前編 過去時 第四話 緊張
……午後、三時頃。
言わば、おやつの時間である。
というわけで、今回……カレンにおやつをかってあげることにした。
向かう先は地元のコンビニ。
……同じ高校だった奴と鉢合わせて「今、ドコ大学行ってんの?」的な話になってしまう可能性もあるかもしれないが、平日の昼にバイトをする程暇な大学生は居ないだろう。
……その点、ニートって自由だね。
……でも、お先真っ暗だね。
「…………はぁ、」
ちょっと、落ち込んだ。
……まあ、カレンにお菓子を買うくらいの余裕があることが唯一の救いだろうか。
なんというか、貢いでる感が半端ないが、彼女が可愛いのでよしとするんだ、僕よ。
そろそろ、コンビニにつく頃である。
今日は何故か25度という訳が分からないくらいの猛暑日なので、クーラーが待ち遠しい。
……うぃーん。
「いらっしゃいませぇッ!!」
僕が自動ドアを通ると、言葉の端のアクセントが妙に高めな店員の声が聞こえた。よくいるよね。よくいるせいで、何故か全国に定着してるんだけども。
しかも、声が大きい。
言い終えると、キーンっていう音が残るレベル。音波兵器かよ。
「さて……」
お菓子売り場に着いたところで思考を入れ換える。
カレンはどんなお菓子が好きなのだろうか?
よく考えてみれば、僕は彼女の好みを知らない。聞いておけばよかったな、と今更後悔する。
そんなの、連れてきて選ばせれば早いって話だが、今日は外に出たくないらしく。家に置いてくることにした。
そのため、ここからは自分の想像のみが頼りである。
……チョコレートか?煎餅か?ポテトチップスか?ガムか?ふ菓子か?ビスケットか?餅か?
……いや、なんで鏡餅が置いてるんだよ……
と、お菓子売り場の棚を上から順に見て考える訳である。
「分からん……」
だが、アイツが気に入りそうなお菓子なんて分かりようがないのである。結局最後の段まで見たが、なんだか物足りなかった。
そんなとき、一つの声がかかる。
「何かお困りかね?」
横を見ると、背の高いスーツを着たおっさんが僕を見下ろしているのである。
イメージでいうとあしながおじさんだ。
「……え、えーと、僕ですか?」
まあ、棚の一番下を吟味する僕はしゃがんでいるので、見下ろしている彼は僕以外に尋ねる人はいないのだろうが、一応確認だけはしておく。
「そうだ、君だよ。」
と言って僕を指差す。
立ち上がると、背は20センチ近く差がある彼はニヤニヤした表情で、サングラスをかけていて何を考えているのか分からない。
こう言っちゃなんだが、彼は詐欺師のような雰囲気でもある。
「さっきから品定めをしていたようだけど……、誰かへのプレゼントかい?」
と、彼は言う。どうやら、これはすいませんと言って立ち去ることは出来なそうな様子……。
しかし、プレゼントか。
あながち間違った表現でもないかな。
「そうですね。」
そう答えると、彼は棚をゴソゴソと調べ始めた。
「……なら、これにするといい。」
棚の奥から彼が取り出したのは板ガムだった。簡素なミント味。しかし、何故これを選んだのだろうか?
僕はまだプレゼントする相手が誰かも言ってないのに……
「これ、なんです?」
「……僕の大好物だよ。」
「あ、そうなんですか…。」
全く根拠のない理由だった。が、彼は自信があるのか更に唇を曲げた。ニッコリと笑ったのである。
僕はなんだかどうでもよくなってきて、この手に納められた板ガムを買うことにした。もう、選ぶこともないといつの間にか妥協していたのである。
そこで、ふと彼を見るとコンビニから、もう出ようとしているではないか、
「……あの?最後に一つだけ。」
男は振り向く。
「ん、……なんだい?」
僕は彼が僕の方へ向いたことを確認して、不思議に思っていたことを尋ねた。
「なんで、僕が誰かにあげるためにお菓子を買おうとしてると思ったんですか?」
その時の表情は、不気味という一言で表現できた。底知れぬ不安というか関わってはいけないような、そんな気持ちにさせた。
「……だって、君は自分のための買い物に時間をかけないのに、時間をくっていたろ?……だから、“彼女”のために選んでいるのかなと思ったんだよ。」
と言って彼は去った。
僕が自分の買い物に時間をかけないのはこのコンビニに来る奴なら知ることもあるだろう。だから、彼がそう推理することはおかしくない……。
ただ一つ、不安だったのは。
……あれ?……僕、いつ相手を女の子と言ったっけ?
「ただいまー」
ガム一枚じゃ物足りないだろうから、他にもいくつかお菓子を買ってきて、アパートの扉を開く。
すると、
「おかえりなさい、」
という、返事が帰ってきた。……僕は家に誰かがいる、何てことはもう昔のことだからなぁ。
もちろん、返事をしてくれたのはご存知カレンである。
美少女がお迎えします。……メイド喫茶のキャッチコピーにしか思えないのが難点だが。僕の場合は本物の美少女なのでそんなことは気にしない。
たまーに、電気街に行くと、こいつはゴリラとのハーフなのかってくらいに場違いなメイドがいたりする。
まあ、あくまで個人の感性に左右されるのでなんともいえない。……というわけで、一応メイドゴリラ好きな人ごめんなさい。
「貴方、さっきからなんで合掌して玄関から動かないんですか?」
……っは!!……しまった、メイドゴリラに(ある意味ね)心奪われていた。
「いや、ね。この世には色んな人がいるんだなぁ……と思ってね。」
「はぁ……、」
カレンは隠然としない感じであったが、おやつを買ってきたことを明かすと機嫌を直ぐに直しやがった。まるでバネのようなメンタル。
僕がビニール袋の中をがさがさしてる間、カレンはわくわくしたような表情で僕の手元を見つめる。
続々と出てくる、お菓子お菓子お菓子。出てくる度に彼女は魔法でも見たかのように目を輝かせていた。
「これは何ですか?」
彼女は疑問を持ち、
「おいしい!」
食べて、笑う。
僕にとってそんな彼女の顔はとても新鮮で、今日は久しぶりに満足出来そうな日になると思えたその時、
「……あ、ああぁあぁぁああああアァっ!!!!????」
ぽと………と、彼女の手から何かが滑り落ちる。
「な、なんで……??……こんなに早いなんて………!?」
その落ちた何かを拾い上げて、この世に存在しない物を見つめるかのような顔で呟く。
その声は見えない誰かを恐れるようで、その体がガタガタと震え始める。
「お、おいっ?!」
なんでまた昨日みたいなことになるんだ?!
彼女は落ち着いたんじゃなかったのか?!
彼女をそのままにしていると地震にあった積み木の城のように脆く崩れさってしまいそうだったからだ。
……気にしている暇は無いようだった。
「う、ヴぅ……!!」
「カレン……!」
結局僕は、彼女の震える肩が止まるまで支えることになった。
その日の終わり、彼女は震えを止めた。
ある時、彼女の叫びは…すっと収まったのである。
先程まで静寂だったのかと疑うくらいに周りは酷く静かになる。
「もう、………寝ましょう。」
「……え?……だってお前……」
「私は……大丈夫ですから。」
今日はもう寝ましょうと、彼女は無理矢理話を断ち切ったのであった。
僕は彼女の過去に触れるわけにはいかないと、そんなことを考えて、眠りについたのであった。
お休み。……ベットから、そんな声が聞こえた気がした。