創造神の無茶振りが辛い~中間管理神の憂鬱~
※この作品はフィクションであり実在する人物・地名・団体・その他諸々とは一切関係ありません。
この世界ではない別の世界の話―――
地球ではないが地球にそっくりな惑星があったそうな。その惑星は地球と書いてチタマと呼ばれる惑星で、これまた地球と同じように人間がのさばっている惑星であった。
その惑星では様々な国家が作られ、その中の国家の一つである日本という国で、とある1人の男の命が潰えた。物語……いや、中間管理神の職に就いた一柱の神と部下である一人の天使の悪夢はここから始まったのであった。
――――――――――――
「えぇ!?地球の日本に住む45歳童貞無職―――しかも、今まで親の脛をかじって生きてきたどうしようもないクズニートを、何の徳も積んでいないのに異世界転生させろですって!?しかも無制限のチートまで付けて!?」
「……あぁ、朝ワシが神界に出勤したら、そんな辞令が下ったのじゃよ」
驚きで目がこれでもかと言うくらい見開いている天使ツコミエルと、その上司である中間管理神という微妙な地位に就いているナヤメル神。二人に共通していることは驚愕の事実を受け入れがたいということであった。
そもそも転生とは善行を積んだ人間、つまり聖人が善行の報労として受け取ることが出来る言わば特典である。そんな聖人の“せ”の字も掠らないニートが、更には無制限のチート機能まで受け取っての転生などどうあっても考えられないとんでもない事だったのだ。
ちなみに中間管理神とは、5000ほど存在する宇宙のパラレルワールドを管理する程度の神、という非常に分かりにくい権力を持つ役神(役職)の事である。
「どうしてそのような事を創造神様はお考えになったのでしょうか。よく人間界で神のお考えになる事は人智では計り知れないなんて言葉がありますけれども、人間ではない私にも創造神様が一体何をお考えになっているのかサッパリ理解出来ないのですが!」
「……安心しなさい。同じ神の分類たるこの私をもってしても、創造神様のお考えになっていることの真意はサッパリ理解出来ない。というかしたくない……」
げんなりとした表情、という言葉が似合うような表情で溜息すら吐いてみせる自分の上司を見て、天使ツコミエルは何かに気づいた。
「……もしかして、創造主様の真意をお知りになっているのではないでしょうか?」
「あぁ、もちろん辞令と一緒に何故このような事をしなければならないのか、という説明を受けた。
……受けたのは良いんだが、本当に理解出来ない。本当にどうしたらいいのだ、私は……」
天使の放った問は、神に困惑を与えるという何とも微妙な結果をもたらした。
「いやいやいや、それじゃ答えになってないですよナヤメル様!ちゃんと説明して下さいって!!それに、一体全体どのような辞令を受けたらそのようになるのですか!とにかく落ち着いて下さい!」
すったもんだの末、落ち着きを取り戻したナヤメル神は天使ツコミエルに説明する。
「……取り乱してすまなかった。時間も惜しいし、早速説明する……
どうやら神界の上層部で“転生”というものが娯楽として流行っているらしくてな。勿論、タダの転生物の話ではなく“主人公が一方的かつ圧倒的な力を他者に誇示しながら戦って周りからチヤホヤされる”というどうしようもない内容だというのだ」
その説明だけで理解が出来なかった天使は、どういう事かと詳しい説明を促す。
「ナヤメル様……その説明だと何というかその、想像し辛くないでしょうか?ちなみにナヤメル神様はその説明だけで理解出来ましたか?」
「いや、たったそれだけの説明で全てを理解することは叶わなかったよ。
事情を知るものであれば用意に想像がつくという内容であると聞いたが、儂らのように予備知識も何も無い状態で話を聞いても想像は出来なかったしな。という訳で、このような説明文を辞令と共に賜ったのだ」
ナヤメル神がパチンと指を鳴らすと目の前の何もない空間から突如テーブルが出現し、そのまま流れるようにテーブルの上にファイルを置いた。
そのファイルにはタイトルが記されており“45歳童貞無職のクズニートの俺が神の手違いで殺されて異世界転生し、チートハーレム無双するだけの簡単なお話プロジェクト”という何とも芳ばしい意味不明な文字が記載されていた。
そしてソレを見た天使は理解するどころか更に混迷の度合いを深めることとなった。
「えぇ~!?な、な、な、なんですかこのしょうもない文字の羅列は!?意味不明過ぎて、理解が追いつかないのですが………というかどこから突っ込めばいいんですか!?
まず、その怪しいタイトルは何なんですかって所から突っ込めばいいんですか!?それとも、そんな怪しいタイトルのファイルを創造神様がナヤメル神に真面目に渡したなんてところから突っ込めばいいんでしょうか!?」
取り乱す天使をよそに、もはや達観したかのような表情で溜息をつくとナヤメル神は天使を窘める。
「突っ込めば良いという問題ではないぞ、天使ツコミエルよ。ワシだって、これを創造神様から渡された時は正気を疑ってしまったのだが………正直な話、今でも正気を疑っているのだがこの際そんな事はどうでも良い」
「いや、どうでも良い訳がないと思うのですが!」
天使ツコミエルの突っ込みを無視してナヤメル神は続ける。
「重要な事は自らの上司………しかも一番上の立場から直々に承ったプロジェクトだということ。その事実のみが重要であって、他はどうでもいいのだ。
遠い異国の地、異世界に住まう“Japanese Salaryman”という民族は上司の命令は絶対遵守、出来なければ自らの腹を掻っ捌いて自害するという恐るべき集団が存在するという。彼らは死ぬまで働くという洗脳を生まれながらに受けており、自らの家族のために文字通り死ぬまで働き続ける。
そして働き過ぎて死ぬ事を“KAROSHI”と言い、“KAROSHI”した者は2階級特進して偉くなるらしいのだ。我々神やそれに仕える天使もその精神を見習ってこれらの仕事をこなさなければ、これから起こるであろうラグナロクを乗り越えることは出来んぞ!」
「何それ怖い」
突っ込みどころが満載すぎて、ラグナロクって何だ?とか、死ぬまで働き続ける“Japanese Salaryman”ってどこの超絶ドM民族なんだよ!とか突っ込みどころが満載すぎて逆に天使は言葉を失ってしまった。その隙にナヤメル神は更なる説明を叩き込み始める。
「とにかく、想像神様から頂いたこのプロジェクトを行うことは決定している。正直、こんなもの見たくもないのだが、二人で何とかするしかない。それが嫌なら君は堕天しないといけないよ」
そう言って冷ややかな目で天使を見つめる神。その様子を見てツコミエルは慌てた。
「そ、それは困ります!この前、堕天した先輩のアスタロトさんと飲みに言ったんですけど、堕天した瞬間から口が臭くなったとか訳の分からないことを言い出してきたんですよ!
確かに堕天すると姿形が変わるってのは聞いてたんですけど、その後が酷いんです!
愚痴を言い出した途端にハイスピードで飲みまくって、酔い始めたと思ったら愚痴と一緒に口から毒の息を吐き出しやがったんです!
お陰でお気に入りの店が出禁になるわ目の前にいた私が物理的に昇天しそうにそうなるわ、もう散々な目に遭いましたよ!!天使が昇天とか本当にシャレになってませんからね!!
そんな先輩が居る職場に堕天なんかしたら命が幾つあっても足りませんわ!!」
現状を理解した天使は嫌々ながらもテーブルに置かれたそのファイルとやらを見ることに意識を向ける。そしてナヤメル神がそのファイルを開いて一刻の後、タイトルの名にふさわしいイカれたプロジェクトの全貌を知る事となる。それらを知った二人は案の定、机に突っ伏して絶望した。
「何故……何故……どうして私はこのような目に……人間はどうしようも無い時は神に祈りを捧げるというが、神たる私は誰に祈りを捧げれば現実を逃避出来るというのだ……教えてくれツコミエルよ」
「いやいやいや!神様相手にご高説出来るほど偉くないですからねボクは!
というか、ジャパニーズサラリーマンのクダリはどこに行ったんですか!上司の命令は絶対なんでしょ!こんな所で挫けてたら駄目でしょうが!」
心がポッキリと折れてしまったナヤメル神を叱咤する部下のツコミエル。しかし叱咤しているツコミエル自身もやる気は完全に消失していたのだった。そうとは知らないナヤメル神は、上司である自分がしっかりしなくてはと気持ちを無理やり持ち直した。
「そうだな……ワシがしっかりしなくては部下であるお主を導くものがおらんようになるからの。気が進まんが……早速打ち合わせをした後、仕事に取り掛かるとしよう」
それから地球の時間でいう1ヶ月という時間が経過した後、プロジェクトが動き出したのだった。勿論、1ヶ月ほど魂は放置状態だった訳なのだが、それはまた別の話。
――――――――
「すまなかった!!!神であるワシのミスでお主を死なせてしまった!!本当に申し訳無い!」
創造神が指定した男の魂を神界に召喚し土下座をし出すナヤメル神。
魂の姿は生前死ぬ前の見目が反映されるというのだが、その男の見た目はというと体重は100キロは越えているであろう横に伸びた巨体に身長160センチというチビデブな上にトドメがハゲという三重苦を達成した男だった。男はその神の様子を見るなりブフリと笑い出すやいなや突然叫び始めた。
「よっしゃあああああああああああああああ!キタキタキタキタァー!
とうとう僕ちゃんの時代が来たブヒィィィィィィ!!異世界転生!ファンタジー!チート!ハーレム!ロリもボインも俺の物!!俺tueeeeeeeee!!Fuuooaaaaaaa!!」
突然辺り一帯に響き渡る奇声。
神が土下座している間は隠れていることになっていたツコミエルは、自作した次元の間の中まで響き渡ってきた声にビックリして思わず悲鳴を上げそうになる。
それを何とか堪えた後、天使ツコミエルはナヤメル神に念話を送る。
「な、な、な……何ですか、あの生き物は……見た目と良い奇抜すぎる言動といい、人間という生物というよりは邪悪な悪魔の雑魚尖兵にしか見えないのですが、一体何を召喚したのですか?」
「……うむ、正直召喚したワシも、あのような訳の分からない生き物と遭遇したのは生まれて初めてじゃ……じゃが、認めたくはないのだがアヤツがターゲットで間違いない。これも仕事だと思って耐えるとしよう」
そう決意したナヤメル神は目の前で未だに奇声を上げている男を見て……やっぱり挫けそうになりつつも、何とかなけなしの決意を総動員して話しかけた。
「う……うむ、お主の言っている通り、異世界に転生して貰おうかと思っておる。勿論、そのまま転生させるのではなくワシのミスの謝罪としてチートを授けたい。お主はどんなチートを望むかの?」
「ふぉおおおおおおおおおおおおお!!チート!チートですよ!!やっぱりこうでないとね!!
えーとねぇ!やっぱり魔王やドラゴンなんか目じゃない位の最強の力に、無限の魔力は外せないでしょ!
そして死なない体と顔は誰よりもイケメンにしてくれ!
それと、異世界語が当たり前に話せて理解出来る機能とアイテムボックスの機能は“まさか”デフォ(基本)で付いてるんでしょ?なら、異性に好かれるハーレム体質にして貰うのが当たり前だな、うん。あと錬金術で金を無限に生成出来るようにして欲しいってのと、あとナデポとニコポを――――」
この後、男の欲望に忠実……いや、己の事しか考えていない醜い欲望だらけの戯れ言を聞き続けるハメになり、その全てを叶えるという事を条件に異世界に旅立って貰った。
―――――――――
「……ワシ正直、ニート甘く見ておったわ……」
「ナ、ナヤメル神様!!しっかりして下さい」
次元の狭間から出てきたツコミエルは、椅子に座り込んで真っ白に燃え尽きているナヤメル神を発見。
上司の無残な姿を見て悲鳴を上げながら駆け寄った。
「……何と言っていいのやら……あそこまで欲望に忠実な人間はなかなか居ないと言えよう。
突然、自分が死んで願いを叶えてやろうと言われて、急にそんなポンポンと次から次に際限無く願いが出てくるであろうか?
まるで“こんな事が起きると常日頃から妄想していた”かのようにスラスラと願いを言って去って行ったぞ……」
未だに真っ白に燃え尽きているナヤメル神にお茶を入れつつツコミエルは同意する。
「た、確かに……あの量は異常でしたね。
というか、常日頃からそのような事を考える等という行為は不毛であるような気がするのですが……」
「……しかし実際にそのようなシチュエーションになったのだから、例えそうだったとしても無駄ではなかったということなのだろうな……」
「……なんか真面目に生きてる人がこれを聞いたら、絶対納得しない酷すぎる話ですよね」
二人揃って胸のモヤモヤを抱えつつ、異世界に送り出した男の様子を見るためにナヤメル神はテーブルと水晶球を出現させた。
「さてさて……非常に疲れたが、この光景は既に創造神様のお力により他の神々に中継されておる。勿論、あの男を映し出しているので、既にこの神界は中継されておらんが、ワシらもあの男の新たな人生を演出(補佐)せねばならん。では、ヤツの様子を見てみよう」
「いや、ナヤメル神。普通は、補佐(演出)なんじゃないでしょうか?本音と建前が逆になってません?」
和気あいあいとした空気の中、ナヤメル神が目の前の水晶球に力を注ぐと先ほど散々自分の欲望を要求してきていた男が映しだされていた。
―――――――
姿形がすっかり変わってイケメンとなったニートは、森のなかに1人立っていた。
そんな彼はぶつぶつと何やら独り言で「魔力はイメージってのはテンプレだよな」と呟いて魔法を試したり、奇声を上げたりとなかなかユニークな事をしていると、目の前を荘厳な馬車がとてつもない勢いで走り去っていった。
更に後続に弓矢を構えた賊らしき輩が矢を放ち御者を射って馬車を停めた。そして馬車を護衛していた豪華な鎧を着た何人かの騎士が戦うも呆気無く一太刀で賊にやられていた。
そしてそれを見ていた男はニヤリと笑う。
「ふはははは!早速テンプレ展開キタコレ!中に乗ってるのは姫に違いない!さぁ、この糞雑魚共を始末してハーレムルートにGO!」
意味不明な言葉を叫びつつニートは魔術でもって賊を撃破。すると、周りに居た賊は口々に叫びだす。
「な!何だと!隣国“トナリ帝国”諜報暗殺部隊である“闇夜の愚連隊”のエリートがどこぞの馬の骨にやられてしまうとは!よりによって“ココ王国”のノジャロリ姫を誘拐して戦略的優位につこうとしているタイミングで襲撃などと小癪な真似を!構わん!ヤツもろとも殺してしまえ!」
暗殺部隊の連中が叫びながらニートに突っ込むも「ぐふふ、これってチュートリアルだよね?簡単簡単」という意味不明な言葉を吐き出しつつ、賊を全滅させる。
辺りが静かになり、馬車の中で一部始終をみていたロリな姫にニコっと笑いかける男。
その瞬間、姫の顔が真っ赤になり照れた様子を見せながら「流石はわらわの見込んだ騎士殿じゃ!是非に礼をしたいのじゃが城に来てくれんかの?」と目をハートマークにさせて言い、男は城に行くこととなった。
―――――――
「……ナヤメル神、少しお話したい事があるのですが宜しいでしょうか?」
「……なんじゃ?ツコミエルよ……ワシ、ちょっと疲れておるんで手短にな」
かなり消耗しているナヤメル神に向かってツコミエルは質問をした。
「魔力はイメージだ、で簡単に魔法を放ってましたけど、それ普通じゃなくないですか?
私人間から天使になった口ですけど、生前生まれて初めて自転車に乗った時イメトレした後に乗りましたが見事に顔面から落ちましたよ。それに肝心の魔法も天使になってから習得しましたけどイメージだけでは出来ませんでしたし、イメージ出来れば何でも出来るなんて妄想じゃないですかね?
そもそもチート特典で魔法使えるようにしてあるんだから言わなくても問題ないですよね?あの件って必要だったんですか?」
「テンプレじゃ」
「何故、姫と呼ばれる人間の上位種が賊に襲われる現場に居合わせたのですか?そんな確率滅多に無いと思うのですが?」
「……テンプレじゃ」
「そもそもなぜ人間のヒエラルキーにおいて上位種に位置する王族が、簡単に蹂躙される程度の護衛しか付けていないのでしょうか?相手が相当強いとしても、国の姫という最大級のVIP護衛ですよね?そんな一太刀でやられる程度の護衛(笑)なんて、まずありえないと思うのですがどうなのでしょうか?」
「………テンプレじゃ」
「普通、諜報部隊って自分の身分を明かしたり国際情勢を説明口調で喋ったりしないと思うのですが。しかも国のお抱えなどという国一番のプロ集団なら尚更そんな事言わないと思うのですが、その辺ナヤメル神はどうお考えですか?」
「…………テンプレじゃと言っておろうがぁぁぁぁぁぁ!!
ワシだって、こんなクソみたいなお膳立てしたくもないわ!!お主もワシと一緒にあのクソみたいなファイルの中身を見ただろう!好きでこんなことしてると思ったら大間違いだぞ!!!まったく、創造神様は一体何を考えているのか分からん!」
そう言って怒鳴り散らすナヤメル神。爺が喚き散らすという誰得な状況にツコミエルはげんなりする。
二人が絶妙なコントを繰り広げていると、水晶球が映し出す舞台が城へと移った。
――――――――
弓で射られた御者を男の回復魔法で全快させた男は、更に目をハートマークにさせた姫の馬車で城に向かう。途中で馬車が揺れて姫が男の胸に倒れるアクシデントからのニコポで更に姫の好感度を稼ぎつつ城に到着。王の間にて王都の謁見が開始された。
「皆の者、表を上げよ……さて、王に変わって大臣であるこの私が発言させて頂こう。貴殿が第二王女であるノジャロリ姫の窮地を救ったと聞いておる。大儀であった。貴殿は真の英雄である」
「うむ!わらわの見込んだ男じゃからの。当然じゃな」
無い胸を張って自慢気に発言をする姫。
その様子を苦笑しながら大臣は言葉を続ける。
「時に英雄殿。実はこの国は魔王の脅威にさらされていてな。第一王女で巫女をしておるバイン姫が勇者召喚を行ったのだが、勇者は現れなかった……バイン姫が言うには召喚には成功したというのだが、貴殿が
もしかしたら勇者なのかもしれんな」
そう言って大臣が兵士に合図をすると、奥から長身でグラマラスな体型をしているムチムチの超絶美人が現れた。
「あぁ!間違いありません!私が召喚した勇者様です!
勇者様……どうかこの国をお救い下さい!私の勇者様……」
そして男に縋り付く前代未聞のダイナマイトボディ。男の腕に100cmは越えるであろう胸が当たり、男はだらしない顔になる。それを目ざとく見つけたノジャロリ姫は男をつねる。
「……!いてェ!」
「……フン!」
そんな茶番をはさみつつ、男はノジャロリ姫とバイン姫と共に魔王を倒す旅に出るのであった。
――――――――――――
「……なにコレ?」
一連の酷い茶番を見た天使ツコミエルの開口一番の突っ込みがこれであった。その横で死んだ魚のような目で水晶を見つめる神が一柱。
「なにと言われても……テンプレが無理やりつながっただけじゃろう」
「いやいや、おかしいですって!なんで姫二人が男と一緒に魔王討伐に行くことになってるんですか。
召喚がどうのこうの言ってましたけど、国の王が素性が知れないどこの馬の骨とも分からない男と一緒に実の娘を魔王討伐になんて行かせる訳ないじゃないですか。というかヤツは元々あの歳で童貞だったんでしょ?現実世界でモテないヤツが異世界に行ったってモテるわけが無いじゃないですか常識的に考えて」
何気に酷いことを言う天使。ただし本人に自覚は無い。
「テンプレという言葉のゲシュタルトが崩壊しそうじゃな」
あまりのご都合主義展開に辟易したのか、不快な頭痛を抑えるように目頭を抑えたツコミエルはナヤメル神が創造した椅子に力なく腰掛けた。
その様子を見ながら相変わらず死んだ魚のような目で遠くを見つめながらポツリと呟く。
「……ワシも言いたくないしお主も聞きたくないだろうが……この世界の住人には“とある属性”が付与されておる。その名は“踏み台属性”という物でな。
どんな強敵も文字通り“踏み台”となり、王族を含めた全ての住人があのクソみたいな男をチヤホヤさせるべく動き出す。
ワシから見れば“呪い”以外の何物でもないな。その踏み台属性のせいでスパイは“国家機密を人前で平気で喋り”、護衛騎士は“一瞬で斬り殺され”、美女連中は“主人公を好きになる”のじゃ。日本で行われているという“接待ゴルフ”も裸足で逃げ出すレベルの露骨さじゃ」
「……こんなに酷い露骨な“接待”は生まれて初めて見ますよ……」
「中級とはいえ“神”がホスト(接待する側)をしている訳じゃからの。世界を巻き込んで豪華になるのは自明の理といえような。方向性が限りなく間違っているという点に目をつぶればじゃがな」
そんな話をしている内に、舞台は勝手に次のシーンへと移る。
―――――――
男は旅の行く先々で騒動に巻き込まれ、時には女奴隷を開放して仲間にし、時にはドラゴンに襲われ返り討ちにしたりと話題に事欠かなかった。更に助けた女冒険者が仲間になったり、以前返り討ちにしたドラゴンが雌で人化して男の仲間になったりとパーティーというよりハーレム団体が出来上がった。
行く町、行く村でハーレムを徐々に増やしていき魔王城に着く頃には10人ほどのハーレム団体が出来上がった。そして魔王との最終決戦が始まる。
「魔王!よくも踏み台村を破壊してくれたな!人類の為に滅するが良い!」
「ふはははは!よく来たな勇者よ!キサマを倒したら踏み台村のように世界に破壊を齎してやるのだ!」
剣を向ける男に対し、魔王は余裕の表情で玉座に座ったまま答える。
そんな様子を睨みつけながらハーレム要員達は口々に勇者を鼓舞する発言をしながら戦闘態勢に移る。
「うおおおおおおお!魔王!これで終わりだぁぁぁぁ!
“スーパー・ウルトラ・ゴールデンマグナム・ファイナルギャラクティカ・インペリアルアトムハイパークラッシュ・オブ・ヴィクティムフラッシュソォォォォォォォォォド!!!」
「な、なにぃぃぃぃぃ!!ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!」
男が“世界で一番格好いい技名”と題した今時の小学生ですらそんな発言はしないだろうという技名を口走り、剣から光を放つ。その光は魔王を貫き爆発四散。
激闘の末、魔王を倒したのだった。
それを見ていたハーレムメンバー達はそれぞれ
「きゃー!素敵ですぅ!勇者様抱いて!」
「さすがお兄さま!素敵抱いて!」
「ご主人様は世界一なのです!今夜、ベッドでお待ちしております……きゃ!」
「うむ、流石はワシの見込んだ男じゃの。こやつらの戯れ言は気にせず、今夜はワシの部屋にくるのじゃ」
「妹にはまだこういった話は早いと思いますの。それより、今夜は私の部屋で語り合いませんか?私達の未来について……」
などと言い合いながら城へ凱旋。魔王が討伐された報を聞いた国王の指示により1週間ほどの大規模なパレードが行われた。世界は平和となったのだ。
――――――――――
「ナヤメル神……可笑しいことが可笑しいと思わなくなってきてしまった自分の感性が怖くなってきました」
「ツコミエルよ……ワシも自分自身ソレが心配じゃ……」
突っ込みに疲れた天使と同調する神。二人に共通しているのは肉体的ではなく精神的な疲れであった。
「敢えて自分の自我を保つという意味で突っ込みを入れるというのであれば、一つしか思いつきませんね……なんですか、あの恥ずかしい技名は?聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるんですけど」
「……言うな。ワシも初めて聞いたが、あれほど酷いネーミングセンスを持った人材はなかなか居ないだろう。とはいえ、最近の日本でも子供の名前を“光宙”だの詩羽楊だのと名付ける親が居ると聞くしな。
まったく、その子供が50代になって社会に出た時「○○株式会社、業務執行取締役、森野光宙です」なんて言った日には相手先に爆笑されかねんぞ。時代の流れというものは残酷よな」
そう言って再び遠い目をし出すナヤメル神。
そしてそんな事はお構いなしに水晶は次のシーンを写しだした。
―――――――――
魔王を倒し世界に平和を齎した男は、バイン姫とノジャロリ姫が通うという魔法学園に彼女らの護衛という名目で一緒に生徒となることになった。そこで男はチェス・めんこ・将棋・絵本などを生み出しハーレムメンバーの一人である大商人の娘の血縁を頼り販売。それが国中どころか国外ですら人気の商品となり、巨万の富を得る。更に魔族の生き残りが学園を来襲するも、持ち前の恥ずかしいネーミングセンスの技名を放ちこれを撃退。
更に実力不足で魔法学園を退学になりそうな美少女に「MPが枯渇するまで魔法を使い続ければ、最大MPは上がり魔力も増大する」という誰もが気づかなかったアドバイスを与えた少女は間もなくして国一番の魔術師となり、ハーレムメンバーの一員となった。そしてその教えは革新的な魔力のトレーニング法ということで男の名声は更に上がったのだった。
――――――――――
「ナヤメル神様………もう我慢出来ません。言っちゃいます、言っちゃいますよ!」
いつになくおかしなテンションでナヤメル神に食って掛かるツコミエル。
もはや悟りの境地を見出したかのような慈愛のこもった笑みでナヤメル神は続きを促した。
「なんでチェスだの絵本だの“誰かが思いつきそうな商品”で一財産が簡単に作れるんですか!
それに“魔力が枯渇するまで魔法を使い続ける”だなんて専門家なら誰でもやってそうな事で魔力が大幅にアップされるなんて革新的でもなんでもないじゃないですか!納得出来ませんって!」
そう喚き散らす天使を他所に、ナヤメル神はなれた手つきでお茶をいれると部下を労うようにそれを飲むように指示。
それを飲んだツコミエルは落ち着いたのか、深呼吸をして再び水晶球に向き直る。
その姿を確認したナヤメル神も同じように水晶を見つめるが、よくみるとその彼の目は死んだ魚のような瞳であった。
そして暫く水晶を眺めるも、これといって何の変化も現れなかった。というのも、授業を受けハーレムメンバーとイチャイチャして一日が終わるというのを繰り返している。
それが何年も続いた時に、ようやく異変が起きたということに彼らは気づいた。
「ナヤメル神……展開が変わりません。一体何が起こっているのでしょうか?」
流石に心配になってきたのか、ナヤメル神に事の真相を問うツコミエル。
「いや、ワシにもさっぱり分からん。何が起こっているのやら……」
困惑するナヤメル神を他所に水晶は相変わらず何も変わらない展開を映し出していた。
そこに突如、ベルのような音が響き渡る。
その音はこの職場(天界)に来訪者が来たことを告げていた。
「あ、お客さんが来たみたいですね。ちょっと迎えに行ってきます」
そういって姿を消して暫くした後に、ツコミエルが連れてきた人物にナヤメル神は大層驚かされることとなった。そしてその客人は水晶を見て一言呟いた。
「あぁ……やはりこうなってしまったか」
「創造神様!ど、ど、ど、どうなされたのですか!こちらに来ると連絡を頂いてなかったので何も用意してなくて申し訳ない!ささ、どうぞこちらにお掛け下さい!」
アポなしで現場に社長が来た時の係長のように、慌てながらせっせと接待をし出すナヤメル神。ツコミエルもその手伝いをぎこちない手つきで手伝った。それを見ていた創造神は不要だと一言述べる。
「いや、連絡せずに済まなかったな。少し気になることがあったので寄らせてもらったが……状況を見るに“エタって”しまったようだな」
訳知り顔で頷く創造神を傍らに、取り残されたツコミエルとナヤメル神は訳がわからない。
「……あの、創造神様。エタってしまった、とはどういう意味でしょうか?」
恐れ多いように発言するナヤメル神の状態を知ってか知らずか、創造神は軽い調子で言葉を続ける。
「あぁ、エタるというのはな。物語に展開が無くなってしまった状態の事を言うのだ。続きが永遠に来ない展開を天界ではこう言うのだ………シャレではないぞ」
展開を天界、の辺りでジト目になっていたツコミエルはハッと我に返り姿勢を正した。
「それで……この状態になってしまうと最終的にどうなるのでしょうか?」
一番気になっていた事をナヤメル神は問う。その問に創造神は苦いものでも噛み潰したような表情をしながら答えた。
「それについてだがな……エタるの語源となったエターナル……つまり永遠という意味だが……その語源の通り、二度と続きが展開されることは無くなってしまうのだ。もはやこの物語もこれまでだな」
創造神がさっと手を翳すと水晶の中が爆発し世界が滅んだ。
「こうなってしまったら、もはや“消す”しか道はない。他の神はそれこそ“エターナル”に放置することもあるが、私はこっちのほうが好みでね……さて、では次の仕事を君に渡すとするよ。君には期待しているからね」
そう言って一つのファイルを渡し創造神は去っていった。
展開に追いつけず、とりあえず手元に残ったファイルを見てしまったナヤメル神はショックのあまりその場に蹲ってしまった。そして様子がおかしい事に気づいたツコミエルもその本のタイトルを見た瞬間、ナヤメル神を同じ末路を辿った。
「……ワシ、またこれ作らにゃあかんのじゃろうか?」
「……ナヤメル神様……私、ちょっと本気で堕天を考えようかなって思いました」
「……その時はワシも一緒に行ってええかの?」
神と天使の絆がまた一つ深まった所に傍らには「50歳過ぎたお局OLが異世界に転生して貴族の娘になったけど、乙女ゲームの悪役令嬢だなんて聞いてないわ!~悪役令嬢逆ハー皇宮記~」というどうしようもないタイトルのファイルが転がっていたという。