前編 過去時 第二話 相談
さて、白髪の美少女を連れ帰ってみたものの。
……どうするか?
いや、ね。ちょっと後悔してるのよ、今は。
何で、連れて帰ったんだろうってね。
交番に届けた方がよかったんじゃないかってね。
これは、まさかの誘拐扱いになるのかもしれないし………
場所は僕のアパート。その一室にある如何にも安物というか、リサイクルショップで拾ってきただけのベットに寝かせている。最近キシキシいってきて、地震が起きたらすぐにでも崩れそうな感じである。
そして、一方僕はといえばなんか気まずい雰囲気をごまかすためにベッドが視線に入らぬようネットサーフィンをいそしんでいた。
まぁ、後悔しても仕方ないんだけどさ。
ならば、少女が目覚めていない今のうちに開き直っておいて、今後の方針を立てておこうじゃないの。
「さて……」
常識的に考えて、僕と出会った際彼女は寝ぼけていたか、酔っていたはずだ。そうでもないと、あんなイベント起こりっこないからな。
適当に質問して、迷子だったら交番に送る。…これしかないだろう。
万に一つの可能性で、あれを確信犯で行っていた場合は泣く泣く病院に送らざるをえない。精神科とかどうやって入ればいいんだろう……?
「……はぁ。」
すかーと眠っている彼女を見て思わずため息をついてしまう。
今更だが、なんで僕。こんなことしてんだろうなー。
人助けなんかしたところで僕の人生が変わるでもなし、ニートがニートでずっと居続けるように、谷があったら峠もあるという方式は無く、もう確定した『失敗』が『成功』に変わるわけないんだから。
希望なんて、ないんだから………、
ガタッ……
小さな物音。ベットの方を見やるとあの白髪の少女が布団を持ち上げて驚いたような面持ちで此方を眺めていた。そんでもって、そのベットのいつも枕横に置いてた目覚まし時計が転がっている所から鑑みるに起きた拍子に体が当たってベットの上から落ちたのだろう。
「あ、あ……」
少女は僕に向けて人差し指を指す。何をそんなに驚いているのか検討もつかない。
幾つか、自分のしていたことの善悪について考えていたところ鈴のような彼女の声が聞こえてきた。
「……あなたは、誰なんですか……?」
「ん?……あぁ、僕は……」
簡単に個人情報を答えようとする辺り、僕は詐欺に金をふんだくられる可能性、大と思う。まあ、こんな可愛い子が詐欺師な訳がないけどね(←大バカ)
「また、あの施設のヒト…なんですか…?」
悲しそうな、嫌な顔をする。うーん、僕はどういう施設のヒトに見えるんだろ?
施設といっても僕には図書館だとかそんなものしか思い浮かばないが、そんな良さげなものじゃないんだろうな……。
「また、実験動物みたいに私を扱うんですか……?」
なんですとー?!
「いや、ちょっと何を言ってるのか解りませんけどッ!?」
僕はやっとこさ言葉を発する。慌てていたせいか敬語になってしまった。じ、実験動物!?
僕がそうやって困惑していると、彼女が嗚咽を漏らし始める。
「嫌、です。連れていかないで下さいぃ…。うぅ…ヒック……」
「……?!」
あれ?なんで?泣き出してしまったぞ?
なんかしたの、僕?
蘇るトラウマ、僕一人に対し、大勢の女子が謝れと言いよるホームルーム。心が傷んだ。
そして、慰めてやれない僕は極度のヘタレだと思いました。
というか、超ビックリ。どんだけビックリかっていうと楽勝だと思ってた大学に落ちたくらいにショックであり、ビックリだ。設定がリアルすぎて逆の意味でも怖いよねー。あははー。
「いやいやいや、施設…?なんだよそれ?」
気になって聞いてみた。
「……何を言っているんですか!?……。…そんなのこと聞いたって誤魔化されませんッ!!そうやって、また私を騙そうとしているんだッ!!お前もアイツラのナカマなんだッ!!」
「……っうぐ?!な?!」
少女は急に声をあらげ、僕を突き飛ばし、息を荒げた。悲痛なその瞳からは徐々に光が失われていくような、そんな気がした。どんどん暗く、黒く。黒のクレヨンで塗り潰されていくような。………まるで、死んだ魚だ。
それは、あるいはまるであの日記の最後の僕のようなそんな崩れ方だった。
「死ネッ!!!死ネッ!!!死ネッ!!!死ネッ!!!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死んでしまえーッ!!」
細く長く白く美しい手は見た目からは考えられない程の力を発揮し、僕の首を包む。ググググ……と生々しい音が聞こえそうなくらいに首には昨日の公園で僕の肩を締め付けていた力が込められる。
「……あ、ぐぐぐ……、」
確実に、着実に、僕の目の前の視界が真っ白になっていく。
苦しい、気持ちワルイ、ハキソウダ……、
終には頭の中も真っ白に染められそうになる。
その白い世界で2つハッキリと違う色が見えた。
それは、彼女の目だ。
目と鼻の先にある彼女の両目は明らかに僕の首筋を捉えて離さなかった。
怨み、憎しみ、憎悪、全てを信頼しない、その辺の悪いモノを全てごちゃ混ぜにしたような彼女の目。
……彼女も『失敗』したのかな。
これから死ぬかもしれないってときに何を考えているんだろう、僕は。
『期待なんか持ったって、希望なんて持ったって、人生は変わらないんじゃなかったのか……?』
ぼんやりと真っ白な空間に浮かびだすもう一人の僕はそんなことを口走っている。
『面倒だろ?』
お決まりのようにあの台詞を口にする。
「勝手に……決めんなよ」
違う。違う、筈だ。僕は面倒だなんて思ってない。
お前は僕の後悔だ。甘えだ。逃げ出したいって気持ちだ。
「僕の気持ちを勝手に決めんなよ。……彼女は僕より苦しんでんだよ。見て、らんねぇよ……――」
幻覚は引っ込んでろ。僕は君と話がしたいんじゃない。
なら、誰と……?誰と、僕は話がしたいんだ?
『でも、僕は君の気持ちだ。』
もう一人の僕は、僕より髪が長くて、顔が隠れている。だから、どんな顔をしているのか分からない。
分からない、か。
面倒な言葉だ。
アレレ、思考がどんどんクルッテク
くそ……、訳が分からない。
……他人の人生を変えようとするのはいけないのか……?
自分の人生が変わらないのだとしても、ドラマに出てくるような先生みたいに他人の人生に期待したらいけないってのか?希望を持ったらいけないってのか?
……そんなことはないはずだ。
こんなクソみたいな『失敗』を殺そうとするんだ。よほど、彼女も『成功』が憎くてしょうがないのだろう。
よくわからんが、施設とかいうのもそうなんだろう。
その人生は複雑なんだろう、難解なんだろう。
嗚呼、なら簡単じゃないか。
『それで、どうする?』
………。……決まったよ。
「じゃあ、僕は僕のやり方で……彼女を救ってみせよう。だって…」
彼女と、話がしたいんだ。
真っ白な虚空に手を伸ばす。そうすると、今度は世界がハッキリと見えた。
ひとりぼっちで、誰の助けも無くて、だから誰も信用できなくて、そんな自分でしかいれない。
……ならば、
「僕は君の仲間だ。」
それだけは、きっと断言できる。
「………ヴぅ………。」
気がつくと視界は元通りで首の痛みはもうなかった。その代わり、彼女は…泣いていた。
「君は人生に『失敗』を押し付けられたのか…。…僕はもう『失敗』してしまったけれど、まだ君はやり直せる。まだ立ち上がれる。わかったらもう何かを怨むことはするな。面倒だから。」
「……面、倒……?」
彼女は僕の目を見てポカーンとしている。毒気がぬかれたような、そんな感じだ。
「ああ、面倒だ。お兄さんは人生の中の面倒なことを数え始めたらキリがない。だから、途中でそれも面倒になってやめるのさ。」
いちいち、何かに怨みを持つことで時間が減っていく。これってかなり面倒なんだ。……続ける。
「……まぁ、だからもうやめとけ。」
悩むってことはそれだけ幸せを捨ててるのと同じだよ。
「……うん。」
彼女の涙はもう止まっていた。
どうせ、何か一つ、面倒になったんだろう。