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狼は運命を変える


あれから家を出る時はグレンも一緒に出たがって大変だった。

 学校へは途中電車も乗らなくちゃいけないし犬を連れて一緒に行く事は出来ないんだよと、精一杯説得すると最後はグレンも分かってくれた。

 犬の知能って本当に凄い。もしかしたらうちのグレンは特別なのかも。

しんと静まり返った家に一匹残すのは可哀想なのでテレビを点けてきてあげた。


しかし、そんなやり取りをしていた所為で、いつもより1本遅い電車に乗る事になってしまった。それでも遅刻はしないだろうと油断していたら、前の電車が脱線事故を起こしたとかでしばらく運休となってしまった。

う~ん、ツイていない。

それでも、バスによる振替輸送でなんとか昼前に学校へ着くことが出来た。






しかし教室に入って、クラスメイトや先生の反応に驚いた。


「うわぁ~ん、千花が生きてたー!! 」


「千花ちゃん死んじゃってたらどうしようと思った! 」


「桐山さん無事だったんだ。怪我も無くて良かった」


「桐山~、良かった! 無事ならせめて学校に連絡入れろ!!」


ん?何だろう、この熱烈な歓迎振りは?スマホや携帯電話など保護者の同意が必要なものは私は持ってないし、公衆電話は長蛇の列だったから諦めた。

 疑問符を浮かべた私の顔を見て担任が苦笑いを浮かべる。


「京神線、脱線事故起こしただろ。先生はちょっと職員室行って桐山が無事だったこと報告してくるから。皆は静かに自習していてくれ」



担任がそう言って教室を出て行くと、後ろの席の綾乃ちゃんが私の背中を突っついた。


「事故に巻き込まれたと思ったじゃん。千花、いつもあの時間の電車乗ってなかった? 」


私は「あぁ~」と納得した。


「そうだね、今日たまたま遅れてなかったらヤバかったよ。ゴメン、心配してくれてありがとう」


綾乃ちゃんの話によると今朝の脱線事故で重軽傷者数十名と死者まで出ているらしい。脱線事故について知識のなかった私はその話を聞いて顔を蒼くした。

 いつも通りあの電車に乗っていたらと考えると怖い過ぎる。







お昼になり、いつものグループでお弁当を食べる。

私はいつも長谷川さんが父用に作る昨日の夕食を弁当に詰めて持って来ているのだ。しかし、今日の弁当のおかずは唐揚げをグレンにあげた為少し寂しい。




「千花ちゃんのお弁当、今ダイエット中?」


「違うよ~、本当は唐揚げも入れる予定だったんだけどウチの犬にあげちゃったんだよね」


何気ない私の答えは犬好きな友人の顰蹙を買ってしまった


「千花、犬に人間の食べ物を食べさせちゃダメなんだよ! 」


「え? でも喜んで食べてたし、前にテレビで……」


「犬は塩分に弱いし、スパイスとか玉葱とか食べさせたら体を壊しちゃう食べ物だってあるんだからね」




鬼説教モードになってしまった友人に謝りつつも弁当を急いで食べ終え、昼の休み時間は用事があるからと言って席を外した。図書室に犬の飼い方の本を探しに行くのだ。


「お、これが良いんじゃないかな? 」


私が図書室にあった三冊の犬の飼育本の中から選んだのは、犬の手作りご飯のレシピまで載ってある厚めの一冊だった。もしかしたら今朝出したのとは別の種類のドッグフードなら食べてくれるのかもしれないが、どうしても食べてくれないなら自分で作るしかない。

あの下手糞なスクランブルエッグを食べてくれたグレンだ、何か一生懸命に作ればその方が食べてくれる可能性が高い気がした。




本を借りて教室に戻ると、優希が「沼田先輩が来てたよ」と教えてくれた。どうやら私が京神線を使っていたとの噂を聞いて心配して来てくれたらしい。


「いいなぁ、沼田先輩カッコいいもん。『千花なら無事でしたよ~』って教えてあげたら『良かった、ありがとう』だって。優しいよね」


「そうだね」


先輩の事が少し苦手な私は返事を濁した。

 男子にとっては可愛いは正義、女子にとってはイケメンは正義。

 イケメンの好意を邪険に扱うと他の女子から調子こいてると思われがちなので注意が必要だ。



沼田先輩は一つ上の先輩で女の子からもまぁまぁ人気があるみたいだが、正直そんなに親しくない。忘れる程些細な事が切欠で、たまにクラスへ来て一緒に帰りを誘われるのだが、たまに見せる陰のある表情もあって何故かすごく怖いのだ。 それも友人達に言わせるとアンニュイと言うそうだが。



「それよりさ、今日の夢にめちゃくちゃタイプのイケメンが出て来てね」


「勘弁してよ。夢の内容をいちいち話すとかウザい女のテンプレだから」


「酷~い」



私は意識的に話を変えて、途中脹れっ面を浮かべつつも内心では図書室へ行っていて良かったと安堵していた。






********








(またこの夢か)


グレンが目を覚ますと、昨日と同じ夢の続きの中にいた。

相変わらず自分は灰紫狼で、まだあどけない少女に飼われている。


子供は嫌いではないが、今のグレンは中型犬ぐらいの大きさなので少女との体格差で思いっきり飛びつかれるのは辛いモノがあった。

普通の犬だったら噛みつかれるぞと心配に思う。



しかし、少女と歩く静かな朝の散歩は気持ちが良いものだなと思っていた。その後出された、缶詰の餌の臭いは最悪であったが。



それにしても、この家には彼女以外他に誰か住んでいないのだろうか。あんな幼い少女がこの立派だけどガランとした家で一人で夜を過ごすというのは、グレンの常識の中ではありえない事だし、第一不用心過ぎると思っていた。

思わず心配して、まぁ自分の勝手な夢の中の出来事だしと思い直す。



しかし、紺色の正装みたいなかっちりとした服に着替えた彼女が「グレン、じゃあ行ってくるね」と外へ出ようとした時、その身に異常を覚えた。急に心拍数が上がり視界が揺れ、一瞬血塗れで倒れる目の前の少女の姿を映し出したのだ。


グレンは浮かんだその幻覚に嫌な予感を感じて、必死で少女が外へ出て行くのを阻もうとした。しかし、時間に焦りつつ自分を説得している彼女の様子に、たかが予感くらいで邪魔をしている罪悪感を感じ不安を抱きつつも彼女の背中を見送ったのだ。



しばらく暇だろうと、少女が点けていってくれたテレビという不思議なプレートをどういう仕掛けなのだと見ていると玄関の方からガチャリと鍵が回る音がして 見知らぬ神経質そうな中年の女性がリビングに入ってきた。


グレンも警戒態勢をとったが、女性の方も不審そうな顔で一瞥した。

(泥棒にしては堂々としすぎているし、母親か何かだろうか)


テーブルの上のメモに気付いた女性が険しい顔でメモを読んでいたが、心無しか最後の方は微笑を浮かべるように頬を綻ばせていた気がする。その神経質そうだった顔は笑みが浮かぶだけで印象がかなり違う。



「グレン」



中年女性に呼ばれ、グレンはトットットッと目の前まで進み出た。


「あら、本当に良い子ね」


感心したように言われてもあまり嬉しくないが、ここは良い子ちゃんの振りをした方が良さそうだ。

その時、不思議なプレートからけたたましい音が鳴り演劇の場面から事故現場らしい映像に切り替わった。その映像から流れる情報に女性は顔を青ざめる。



「桐山の家で働く長谷川と言うものですが、京神線の事故のニュースを見まして1年C組の桐山千花は無事学校に着いているでしょうか? 」



グレンは最初よく話が見えなかった。まず、この家が桐山さんの家で、この女性はそこで働く長谷川さんつまりメイドみたいな事をするのだろうか。もう一人出てきた桐山千花という名前はあの少女のことだろうか?

この映像に映る巨大な施設というか装置みたいな物の事故がどうしたのだろうと思いつつも、先程の嫌な予感が脳裏に蘇った。



「……そうですか。大変お手数ですが、もし無事に学校へ着いたらお電話頂けますか?……はい、その電話番号で結構です。ありがとうございます」


プレートには大破し煙の出る装置から次々と負傷者を担架で運び出される様子が映し出され、まさか自分の嫌な予感が当たってしまったのかと狼狽した。

3時間後、千花の無事を知らせる電話がかかってくるまで、グレンだけでなく長谷川も仕事が手につかないようにテレビを食い入るように見たり電話の前を行ったり来たりして過ごした。







***********






 電車はいまだに復旧していないようで、帰りはバスを乗り継いで帰ることにした。友達にカラオケに誘われたが、家に一匹置いてきたグレンが気掛かりだったので断った。

 帰る道すがら、長谷川さんはグレンをどう思ったか考える。

 まさか、勝手に保健所に引き渡しちゃっていないよね?やりっ放しのいつもとは違って、部屋も片付けてきたつもりだ。しかし、一度不安に思うとその思考の深みに嵌まっていく。


 もしグレンが何か粗相して、長谷川さんに殴られていたらどうしよう。

 ああ、長谷川さんへのメモに『グレンは私の命の恩犬だ』と書いて置けば良かった。



バスを降りた私の足はどんどん駆け足になっていく。普段の運動不足が祟り、坂道では息が切れてしまったが荒い息で解錠し玄関扉を開ける。

玄関には既に長谷川さんの靴はなかったので、もう帰っているのだろう。廊下を抜けリビングのドアを開くと、目の前にお座りをするグレンの姿があった。


「ここで待っていてくれたの? 」


いつもはそっけないのにとグレンの行動を意外に思いながら、嬉しくなって抱き付こうと思ったが今朝嫌がられてしまったのを思い出し、頭を撫でるだけに留めた。しかしグレンの方から寄ってきてくれて、しゃがんだ私の肩に顎を乗せた。

 触れた毛並みは今朝触れたそれよりも柔らかく、シャンプーの爽やかな香りがした。

 流石は長谷川さん、凄い!!良い仕事します。



「毛並みフワフワ、良い匂い~」



 結局私はグレンに抱き付いてしまった。でも今回は驚かさないようにそっと抱きしめてクンクンと匂いを嗅ぐと、今回は嫌がられなかった。

 ダイニングテーブルにはカレイの煮付けと筑前煮・ほうれん草のお浸しが二人分並べられていて、その横に長谷川さんからのメモが置かれていた。


 メモの内容はほぼ駄目ダシだった。カーペットは自分で洗ってはいけませんとか、布団に犬を入れる場合は粘着コロコロをかける事とか、犬の散歩から帰ってきた後は家に入れる前に濡れたタオルで足裏を拭いてあげる事とか。雑巾をシャンプーで洗うなとか。


 本当すみません。


 でも、最後は私の努力を誉めてくれていて、あと手紙が嬉しかったとも書いてあった。



 え~、若干自分でもあざとさを感じる手紙に喜んでくれるの?

 何だか恥ずかしいけど、久々にコミュニケーションをとった長谷川さんの手紙は温かくて嬉しくて大事に引き出しにしまう事にする。

 その夜は誰も訪ねてこなかったけど、グレンは最初から一緒にお布団で寝てくれた。








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