中編 現在時 第三話 日常
彼女、名前は裏戸可憐。ウラトカレンといった。
僕と彼女は近所の公園で出会った。僕にとってはミミズかと思ったらライオンと遭遇したのかと思われるくらいにショッキングな出来事である。
なにそれ怖い。……信じらんない! とはこちらが言いたいのである。
その後、口論が続き、騒ぎになっていて警察を呼ばれてしまい……。
警官はカップルの痴話喧嘩だと勘違いし、裏戸が制服姿だったことから裏戸は家に帰らせられた。所謂、強制送還というやつだ。ざまあみろ。
これでやっと逃げられると思ったのもつかの間、裏戸は何度言い聞かせても全然僕の言い分を信じておらず、キャーキャー騒ぎ倒すので、渋々僕は裏戸と明日あう約束をしてしまったのである。僕としては否が応でも約束なんて毛頭したくはなかったが、あの時の警官の『なんとかしてくれよ…このアホ女を…まだ仕事残ってんだよ……!』と言いたげな表情を思い出すとそれは存外普通なことのように思える。ホント御愁傷様です。
そうそう、……この状況をまた高校で話したとき、
「なんなんですか、どさくさ紛れにデートの約束ですか?明日死ぬんですか?」
とか言われた。
いや、意図してそんなデートを予定した訳じゃないし、僕に明日死ぬ予定はない。
……もしかしたら、あるかもしれんけど。
裏戸の「明日来ないと全力でアンタのことを調べあげて、ネットに情報垂れ流してやるからっ!!」作戦は僕に対して不安を抱かせるには十分だった。だからこそ、あの必死の形相が僕を地獄の谷に突き落とす可能性もなきにしもあらずである。いや、ないか。 というか、それって逆に特定される要因じゃね?
……まあ、どちらにしろ、
「面倒、だなー。」
行っても行かなくても面倒な事になる。しかし、全力で調べるってどうするんだろうか、……やっぱり似顔絵描いて聞き込みかね。
少年探偵団の一員かアイツは。いや、もうやってることは一種の犯罪ですらある。いや、言い方が違うな、それは犯罪です。個人情報保護法。
「はあ……」
思わずため息が出る。
困ったな……
困った時は神頼みとかいうけど、逆に神様そんなんじゃ助けてくれないと思うのが僕の持論なのだが、
神よ。居るのは信じとらんが、今日くらい頼らせてください。南ー無ー。
それにしても、月曜日というのは何故こんなにも体がかったるくなるのだろうか。
まあ、それはやはりまた五日間も学校に通わなければならないという事実が僕に倦怠感を与えているのだと思う。
休みをもっと増やしてほしい、心に安らぎを下さい、だとかそんな言い訳じみた考えが頭の中でぐるぐる回っていたが、その不安定な気持ちはクラスメイトのある一言ですっかりなくなった。
場所は僕が所属するクラス一年B組。時間帯としては昼休み。
そのある一言とは、
「じゃあ、夏休みとか、冬休みとか要らないのですか、貴方は。」
というわけなのだが、確かにそうだ。僕達にはきちんと長休暇が与えられているのだった。
「そりゃあ、いるに決まってるじゃないの。」
「デスヨネー」
クラスメイトの目が若干僕を軽蔑する。
あんまり長々とし過ぎて逆にやることなくなったりするけどさ。(←個人差があります)
「しかし、人間に休養が必要だという意味では私も意見には賛成ですね。」
と、イチゴミルクをズズズッ……とストローで吸いながら。クラスメイトは答えた。
「それは、そうだろうよ。人間は疲れるもんだしな。精神的にも身体的にも。休養は必要だ。」
僕は購買で買ってきた焼きそばパンをかじりながら、クラスメイトに話した。
「だからこそ、休みの日はあるんです。この世の人間が休養を必要としなかったら、休みの日なんて作られてませんよ。きっと、ただ祝うだけで終わりです。」
クラスメイトは気だるげにあんパンを僕の方に突き付けながら答えた。中にはアニバーサリー嫌いの人もいるだろうけど、父の日だとか、母の日だとか、ちゃんと祝っている人はいるのである。
「まあ、祝日がただ祝う日ってわけじゃあないけれどね。」
海の日とか山の日とかみどりの日とか何を祝っちゃうんだよ……。とか思わないでもない。
逆に空の日とかもう一個つくってもらって、陸(山)、海、空の祝日にするのもいいかもしれんよ(?)。
……いや、正直意味わかんないなこれは。
「でも、祝う日って言うんなら他にも沢山あるよ。七夕とか雛祭りとか節分とか……。同じような祝うべき日なのになんで休日じゃないのかなぁ……?」
七夕に至っては織姫と彦星の一年に一度の出会う日だっていうのにな。 海の日より祝って欲しい。
「それは貴方がただ休日欲しいだけじゃないですかね……?」
苦笑いで見られてしまった。
はいそうですね、休日とかもっと欲しいですよ、僕。
今は休日より、暇を潰せるものが欲しいけれどね。
とか、弁明すると「あはは…」と、またクラスメイトは苦笑いをした。
こうやって、このクラスメイトとは昼休みには飯を食べる仲である。彼女はそうそう何も望まず、大人しく、ゆったりとした人物なのだ。
もうすぐ、クリスマス。彼女は自分の親に何かしらのプレゼントを望んだりはするのだろうか?
「なあ、君はどうしても欲しくて堪らないものってあるか?」
僕はクラスメイトに尋ねる。すると、数秒もせずに答えは帰ってきた。
「そう、ですね……、記憶です。」
「記憶……?」
それは一体どういう意味なのか、問う前にクラスメイトは言った。
「私はなんか記憶が欠如してるんですよね……、朝起きると何か足りない気がしてならないんです。頭の中に、破片だけ残っているような。」
それが記憶か……?
いや、それは単なる勘違いなのかもしれない。言っちゃあ脈絡も何にもない。記憶を失うだなんて、僕と同じ一介の高校生であるところのクラスメイトは普通はあり得ない事態に遭遇しているのである。
とりあえず、僕はクラスメイトのあやふやな文章を見守りながら聞いていた。
「ずっと昔ですかね……いや、最近かも解らないんですけれども、誰かに何かをお願いした気がするんですよ。」
クラスメイトは心底その何かを失ったのが辛そうな様子である。これがドッキリとは僕には到底思えない。
「へぇ……その失った記憶を取り戻したいとか?」
好奇心から話は続く。
「まあ、そうなりますよね。そんなの、思い出すまで待たなきゃいけないんでしょうけど……。」
儚げに窓の外を眺めながらクラスメイトはそんな言葉を漏らした。どうやら、昼飯はもう食べ終わったらしい。不意に時計を見上げるともうすぐ昼休みが終わりそうだった。
「色々、あるんだな。誰にでもさ。」
僕は滞りなく買ってきたパンを全て食べ終え。ゴミを、持ってきたビニール袋に押し込む。不法投棄は絶対に禁止。
ビニール袋を鞄の中にしまってから、クラスメイトの方へ向くと、
「色々あるんですよ。」
誰にでもね……。そうクラスメイトは付け加えて、きらびやかな白髪を揺らした。