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新しい生活へ

落ち着いた明かりが揺れるラウンジで、男を前にアルテミアは笑う。


「結局はエレンの大勝利ね」


「誰かさんが余計な入れ知恵をしてくれた所為だと思いますが。それで、彼女はどこまで気付いているんですか? 」


魅惑的に微笑む美女に、クライヴは疲れたように問う。


「さぁ? 全くの無意識の内に守らなきゃって思ったんじゃないかしら。それよりも私はよりによって何故、彼女の前世の娘にピンポイントであなたの灰が落ちたって事に疑問を持つわ」



さらに挑むような眼差しの彼女に、クライヴは両手を上げて降参のポーズを取る。



「それについてはノーコメント」



「まぁ、いいわ。それにしてもエレンって本当男運が悪いというか、厄介な男にばかり好かれるというか。生まれ変わっても相変わらずなのね。しかもその性質が娘にも遺伝してるだなんて笑えないわ」



しみじみと語りながらアルテミアは氷で割った酒を傾ける。



「おい! って、まさかっ?! 」



慌てるクライヴにアルテミアは首を振る。



「チカの厄介な男って言うのはあの先輩や義父のことよ。あの青年についてはこれからどうなるかなんて誰にも分からないわ。私はそれよりもこれからのエレンの方が心配だわ」



美女はチロリとクライヴを一瞥してまた杯を傾ける。



「私たちのことは部外者には放って置いて貰えますか」



いつもに増して氷のように冷徹な瞳で見返すと、アルテミアは「怖い! 怖い! 怖い! 」と声をあげて自分の鳥肌が立つ両腕を摩った。



「はっきり言って、前世の娘や夫の様子まで調べるなんて正気の沙汰じゃない・・・わ」



 そうアルテミアが言い掛けたとき部屋のドアが勢いよく開いて、「あ~、浮気してる~!!」と二人を指さし叫びながらエレンが入ってきた。

 目見えてご機嫌斜めらしい。

 ぷりぷりと頬を膨らませて二人の前まで早歩きで来たエレンだったが、にっこり笑うアルテミアの顔を見て急に恥ずかしくなったのかもじもじと顔を赤らめた。



「で、でもアルテミアさんみたいに素敵な人なら、クライヴを取られちゃっても諦められるかも・・・・・・。」



その言葉を聞いて慌てたのはクライヴだ。珍しくアワアワと顔色を悪くしている。

アルテミアはにっこり笑った表情のまま答える。




「要らないわよ、こんなモノ」




 一瞬シーンと静まり、やがてそのズバッとした答えにエレンが堪えきれなくなって笑い声を漏らしアルテミアも一緒になってクスクスと笑う。

クライヴも負けじと「私だってこんな性悪女・・・・・・」と言い返そうとしたが、女二人は既に新しく入荷したハーブティーを飲むかどうかの話に移っていた。












絶対離したくないと思った。

だから、私は夢中でグレンさんのシャツにしがみついた。

そうすることしばし、やがて周りを吹き荒ぶ風は凪ぎ、私は安堵のため息をつく。



「チカ」



穏やかな男の声が間近に聞こえて瞼を開くと、すぐ目の前に照れたように微笑むグレンさんの顔があった。



「うわぁあっ!」



驚いた私は情けない叫び声をあげてしがみついていた腕を放し、ドンとグレンさんをつい反射で押し退いてしまった。

やってからしまったと思ってグレンさんを見ると、彼は目をぱちくりとさせキョトンとした表情をしていた。



「ごめんなさい、わたし・・・・・・。わたし、あの。って、あれ・・・・・・人間だ。」



テンパっているうちに気付く。私、鷹になっていない。

思わずじぃっと自分の手を凝視する。

そして周囲を見渡した。今は夜なのか辺りは真っ暗だが、そこは電気が煌々と光る日本ではなく優しい灯りに照らされた石造りの建物が並ぶ懐かしのグレンさんの世界だった。ここは確か兵舎の近くだっただろうか。

そんな事を考えている内に大きな掌が目の前をヒラヒラと行き来する。



「お~い、チカ。大丈夫か? 」



心配そうにグレンさんが私を覗き込んだ。



「グレンさん、私人間のままです。グレンさんにもそう見えますか? 」


「おう。さっきもそう思ったんだが、この目線差はなかなか新鮮で照れるな。丁度良いけど」


グレンさんが照れたように頭を掻く。

人間ならペットのように気軽に生活を共にできない。

彼は気付いていないのだろうか。


「グレンさん、私は困っています。でもそれ以上に困るのはグレンさんの方ではないでしょうかでしょうか」


「ん? どうした?」


そう言ってグレンさんは私の頭にポンと手を乗せる。


「鷹と違って、人間の食費や生活費は凄くお金がかかります。どうしましょう? いえ、私も自分で何とかしなきゃと言う気持ちはあるのですが、これからどうしたらいいのか、働き口とか住む場所とか」


「それならさっきも俺が保証すると言ったはずだが」



憮然と答えるグレンさんにはこの意味が伝わっていないのだろうか。私は必死に状況を説明する。



「それは私が鷹の場合です! でも、来てみたら私は人間で・・・・・・」



「鷹の場合って?! なんだその地獄みたいシュチュエーションは。好きな女と一緒にいるのに姿は永遠に鷹だなんて耐えられないぞ! 」


「でも私はそうだと思ったから、あんなに悩んだ訳で・・・・・・。って、私、好きな女なんですか」


鷹論争を続けようとして、はたと気づく。

彼が何気なく言った『好きな女』という言葉が頭の中でコダマする。



「さっきからずっとそう言っていると思うが。それで、チカはどうなんだ? [ズットイッショニイタイ]とベッド裏に彫るくらいには思ってくれているんだろう? 」



ニヤリと意地悪く笑うグレンさんを見て私はカァっと顔が燃え上がる。そう、それは私が最後にベッド裏に残したストーカー紛いのメッセージ。真っ赤になった私に彼は楽しそうな顔で近づいてくる。私は思わず後ずさった。



「おい、どうして逃げる? 」



「な、なんででしょう? 」



私は笑顔を引き攣らせて答える。自分でもなんでか分からない。私は何故こんなにも追いつめられている気分になるんだろう。

もし今、自分の姿が鷹だったら、もしくはグレンさんの姿が犬だったら思いっきり甘えられるのにと少し思ってしまう。

でも、本当にそれで良いのかと考えると、それは楽な方に逃げようとしているだけだと気づく。

私は人間として来られて良かった。グレンさんも人間で良かった。




「グレンさん。あ、あのですね、私もグレンさんが好きです。一緒にいたいです。ただですね、あの私、こう言う事に全く免疫がなくてですね。『こう言う事』というのは男の人にと言う意味なんですが、面倒かもしれないですし、そのご希望にお答えできるかどうか・・・・・・。」



私はしどろもどろながら何とか自分の気持ちを伝えようとした。我儘かもしれないがもうこの手を放したくはないのだ。

するとグレンさんは面白がっているような表情を真剣なものに変えた。



「俺の一番の希望はチカと一緒にいることだ。男の免疫なんか無くて大歓迎だ。それにあんな事があった後だ、チカが怖がるようなことは絶対しない。ただ俺といることに少しずつでも慣れて欲しい、出来そうか? 」



説明が困難に思えた事が自分で言った以上にグレンさんが理解してくれて、私は嬉しくてコクコクと何度もうなずいた。グレンさんはにっこり笑っている。



「じゃあ、取り敢えず部屋に戻って今後のこと話し合うって事で、ok?」



そう言って差し出された手を迷うことなく握る。

う~、ドキドキする。これから先の事はどうなるのか全然分からないけれど、繋いだグレンさんの手は大きくて少し乾いてザラザラしているけど暖かくて。

うん、私は私の選択を後悔しない。

空を見上げると、夜空にたくさんの星が優しく瞬いていた。




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