3、街への探索で。
ふかふかしたベットで真っ白な天井を眺めていた。
どうやら医務室に運ばれたらしい。
窓の外にはまだ昼前だと太陽は白く微笑んでいる。
───そして同時に思う。ああ、絶対落ちたな、と。
というか受かる受からない以前に、なんであの人ちょっと本気とか出すんだろう。真面目なのか?
どんな人だったっけ?確か、白髪でふさふさで身長は165cmで顔に傷があり、肌は白くて体つきは普通で髭があってその髭はなんか格好よかった、と言ったところか。
よし、覚えた。あの人は絶対許さない。意地でも1本取らせてもらおう。
名前は……あれっ?聞いていなかったか。名乗らないのかよ。
また神様は嘘をついたのかな。まあでも、聞けばいいか。
受付の人は、美人だったな。金髪の右目の下にほくろがあって、それで……こちらも名前は聞いていない。というか、あまり覚えていない。そんなに物覚えが悪かったのだろうか。
異世界に来たから特別何か変わった所があるんだろうか、とか思っていたが、特に変わったところは無かったな。
いや、変わっているところといえば、髪の色が全員黒では無かったというところだ。
と、異世界についての情報整理をしていると神様が木製のドアをたたいて失礼するよ、と尋ねてから入ってきた。
「体調のほうはどうだい?」
「酷いですね。トラウマになりかけたところです」
というかトラウマだな。あそこまで強くなれる気がしない。そもそも竜倒せるレベルになれないと思うが。が、何としても1本取りたい。おお、矛盾が発生してしまいそうだ。
ふと神様は窓に視線を送った。
まるで遠い目で何かを見るかのように───
「君の試験は落ちたよ。普通は受かるはずなんだけど、君があまりにも動かなかったから、査定は無理だったようだね。再挑戦は10日後だよ」
うん、遠い目でした。う~ん、残念。
というか、理不尽じゃねぇか。あれは相手のミスだろ。
そして10日後はまた遠いようで近いですね。
と、げんなりしつつ次にはあの攻撃に対応するには今の自分では不可能であると考える。
神様、どうかお力をお貸しになられてくれませんか、と視線を送る。
「因みに私は戦闘においては力は無いからね、頼るなよ?」
と、まるでどうでもいいことのように告げる。
こちらとしては物凄くショックな情報だが。
「そもそも普通は誰にも頼らずにここを突破するものなんだ。試験は自分ひとりで受かるようにしないと、後が大変なんだ」
わかりました、と頷いておく。
こうなったら誰かを頼るしかないという選択肢を消そうとしたとき、少し考えてからその選択肢を破棄するのをやめた。
正直、剣の構えと振る方法が分からないのだ。ただでたらめに振るっても、それはただ攻撃しただけ。
もっとちゃんとした構えでないと次に反撃されるのではないかと懸念したのだ。
神様がドアのところまで移動し、振り返って、
「街を案内しよう。まずは色々見て、それでも冒険者をしたいのなら止めないからね」
その提案には大賛成だったのでベットから立ち上がる。
……頭が痛いということは黙っておこう。多分知られてるけれど。
そう思いつつ、ドアを出て神様に付いて行った。
相変わらず空は晴天だった。
町並みも中世風でこの時間はあまり人がいない。
昼食を食べに店に行く人は少ないようだ。
空気が綺麗で思わず深呼吸する。
……そういえば、街で深呼吸とか普通は無いな、と思いつつ回りに人がいないことに感謝した。
神様も神様なりに考えているらしく、いきなりギルドとかってやっぱありえなかったよなぁ、挽回していこうか、とか言っていた。
因みに多分ナルシストだ。
ぶつぶつと、自分は頭も良くて、格好いいだろう、とか言ってくる時がある。
正直、あまり一緒に歩きたくないです、はい。
まずは腹ごしらえをしよう、と神様が言ってきたので賛成すると適当な店に入った。
ここはファミリーレストランみたいなところ、と説明された。が、すぐにそれは違うと思った。
中は二階建てのわりに天井が高く、無駄に天井が高い一階建てのようなものだ。
内装はとても良かった。1階には机は丸いテーブルが置かれていて席が四つずつ、計10セット配置されていた。右を見るとレジ(レジ?)がある。天井に吊るされたシャンデリアは星々のように煌いていた。だが今は昼だ。実にもったいない。エネルギーは有限なんだぞ。
一階建てのようなものと言ったが、二階もあった。
一階から二階が見えるように、また二階からも下を見渡せるように二階は一階の面積の4分の1と言ったところだろうか。
実にいい設計だ。素人の目にはそう見える。
職人の目には良く映るのだろうか。
客も沢山いた。席が空いているのかどうか危ういのではと危惧していたが、赤髪の可愛らしい清楚系の美人な店員さんがこちらです、と案内してくれた。
ギルドとは違って儲けようとしていらっしゃるね。
早速メニューが配られたので開いて適当なものを―――って高っ!?
肉が、肉系の食べ物が高すぎるっ!10万ってなんだそれ!?何がファミリーレストランだよ!
それともここでの物価が北欧並みに高いだけなのか、と思いパンやらを見ると一般的な価格を見せ付けられる。
……まあ高いといえば、高いのだが。
驚きをあらわにしつつ神様のほうを見やると苦悩を感じさせる表情をしていた。
「どうしたんですかね、これ。ここの値段、大丈夫なんですかね!?」
マフィアが運営してるんじゃないですかね?
驚きの余り、質問を叫んだかもしれない。
それに気がついた神様はこちらを見てこう言った。
「言い忘れていたけど、肉はあんまり選ばないでくれるかな。流石にお金がそこまで豪遊できるほど持ってないんだ。家に寄れば良かったと思ってるよ」
肉は残念だけど、頼まないことにしよう。こんなのぼったくりですと伝えると、これが普通なのだ、と返ってきた。
因みに、モンスターはちゃんといてそのモンスターの肉も高く手に入るらしい。命かけてるんじゃ仕方ないよね。強いモンスターほど絶品だと聞いて試食してみたくなった。
ここの通貨はなんと、お馴染みの金貨やら銀貨やらだ。
さっき見せ付けられた10万は銅貨1万枚で、銀貨100枚分だった。
因みに金貨1枚分なので、やはり高いと言えるだろう。
補足としては下位通貨10枚=ひとつ上の通貨1枚の考えらしい。
そしてここでは真ん中に穴が空いている硬貨が穴が空いていない同じ鉱石の硬貨の10分の1という計算となるのだ。
ここは特に牧場が盛んではないため、肉が高価なのだそう。
頑張れ、地元民。俺は応援しているぜ。
さて、ここは無難にパンとサラダを頼もうか、と思い、早速注文してみた。……呼び鈴がないので声で呼ぶのだそう。
「すみませーん!注文がしたいんですけどー」
と言うと、さっきの店員がどこにいたのかすぐに現れる。
「はい、ご注文をお承りします」
と言われたのでメニューを見ながら指差し、これとこれです、と言った。
「そちらのお客様はどれになされますか?」
「ふ〜む……。では、彼と一緒のを頼もうかな」
「かしこまりました」
とお辞儀をしてからパタパタと早歩きで去っていった。
向き直ってから、ちょっと苦笑をするようにして、
「神様、そのセリフは普通、初めての人が使うものですよ。普通なら俺が言うセリフですよ」
と冗談のように言った。それに気付いてか神様が、
「確かにそうだったね。今度からはこっちから注文させてもらうよ」
と返事をした。
……この人(?)笑顔が滅茶苦茶似合うのがまたムカつくな。
顔は悪くないし、まさにイケメンって感じがして隣にいるこっちにとってはモテ期は訪れそうに無いと思ってしまう程だ。
男性であって欲しくはないな。……女性でも困るが。
幾分か経って、どうすればこのイケメン神様を出し抜いてモテてみようか、いや無理かと思案していると、どこからともなく音も無く料理が運ばれて来た。
「お待たせしました」
ことっことっと料理を机に置いて並べて初めて気付いたが、木皿ではなく陶器の皿だ。中世にしては、豪華なんじゃないか?と神様に対して質問をすると、
「その方がいいのなら、そういう店に行くのに」
「そういう店?」
と尋ねると、うん、と頷いてから説明する様に言った。
「一応ここは高級料理店みたいなものなんだ。ファミリーレストランって言ったけど、この世界が魅力的に見えるように言ったんだよ。普通初めての人にはもてなすものだろう?」
「はぁ、そうでしたね」
当たり前のことに対して苦笑した。
どうせここに住むのだから、そんな見栄を張らなくても良いのに。
「木皿が無いって言ったら異世界感がないと思うだろう?だからこそあるって言った方が喜ぶと思ったんだが」
そうですか、と言っておく。
回りくどいな。サプライズのつもりだろうが、全然面白くない。
サプライズはある程度冗談と分かる状況でするべきなのだが。
それはそうと、疑問が晴れた気がする。
肉も高かったのは、牧場の話もあるのだろうが、高級料理店だからだろう。
たしかに、10万って高過ぎるよな。
元の世界でも高くて、5000円とかだった気がする。
一般家庭だったからそれ以上のところには行ったこともないだけかも知れない。
まったく、頭が悪いと会話もろくに出来ないな。
まぁ、いつも通りだし、賢いからって会話が上手いかどうかは分からないんだが。
それじゃあ、と鉄製のフォークを手に取り、手を合わせて、戴きますと言ってから料理に手をつける。
「んん!?おおっ!美味過ぎる!?サラダってこういうものだったんですか!?」
思わず神様に尋ねる。
レタスは切らずに剥いて、人参は細かく千切りに、パプリカも似たような切り方で、紫玉ねぎも同じく、あとはプチトマトを4等分に切って盛り付けただけだ。
ここまでは普通、いや、普通のサラダより甘くて美味しいし、まるでフルーツのようなジューシーで甘くて、しかもシャキシャキと音が鳴るほどにフレッシュなのだ。
だが、それだけではない。
そんなものは所詮安い料理止まりだ。
ドレッシング。
この調味料のお陰で素材を殺さず、且つ味も見た目も向上している。これは独特な味が出ていて驚いた。
あっさり系のドレッシングだが、何処か和風っぽい気がする。
でも味わったことが無い。
「この世界は今、食糧難になっているけど、それでも取れる種類が豊富で他の色々なものはそれを使って代用してあるんだ。しかし、こういう所では色々なものが代用ではなく、きちんと良いところを利用し洗練されたものとなっているんだよ」
「えっ?それが普通なのでは?」
思わず聞き返す。元の世界では貿易が普通だし、種類だって多かったはずだ。
「忘れていけないのは、モンスターもいるってことだよ。モンスターにも無害なものもいるけど、そのモンスターの中には植物系も勿論いるからね」
なるほど、動植物+モンスターの種類と考えると、種類は凄いことになる。
食糧難っというのは本当かも知れないが、ここの肉が高いのはもしかしたらそのモンスターのせいかもしれないな。
「サラダが美味いってことはパンはどうなんだろう」
パン、と言ってもバケットだが、そっと手に取り、バケットを一口サイズにする。
中からは蒸気が出ていて、まるで、今焼き上がったかのような暖かい熱気がある。
先程まで時間が経っていたのにどうやってここまで温度を保てていたのか、聞きたいな。残念ながら、外は思ったよりも硬かった。
しかし、中はモチモチしていて、フランスパンの中が違うバージョンと言える。
バケットの載っていた皿の上に小皿があり、そこにはバターが用意されていた。近くには鉄製のナイフもある。
それを利用してバケットにバターを塗っていく。塗られていない所が無いか確認して早速食べてみる。
サクッと音がして、ふんわりと小麦の匂いがする。
食感は段々とモチモチしてきてとても甘い。噛めば噛むほど甘くなっていく。
そう言えばこんなに食べ物を噛んだのは久しぶりだな、とか噛むと味がして美味しいんだな、とか思っていると、目の前の神様が味の感想を聞いてきた。
「どうだい。美味しいだろう?」
口の中のパンをごくんと飲んでから、一息ついて
「はい、とても美味しいです」
と笑って応えた。それを見て神様が喜ぶと何かを思い出したのか追加で注文をしようと店員を呼んだ。
「すみませーん。追加で頼みたいんですけどー」
「はい。なんでしょうか?」
何処からともなく一瞬で駆けつけてくれて注文を聞く店員が現れた。というか驚いたが、もしかして店員さん、瞬間移動してね?
神様がスープを頼んでからこちらを向き、疑問に思っている顔を見て納得したのか、こう告げた。
「こういう所では店員に転移結晶を持たせてあるんだよ。転移結晶はとても高価だけど、一度買えば特定の場所限定で瞬間移動できるんだ」
しかし、欠片ひとつで1箇所のみしか行け無いのだそうだ。
店員さんはバックに戻る用のクリスタルがないのか、歩いて戻っている。
よく見ると白いクリスタルが腰のホルスターに何個か入っているような膨らみがあるのが分かる。
因みに、何度でも更新できるからこういう場所では客がいる席に更新しなおしているのだそう。
というか、バックに戻る用のクリスタルを登録しないのかな。
「へぇ〜、便利ですね」
「でもね、君みたいに初見の人にとってはとても驚かれるから最近は廃止されてきているんだよ。そもそも追加で注文をする客が少ないし、実物が物凄く高価だからね」
何だか、こういうところで異世界感が確認出来て、本当にギルドに行ってでも異世界感に浸ろうとしても危ないだけだし、別に良くね?って思っちゃうな。
「お待たせしました」
元気よくにこやかに笑いながら同じ台詞を言い、手に持っていた皿をテーブルに置く。
コーンスープだ。恐らく、神様はパンにサラダだけではバランスが悪いと考えたのだろう。……なら肉も欲しい、と言えば泣くかもしれないから言わないでおく。
「では早速、戴きます」
そう言って店員が置いていった鉄製のスプーンでスープを掬う。
ごくごく普通のスープで、神様もこんな店でもこういうのはあるのかーとか言ってるし、やはりあまり出ないのだろうか。
いや、そんなはずはないと思うんだけどなあ。
とか思いながらまずは口に含む。冷ますのを忘れていたので熱っ熱い、と言いながらゆっくりと味わう。
これまた美味い。甘みととろみが舌でゆっくりと歩いて行く。しかし飲み込もうとすると意外とあっさりしていて口に残らない。コーンは勿論柔らかい。
しかし何処か何故だろう、元の世界より食事が楽しく感じる。
……もてなしてんだから当然か。
しっかりと味わっていると、神様がようやく手にスプーンを持った。よく見ると、どの皿にも手を付けていない。
「あれ?神様、なぜ食べていないのですか?」
不思議に思い、尋ねてみると、
「いや、気に入らなかったらどうしようかと思って、食べようにも食べられなかったんだ」
いやいや、どんだけ心配してんだよ。とツッコみたくなったが、折角ですから、お早めに食べましょうよと提案するに留める。
暫くしてから食事を終える。
神様の食事のスピードがあまりにも遅かった。
病気ですかと尋ねても、大丈夫だと言ってきた。単純に遅いだけなのかな。
神様が紅茶を頼み、二人で飲みながら観光場所はどこにしようか考えて、取り敢えず街を回って気になったら立ち止まろうということになった。
訂正、あまりに優柔不断だったからこちらがそう言ったのだ。
「では、先に行っててくれ。会計を済ませるよ」
と神様が言う。しかし外に出たところで何が出来る訳でもないので、待っておこうと思った。
「いえ、外で待ってても何ですし、一緒にいます」
それに、会計の時にお金の単位が聞けるから、こちらの方が良いだろう。別に聞くのが恥ではないが、その方が聞く時間も短縮されるだろうし、長くなったら困るのは覚えるこっちだからな。
レジらしきところに行く。
他の店ではその場で買って、代金を払うのだが、ここではレジを取り入れているのだそう。
誰かの入れ知恵なのだろうか。
タキシード姿が似合う若い男性店員がその番号に頷くと、
「24ベルルッズです」
ルッズ。よし、覚えた。どの硬貨なのだろうか。
そう思い、隣の神様の方を見ると、胸の奥にポケットがあるのだろうか、そこから袋を取り出して、銀貨2枚と穴あき銀貨4枚出す。
……穴あき銀貨がベルルッズと言うのかな。
「2ルッズと4ベルルッズ、はい、確かに受け取りました。ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」
そして銀貨がルッズか。ベルという単位は半分という意味だろうか。
ベルは覚えておこう。何かと使いそうだ。
店から出ると、風がふわりと吹いていた。生暖かく、そして強い風だ。そこから今の季節が春だと判った。春一番だろう。
街並みは相変わらず中世のヨーロッパ風であり、同時に美しくも感じる。
街を右往左往しながら、色々なところを回っていく。住宅街は方角的に北側にあり、西側と東側に店が並んでいる。南側には色々な公共施設があり、その外側に大きな壁があり、そこでモンスターを留めていることがわかる。
農場は外壁の外にあるのだが、そこは結界を張っているのだそう。
と、色々と回っていたところで人が混み始めてきて、そろそろ買い出しの時間だと分かる。日も傾いてきた。歩いてばかりだ。
俺は今日はどこに泊まるべきなのかと前を歩いている神様に尋ねる。
「そろそろ暗くなってきましたので、おすすめの宿はどこななのか教えて下さい」
そう言うと、神様は振り返り、思案せず、すぐに答えた。
「私の家に泊まるといいよ。お金は節約したいからね」
相手が神様だから無礼だし断ろうとも思ったが、断ったところで相手が金銭的に負担を掛けそうだし、何よりも相手がそう言っている以上仕方が無いのでそれに甘える事にした。
「ありがとうございます」
「いやいや。それよりも、夕食は私の手料理で構わないかな?実は誰にも手料理を食べてもらったことがないから、感想を聞きたくてね」
なんだとっ!?神様の手料理ってことは、もしかしたら運が滅茶苦茶上がるのでは、と考えた俺は早速お願いする事にした。
「では私は買い出しに行ってくる。私の家は住宅街に入ってすぐ左手にある。特徴は屋根が水色のだ。他の屋根は赤色とかだからわかりやすいと思うよ」
うんうん頷いて理解する。取り敢えず迷ったら、水色を探せばいいのか。周りは赤色だから分かりやすいと。
それを頭に入れて、別れることにした。何から何までお世話になっているけれども、大丈夫だろうか。
取り敢えず着いたので早速左側を見る。
そこには、二階建てのちょっと大きな家があった。
屋根の色は水色。2mほどの高さの鉄製の柵があり、道路から20歩ほど石畳を歩いて、玄関に辿り着く。金銭的に難は無かったのだろうか。
というか、家が少ない。ここに建っている家はレンガ式で、どれも豪華だった。ほとんどの家が二階建てである。貴族の家もありそうだな。
見つかって安堵しつつ金銭的には難アリなら高級料理店みたいなところには行かないよなー、などと思いつつドアを見る。
そこには鍵穴があり、先程渡された鍵を使って木製のドアを開ける。ドアを開く時にギィーという音がならないのを残念に思いつつ、中に入る。
玄関には二階行きの螺旋階段と、二階から吊るされたシャンデリアがあり、それを付けようとスイッチを探して見つからないことに気づく。どうやら神様は魔法で付けるのが好きなようだ。
二階には用がないので早速リビングに入ろうとする。壁は白色に統一されていて、床にはカーペットが敷き詰められている。
途中、ここがシャワー室なのかとか、寝室がないから二階だな、とかトイレはここか、とか思いながら奥の一室にたどり着く。
中には黒い机があり、その奥に一人用の椅子がひとつと、手前に白のソファーがあった。
その横には本があり、どうやら魔法の本ではなく、童話や小説のようなものらしい。
確か、この時代の本は家が借りれるレベルの値段だったっけ?とても綺麗に整理されていた。
一人用の椅子の後ろには大きな窓があり、外には庭がある。広い庭だ。
今は花が咲いていて、何処か有名な人が描いた風景画に見える。
窓が額ふちのように見えてくる。
もしかしたらお金については問題ないのではないだろうか。
ここは来客用だろうと決めつけ、ならば別の部屋だと思い、部屋を出る。
その隣にもうひとつ、ドアがあった。中に入ると、思った通りリビングだ。こちらは机に椅子が4つあり、多分セットで買うと安くなるとか言われて買ったかと思われる。
右を見るとキッチンがあり、冷蔵庫もある。多分中には何も無いのだろう。
木皿があり、異世界感はある。ここは期待通りといえよう。
と思ったら、鉄皿も見つけた。鉄製と言うよりは、銀の皿のようにも見える。材質は分からない。
電気がないから不便だろうが、後々魔法を使えるように特訓すればいいと思った。暗くて少し怖く感じる。
試しに指パッチンを何回かする。やはり、灯りはつかない。手を叩いてもつかない。だめだな、これは。もっとも、そういう付け方かどうかは知りもしないが。
何も無いことを確認し、椅子に腰掛けようとしたところでふと二階からごとっ、と音が鳴った。何かが落ちたようだ。
部屋を出て二階行きの螺旋階段を駆け上がり、音が鳴ったと思われる右側の部屋を恐る恐る開く。
すると中には、エメラルドグリーン色の髪をした背丈の低い、目がくりくりとして非常に幼そうな、可愛らしい美少女がそこにいた。
年齢は10歳くらいか、それよりも幼いだろうか。
身長は115センチメートル前後くらいだ。
服を見て町娘のような服だと思い、すぐに悟る。
ドジな侵入者だと。相手も何かを思ったらしい。二人して同時に叫ぶ。
「「憲兵さーん、助けてくださーいっ!」」
そして俺は下の階行き、外に逃げ出す。
相手が同じことを言ったようだが、気にしない。………ハモった気もしたな。
外に行くと丁度帰宅してきたらしい神様がいた。すぐに駆け寄り、大声でまくし立てる。
「テールさん、侵入者です!やばいですよ!?」
「侵入者?」
そう言いながら神様は首を傾げる。
因みにさん付けだ。呼び捨てはいけないし、何よりも神様神様言ってたら恥ずかしいと思い始めたからだ。
後ろの二階の窓が開けられ、先程の女性が顔を出し、驚きを露わにしてコチラを指さす。
俺も同時に女性を指さして神様に伝える。
「「テール様『さん』、逃げて下さい!侵入者です!?」」
「おやおや〜、これは面白い!」
「「……………。」」
俺は固まってテールをジト目で見た。急に何言ってんだ、こいつ。
そして窓から顔を出している女性はあわあわしていた。何やってんだ、あいつ。
こちらの名前と経緯を少女に話してから、神様に彼女について聞くと、この女性は天使なのだそうだ。
この子もニート志望者なのかと思うと残念な子に見えてくるな。
「何か勘違いをしているようなのですけれども、わたしはこの方がもし万が一危険な目に遭ったら、助けないといけないからここにいるんです」
と、幼い子がよく喋るような舌足らずな口調で彼女は言ってきた。訂正、この子いい子だわ。そして隣で何やら困り果てている人はやはりダメ人間だろうな。
「事情はわかった。君の名前は何て言うんだ?」
そう聞くと、こちらを上目遣いに見ながら微笑み、
「あまり有名ではないと思いますけれど、ガブリエルと言います。どういう言い方でもいいので、気軽に声をかけてくれますでしょうか」
その言葉に、思わず頭を抱える。
カブリエルって言ったら、有名な天使の代表例みたいなものなんだが、この子謙虚過ぎるな。
「安心して、有名な方だと思うから」
と言うと、ガブリエルは苦笑いし、
「そう言ってくれるのは、気遣いって分かっていても嬉しいものですね」
と言った。いや、本心で言ったつもりなのだが。この子は、嘘かどうかは見抜けないのだろうか。
「いやいや、本当に有名だから」
と、応えた。返ってきたのは苦笑ばかり。
神様は今、夕食の献立を考えている最中だ。
邪魔すれば運が悪くなるやもしれない。気を付けよう。
「そう言えば、なんで上の階でごちゃごちゃしていたの?」
と、ふと疑問に思ったことを聞くと、目をさ迷わせながら、困ったように俯き、こう告げた。
「整理整頓をしていたら、何だか眠たくなってきたのです」
ほう。それでそれで?相槌を打ちながら無言で促す。
「そしたら、下の階で何やら音がして」
あ、それ多分俺ですね。何回か音を鳴らしていたの俺でしたね。ごめんなさい。
と、心中で謝りながら無言で相槌を打ちながら最後まで聞く。
「びっくりして武器を取ろうとしたのですけれど、相手が人間である以上、暴力はいけないと判断しまして、咄嗟に下の階に行こうとしたら、足元に置いていた箒につまづいてしまったのです」
うんうん頷きながら思う。天界の人達って、ポンコツしかいないのだろうか。確か、俺の死因の雷は神様が誤って落としたものだと聞いた。
「そうか、怪我はないか?」
そう聞くと、はにかみながらこちらを見て、
「はい、ちょっと躓いただけですから」
と応えた。ヤバい、何かに目覚めそうだ。もしかして、これが、父親……?
他にも他愛のない話をしていたが、神様がようやく料理を決めたのか、というか買っている最中に決めるべきだろうが、親指を立てながらこちらに声をかけてきた。
「悪いけど、ガブリエル君、料理は任せたよ」
「は〜い!」
カブリエルは元気よく応えたが、ツッコんでいいだろうか。
まずは時間だ。一体何を考えていたんだろうか。無駄な時間だった気がする。
次に、約束だ。手料理は食べさせてくれないのだろうか。まあこの件については、天使が作る時点で運勢は上がると考えられるので良しとしよう。
神様に呆れつつ、ガブリエルに聞くと料理は1時間くらいかかりそうです、と答えてくれた。
正直、まだお腹は空いていない方なので助かるし、夜の街を観光してこようか。
「神様、夜の街へ出かけたいので、出かけてもいいですよね」
「ああ、行ってもいいよ。迷子にならない様に気を付けてね」
「いや、そのセリフはまるで母親だよ!?」
とツッコミつつ、心配してくれていることに少し安堵した。正直、親がいないのは少し寂しいが、賑やかだから良いと思った。
そうして俺は、外に出掛けることにした。