全てはあの日から
街はいつも以上に活気づいていた。
それはそうだろう。この国の王子が結婚したのだから。
結婚相手は大層美しく、王子を狙っていた女達も諦めがつくほどだった。
彼女は、シンデレラと呼ばれている。
シンデレラが王子と結婚できたのは一人の魔女の協力のおかげだった。
その事実を知っているのはシンデレラと魔女本人だけであろう。
そんな魔女は、街の隅の小さな家に住んでいた。
中は無駄なものは何一つなく、綺麗に片づけられている。
魔女はあれからシンデレラに会ってなかった。会ってしまうと辛くなるからだ。
なぜなら彼女は王子のことを愛していたのだから。
しかし、魔女が人間に恋をしていいはずがない。だから、彼女はシンデレラと王子を結婚させることによって、自分に諦めをつけさせようと思ったのだ。
そう、思っていたはずだった。
現実はそううまくいかないもので、彼女の王子への思いは募る一方だった。
そんなある日、街は騒然としていた。
なんでも、王子が殺されたらしい。それも、シンデレラの手によって。
シンデレラは今も逃亡しており、国中のみんなで捜し回っているのだとか。
その話はすぐに魔女の耳にも入った。
彼女は家を飛び出し、シンデレラを捜し始める。
彼女の頭の中は怒りよりも、戸惑いで溢れてかえっていた。
いったい何故?
魔女にとってシンデレラを捜し出すことなど簡単で、ものの数分で見つかった。
魔女はシンデレラが足早に進もうとしている前に立ち塞がる。
「あら、魔女さん」
シンデレラは魔女だと分かると、優雅に微笑んだ。
その微笑みはやはり美しく、それ故に恐ろしかった。
「王子を殺したそうですね」
魔女は静かにそう言った。自分で言うことで改めてことの重大さに気づく。
シンデレラは微笑んだまま頷いた。
「私、復讐したかったの」
シンデレラは首につけているネックレスを大事そうに握る。
「あの王子に私の母は殺されたの。倒れている母から急いで遠ざかっていく王子の後姿を今でも覚えているわ」
シンデレラの口は笑ったままだったが、その目には明らかに殺意がこもっていた。
そんなシンデレラの様子を見て、魔女の背中に嫌な汗が流れる。
「このネックレスはね、母の形見なの。綺麗でしょう?」
シンデレラは握りしめているネックレスを魔女に見せる。確かに綺麗で、シンデレラによく似合っていた。
「魔女さん。色々ありがとう」
シンデレラは最後にそう言って、魔女の横を通り過ぎて行った。
彼女はしばし呆然と突っ立ていた後、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ち、涙を流した。
魔女はシンデレラに怒りをぶつけるつもりだった。しかし、それができなかった。
彼女は悔しくて泣いているのではない。自分の愚かさに泣いているのだ。
あのネックレスには見覚えがあった。シンデレラによく似た美しい女がそれを身に着けていた。
その女はまだ幼い王子を殺そうとしていた。だから王子を愛していた魔女は咄嗟に女を――。