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マジカルトマト裁判  作者: ぜーだい
トマトは魔物か食物か
2/4



「はあ……」


 相変わらず寂しい事務所で、またもやため息。仕事がないことを嘆くため息と比べれば、まだ救いがあるのでしょうか……。

 しかし、今回の仕事において、わたくしの敗北が何を意味するのかを考えると……。

 敗北自体はまだいいのです。慣れたものですし。

 問題は、原告であるルイーゼ商会の勝利……。悪い噂の絶えない商会です。

 本来は憶測で他者を悪く言うのはいけないことだとは思いますが、ことルイーゼ商会に限っては、証拠だけは見つかっていませんがまず黒で間違いありません。

 ルイーゼ商会は、違法薬(ディポーション)――国の認可を受けない魔法薬――の生産をしようとしているのでしょう。

 魔物の素材は高い治癒効果をもった魔法薬という奇跡の薬を生み出しましたが、同時に人類の心や体を蝕む毒をも生み出しました。中には麻薬のような効果をもたらすものもあります。

 そういった違法薬は反社会的組織の資金源となりかねません。

 しかし残念なことに、世に魔物や魔法が出現し始めたばかりということもあって“法は魔法の存在を想定していない”のです。

 例えば、それまでの法による薬物の規制では構造式が指定されましたが、魔法薬は物理的特性によって効果が定まるわけではないため意味をなしません。定義できないものを規制できるわけはありませんわね。

 魔物素材の利用を全面的に禁止すれば、当然違法薬の生産は防げますが、同時に人類にとって非常に有益な魔法薬まで失ってしまいます。

 そこで国が考えだしたのが、魔物素材への高い関税です。

 当然のことながら、反社会的組織が違法薬を生産する目的はお金ですから、違法薬の販売で得られるであろう利益よりも関税の方が高ければ誰も手を出そうとはしません。また街門を通らない密輸にも、街の外に生産拠点を築くのにも、関税よりも更に高いお金がかかりますので心配する必要はないでしょう。

 そして魔物素材を正しく扱おうとする人々には、国から高い補助金と監視とをつけることで、魔法薬の研究の発展を目指しました。

 その成果は現れ、現在では違法薬の利用は減少し、一部の素材は「どう調合しても人類に不利益な効果を発揮しない」ことが分かり、関税(と補助金の一部)が免除されました。

 “食べられる魔物”は当初から免除対象でした。食べられるということは、魔法薬のもととなるような魔法的効果をもたないということだからです。

 いえ「でした」と言うべきでしょうか――


「長いっ!!」

「え……キャシー?」


 いつの間にか、目の前にキャシーが立っていました。


「いくら呼んでも反応がないから心配して入らせてもらったら、うつむいてブツブツ独り言言ってたからさ……」

「ええ!? わたくし、声に出してましたの?」

「うん。それにしても、要は今までは関税のおかげで魔物素材の違法利用が抑えられてたけど、トマトが関税の免除対象である食品と認められてしまったら大変! ……ってことでしょ?」


 その通りです。

 しかしそれをキャシーが言うとは……。


「話を分かりやすくまとめるのは弁護士の基本だぞ」

「む……そもそも他人に聞かせるつもりはありませんでしたし、キャシーだって昨日の審理では冗長な喋り方をしたじゃありませんか!」


 それで時間を失っていては世話がありません。

 正直に言って、あのまま審理が続いていれば、即日キャシーの勝利で裁判が終わったとしか思えませんわ。

 わたくしが勝てる道筋が見えません……。

 この国の正義のためにも勝たなくちゃ参りませんのに……。

 どんどん気分が落ち込んでしまいます。


「お、気づいたか。にぶいエイミーにしては珍しい」

「またそうやって馬鹿にして!」

「はは、ごめんごめん。でもまあ、諦めて沈んでるよりは怒ってる方がマシじゃないか? まだ終わっちゃいないんだから」

「…………」


 確かにキャシーの言う通りですわ。

 ですけれど、今のままでは……。


「一応言わせてもらうとさ、机にかじりついてちゃ見えないものもあると思うぞ」

「いくらわたくしでも、お腹が空いているからといって机を食べようとはしませんわ!」

「……そういう意味じゃない」

「…………あ。じょ、冗談ですわ! オーホッホッホ!」

「………………」

「……………………」




 結局、わたくしは事務所から出てみることにしました。キャシーの言うことに従うわけではありませんが、事務所の机にただ座って考えていても、いいアイディアが浮かんでくるとは思えませんでしたので。

 向かったのは冒険者ギルド。とりあえず、実際にこの目でトマトを見てみようと思ったのです。

 この世界に魔物が出現するようになってから、時を同じくして魔物と同様に不可思議な力を持った人間が生まれるようになりました。

 そう言った魔法使いたちは国の要職(例えば監視員)に就くこともありましたが、人の暮らす安全圏ではなく、魔物の暮らす危険な外の世界に自由を求めて冒険に出る者もいました。

 人の価値観はそれぞれ異なりますから、義務を果たすことで権利として与えられる自由よりも、自らの力で掴み取った自由に価値を見出す者も当然いるのでしょう。本来それは魔物という脅威の前では夢でしかありませんが、個人で魔物と渡り合える魔法という力があれば現実に変えることもできます。

 残念なことに、自ら望んだわけではなく、力を持ったが故に社会からはじき出される者も少なくありませんが……。

 冒険者ギルドはそういった冒険者たちの活動をサポートし、基本的にアウトローな彼らと社会との間を取り持ったりする組織です。


「ここが冒険者ギルド……」


 怖い人達がいませんように、と少しドキドキしながら扉を開けると、思っていたよりも小奇麗な建物の中に受付の女性が一人いるだけでした。


「いらっしゃいませ! 冒険者へのご依頼ですか?」

「ええ」

「お客様はお目が高い! うちのギルドには二つ名持ちの冒険者がたくさんいますよ! “金剛”のダイアナ、“疾風”のハヤト、“爆雷”のエクレール、“ミタカ”のジェニファー……」


 ミタカ?


「あの、ミタカってなんですの?」

「“見た目だけはかっこいい”の略です!」

「……そうですか。あの、今空いている冒険者の方はいらっしゃいますか? できるだけ早くお仕事を頼みたいのですが」

「はい! 少々お待ち下さい!」


 そう言って女性は書類を調べ始めました。

 別にどなたでもいいのですが……ジェニファーさんでなければ。


「お待たせしました! 一名空いています!」

「どなたですの?」

「ジェニファーです!」


 …………なんとなく、そんな気がしてました。


「あの、他の方へのご依頼は……」

「最速で一ヶ月ほどになります!」

「……では、ジェニファーさんでお願いします」




 受付の女性が連絡を入れてから、待つほどもなくジェニファーさんはやって来ました。

 扉を開けて入ってきた彼女の姿は、動きやすそうな軽装、左右の腰に差した短刀、美しく伸びた黒髪、整った顔立ちに涼しげな目元……。確かにその称号に恥じないクールビューティーでした。


「話は聞いている。トマトの生息地まで案内してほしい、だな?」

「はい……。あの、こんなことをお尋ねするのはなんですが……大丈夫ですか?」

「うん?」

「その……実力は……」

「フッ、安心しろ。これでも一応は二つ名持ちだからな」


 その二つ名が心配のもとなのですけれど……。


「それよりもそっちこそ金の用意は大丈夫なんだろうな。私は金で動く」

「コイン投入口はどこにありますの?」


 珍しい魔法ですわね。


「そういう意味じゃない」

「……あっ、冗談ですわ! オホホホホ……」


 シーン。

 ち、沈黙が痛いですわ!

 あ、ずっとニコニコしてらっしゃった受付さんがもの凄い真顔でこっちを見てますわ!


「そ、それで、報酬はいかほどお支払すれば良いのでしょう?」

「十万トツレ」

「十万!?」

「どうした? 裕福な家の娘なんだ、払えない額じゃないだろう?」


 家は裕福でもわたくし自身は貧乏……。

 どうしましょう。

 何かあったときのためにこつこつ貯めていたお金がありますが……。虎の子のお金を失って裁判に負ければ――

 いえ、負けた時のことを考えるのはやめましょう。

 勝てばいいのです、勝てば!


「分かりました。十万トツレ、お支払いしましょう!」


 ――こうして、わたくしの初めての冒険が始まりました。





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