勿論、地図を見る限りさっきまでいた場所から瞬時に元の場所に戻るのがわかる。さっきまでは北東のほうに歩いていたんだな。
「あれ?やっぱりここで合っていますよね?なぜあのような魔物が生息しているんでしょうか?う~ん……」
といって再び頭を抱えだした。ああもう、状況が全くわからん。わからんが、推測するに、この場所では本来出現する事がない高レベルの魔物が現れたのだろう。
「まあいいじゃないですか。それよりもまずは何をすればいいんですか?」
話が進まないようなので、こちらから話を切り出す。どちらかというと、俺のために悩んでくれているような気がするのだが、ガブがいれば安心できる。木刀を使っている時点で、まだ本気を出していないだろうからな。本気なら見逃すわけもない。
ガブがなにやら思案していたが、やるべきことを思い出したのか、こちらを見る。
「そうですね……。取り敢えず、まずは攻撃の仕方を覚えましょうか」
普通は防御とか受け身とかそこら辺を教えるべきなのに、ここで攻撃を教えるあたり、ちょっと抜けているのかもしれないが、ここら辺では普通は反撃やら攻撃やらを受けることもないのだろうか。レベルが低い地域なのかもしれない。
「それではまず、攻撃とは何なのかを説明してみてください」
「え?」
おっと、これは予想外のことを聞かれたな。攻撃って、普通に考えると攻めて撃破と書いて攻撃とかそういうことだろう。そのまま説明してもいいのか?
「えっと、相手を攻めることですか?」
「そうです!大正解!具体的に言えば、相手に何かしらのアクションを起こすということですね」
あ、普通だ。多分、基礎の中の基礎を叩き込むつもりなんだろう。まあ、基礎が出来ずにいきなり応用を教えられるのと思っていたが、そんなことはないようだ。
「そこで、まずは一番強力な、それでいてとても簡単な攻撃方法を行ってみてください。できれば実際にその動作をやってみてください」
「分かりました」
といっても、一番強力な攻撃方法か。魔法を使えば強力になりそうだが、それでは簡単ではない。何よりも実際に俺ができる動作ということだ。……。………。あ、なるほど。
そういうと俺は剣を抜く。シャランと剣が鞘と擦れる音がするが、抜いた後は音が響いて聞こえる。おお、ちゃんとした武器だ。というか光を反射していてとても品質がいいのがわかる。
俺はその剣を上段に構えてから、思いっきり振り下ろす。やはりというか何というか、ちゃんとブンッという音が鳴る。ガブは一体どうやって音を鳴らさないようにしているんだろうか。
「こうですか?」
「はい、正解です!」
そういうと、ガブは拍手をしながら笑顔を向け、そう答えた。ガブがさっきの戦闘で行った攻撃はどちらも上から下に振り下ろすことだったからな。これは答えを事前に教えているようなものだ。
「答えは、上から下に振り下ろすことです。理由は簡単で、重力の分も合わさって速度、重さがプラスされるからなんですよぉ!」
答えを教えてくれながら、一応解説もしてくれるのか。分かりやすいな。まだここら辺は常識なのだろうが、この先の技を教えてくれる時に理由も教えてくれると非常に良い。
「出来れば、下から上に攻撃をするのではなく、上から下に攻撃をするといいでしょう。それでは次に、攻撃の動作の仕方を教えます」
すると、ガブは腰につけていた木製の片手剣を構える。何故だろうか、とても強そうに見えないのだが、さっきの戦闘ではあの木刀がグリーンアサルトボアを殴ったと思うと、凶器にしか見えない。
「まず、剣は軽く持ってください」
そういいながら、ガブは小指から中指までを軽く握り、人差し指、親指は力をほとんど入れないようにして持つ。一応、こちらも見様見真似をしようとするが、安定はしないな。代わりに動かしやすくはある。
「上に構えてください」
言われたとおりにする。それにしても何故強く握らないのだろうか。強く握ったほうが強い力が出せるのに。
「振り下ろすときに、相手に当たる直前に思いっきり握ってください」
そういいつつ、ガブは思いっきり振り下ろす。すると、思いっきりブゥンッという音が鳴り響き、風が巻き起こる。木の葉が舞い、草木が揺れる。うわぁ、当たったら脳震盪どころの話ではなさそうだな。頭蓋骨がカチ割れるんじゃないか?いや、絶対割れると思う。俺なら真っ二つか?
そう思いつつ、こちらも思いっきり振り下ろす。さっきみたいに軽くブンッという音が鳴るだけで、終わる。う~ん、なんていうか、強く握った時と変わっていないような気がする。むしろこちらの方は考えることやプロセスがが多いので面倒といえば面倒だな。
「あの、何故剣を振るう瞬間だけ強く握るのですか?」
疑問に思ったので、そう聞いてみる。ガブ待ってました!という風な感じで解説をし出した。
「何故かと問われますと、相手に当てる直前に力を入れることが重要なのではなく、逆に力を抜くことに意味があるのですよぉ!力を抜いている時は肩の力も抜くとなおいいですね。理由は簡単で、力を抜いていると、人は自由に、柔軟に動くことができるからです。それに、力を入れっぱなしにするよりも、力を瞬時に加えるほうが、強い力が入るのです。駆けっこと一緒で、初速が最速ですよね?」
うん?その表現だと分かりにくいな。初速は遅くて、加速していくものなんじゃなかったっけ?ここら辺は勝手に、持久力が一番多いのは最初だからということで納得しておこう。
「では、相手がより強力な、それこそ自分のパワー、スピードが相手よりも下の場合はどうすればいいのですか?」
これは、前にドラゴンスレイヤーさんと戦った時に感じたことだ。なんていうか、防ぐとか避けるとかの次元じゃなくて、単純に見えなかった。その場合の対処法は何だろうか。
「その場合も、緩く持ったほうがいいですよぉ!相手に攻撃される直前、相手を攻撃する直前だけ強く握れば、剣を手放すこともないですね。あまりにも早い場合は最初から力を入れてもいいですよ!それに、持久戦に持ち込まれると力を抜いている分、体力を温存できます」
なるほど、あの時は一応力を最初から入れていたわけだが、合っていたんだな。単純に対処しきれなかっただけということか。
それに、この攻撃方法は簡単に説明すると、力の温存と、瞬間的な攻撃力が高いということだろう。
「詳しい振り方を教えてほしいです」
「分かりましたぁ!」
そういうと、ガブは軍隊がよくやる敬礼をした。
親指と人差し指、場合によっては中指の力を抜いて、薬指と小指だけで軽く握るのだそうだ。さらに、利き腕ではないほうは完全に力を抜いて、添えるだけでいいらしい。左手は添えるだけ、ってなんかそんなシーンがあった気がするな。
「そうそう、そんな感じですっ!縦切り以外にも横切りを打つ時にもこの動作を忘れることのないようにお願いします。では、実践あるのみなので、実際にわたしに打ってみてください」
「分かりました」
そういいつつ、ガブが木刀を構え、俺が振り下ろす剣を防ぎ、受け流しながら、横薙ぎを躱す。ふむ、防御の練習をさせられるときには攻撃されるのだろうか。……死ぬんじゃないかなぁ、俺。
一方的に攻撃をするが、一つも攻撃が当たらず、絵面的に高校生が幼女に対して虐待してるようにしか見えないから、森にテレポートして正解だった気がする。攻撃が当たらないのって、なんていうか少しダサい気がする。街中ならロリコンどもに火あぶりにされかねないな。
と考えていたところで、ガブが受け流した後、攻撃をしてきた。油断していた俺は、剣が俺の横腹にトンと当たるのを感じる。痛くはないが、これが本気の場合、死んでたんだろうな……。
「では、次に防御です!防御は良いですよぉ、何といっても痛くないですからね!」
「よろしくお願いします」
今は防御を一刻も早く習わなければ、この世界では生き残ることなんてできない気がする。回復魔法と防御魔法を学びたいところだ。
「防御とは一体何でしょうか?はい、マサキ君!」
えっと、教師のつもりなのだろうか。まあ確かに今は教師ではあるな。ここは生徒として答えるとするか。
「はい、相手からの攻撃を防ぐことです」
「はい、正解です!正確には、相手からのアクションに対して何かしらのアクションをして防ぐことです。攻撃を受け止めるのもそうですが、受け流す、回避することもそうですね!」
「いや、回避は防御とは違う気がするのですが」
「え?……あ、確かに」
えぇ……、今までもしかして回避も防御と思っていたのだろうか。回避と防御は違う気がする。でもまあ、ガブ曰く「アクションに対処するためのアクション」なのだから、理論が合っているっちゃ合っているんだよな。
「それはまあ置いておいて、防御方法は単純なので、これは如何に相手を調べ、よく観察し、予測して対処するかが問題となっているわけです。先ほどの戦闘中に言っていた、相手をよく見ることとは、相手に攻撃するときもそうですが、一番重要なのは攻撃方法を予測して対処する方法を考えるためにあるのですよ。どのようなことがあっても、最後に生きていれば勝ちなんですからね」
「分かりました」
「これに対しては、本当に実践あるのみなので、わたしが攻撃をするので避けるなり受け流すなり、受け止めるなりして対処してみてください」
そういいつつ、ガブが片手剣を構える。こちらはどこから来てもいいように正面に取り敢えず構える。おっと、力んでいたようだ。力を抜いておこう。
「今は、防御に集中したいので、反撃をしないようにしてくださいね。反撃は少しプロセスが多くなるので、防御して、一旦間を置いてから再度攻撃といったようにしてください。慣れてきたら反撃もしていいですね!」
そう言いながら、攻撃を仕掛けてくる。早いが、ギリギリ対処できるレベルの速さだ。それに攻撃を受け止めたとき、重いといえば重いが、何とか凌げるレベルの重さだ。さっきの打ち合いで俺のレベルが推し量れたのだろうか。凄いな。
そうして夕方まで打ち合い、日が暮れようかとも思ったところで、やはりここで野宿をすることとなった。テレポートで帰ってもいいが、出来れば合格した後のサバイバル生活も練習しておきたいらしい。といっても、事前にガブが持って来ていたキャンプ用の簡易式テントが用意されていた。夕食はないようだが、もしかして狩りにでも出かけるのだろうか。
「夜は魔物が活性化するので、火を起こしておけば自然と近寄ってくるはずですよぉ」
「そうなのか。やっぱりそこは異世界の魔物なんだな」
思った通り、魔物は夜に活発的に活動するらしい。火を起こすと人の気配を察知してこちらに来るのだとか。ただし、まだまだ未熟なので、こちらは攻撃をせず、必要ならばテントに隠れるようにしてほしいといわれた。テントには魔法をかけていて、魔物が攻撃しないように何やら厳重な加護が施されているらしい。天使だからって何でもありなのだろうか。それとも一般魔法なのだろうか。
「夕食は魔物ですけど、平気ですか?」
「むしろ魔物なら問題があるんですか?」
そういうと、ガブは何かを思案する。少し経って、首を横に振りながら「特にありません!」という。本当に、元気だなぁ。
「ならいいんじゃないですか?俺は好き嫌いなんてないので、極端に辛いものとか苦いもの以外なら何でもいいですよ」
そう答えておくと、ガブは火を起こそうと近くの木の葉や枯れた木の枝を集めて、木の枝を使って火を起こす。火の魔法を使えばいいのではと尋ねると、万が一に脱出しなければいけない場合に魔力が枯渇してしまえば、『テレポート』が使えなくなるので、温存したいのだとか。といっても、火を起こすのに10秒もかからなかったので、割と火の魔法は使わなくて済むのかもしれない。
10分もしないうちに魔物が現れた。よく見るとウサギ型の、頭に一角生えた魔物のようだ。名前はウサコーン。ユニコーンみたいなので名前がそうなったんだとか言われているらしい。ウサコーン、名前の由来が既に元ネタがある時点でちょっと可哀そうだ。ついでに、のこのこと現れてしまった時点で可哀そうだ。あっという間に瞬殺されてしまう。3匹倒してから、次々に来る魔物をどうするのかと聞いたところ、そろそろ結界を張って魔物が来ないようにするのだとか言われた。本当に便利な魔法だな。
そう思いつつ、ふと思う。考えてみれば、昼間のグリーンアサルトボアを夕食としたほうが良かったのでは?う~ん、やはりここは抜けているんだな。
昼間歩いているときに採取したキノコやら何かの葉を鍋に入れ、ウサコーンの肉を入れた、簡単なシチューを作ってくれた。
早速頂くと、これがまたうまいことうまいこと。とろとろのシチューなのだが、ウサコーンの肉が柔らかくて、どうやってここまで即興で美味しくなるのかと是非とも習いたいものだ。
そういうと、これもサバイバル実習で学んでいたほうがいいので、教えますと言ってくれた。やった、天使の教えだ。きっと運が上がる料理に違いない。
テントは二つあり、片方は白色で、もう片方は黄色だ。なんだろう、もしかして白色のほうってテールの物なんじゃないかと思う。俺は白色のテントのほうで寝ることにした。問題?起こすわけがないだろうが。ラノベじゃないんだぞ、ラノベじゃ。
朝日が昇り、体力作りをしなければいけません!とか耳元で起こされるものだから、朝くらいは少し静かにしてほしいといえば、5分くらいは起こしに来たり、体を揺すったりしていたらしいが、全く起きる気配がないので仕方なく大声で起こしに来たらしい。今度からはきちんと起きようと思う。
「ランニング5キロをしましょう!」
「朝食はないんですか?」
「それは走った後です。まずは朝の体操とランニングから始めるべきです」
聞けば、本来は10キロメートルくらいがいいが、いきなり10キロメートルなんてしんどいかもしれない、ならば半分の5キロメートルは簡単だろうと考えたらしい。
因みに俺は、普通の高校生である。勉強もそこそこだが、運動は習い事を学んでいないことから分かるように、人並みレベルだ。つまり、5キロメートルなんて死ぬ気で走ってやっと位なのである。
まあ、日頃から運動はしていたから多少は行けるのかもしれない。もしかしたら意外と楽とか?
甘ったれるわけにもいかないし、何よりも時間が惜しいので、明日から順に1キロメートルずつ増やしてほしいとお願いした。
1時間後―――――
地獄を見た。そうだった。ここはアスファルトで舗装された道ではなかった。普通に木の根があったり、小石があって地面のコンディションが悪く、最近は(といってもまだ2日間だが)朝の日課の運動をしておらず、体が鈍っていたためか体が重く、途中で坂があったり、魔物が現れたりしてガブが対処するがその度に回避しなければいけない状況が続いた。何せ気配がなく、突然目の前に現れるものだから、抜刀する時間がない。抜刀するころにはガブが仕留めている。実践あるのみなのではなかったんですか?
しかも、ガブは走っている途中で薬草やらを採取していく。疲れていないんだろうな。というか日頃からこんなことしているんじゃないかっていうほど手慣れた動きだ。いやまあ、きちんと食材を買ってきているらしいから、単にサバイバル能力が高いのだろう。
そんなこんなで、朝からハードだった。明日は1キロメートル増えているのか。しんどいなぁ。
朝食は簡単なスープとサラダとレーションだ。レーションの中の乾パンを軽く潰してサラダにかける。そんな使い方があったなんて驚きだ。いや、俺が知らないだけでこのやり方は有名なのかもしれない。
だが正直いって、ハードだったからか、食欲が失せている。時々汲みに行く川の水だけで十分な気がした。だが、
「朝食をとらないと体が成長しませんし、頭も回りませんよ?もっとしっかりと栄養を取らないといけませんよ」
とガブが言ってきた。渋々食べる。……くそ、滅茶苦茶うまいから直ぐに食べ終わってしまった。俺の体調不良仕事を忘れたのか?まあ今は体調不良になってほしくないが。
「ごちそうさまでしたぁ。ふぅ、それでは勉強を始めましょうか」
「……えっ?」
「聞けば高校生と聞きました。わたしも大学院までの全分野は頭に入っているので教えることはできますが、高校の勉強を途中で死んでしまったからやっていないところがあるのですよね?」
「えっと、はい。ですが、異世界に来たのでもうその必要はないですよね?」
「そんなわけないじゃないですか。勉強ができればデメリットはありませんし、むしろメリットしかありませんよ?せめて高校レベルの勉強まではやるべきですよ」
高校の勉強が異世界にどう関係するのか、そもそも英語とかもう使わないんじゃないかとかそんなことが頭を過ぎるが、ついでに異世界の文字や発音をマスターしたり、異世界の常識を叩き込んだりしたいとかも言われた。
因みに、今はテールの魔法によって異世界の言葉が翻訳されたり、勝手に文字が翻訳されたり、書いた文字も変換されたりしているのだとか。便利な魔法を覚えたほうがいいのではないですかと聞けば、楽しちゃだめだ、むしろ楽するから頭が固くなっていくのだとか言われた。因みに、翻訳魔法?は若干掛かっていない気がする。看板の文字を見ても分からなかったしな。
仕方ない、今はガブが師匠であり、先生なのだ。方針には従っていくしかない。
「では、こちらが教材です」
そう渡された教材は、なんていうか、当たり前だが、高校の教科書だった。