第4話:戦闘と出会いと始まりと。
外に出て、南側の公共施設が多い地域へと向かう。
あまりそこには回っていなかったのと、時間的にはまだ午後6時くらいだから、腹が減っている時間ではなかった。元の世界でも夕食は大体7時くらいからだったし、別にいいだろう。
公共施設の方には、奥に大きな山がある。標高は2000メートルくらいだが、そこは外壁に囲まれていない。だが、心配無いとの事だ。
神様曰く、元々あそこの山にはレッドドラゴンというモンスターが居たそうだ。とても凶暴で、殆どのモンスターが近くに住み着かなくなっていったそうだ。
で、何故ここに人が住むようになったかというと、例の竜殺しさんが一撃で仕留めたそうだ。……見たかった………。
そのときくらいに人々はすぐに建設し始めて、同時進行に周辺のモンスターを討伐、そして建設し終わったくらいに外壁を作った、というのがこの街の歴史だ。
街の名前はカレイドという。……響きは悪くないな。
兎にも角にも公共施設なら今行っても問題ない筈だ。夜の街はまた別の機会にしよう。まだ10日もあるしな。
という訳で、早速来てみた。テールの家からは実に30分くらいだろうか。まあ、どこからが南地区なのかは分からないが。
ここ南地区では公園や学校等がある。学校は大学まであると言うが。はて、この時代で大学まであっただろうか。
小中高大まで一貫だと言うし、とても大きな施設となっている。その隣では公園があるが、すべり台といったものは無さそうだ。空き地みたいに何も無い。草が生えてないところを見るに、子供向けだろうか。所々にバットとボールが落ちている。野球ではなく、クリケットなんだろう。誰もいないのに、大丈夫だろうか。盗まれないといいが。
図書館にも行ってきた。しかしこの時間だからか開いていない。何でも、この時間になると図書館には幽霊が出るという噂があるという。ここは異世界だ。出るかもしれないな。
という好奇心に負けた。もしかしたら死ぬかも知れないが、それはそれで別にいいとも思っている。別に死んだところで悲しむ人もいないし、そもそも一回死んでいるからな。
図書館には当たり前だが鉄柵があり、それを乗り越えた所で鍵がかかっているのだろう。
柵は乗り越えられるので乗り越えることにした。警備員も怖かったのか、居ないようだ。仕事しろよ、警備員。
さて図書館にどうやって入ろうかと考えていると、ピッキングという方法を思い付く。犯罪だと思うか?バレなきゃ犯罪じゃないんだよ。
しかしピッキングをしようにもピッキングをする道具が無い。どうしようかと思い、適当にドアをガチャガチャすると、開いた。きっと天性の才能があるに違いない。
中に入ると受付があり、その奥に本がずらりとあった。実に5階建て分だろうか。一番高いところは届きそうにない。
取り敢えず幽霊がいないか調べてみることにした。
結論を言うと、いなかった。というか大変な目に遭った。本を動かすと扉が開くのではないかと思って動かすと、本が頭に落ちてきたり、その音で何故かいた若い警備員にバレて追いかけられるし、ついでに警備員かと思いきやただの図書管理人だったし。
……最後のは違うか。まあ色々あった。今はもう夜の8時くらいだろうか。そろそろ帰ろう。
そう思い、足を運ぶ。疲れて足が重い。しんどい。犯罪者はよくあんな事をやるなーと思いながら帰宅する。そんな時だった。
─────もしかしたら、どこかで期待していたかもしれない。
─────あるいは、それを望んで出掛けたのかもしれない。
─────ライトノベルなんて幻想だ、と思いながら無意識にそういう事を体験したかったのかもしれない。
─────だが、実際に体験するのは実に厳しいものだ。傍観者が一番いいだろう。そう思っていた。
公園もとい、空き地を素通りして歩いて帰ろうとした。だが、誰もいなかった空き地に影があった。思わず足を止めてしまう。
黒くて良く見えない。そこには本当に影があるんじゃないかと疑うほどに、濃密な黒が存在している。
その黒い何かが、手だろうか、そんなものを上に上げて何かをブツブツと唱えて集中しているように見える。その手の先から黒い光が最初はポツンと、次には大きくなって何かをブツブツと唱えながら溜める動作をする。こちらにその手が、塊が向けられる。
その濃密な質量が分かる。半径は5メートルくらいだろう。影の存在感は無いが、あの黒い塊には人を殺せる力があると理解出来た。
ヤバい。呑気に歩いている場合じゃない!ふざけて疲れたとか言っている場合でも無いっ!マジで、死ぬっ……!
そう思った瞬間、駆け出していた。それと同時に黒い塊がこちらに飛んでくる。相手はこちらがそのタイミングで動くと思わなかったのだろう。その塊がさっきまでいた所をえぐる。地面が蒸発する。その場に居てたら冗談抜きで死んでしまう!
ジグザグに逃げながら、敵がちょくちょく撃ってくる弾を避ける。相手はイライラしているのか、仕切りに撃ってくる。
街に行った方がいいかも知れないが、そうすればもしかしたら死人、怪我人が出るかもしれない。
しかしギルドは街の中央だ。どうすればいい?
そう思いながら、後ろを見ようとする。その瞬間目の前を黒い弾丸が飛んでくる。物凄いスピードだ。物質でも身体を貫通するかもしれない。
被害を少なくして、さらに助けを呼ぶ方法。この時間帯は人が少なく、かつ人が何人かいる場所なんてあるだろうか。
「はっ……はぁっ……は、うおっ……!」
考えている内に何かに躓いて転んでしまう。その瞬間に頭があった所に弾丸が抜けていく。すぐに片手をつきながら受け身を取り、体制を立て直して再び走る。脚はくじかなかったが、手首を少しやってしまったようだ。息をしようとして肺に少量の唾が入り込み咳き込む。
程なくしてさっきの図書館に戻ってきてしまう。柵の近くには先程の警備員がいた。ヤバい、どうにかして知らせないと!
「にっ……逃げて下さいっ!」
喉は少し枯れていたが、伝わったらしい。こちらを見てすぐに悟ったのか、ギルドの方向に走り出す。賢明な判断だった。敵はその様子に気付いたが、先に俺を撃ち殺そうとしてくる。
警備員がいなくなり、こちらは図書館の周りを走るように急ぐ。
───左腕が撃たれた。掠ったが、血が滲んで服にへばりつく。とてもじゃないが痛い。
舐めていた。ギルドに入るということは、こういうヤツらに狙われるということなのだ。
この世界ではレベル制なのだとか。つまりは戦えば戦う程に強くなる。だがしかし、レベル制があるという事は、同時に適性レベルのモンスターが存在するという事だ。
今の俺は所詮一般人。相手は徐々に迫ってくる。そろそろあの黒い弾に命中するのでは!?
気付いたらまた公園に戻って来ていた。よく逃げ続けれたと思う。しかしもう5分も全力疾走をしたのだ。流石に息が持たなかった。
敵はまだ疲れていないのか、勢いそのままにこちらに弾丸を撃ってきた。
弾の数は2つ。流石に疲れたか。こっちもだよっ……!
そう思いつつ右に避ける。脚がもつれて上手く回避ができなかった。またも左手に当たる。左腰にも当たる。
「ぐっ……!痛ェッ!?」
思わず唸り、叫んでしまう。威力も弱まわっているのか、貫通はしなかったが、多量出血だ。このままでは5分も持たないかも知れない。
何とかしてさっきの人に戦闘を出来る人を呼んでくれればいいが、それまで持つ気がしない!
今頃呼んだとして、探すのに5分は最低かかるだろう。しかしそれでは手遅れだ。直でこちらに来てくれなければいけない。
─────弾丸が迫る。右脚が撃たれた。骨がゴキっと折れた音がする。痛みは不思議と無かった。
何とか伝える方法はないかを考えながら立ち上がる。やはり、右脚に力が入らない。血が出ている。ダメだ、時間が更に短縮される……!
黒い弾を何やら溜めているようだ。溜めないと威力が出ないと踏んだのか、最初よりかは小さいが、半径1メートルはある。
もしかしたらこれが魔法なのでは、と今頃気付くが、嬉しくはなかった。どうにかして避けなければ……ッ!
近くに何かないか。……あった!丁度目の前にある!
それは先程見かけたクリケットのバットとボールだ。どうしようもないが、ないよりはマシだろう。
すぐに手に持ち構える。ボールをそっと空中に投げる。
相手が魔弾を撃つと同時に、無駄だと思いながらも、こちらも同じく撃ち込む。
スロー再生されたように時間が遅く感じる。ボールはすぐに敵の魔弾に当たる。ボールが消える。ダメだったか……!それと同時に、魔弾が音を上げながら少し小さくなる。もしかしたらっ……!
振り切っていないバットを構えた状態から手を離してバットを前に投げる。バットに魔弾が当たる。
バットが消えていくごとに魔弾も消えていく。これはもしかしたらいけるかもしれない。そう思った。
だがしかし、俺の運がやはり悪かったのか、魔弾は半径10センチほど残してバットが消え去る。この大きさでは身体は貫通するな。真っ直ぐ心臓に向かってやって来る。
─────ああ、やっちゃったな。やはり、俺の運を良くしてもらった方が良かったな。というかまだ1日も経ってないな。
目を閉じる。来る衝撃に耐えることが出来ずに死ぬのが怖かったが、雷の時みたいに痛みが無いまま死にたいと願った。
苦しみから解放されたい。足が痛みを覚えてきたんだ。左腕が掠っただけだが、かすり傷は物凄く痛い。左腰なんて、滅茶苦茶痛い。よく痛みでショック死しなかった方だと思う。
そう思いながらも、来るべき痛みはいつまで経ってもやって来なかった。再び目を開ける。
─────そこには、天使と見紛う少女がいた。明るい金色の髪のポニーテールで、甲冑を付けてはいないが、白の長袖とまたまた白のワンピースを着た、背丈は俺より少し低めの165センチメートルくらいだ。色白美肌の少女で、胸は小さいが、身体は普通ぐらいだ。髪留めは赤色だった。手には刃渡り1メートルはある細い剣が抜かれている。
どうやったかは知らないが、魔弾を消し飛ばしたらしい。そのまま敵に突っ込む。
一瞬だった。敵は避ける暇もなかった。何も出来なかった。敵がすぐに灰となって消え去る。やはり物質ではなかったか。
少女が振り返る。目の色はライトブルーだ。良く似合う色合いだな。
「君、ひどい怪我。大丈夫?」
少し幼げな、しかし凛とした声を聞き、まだ年は15歳なのでは、と思う。返事をしようとしたが、声が出ない。ただ口をパクパクさせてしまう。
どうやら走り過ぎて喉が乾き、攻撃されて緊張し、肺に空気が入っていなかったからだろう。
しかし、足と脚と腰をやらかしたからか、はたまたアドレナリンが途切れて緊張も解けたからか、そのままその場に腰を落としてしまう。
俺が出すべき第一声は決まっている。それは─────
「病院までどのくらいで行けますか?」
普通の答えだった。いやまあ、多量出血で死ぬかもしれないし、骨折れているからやばいけど助かるにはまずは病院だし。
この近くにある筈だが、場所が分からないのだ。
少女は何を思ったのか、目を細めて少し首を傾げる。しかし今はそんな事どうでもいいとでも言いたげに首を振り、
「私がそこまで運んだほうがいい」
と言ってきた。俺は嫌だと思いながらも、足も腰もやったんだし、仕方ないと踏んで了承する。
肩を貸すのかと思い、無事な方の右腕を上げると、まさかのお姫様抱っこだった。は、恥ずかしいぞ……!
「ちょ!?何してるんですか!?降ろしてください!」
その言葉を疑問に思ったらしい。いやまあ普通は疑問に思うでしょうね。でも、恥ずかしいんだよ(ワガママ)。
「じゃあどうすればいい?」
と聞いてきた。提案したらしたでちゃんと聞いてくれるのか?とも思ったが、この人はなんか色々抜けてそうだ。異世界って抜けてる人多いなぁ。
「取り敢えず、救援を呼んできてくれますか?」
そう頼むと、分かった、と単調に答えた。足が速いなら、それで何人かを呼べばより効率的になるかもしれない。
数秒後、呼んだのはテレポーテーションで登場した医者たちだ。なにこれつよいよ、このひとたち。
「お怪我はないですか?」
いやあるから呼んだに決まってるじゃん!思わず突っ込む。やばいな、元気が出なくなってきた。医者たちは、
「返事が小さいな。これは少し急いだ方がいいな」
と言っていた。待て、怪我人の状況確認ををツッコみで理解するなんて聞いたことないぞ、特殊過ぎんだろうが、と心の中でツッコんだ。
とうとう頭が、身体がピークに来たらしい。視界が暗転する。今日、どれだけ気絶するんだよ、と思いながら。