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和歌山のパンダは、ただのパンダ?

作者: 吉秋緑陰

TV局の報道ルーム。

忙しなく人々が行きかう。まさしく戦場だ。

俺は、ADとして、今夜のニュース番組の会議に出ていた。


「よし、揃ったな。まず一発目は上野のパンダね」と、ディレクターのおっさんが言った。

「赤ちゃん可愛いもんねw」と、美人プロデューサーが言った。


俺は、和歌山の出身だ。そりゃ大学で上京して以来、ずっと東京だけど、やっぱ和歌山に対する思いはあるんだ。

だから、こう言ってやった。「でも、和歌山にもパンダいますよね・・・」


すると、おっさんディレクターは、狐につままれた表情で俺を見た。

「わ、和歌山?」

「ええ、白浜の動物園ていうか、民間のテーマパークみたいなトコなんすけど・・・」


「あ、知ってる~!こないだTVでやってた~」

美人サンのプロデューサーが、飛び切りの笑顔で言った。


「そうか?オレ、全然知らんわ・・・上野だけしかいないと思ってたわ」

おっさんは、頭を掻きながら苦笑した。


俺は、さらに追加の情報を提供してやった。

「それだけじゃないっすよ、双子もバンバン生まれてるし、もう15頭ですから」

おっさん「マジで!」

美人サン「そうだよwスゴイよねw」


おっさんは、煙草に火をつけた。プハ~

紫煙が、報道ルームのガラスで仕切られたブースに広がった。

防音じゃないから、ドアを閉めていても、キーボードや話し声、行きかう足音など喧騒が聞こえる。


「・・・さてと、じゃ上野パンダをトップでいいね」

おっさんは、俺の主張を分かっていないようだった。

「は?だから、和歌山のと比べておかしくないですか?双子だって生まれてるのに、大して報道してないじゃないすか!」

美人サンは、俺に同意してくれたようだ。

「う~ん、まあねえ・・・」


おっさんは、苦虫を噛み潰したように、

「あのね、申し訳ないけど、和歌山はやっぱ、言いにくいけどさ、田舎なわけでさ・・・」

俺は、激高した。

「おい!ふざけんなよ!馬鹿にしやがって!」

「・・・あん?ADのくせに何だ!その態度は!」

「もう落ち着いてよ~二人とも!冷静にね・・・」

やはり美人サンは、出来た人だ。この場を丸く収めてしまった。

「・・・すんません」

俺は謝った。

「・・・ったく、気を付けろよな。お前は優秀なんだからさ。こんなつまらんことでキャリアに傷つけるなよ」


キャリアねえ・・・そんなもんに何の意味があるのかなあ・・・

もう、和歌山に帰りたくなったね。こんな俗物どもが跋扈する東京という大都会がつくづくイヤになったよ。地方を上から目線で軽蔑するような感じ、何様って感じだ。パンダというスターでさえ、和歌山にあっては価値半減てことなのか?何が何でも、東京じゃないと駄目なのか?それとも、和歌山のあれが、民営の動物園だから?だったら、ディズニーランドはどうだ?いつも派手に報道してるじゃないか。


ダブルスタンダード極まれりだな。まあ、確かに関東だけで4000万人、総人口の三分の一だ。巨大なマーケットがそこには広がっている。これを生かさない手はなかろう。おまけに、高所得層が多いんだ。当たり前だ。大企業・有名大学・交通・娯楽文化施設などなど、あらゆる物が揃ってる。こんな天国みたいな所は、どこにもない。大阪も名古屋も福岡も、屁みたいなもんだ。はっきり言おう。地方創生なんてほざいてるが、まやかしだねwこの大東京しか未来はないんだ。残念ながら・・・


箱根駅伝、Jリーグなどスポーツの世界だって、関東じゃないとお話にならない。オリンピックの選手強化だってそうだ。集積してるよね。色んなインフラがさ。これじゃ、どんどん東京に集まるだろうな。磁石みたいなもんだ。手が付けられないよ。


「喉が渇いたな。コーヒーでも飲むか」と、おっさんディレクターが頭を掻きながら言った。

「うん」とは、美人プロデューサー。

「おい、買ってこい」

・・・おっさんの高飛車な態度に、何故かイラついた。

美人プロデューサーは、それを敏感に察知してか、私も行くと言い出した。

が、おっさんが強硬に反対したので、結局、俺一人が自動販売機の前に立つことになった。


モヤモヤした。何かこう、違和感を拭う事ができなかった。一体、どういうことだ?

いってみれば、おっさんが「東京」、美人が「大阪」、そしてこのオレ様は下っ端の「島根」あたりか。


馬鹿にしやがって!

だが、これから喧々諤々のディスカッションが始まる予感もした。

なぜなら、時間が有り余ってるからだ。大きな事件事故がなければ、珍しくもなかった。いつも早めに会議を始めるからだ。

よし、この機会に、徹底的にこの問題を話し合おう。和歌山のパンダ問題は根が深いのだ。


俺は、滔々と問題提起した。

「やっぱり、おかしいですよ。こんなの差別ですよ」

おっさんは、コーヒーを飲みながら、軽蔑の目つきで俺を見やった。

「もういいよ、やっぱり人口が多いんだから、しょうがないだろw」

美人は、ズボンを穿いた足を組み替えながら言った。

「そういう問題じゃないわ。時間はあるんだもの、この際、話し合うのもいいんじゃないかなあ~」

おっさん「うむ、しかし、マーケットの問題だからな。魚が多くいる釣堀に行くのは当然だろ」

俺「そりゃそうですけど、あまりにも地方を差別してますよ」


「そうかね?そういう君も和歌山から上京したわけだろ?君は青森か?」

美人「ええ」

「それで、田舎に帰ることは考えてるのかね?」

「え?とんでもない!ずっとここに居るつもりですわ!」

おっさんは、その答えに満足そうな表情を浮かべた。

そして、その視線は自然と俺に向けられるのだった。

「君はどうだい?」

俺は、答えに詰まった。そりゃ~和歌山に対する思いは人一倍ある。これまでは、そんなに意識はしてこなかったが、このパンダ問題で可視化された感じだ。


でも・・・帰るかとなると・・・

「うん?どうなんだい?」

おっさんに急かされた俺は、小さく答えた。

「いやあ~よく分からないっす・・・」

「ふん、要するにだ、キミも何だかんだ偉そうに、東京を優遇するなと言うが、その実、キミも東京の魅力には逆らえんというわけだなw」


それは否定しない。好きで選んだ仕事だもの、このTVの現場が大好きだ。そりゃ~和歌山のローカルでも出来ないことはないけど、やっぱ在京キー局は別格の大舞台だ。そのために、東京の大学に入ったわけだし、恵まれた消費生活にも心地よさを実感していた。

まあ、和歌山だってショッピングモールがあるし、ネットもある・・・交通の不便さはあるけど。

それでも、基本的な条件はそう変わらないだろう。


でも、違うんだ。

空気が。

淀んでるんだ、アンダーな感じなんだ、息苦しいんだ。

それがたまらなく嫌だった。


「でも、それとこれとは違うんじゃないかしら?個人の問題だもの」

美人が、軽蔑の目つきでおっさんを見やった。

「ほう?でも、その個人が一杯集まって、この大都会が出来てるってこともあるんだぜ」

俺は言った。「理屈ではそうですが、でも、報道は公平にしないと不味いんじゃないすかね?」

「この場合は違うな。いくらパンダでも、置かれる場所で価値が上下するんだよ。モナリザを離れ小島に置いたらどうなるか?それと同じだ」


・・・そうか?


「う~ん、よく分かんないすけど・・・」

「つまりは人口だよ。俺たちはボランティアをやってんじゃねーんだ。スポンサーから頂いたお金で、番組作って、そんでスポンサーの宣伝効果を還元するわけだ。だったら、この大東京を重視しないで、どこを重視する?いいか、この国はな、山が多い国土構造なんだ。平地が少ない、スイス並みにな。しかも、南北に細長くて平地がこま切れに点在している。甚だ、土地利用には向かないんだな。その中で関東平野は別格の広さを誇ってる。水深が深くて利便性の高い、東京湾もある。そして西日本は夏の台風に遭いやすいし、北日本や日本海側は冬の大雪だ。そういう気候災害から一番安全なのがこの関東なんだ。そして、また冬は晴れが多い。新潟からのからっ風のお蔭でなw人が集まるのも当然だ」


長口舌をぶったおっさんは、テーブルに置いてあるアイスコーヒーをゴクゴク飲んだ。

美味しそうだった。


「なるほどね~じゃ、明治以来の国策で集中したわけじゃないのね」と美人プロデューサーが溜息をつきながら呟いた。

「もちろん、それもあるだろう。あるいは、東京じゃなきゃダメみたいな、民族的な信仰というか固定観念があるのも大きいんだろうね」とおっさんディレクターが腕時計を見ながら言った。

「複合的な要因があるんでしょうね。それには逆らえないってわけですか」と駆け出しのADたる俺は言った。


気が付いたら、夕方の時刻になっていた。もうすぐスタンバイしないといけない。

「さてと、スタジオにいくか」

おっさんは、でっぷりとした太鼓腹を揺らしながら消えた。

それを見送りながら、美人サンがゆっくりと俺の方に顔を向けた。

「ねえ、外にちょっと出ようか?何だか、夕日が見たくなっちゃった」とびきりの魅力的な笑顔で俺をじっと見つめ「ほんと貴方の言う通りだよ」


屋上。誰もいない。

夕焼けが海に映える。キレイだ。


「ああ~やっぱり外はいいな~」

美人サンは、大きく伸びをした。

「息が詰まりますよね」

俺は、周囲を見回した。東京の威圧するような風景が、やけに胸に刺さる。


美人サンは長い髪を風になびかせながら、

「もう、いいかな・・・」

「え?何が?」

「さっきは、ずっとここにいるって勢いで言っちゃったけど、ホントはね、田舎に帰ろうかなあ~って考えてたんだよね」

「マジっすか!」

「自分でも不思議なんだけどね。でもな、青森は冬がね~寒いから」

「ああ、そうっすよね。雪がハンパないっすもんね」

「でも、和歌山は暖かいんじゃない?」

彼女は、真っすぐに俺を見つめながら問うた。


そして、半年後、その答えを彼女と一緒に出した。

自分でも信じられなかったけど、何故か、和歌山に戻ることになった。

ここのローカル局で、夫婦水いらずで、頑張るぞ!!


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