休日はあっという間に
「おぉ。噂をすれば、フェルトンの旦那じゃありませんか」
満面の笑みでそう声を掛けられ、集まった人々の視線が一斉にグレンへと集まりどよめきが沸く。
「いやぁ、朝から驚かせてしまってすまなかった。この像は俺が責任もって修理させるから」
「旦那、そいつはいけねぇ。助けて貰った俺っちに修理させてくれ」
「だが……」
グレンも渋ったが男も譲らなかった。
「そんな事より、もっと昨日の活躍劇を教えてくださいよ」
周りの老若男女からワクワクと輝いた目を向けられ「参ったな」と頭を掻いた。
「本当はそんなカッコいい話じゃねぇんだよ。昨夜は今日が非番なもんだからよ、鱈腹酒を飲んじまっていてな」
話し始めると中年の男から「そいつはいけねけ」と絶妙な合いの手が入り、みんな笑わせた。もう一人の盗人を追って屋根から屋根へ飛び、途中落ちて気付いたら鷹と一緒にオネンネしていたところまで話すと腹を抱えて大笑いで聞き入っていた。
「それでな、一夜の過ちとはいえ縁あって夜を共にしたのだから、ここは男として責任を持って嫁に貰おうと思ってこうして…」
そう話し抱えた鷹を見せると若い女たちが「そんなのダメー」とばかりに黄色い悲鳴を上げ,更に大爆笑へと変わっていく。
しかし和やかな時というのは長く続かないもので、馬を走らせる蹄の音ともに「何を騒いでいる! 」水を差すような怒鳴り声が聞こえた。
現れたのはグレンとは別の海獅子団という騎士団を束ねる団長チャールズであった。高い身分の貴族出身という事もあり街の人達に敬遠されがちだが、グレンはこの男が嫌いではなかった。生真面目で不器用な性格を故に気の毒にさえ思う。
今だって恐れから静まる人々を、戸惑った顔で見まわしている。しかし、馬から降り石像の様子に気付くと、怒りを露に激昂した。
「誰がこんな悪戯したんだ!こんな事が司教をしている叔父上にばれたら大騒ぎになぅんんー」
大声で喚くチャールズの口を塞いで慌てて説明する。
「そんな大声出すと司教様まで聞こえちまうかもしれねぇだろ? チャールズ殿、やったのは俺だ。昨夜暴漢と揉み合ってるうちに壊してしまったんだ。今それをみんなにも説明してたところだった。ちゃんとこれから城の方にも報告に行く」
飛び蹴りを揉み合いと誤魔化している事に年幼い子供達はクスクスと笑ったが気にせず続けた。事情を聴いてチャールズは安堵したように息をついてから、グレンの方を見てギョッと目を見開く。
「貴様は何をそんな非常識な抱き方をしているんだ! そもそも鷹の扱い方を知らぬものが鷹を飼っては……」
と、またデカい声で説教を始める同僚に「シィー」と宥め、ちゃんと世話の仕方を調べると約束するとブチブチ文句を言いながらも帰って行った。チャールズが帰っていくと明らかに周りがほっとしたように空気が緩む。
「チャールズ殿は声がデカくて怖く感じるかもしれねぇが、悪い奴じゃないよ」
そう呟くグレンに、「でも貴族ですし」と苦笑いで返される。
「貴族でも平民出身の俺を友と受け入れてくれる奴はいる。その逆に貴族出身の男は……って、何を説教臭い事を言ってるんだ。まぁ悪い、長居した。取り逃がした盗人は責任を持って捕まえるが、皆も夜の一人歩きには用心してくれ」
ポカンとした顔でこちらを見る人々の様子に、恵まれた環境にいる自分の甘さを自嘲気味な笑顔で誤魔化し、注意を促してからその場を後にした。
(そうだ、皆にもそれぞれ生きてきた中で培った感情なのに、無責任にも俺の意見を押し付けようなど厚かましいにも程がある)
城の敷地に併設された武骨な石造りの兵舎の二階の一角にグレンの私室はあった。独身の騎士はたいていこの建物内で暮らしているのだ。天鷹騎士団の団長であるグレンは広めの部屋を与えられているが、ドアを開け、一日ぶりに見る相変わらずの乱雑に散らばった部屋の様子に眉を顰めた。見慣れている状況のはずなのに、夢に出てきたピカピカに磨かれた部屋が想像以上に居心地が良かった所為なのかもしれない。
(この部屋で鷹まで飼ったら、もう豚小屋になっちまうな)
報告から帰ったらついついサボりがちになっている掃除の実行を決意しつつも、部屋に鷹を放って「これ以上汚すなよ」と無駄な忠告を与えて部屋を出た。
盗人を取り逃がした件については非番だったため御咎めは無しとなったが、石像破壊したことについては事務官長よりこってり絞られてしまった。
「業者はこちらで手配しますが、修理代についてはもちろんフェルトン団長のお手当から引かせていただきますので」
そう事務官長に鼻息荒く言い切られ、今日もう何度目か分からない「はい、すみません」を返した。しかしそれでも収まらない様子で「教会側に嫌味を言われる私の身にもなってください」とブチブチ愚痴るのを根気強く労い感謝して、何とか解放されると大きく背伸びをして武器庫へ向かった。
「すまないが、鷹用のグローブと肩当の貸与を願いたい」
「フェルトン団長じゃないですか。鷹でもお飼いになるんですか」
「ちょっと拾ってな」
武器の管理帳を出しながら武器庫番の衛兵が不思議そうな顔でグレンを見ていたが、何とも説明のしようがないので涼しい顔でスルーした。
部屋へ戻ると、鷹は大人しくしていたようで先刻部屋を出た時と状況は変わっていなかった。ドアを開ける前、一瞬それでなくても汚い部屋が鷹の糞や抜けた羽で恐ろしい惨状を想像して戦慄したが、そんな恐ろしい事になってなくて安堵の息をつく。
「お前、意外と良い子だな」
鷹の頭を撫で首元を擽ってやると、鷹は気持ち良さそうに目を閉じた。そんな様子を見て、動物を飼うのも悪くないなと思いながら、「よしっ、大掃除をするぞ」と自分に気合を入れて散らばった物の整理整頓に取り掛かった。
屑入に次々とゴミを放り込んでいくグレンの後を鷹はピョンピョンと追いかけて回った。
「今日はこんなもんか」
部屋の掃除がなんとか終わった頃には、日もすっかり暮れていた。
腹の虫が情けなく空腹を訴えるので、食堂へ行き腹を満たして鷹用に持ち帰りで蒸し鶏をもらって来た。
チョイチョイと鶏肉を啄ばむ鷹を見ながら、酒を飲む。
鷹なんて獰猛な生き物だと思っていたが、目の前の生き物を見ている限りそんな様子は想像もできなかった。
(こいつが獲物めがけて天高くから急降下……無いな)
食事が終わった様子の鷹に、今度はグローブと肩当をして手や肩に乗ることを覚えさせた。鷹は意外と勤勉な質なようで、一生懸命グレンの訓練に従った。
一時間ほど訓練してようやく、グレンが動いても肩の上に留まることが出来るようになった。
「ちょっと出てくるわ」
鷹の首元を優しく擽り、部屋を出たグレンは街の見回りをした。盗人を取り逃がしたことが気がかりだったのだ。
しかし、もう真夜中の街は一部飲み屋街を除いてひっそりとしていた。
(捕まった一人の方から、もう一人も割り出せたら良いがな)
日が暮れてすっかり寒くなった街の見回りを終えて部屋へ戻ったグレンは、捨てようと思っていた藤の篭でぐっすりと眠る鷹を見て心がじんわりと温まっていくのを感じた。
「イカレてると言うよりはまるで箱入り娘だな」
眠る鷹を起こさないようにゆっくりと柔らかい生地のタオルを上から掛けてやると、自分も顔を洗って服を脱ぎベッドの中に体を滑り込ました。そのシーツはすっかり冷えていて夢の中の温かかったベッドを思い出したところで眠りの中に沈んでいった。
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「どうしよう。本当に訳分からない事になっちゃった。クライヴに何て言えばいいの? 」
エレンは暗い部屋で今見た映像を思い返しては一人途方に暮れた。