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Dive in Cipher World   作者: 無様
2/2

Ep:1 ワンダーランドへの誘い

 5月某日、あの屋上での出来事から丁度1週間。

そんなに物事を引き摺る性質(たち)じゃないし、私はいつもの日常に戻っていた。

講義に出て、友人たちと学食に寄って、たまに部活に出たり、バイトしたり。

成績も、人間関係も良好、将来への不安にだけ目をつむれば、充実した学生生活。


 そんな中で体験したあの非日常は、今までにない刺激と余韻を私に残した。

…引き摺ってるじゃないかって? それだけあれが特別だったのよ。

屋上に立ち寄ってドアノブに触れてみたけど、やっぱり閉まってる、それが普通。

そんな日の帰路、バスを降りて自宅への徒歩の道、ちなみに通学時間は30分前後、1時間越えなんかの話を聞くと、凄く恵まれてる。

今日は家でのんびりしようかな、なんて考えてた矢先のことだった。


「朝霧雨夜さんですか?」

「え?」


 見慣れた交差点で立ち止まった時に、横から見慣れぬ二人の男性に声を掛けられた。

一人は、中々のガタイに冴えない雰囲気のおじさん、この時期にはやや暑苦しく感じる灰のメンズコートを着てる。

もう一人は、私と同い年ぐらいの茶髪の青年、ピアスだとか、派手気味の白服だとか明らかにチャラそうな人。

第一印象、変な組み合わせの不審者。

無意識に身の危険を感じて、私は後ずさった。

交差点は車も行きかい、こちらには自転車に乗ったお兄さんが、向こう側にはおばさんと子どもがいる。

流石にこんな大っぴらな場所で、何かしでかすとは思えないのだけれど。


「えっと?」

「少し、話したいことがあるのですか、時間よろしいですか?」

「頼むよー」


 うわあ、やばい、本物っぽいよこの人たち。

そりゃ、私は美人だと自分でも思うけどさ、ここではありえないでしょ。

私はそそっと自転車に乗るお兄さんの方へ寄った、お兄さんもそれに気づいたのか、私を見て、彼らを見て、訝しげな目つきになる。


「いや、怪しい者ではないんだ」

「そうそう、善良な一市民」

「そうは見えません

 私、そういうのに興味ありませんので」


 お兄さんも彼らを睨み付け、ポケットからスマホを取り出した。

うん、凄く親切な人だ、頼りになる。

彼らは少し焦った風、お互いに顔を合わせている。


「いや、本当にただ話があるだけなんだ」

「なら、ここで話して下さい」

「それができない話で…」

「ほら、変じゃないですか」

「あのなあ、こっちが真剣に頼んでんのに」

「そんな格好、真剣に見えないわ」

「ぐぬおう」

「だから、スーツで来いと言ったのに…」


「………」


なんだこの人たち、怪しさよりも滑稽さを滲ませる彼らに、そんな感想すら抱いた。

それはお兄さんも一緒のようで、力強い視線が和らいでいる。

そんな最中、端末の振動音、おじさんのスマホのようだった。


「失礼」

 

 律儀に断ってから、横を向く彼に、毒気を抜かれた感覚。

信号は青になって、向こう側の人や後から来た人がこちらを知らぬ顔で行き交う。

自転車のお兄さんだけは、顛末を見ていてくれた。

電話するおじさんは、小声で謝っているように見えた。


「朝霧さん、うちの上司が直接話したいそうだ。

 頼むから、聞いて欲しい」


 そう彼は申し訳なさそうに、自分のスマホをこっちに差し出した。

私は、心持ち距離をとってそれを受け取る。


「おいおい…大丈夫なのか」

「一応、聞くだけなら」


 お兄さんと軽くやり取りをしつつ、私は耳を傾ける。

彼はそれでも向こうを威嚇してくれてる、良い人だ。


『変わりました』

『どうもー、ごめんね、うちの男共が。

 いちおー、危険はないから、どっちもふぬけだし』


 驚いた、聞こえる音声はやや間延びした口調の、幼げな女の子のものだ。

この人たちの上司だと言うから、もっとこう、ヤクザ的な人を想像してた。


『えっと、何でしょうか?』


 私の警戒心満載だったトーンは一転、拍子抜けたものになった。

ちょろいなあ、私。


『ここではくわしくはなせないんだ、ごめんね。

 興味があるなら、こっちにきてほしいの』

『えっと、だから、何の』

『一週間前、あなたは不思議な体験をしたとおもうんだ。

 その正体を、おしえてあげる』


『 ! 』


 今、何て?

私は無意識の内に、真剣に耳を澄ませていた。


『これ、他人にきかれたらこまる内容なんだ。

 だから、こっちで、誰にも見つからない所で話がしたいの』

『…でも』


 私は傍観する二人を見る、彼女は兎も角彼らは、普通に怪しい。


『すぐに、とはいわないよ。

 逆に、真剣にかんがえてほしいんだ。

 それはつまり、わたしたちの仲間になるってことだからさ』

『仲間…?』


 この二人も、仲間…?

そう考えると、正直不安しかない。


『うん、別に今しんじろなんていわないけど。

 その二人があやしいのはごもっともだしね。

 場所おしえとくから、さ。

 気がむいたらきてほしいな』


『……………』


 困惑の沈黙の中、私は。



 彼女と会話を終え、スマホを返した後。

彼らも言葉を交わし、納得したように電話を切った。


「迷惑をかけました、行くぞ」

「…………」


 やや疲れた風なおじさんと、不満げなチャラ男。

その不満は、上司であろう彼女に向けられてるんじゃないかなと、何となく。


「何だったんだあいつらは。

 大丈夫なのか?」

「ええと…」


 結局、終わるまでいてくれたお兄さんがぶっきら棒な口調で聞いてくる。


「保健所の、方だそうです。

 私の家のペットが、ワクチン未接種だとか何とか」


 私は咄嗟に嘘をついた。

「保健所」というキーワードだけで浮かんだものだけれど、どうしてペットの話になったんだろう、猫飼ってるけどさ。


「…若い方は、とても保健所の人間には見えないが」


 うん、私もそう思う。

どうしてスーツで来なかったんだ、あの人。


「信じられないので、無視することにします」

「それが良い、この辺りで不審者の話は聞かないんだが、気をつけてな」

「ありがとうございます」


 信号は二巡目の青になって、お兄さんも飄々と去っていく。

残されたのは、私だけ。


『おしえてあげる』


 土曜日は部活に出る予定だったけど、サボることにしよう。





 そして来る土曜日、朝から自宅を出て最寄駅へ。

大学とは逆方向へ向かう電車に乗って、四つ目、山都(やまと)駅で下車。

道案内によれば徒歩10分圏内だったのだけど、慣れない土地だったので少し苦戦した結果、目的の山都総合保険所前に到着したのは10:47分頃。

自宅からはざっと30分程だけれど、大学とは正反対だからそこそこに遠いかな。

保健所の建物は、変哲のない二階建ての鉄筋コンクリート製のようである。

ここで本当に、あの体験の秘密を知ることができるのか。

でも、ここは真っ当な施設だし、そういう意味では安心してる。


 中に入って受付の人に名前を言うと、すぐに通してくれた。

案内されたのは室内奥の扉の先、階段に続く廊下で、地下に向かうように言われた。

地下には、薬品なんかを置いてあるらしい倉庫があって、その倉庫内に、更に扉。

ドアノブ扉じゃなくて、自動で開く系のあれ。

ここからは、私一人だけで真っ直ぐ進むように言われ、良くも悪くもありふれた保健所のような景色は、一変した。


 清潔で明るい廊下、脇に見る扉は、カード認識機らしきものだけがあって、まるで最先端の病院のような雰囲気だった。

SF的と言われればNOだけど、素朴な保健所にはあり得ないアンバランスな景色。

真っ直ぐ歩いた廊下の先には、両開きの大きな扉、上にはセンサーと監視カメラらしき半球体、非常口の標識がついてる。

扉は、私が近づくと勝手に開き、その先の開けた広間が見えた。

中央は台座みたいに一段上になっていて、更にその中央に備え付けの半月型のテーブルと、一人掛けのソファが背を向けている。

広間の全体は円周型で、両脇にはパソコンが幾つも並んでいる。

見慣れない、大きくて静かに唸っている機械は、所謂スーパーコンピューターというものだろうか。

ざっと見て2台…2機? 置かれていた。


「ようこそ、雨夜。

 あなたを、歓迎するよ」


「 ! 」


 声がしたのは、ソファの方から。

背もたれで完全に見えなくなってるけれど、まさか。

そう思った矢先、くるりと席を回して向こうから姿を表した。

真っ白なパーカーコートを羽織った、ブロンドなショートボブの、気怠そうな空色の瞳の女の子。


「わたしは璃亜(りあ)っていうの、よろしくね」

「……可愛い」


 私の第一印象はそれだった、天然っぽく見える金髪と、空色の目。

まだまだ成長途中の、可愛らしい女の子だったのだ。

こんな子が、あの二人の上司?


「かわいい? わたしが?」

「え…はい、そう思いました」

「ふふ、そっか。

 あなたにほめられるとうれしーな」


 そう言って璃亜と名乗った少女はくすくす笑う。

やだこの子、本当に可愛い。


「えっと、お幾つですか?」

「今年で16歳。

 あと、敬語じゃなくていーよ」

「あ…わかったわ。

 と言うことは、今15? 凄く若いのね」

「そうそう、まだぴちぴち。

 まあ、色々とそういう話もしたいけどさ。

 今は、本題をすすめよう、こっちにきて」


 頷き、彼女の傍に寄る。

広い机は少し、結構、いや、かなり散らかってるな、これは。


「さてと、くわしく説明するね。

 ここは、 C(しー)  W (だぶる)  L (える)Cipher(さいふぁー) World(わーるど) Laboratory(らぼらとりー)のK府支部。

文字通り、サイファー・ワールドについて研究する施設だよ」


 サイファー・ワールド、全く聞き覚えのない単語である。

…どうでも良い話だけど、璃亜、凄くひらがな英語。


「サイファー、ワールド?」

「そう、小説なんかでよくある裏世界といえばわかる?

 まったくの異世界ではなくて、鏡の世界みたいな」

「…言わんとしてることは、何となくわかるけどさ。

 ありがちな台詞だけど、そんな非科学的な世界が存在するの?」

「どうなんだろうね、存在を証明する手段はないよ、実際。

 でも、CWLで活動している人、日本全国で50もいないけど。

 私たちは、全員その世界を認識して、共有してる。

 それはきっと、唯の幻覚で片づけれるものじゃないとおもうんだ」

「……成程、全国で50人って、少ないのかなあ」

「普通にかんがえたら、少ないんじゃない?

 潜在的な人とか世界に目をむけたら、もっといるかもだけど、これはどうでもよい話だね」

「…うーん、正直言って、全然信じられないんだけど。

 その世界と、私が体験したことって何か関係あるの?」


 このままでは、不思議世界について研究する施設があるってだけの話だ。

いや、それはそれで凄いことだけどさ。


「雨夜は、どんな体験したの?」

「えっと、屋上から飛び降り自殺しようとした子を止めようとして、ドジって私が落ちちゃったの。

 その時、何かに助けられたような…」


「そう、それ」


 ぴっと突き出された人差し指と、気怠そうな視線が、私の言葉を遮った。


「"ココロツカイ"…あなたをたすけたその何かを、私たちはそうよんでる」

「…心遣(こころづか)い?」

「ううん、ツ、ココロツカイ。

 それは、サイファーワールドに関わる現象なんだ」

「現象…? あれは、生物じゃないの?」

「まだまだ謎しかない存在だけれど、今はそうかんがえられてる」

「ふうん」


 どうにも、腑に落ちないけれど。


「……………」

「……………」

「…………あの、次は?」

「え? 終わりだけど」

「え?」

「ふえ?」


 いやいや、可愛らしく惚けても誤魔化せないって。


「いや、それだけじゃ全然、何も」

「これ以上は、部外者に説明できないの。

 今のだって、本来は駄目なものだし。

 雨夜だから、特別に話したんだ」

「あ、そうなの、それはありがとう。

 でも、流石にそれじゃあ納得できないわ」


「しりたい?」

「しりたい」

「なら、条件があるよ」


 積まれた本の天辺に置かれたクリアファイルを取り、挟まれた用紙を二枚とボールペンを、私の前に置いた。

ぱっと見た感じ、履歴書とかそういう類のもので、自ずと条件が予想できた。


「CWLに協力してほしい、雨夜。

 あなたを雇いたいっていった方が、わかりやすいかな」

「雇うって、バイトじゃないんだから」

「バイトみたいなものだよ、お給料もでるし、かなり。

 学校を辞める必要とかも、全然ないの

 まあ、ややこしい話はそれを見て」

「バイトは、間に合ってるんだけどなあ」


 やや敬遠気味な感情を抱きつつ、書類に目を通す。

…バイトとしての条件は、凄く良い、時給は今のよりも上だし、週二、週三なんかの決まりもない。

やたらと守秘義務についてと、安全面への警告が多い点を除けば。


「…危険なの? サイファーワールドって」

「どっちかといわれれば、危険だよ。

 そもそも、わからないことの方が多い世界だから。

 でも、それをいったら現実だって危険じゃないかなっていうのが、私の感想」

「……………ここの、守秘義務を破った場合の処置って?」

「しらない方がいいとおもうよ」

「ああ、そう」


 何だろう、素気ない言い方だから余計に怖い。


「こんなかたくるしい形式、とりたくないんだけどね。

 でも、これもあなたの安全と、サイファーワールドの為だとおもうから。

 ちょっと、とまどってるでしょ?」

「それは、うん。

 わからないことが多過ぎるわ」

「…雨夜が絶対に秘密にするってちかってくれるなら、はなしてもいいよ」

「え…うん、絶対に秘密にするつもりだけど、いいの?」

「実をいうと、わたしはあなたとおちかづきになりたいの、私的に。

 ここのスタッフ、男ばっかりだしさ」

「え、まあ、そうなのかな?

 でも、学校とかは…」


 ふるふる、璃亜は首を横に振った。

やる気のない瞳は、心なしか悲しそうにも見えた。


「私、学校いってないんだ。

 みよりもいなくて、ここにすんでる」

「え…?」


 えっと、確か今15歳だったっけ。

中卒で働いてるってこと? 今時そんなことが。


「まあ、学校とかはどうでもいいんだけどね。

 ここはお給料も、設備もいいからすごく充実してる。

 でもやっぱり、さびしいんだ、わたし一人だと」


 明後日を見ていた璃亜の視線が、私に注がれる。

小動物を思わせる、甘えたような、媚びるような色。


「だから、うれしかったの、雨夜をみつけた時。

 ようやく、女の子の友達ができるかもしれない、友達になりたいって

 だから、すこし強引にでも、つながりたいなーって。

 …ごめんね?」

「ううん、全然そんなことない」


 私は思わず、璃亜の両手を掴んだ。

何この子、凄く、凄くほっとけない、妹にしたい。


「なろ、友達、協力とか関係なしにさ」

「ほんとに?」

「本当」


 掴んだ瞬間、璃亜は目を丸くしていたけど。

そう返したら口元が緩んで、綻んだ。


「ありがと、うれしい

 …で、どうしよっか、話それちゃったけど」

「あ、そうね。

 うん、協力というか、雇われても良いわ。

 サイファーワールド、興味あるし」


 少し前までの警戒は何処へやら、私はすっかり解されていた。

いや、だってね、ここまで言ってくれて断るなんて普通できないわよ。

労働条件が悪いって訳じゃないし、サイファーワールドに興味があるのも事実。

…泣き落としに負けたみたいな感じになったのも事実だけど。


「それじゃ、そこの用紙に記入おねがい。

 一応、全部目はとおしといてね」

「わかった」


 残りまでざっと目を通す、うん、問題になるのは守秘義務だけで、CWLを辞めるのも自由みたい。

璃亜はその間に、ボールペンを私の元に転がして、流れるように記入した。


「うん、おっけー

 あらためて、CWLへようこそ、雨夜、歓迎するよ」

「こちらこそよろしく、璃亜」


 それは振り返れば、浅慮な選択だったと思う。

この時の私は、少女に対する安易な同情と、昔夢見た幻想世界への好奇心で盲目だったから。

幻想の世界に飛び込む意味なんて、考えてもいなかったんだ。

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