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夢の迷宮へ

 その日、長老へ提出されたクライヴ最新の報告データの写しに目を通したエレンは血相を変えて部屋を飛び出した。

 エレンにとって、千花の身に起こる事はこの一か月ですっかり他人事とは思えなくなっていたのだ。大好きなクライヴに叱られて構って貰えなくなり、最初は何となく彼女の様子を暇つぶしに見ていたが、今ではすっかり彼女に感情移入してしまっている。



 千花という少女は日々成長しているようにみえるが、何せどこか危なっかしい。腹を空かせた餓鬼達の群れの中を、ネギを背負った鴨がのほほんと歩いているように見えてしょうがなかった。



(こんな風にいきなり終わってしまって大丈夫なの? だって深夜の訪問者とか薄ら気味の悪い先輩とか、全然解決していないじゃない)



 大理石の廊下を駆け抜け、馴染み深い重厚な扉の前に立つと深呼吸をしてから扉を二回ノックした。入室許可の返事は少し間を置いてから聞こえた。


「クライヴ、ちょっといいかしら? 」


 おずおずと扉から顔を覗かせると、先客が退室の挨拶をしているところだった。


「あ、あの、お邪魔だったらまた出直すわ」


焦って扉を閉めようとしたが、それはクライヴに阻まれてしまう。


「ちょうど話が終わったところだから構いません。ですよね? 」


 クライヴが相槌を求めるように先客に目線を送ると、紅のベールを被った妖艶な女性はコクリと頷いた。出口へ向かうその女性はすれ違いざまエレンにクスリと微笑みを向けたような気がした。もちろんその顔はベールに覆われていて実際見えたわけではないが。

 ふわりとベールが揺れて、スパイシーな柑橘類の香りがエレンの鼻をつく。その香りには覚えがあった。



(これなら居留守でも使えば良かったのに)



 エレンは心の中で呆れつつも、ここへ来た目的を思い出して表情を引き締めた。

 ベールの女性は風のように軽やかに部屋を出ていき、パタリと扉が閉まる音だけを残していった。クライヴの方はというと、彼にしては珍しくガチャガチャと音を立ててお茶を淹れる準備をしていた。



「あ~、エレン。ここへは今回の報告データの事で? 」


「・・・・・・えぇ」



 そう返事をしながらもエレンはどう話をしようか迷い、お茶を運ぶクライヴを待ちながら頭を巡らせた。


「そう言えば、今日はちゃんとノックが出来ましたね」


「もちろんよ。前回の事でもう懲りたわ」


両手を挙げて苦笑いで答えるエレンにクライヴも笑みを浮かべた。



「それで、あの少女・・・チカって言ったかしら、彼女はもう大丈夫なのかしら」


「はい。彼女に私が落としてしまった悪因子を誘う灰の除去は全て終了しました」


しどろもどろな彼女の問いに、彼ははっきりと言い切る。


「終了? それは本当なの?」

「はい。完全にゼロです」

「じゃあ、彼女はもう一人でも危ない目に遭ったりしないのね? 」


その質問にクライヴは厳しい顔をした。


「それはわかりません。しかし、その結果は我々の失敗が招いた事ではありません。彼女が今後どうゆう目に遭おうが彼女の選択と運命が招いた結果です。世の中には幸せな人も不幸せな人も居て自然なのですから」


「でも、こうして関わった以上心配だわ。せめてあの騎士を彼女の元に残してあげることは出来ないかしら?」


 必死で食い下がるエレンにクライヴは眉を顰めた。そんなことをして何の意味があるのだと。しかし彼はエレンの様にずっと千花達の様子を見ていた訳ではない。自分がやった事の責任は取るが、彼にとって千花はあくまでも大多数の中の一人なのだ。



「あの騎士の彼を日本へ?出来なくはありませんが、彼はもう十分過ぎるほど彼女を守る役目を完遂してくれました。あなたの像を壊した代償は彼の今ある生活を全て捨てなければいけないほどの罪でしょうか? 」


冷静な問いに、エレンはぶんぶんと首を振った。


「そうじゃないわ!そ、それにこのままだと騎士・・・グレンだって千花の事が心配なはずだわ。この一ヶ月彼女とずっと一緒にいたんだもの」


 クライヴは興奮するエレンの頭を優しく撫でる。夢見がちな実に彼女らしい意見だと思ったのだ。おそらく必要以上に彼らの様子をチェックしてしまったが故にそんなことを言い出したのだろうと。


「現在、彼女は既にあの犬の存在を忘れている。そしてグレン君は大人の男だ。そこまで夢で見た事に固執することなんてありません。大人は毎日忙しいし、彼ほどの男ならいくらでも相手にだって困らないでしょう。彼だってすぐに忘れます」


「クライヴはそうかもしれないけど、彼は忘れたりなんかしないわ。そうだ! チカをグレンの世界へ送ればいいのよ」



エレンは名案を思いついたように声を上げる。しかしクライヴは彼女の言いようにカチンときた。



「いい加減にしなさい。第一、チカが知っているのは犬のグレンであって、同名の男の事なんて知りませんよ」


「・・・チカは人間のグレンの事だって知っているわ」


「何か言いましたか? 」


小さく呟いた反論はクライヴには届かなかった。その事には気付いたが、エレンはもう一度同じことを言う勇気が出ず、悔しそうに唇を噛んだ。俯く目には涙を浮かべている。


(私の意気地なし)


クライヴは少しキツく言い過ぎたかと表情を和らげて話題を変えようとした。


「そういえば、私も漸く休みが取れる目途が付きました。今度一緒にピクニックでもいかがですか? 」


いつものように撫でようとした彼の手は払われた。その行動に驚いて目を丸くし、行き先を失った手を宙に彷徨う。



「私に子守の必要はないわ。そうね、私が甘え過ぎていたのが悪かったのね。クライヴ、今までありがとうね」



それはまるで別れの言葉のようにクライヴには感じられ、笑みを浮かべたエレンはドレスを摘んで礼を取るとそのまま部屋を出て行ってしまった。

クライヴは自分との遊ぶ約束を持ち出せば、エレンは必ず飛びつきどんなに悪い機嫌も直るものだと自信があった。



故に彼はショックを受けた。

そういえば、今日は妖艶な先客に文句をつける事もなかった。

部屋に来て話すのは千花と言う少女と騎士グレンの話ばかりで。

そして何より部屋を出て行くエレンはもう子供の顔ではなかった。





***************






気付くと、俺は自室のベッドの上にいた。部屋も窓の外もまだ真っ暗で静寂に包まれている。

この夢を見始めてから、途中で目を覚ますことなど今まで無かった。

こちらと同じでベッドで寝て同じ所で目を覚ます。夢とはいえ、今までは前回とその次の夢は辻褄が合っていたのだ。

 と言うことは、狼のグレンはあの公園で寝たままと言うことだろうか。




 向こうの世界で目を覚まし、千花と家に帰らなければ。確か千花も無防備に眠ってしまっていたはずだ。

ベッドにごろりと転がりもう一度あの不思議な夢に戻ろうと試みた。しかし睡魔はなかなか訪れず、何度も寝返りを打つ。

 彼女はそれでなくても無邪気で危なっかしいのに、尋常じゃないほどの危険が毎日のように近付いてくる。狼の時のみが持つ危機の予知能力がなければ、彼女の命が無事だったとは思えない。

 そうしてイライラとしながら睡魔を待ち続け、待ち望んだそれは漸く訪れた。







 不思議な浮遊間に気付いて目を覚ますと、俺は青い小舟の中で優しい日差しに照らされながら揺れていた。ムクリと体を起こすと、目の前にはオールで船を漕ぐ千花の姿。

 状況が理解できずに辺りを見回していると、千花がむくれたような口調で話しかけてくる。



「もう~、やっと起きた!あれからグレンまで寝ちゃって全然起きてくれないんだもん。私が抱っこして運んだんだよ~? 」


 

 そりゃ、悪いことをした。さぞ重かったことだろう。

だが、ちょっと待ってくれ。なんだか頭がぼぅっとしていて、まだ寝呆けているみたいだ。考えがまるで纏まらない。

 しかし千花はそんな事お構いなしみたいで、クスリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。



「抱っこって言っても特別にお姫様抱っこだよ。そしたら、周りの皆が面白がってゲラゲラ笑ってね、」



 オイ!そいつは勘弁してくれ。

楽しそうに話す千花に心の中でツッコミを入れつつ、俺達は今公園の池で小舟に乗っていることを理解した。さっきまであんなに晴れ渡っていた空に急に灰色の雲が流れてきて辺りが薄暗くなる。



「それでね、そのまま帰るのが大変だからって言ってね、貸しボート屋のおじさんが・・・・・・あれ、雨? 」




不思議そうに片手を上げて千花が空を見上げた。ポツリポツリと落ちていた雨は、やがて酷い土砂降りへと変貌した。


そこで俺はハッキリと眠気が醒めた。

どうしてもっと早く気付かなかったのか。

最初に公園に着いて千花がボートに乗ろうとした時、俺は危険を予知するサイレンを聞いたではないか。池に変わり果てた姿で浮かぶ千花の幻影を見たではないか。

その横で千花は必死でオールを漕いでいる。



「やだー。ごめんね、こんなに雨が降ると思わなかったの」



しかし岸は一向に近付いてこない。漕ぐのを替わりたいがこの獣の姿ではオールを持つことすらできない。


 そうだ、泳ぎながら後ろから船を押すことならできる。


泳ぎには自信があった。思いつくままに、俺は咄嗟に池に飛び込んだ。何とかこの危機を打開することに必死だった俺が池の中で聞いたのは千花の悲痛な悲鳴だった。



「嫌~!! グレンッ、駄目~! 」



次いでバッシャーンと何かが池に落ちる水音がして、心臓を冷たい何かに掴まれたような心地になる。

池から顔を上げた俺が見たのは、もう誰も乗っていない小舟で。



視界の悪い池の中、俺は必死で千花の姿を探した。

潜って泳いで泳いで。夢中で泳いでいるうちに、俺は人間の姿に変わっていた。

この姿なら、見つけさえすれば千花を陸に引き上げることだって容易にできる、そう思った。



池の底で漸く見つけた千花はグッタリと意識を無くし漂っていた。咄嗟に唇を合わせ空気を送り込んでから、彼女を抱いて水面へと浮上する。



「千花! 千花! 」



何度も呼びかけながら岸へと泳いでいると、彼女の体から僅かな身じろぎを感じた。



「ゲホッゲホッ。あれ、グ、レンさん?そうだ、グレンは?犬のグレンが・・・・・・」



いつも聞いている彼女の声を聞いて安堵した。



「アレは大丈夫だ」



 その答えに千花がホッとしたよう体を弛緩させ俺も気を緩めた瞬間、強靱な力で彼女の体は下へと引っ張られた。俺も慌てて負けじと引っ張り上げる。

 水草か何かが彼女の足に引っかかったのだろうか。

そう思った俺が水中に潜り見たモノは彼女の足を引っ張る主無き無数の青白い手だった。

 水中にうねうねと何十本もの手が生え彼女の体を池の底へ引きずり込もうとしているのだ。


 何なんだ、これは。


 俺は剣を抜き、彼女を引っ張る腕を両断せんと振った。

しかし剣が当たる寸前に腕は半透化し、実体無いかのように刃をするりとすり抜けた。

 そうしている間ももがく彼女の体はどんどん池の底へと引っ張られていく。

俺は水面で息を深く吸ってから、勢いをつけて潜り込んだ。


 すると、そこはすでに池の中ではなくなっていて、見たことのない金髪の女の子が腰に両手を当てて立っていた。水中のはずなのに息も吸える。



「どうしてちゃんと助けないのよ! 」



 緊迫した状況から一転、ぷりぷりと怒る子供に「あ?」と聞き返す。ここはどこだ。彼女はどうなった?

はっきり言って頭が追いついてない。するとその子供は今度は何の脈略もない事を言い始めた。



「ねぇ、彼女のこと愛してるでしょ? 」


「何の話だ? それより千花は助かったのか? 」


 何が気に入らなかったのか、子供はいきなり敵意に似た怒りのオーラを放つ。その片手にはどこから取り出したのか斧を構えていた。



「ねぇ、愛してないの? 大人の男はそんな事どうでも良くなっちゃうものなの? 」



 意味が分からない。と、そこで俺は夢を見ているのだと気付く。これはいつもの夢とは明らかに違っている、単に俺が勝手に見ているだけのただの夢だと。

 夢だから訳が分からない。



「なあ、これは夢だろう? 」



俺の問いに少女は答える。



「そうよ、これは夢。そして愚かな男に与えた貴重なチャンス。でも、あなたは私の問いに答えなかった」



 少女は悲哀を滲ませた顔で斧を片手に近付いてくる。俺がさっきまで持っていたはずの剣はいつのまにか消えている。

 少女は俺の前まで来ると斧を振りかぶる。しかし、いくら丸腰であろうといくら何でもこんな子供に殺される俺ではない。



「もう、知らないから! 」



 彼女はその腕を振り下ろした。俺は瞬時に相手の懐に飛び込もうとして、体が思うように動かないことに気が付く。斧はまるでスローモーションのように下ろされていく。


 体が、動かない。


 侮蔑したような青い瞳と目が合い、こちらもにらみ返す。

そしてザンッと引き裂かれ、



俺はベッドの上でがばりと身を起こした。

朝だ。

ここは俺の部屋で、体はぐっしょりと汗に濡れていた。

どこまでが夢か。

千花は無事なのだろうか。

俺が彼女を愛しているかだと?

馬鹿馬鹿しい。彼女はまだ庇護欲を誘う子供で、甘ったれでただ可愛くてその笑顔を守りたかっただけだ。

次々と迫る危険から守って、彼女の孤独を埋めて、それで・・・・・・。

それでどうする。



分からない。

分からないが、ただ楽しそうに笑ってほしい。そう思っただけだ。







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