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マジカルトマト裁判  作者: ぜーだい
トマトは魔物か食物か
3/4



 トマトの生息地は、わたくしたちの暮らす街からさほど遠くない所にあります。だからこそルイーゼ商会が目をつけたのでしょうが。

 街門から出て数時間もすれば目に入る森……通称「幻影の森」を少し奥に入った場所で良く見られるそうです。行って帰ってくるまでに一週間もかかりませんから、次の審理までには余裕があります。

 安全な所までは馬車に揺られ、徒歩に切り替えていよいよ森に足を踏み入れようとしたところでジェニファーさんが言いました。


「それにしても、あんたも物好きだな。普通好んで街の外に出たがる人間はいない。ましてやあんたはお嬢様だ」

「……確かにそうかもしれません。行った所で何がどうなるという保証もありませんし……。でも何もしないよりかはいいと思いましたので」


 何かしなければとあせっただけかもしれませんが。


「ところでジェニファーさん」

「何だ?」

「わたくしの家が裕福であることを知ってらっしゃるようですけれど、なぜですの?」


 もしかして、支払い能力がありそうか否かを予め調査するのでしょうか。


「……ああ、それは簡単な話だ。あんたは有名人だからな。親の七光り弁護士だとかなんとか……」

「ええ!?」


 ショックですわ!

 まさか世間一般にまでそんな認識が広がっていたなんて!


「……いや、いいか。面倒くさい。本当のところは、私がキャシーの知り合いだからだ。あんたのことはいつも聞かされてる」

「ええ!? キャシーの知り合い!?」

「ああ。言っておくが、私の方があんたよりもずっと昔からの付き合いだからな」


 驚きましたが……そう言えばキャシーは辺境の貧しい地方出身で、そこで共に育った姉妹分も一緒に上京しているとか言っていたような……。それがジェニファー……。偶然もあるものですわね。


「けれど、良かったですわ。わたくしについての悪い噂があるというのは嘘なんですわね」

「いや、それは事実だ」

「…………」


 それからはしばらく無言で森を歩きました。

 なんだか、荷物がどっと重くのしかかるような気分ですわ……。

 あれ?


「あの、ジェニファーさん」

「今度は何だ?」

「気になったのですが……。わたくしは荷物を背負ってますよね。けれど、ジェニファーさんはほぼ手ぶらにしか見えないのですが」

「私は気にならないが」

「……ジェニファーさんは気にしないかもしれませんが、大丈夫なんですの? この森にももちろんモンスターは出るのでしょう?」


 こんな思い荷物を背負っていたら逃げ切れる気がしません。


「むしろだからこそだ。モンスターや危険な肉食獣に襲われたとき、戦闘員である私が機敏に動けない方が危険。あんたは動かずに待機していればいい。私が守ってやるから」


 そう言って、ジェニファーさんは腰に差した二本の短刀を鞘の上から軽く叩きました。


「その短刀……かなり反りの強い変わった形状をしていますわね」

「“鷹爪(ホークロー)”という。まあ、こいつの出番が来ることはないだろうが」

「どういうことですの?」

「この辺りで遭遇する可能性のあるモンスターは特殊でな。ドッペルゲンガーというのだが……いわゆる精神生命体というやつで、物理攻撃が通用しない上に隙を見て人の体を乗っ取る」

「物理攻撃撃が通用しない!? 隙を見て人の体を乗っ取る!?」

「安心しろ。乗っ取りが誰かに見破られれば体から出ていくし、しかも人の演技が壊滅的に下手。だから二人以上で行動すれば問題ない」

「そうですの……」


 少し不安はありましたが、プロの言うことだから大丈夫だと自分に言い聞かせました。

 そこからはたまにわたくしが木の根につまずいて転んだりする以外に特に危険もなく、モンスターとも野生の獣とも遭遇することなく一日が終わりました。

 ジェニファーさんが用意してくれたテントの中で眠るころには、もうわたくしの中に不安は欠片も残ってはいませんでした。






「おい、起きろ。朝だぞ」


 テントの中に入ってきたジェニファーさんの声で目が覚めます。


『ふあぁ……良く眠れましたわ』


 起き上がろうとして、違和感。

 手が、地面につかない――

 それに、声が上からではなく下の方から聞こえてきたような――


『う、浮いてますわ! 地面から少し!』

「あ、何やってる!」


 混乱する中、響いたジェニファーさんの怒声に意識が集中します。

 ジェニファーさんの視線の先を見れば、食料を貪り食っている姿が見えました。

 誰って?

 わたくしが。


『こ、これはもしかして……。いえ、もしかしなくても……』


 ドッペルゲンガー。

 体が乗っ取られると、こんな風になるんですのね……。

 いえ、そんなことを考えている場合じゃありませんわ!

 ジェニファーさん、早く見破ってくださいまし!


「あーあー、三日分の食料を食べつくしちゃって……」

「ごめんなさい。一食分だと思って……」

「……まあいい。出発するぞ」

『えええええ!?』


 なぜ気づきませんの!?

 わたくしも一食分だとは思ってましたが、確認もせずに食べるようなはしたない真似はしませんわ!

 そして何事もなかったように出発するジェニファーさんとエイミー(偽)。


「今日も一日環境破壊をがんばるぞい!」


 ドゴォ!!

 そんなことを言いながら道中の木を殴り倒すエイミー(偽)。


「元気いっぱいだなあ」

『嘘でしょう!?』


 もう気づくとか気づかないとかいう次元じゃありませんわ!

 その後もエイミー(偽)は次々と奇妙な行動を繰り返しますが、ジェニファーさんは一向に気にしません。

 こちらからは一切干渉もできません。

 そのまま時間が過ぎていき、そして、食事の時間がやって来ました――


「あんたのせいで食料がなくなったから、一働きしないとな。安心しろ。金はたっぷりもらったから」


 そう言ってジェニファーさんは“鷹爪”を鞘から抜きました。


「獲物をとってくるの?」


 エイミー(偽)がそう言った瞬間、ジェニファーさんは血相を変えて叫びました。


「この偽者が!!」

『えええええ!?』


 なぜ今になって!?

 今、どこが怪しかったんですの!?


「クキャ……なぜ分かった」


 わたくしも知りたいですわ!


「フ……お前は中々演技が上手かったが、詰めが甘かったな。本物なら『コインを使ったお料理なんて初めてだぞい』というはず!」

『もうやめて下さいまし!!』


 ぞいは言いませんわ!

 いえ、そんなこと自体言いませんわ!!


『チッ……惜しかったな……』

「惜しいことなんてありませんわ!」


 気がつけば、いつの間にかわたくしは元の体に戻っていました。

 急に視点が切り替わったかと思うと、目の前に黒い人影のようなものが浮かんでいます。これがドッペルゲンガーの本体なのでしょう。


『クキャキャ……しかし私は精神体。見破られた以上もう乗っ取りはできないが、そちらも攻撃できまい。これから四六時中つきまとって耳元で叫んで睡眠不足にしてやる!!』

「…………」


 地味ですが、嫌ですわね……。


「大丈夫だ。私に任せろ」


 ジェニファーさんはそう言って、“鷹爪”を構え――


「死ね!!」


 ――その場に立ったまま、大声で叫びました。


『グギャアアアアアア!!』


 そして断末魔の叫びを上げて消えるドッペルゲンガー……。


「死んだ!?」


 どうしてですの!?

 まさか、精神体だから精神攻撃が直接ダメージに!?


「……ふう。怪我はないか?」


 色々と言いたいことはありましたが、助けてくれたことに変わりはないので飲み込むことにしました。


「ええ。少し頭がクラクラしますけれど……」

「乗っ取りの影響だな。九九は言えるか?」

「九九……」

「…………よし、大丈夫みたいだな。それじゃあこれから私は獲物を狩るから、あんたは私の近くで焚き木を拾ってくれ」

「分かりましたわ」






 獲物と焚き木が手に入り、ジェニファーさんが肉をさばいて木の枝にさし、あとは焼くだけ――という所になって、トラブルが発生しました。


「……火がつかないな」

「え?」

「あー……焚き木に水分が多いな……これじゃあ中々火はつかないよ」

「ごめんなさい……知らなくて」

「あのさあ! 分からないことがあったら自分から訊こうよ!! ぞいぞい言ってないでさ!!」

「生まれてから一度も言ったことありませんわ!」


 わたくしのイメージがドッペルゲンガーで上書きされてません?


「まあ本来は私の仕事だからいいんだけどな。報酬もらってるから」


 ええ……?

 じゃあ何で怒ったんですの……?

 そうして、ジェニファーさんはわたくしを残して焚き木を拾いに行ってしまいました。




「…………」


 遅いですわね……。


「…………」


 お腹が空きましたわね……。




 ガサッ。


「ジェニファーさん、ようやく――誰ですの?」


 茂みから現れた人物は、ジェニファーさんとは似ても似つかない男性でした。


「まあまあ、そう警戒しないで下さい。私は取引をしにきたんですよ、エイミーさん」

「取引……?」


 怪しい。

 怪しすぎます。

 わたくしのことを知っているのなら、事務所に訪ねてくればいいだけのこと。それなのにわざわざモンスターの出没する森にいる所を狙ってくる……。取引の内容も自ずと想像できます。

 おそらくはルイーゼ商会の――


「ええ。あなたが今関わっている案件……手を引いてもらえませんかね」

「お断りします」

「そうですよねぇ。ま、言ってみただけです。どっちにしろ結果は変わらないんですけどね。それじゃあ死んでもらいましょうか」


 死――

 男は実に簡単に(それ)を口にした。

 何でもないことのように――食事の用意でもしようか、というくらい気軽に、私を殺すと宣言した。

 それは、その男が殺人(それ)を日常の作業のように繰り返しこなしていることの証――

 男が近づいてくる。

 抜き身の剣を手にしながら。

 私は動かない。

 男がどんどん近づいてくる。

 目の前までやって来る。

 死が殺意を持ってやって来る。

 あと少し――

 ほんの数秒で、それが訪れようとしていた。

 それなのに、私が考えていたのは――


(ああ、お腹が空いたな――)


 男が、地に倒れ伏した。


「……へ?」

「ようやくかかったか」

「……ジェニファーさん?」


 わたくしの後ろから、今度こそジェニファーさんがやって来ました。


「あの……もしかして……」

「ああ。誰かが後をつけているのは薄々感づいていたからな。中々出て来ないからわざと隙を作って出てきてもらった。少々強引だったがな」


 少々だったかしら……。


「あの、この男性は……」

「安心しろ。死んではいない。少々気絶しているだけだ。“隠されし鷹爪インビジブル・ホークロー”……肉体も精神も自在に切り裂く見えない刃……それが私の魔法だ」


 ああ……なるほど。

 ドッペルゲンガーもそれで倒したんですのね。

 ジェニファーさんは荷物から縄を取り出すと、男性をぐるぐるに縛ってから言いました。


「さて……。私の切り札を知られたからには生かしておけないな。死んでもらう」

「ええ!?」


 自分から言ったのに!?


「冗談だ。あんたはキャシーの知り合いだからな。それじゃあ食事にしようか」

「…………」


 ジェニファーさんは持って来た焚き木を使って準備に入りました。

 この人も大概おかしいですわね。


「……あれ?」


 どきっ。


「肉が一つなくなっているが……まさか」

「ごめんなさい……食べちゃいました」

「食べた!? この生のままで!?」

「お腹が空いていたので……」

「いくらお腹が空いてるからって、野生動物の肉を生で……いくら世間知らずのお嬢様だからって、限度があるぞ!」

「大丈夫ですよ、わたくしは今までお腹を壊したことがありませんし」

「大丈夫なわけがないだろう……仕方ない、これを飲め」


 ジェニファーさんはそう言って、緑色の液体の入った小さなガラス瓶を取り出しました。


「これは?」

「魔法薬だ」

「魔法薬!」


 これが魔法薬……初めて見ましたわ。


「でもいいんですの? こんな高価なものを」

「こんな形になるとは想定していなかったが……まあいい。依頼主を無事街まで送り届けるのも仕事の内だからな」

「それじゃあ失礼して……」


 ガラス瓶の蓋を開け、中の液体を口にすると、途端に広がる何とも言えない苦味……。


「まずいですわ……」


 でもこの苦味……。どこかで味わったような……。

 おかしいですわね。魔法薬を口にするのは初めてのはずですのに。

 わたくしは小さい頃は色々と美味しいものを食べさせてもらっていたせいか、舌が凄く敏感なので、間違えるはずはないと思うのですが……。

 一体どこで――


「――ああっ!!」





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