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冷たい風が招いたもの






 今日の鷹のミレディとグレンさんの話は終わったようだ。

 そして次目覚めると、千花と犬のグレンの話が始まる。


 もう慣れすぎたこのループ。

 ふふふ。爆破事件に毒殺未遂って、日本では考えられないような事件に巻き込まれていて、本当にびっくりした。しかもその両方を阻止したのが私だなんて、凄い!

 でもグレンさんやチャールズさんは、そんな鷹の存在を変に思わないのだろうか。



    『ミレディ!しっかりしろ!必ず元気になるから 』



 ふと、グレンさんの必死な呼びかけが脳内再生されて「キャ~!」っとベッドで脚をジタバタとさせて悶える。騙すことになって申し訳ない気持ちと、本気で心配してくれて嬉しくも恥ずかしい気持ちに心臓が苦しくなった。


「いけない、グレンが起きちゃう」


 珍しい事に、大抵私が目を覚ますとすぐに起き上がるグレンは今日はまだぐっすり隣で寝ている。おそらく昨夜、久しぶりに深夜の訪問者が来た所為だ。もちろん、怖いので私はインターホンにも出ていないが、グレンは家の中から吠えて威嚇したり人の気配を探ったり遅くまでゴソゴソとやっていたみたいだ。

 私はグレンを一撫でしてから、着替えを持って部屋をそっと出た。





 私が勝手に決めただけだけど、今日はピクニックなのだ。

 グレンは洋風な料理の方が好きみたいなので、作るお弁当はサンドイッチとマッシュポテト、ゆで卵入りミートローフにしようと決めていて昨日のうちに下準備は済んでいる。

 私は朝食にミルクリゾットを作る傍ら、お弁当用の具材を焼いて巻いて詰めた。水筒には温かい紅茶をいれようと思っていたのだが、やっぱりグレンと一緒に楽しみたいので、急遽コーンポタージュに変更した。



 時計を見るとすでに7時を回っている。今日はピクニックだし朝の散歩はしなくてもいいかと諦めた頃、グレンが階段から降りてきた。


「おはよう、グレン」


「ウォ」


 グレンは私の挨拶に一声応えて、慣れたように廊下へ続くドアを開けて玄関へ向かっていく。私はこの犬が無意味な行動をとらない事を既に知っていた。

後を追って玄関の鍵を開けてあげると、グレンは外に出て行き何やら真剣に周辺の匂いを嗅いでいる。昨夜に来た訪問者の匂いでも調べているのかもしれない。



「おかえり」


 しばらくして戻ってきたグレンの足を私はお湯を絞ったタオルで拭く。


 火薬や毒に気が付き知らせる鷹なんていないように、グレンのように何の指示もしていないのに外に出て自ら調査する犬なんていないし、床が汚れる心配をする犬もいない。

 私が毎晩おかしな夢を見るように、私にとってはこの現実の世界も誰かの夢の出来事なのかもしれない。そう気付いたのはどれぐらい前の事だっただろう。

 私がグレンさんの鷹であるように、誰かが私の犬なのだろう。そうとでも考えなければ不自然なほど、この犬は人間的だった。


 だからと言って、今更「あなた本当は誰なの?」と怯え突き放すつもりはない。もうすでに家族として愛し、この世界の誰よりも信用しているのだ。


 ただ、不安に思うのはいつかグレンを失う日の事だ。

 不思議な事なんてそうは続かない。猫型ロボットだって体は子供頭脳は大人の名探偵だって、鏡で変身できる女の子の話だって、主人公の年齢は物語の中で年を取らないではないか。きっとそれとこれは同じこと。

 そう遠くない未来、私はグレンさんもグレンも失う。

 だから私はピクニックという思い出づくり含め、精一杯今を楽しむことに決めたのだ。





 朝食を食べ終えた私は、昨日準備しておいたバスケットの中身を確認してから、新たにお弁当や水筒も詰め込んだ。その様子をグレンが楽しげに見ている。


「今日はピクニックだよ。晴れて良かったね」


「ウォ! 」



 学校の行事以外で、お弁当を持って外へ出かける事なんて初めてだ。自然と私もワクワクと興奮してきた。





 30分ほど歩いて辿り着いたのは、『彫刻の森』と呼ばれ、敷地内に雑木林や池を有す結構大きな公園だ。今日は骨董市が開かれていて結構賑わっていた。公園の木々はだいぶ紅葉していて、それを見に来ている人も結構いそうだ。今日は天気も良いから、午後になると益々人出が増えてくるかもしれない。



「ねぇねぇ、混む前に一緒にボート乗らない? 」



 園内の池では有料でボートが楽しめるようになっているのだ。私はそれに一度乗ってみたかったのだが、愛犬に敢え無く却下されがっくりと肩を落とす。乗ってみたかったのに。

 我が愛犬殿は普段いろいろ我儘を聞いてくれるけれど、譲らない時にはトコトン譲らない。しかしこういう時は、経験上素直に従っておいた方が良いのだ。



 園内の道端に並んだ露店やギターを弾く人やパントマイムを披露するパフォーマーなどを見ながら、落ち葉に埋まる道をゆっくり歩いた。グレンはそれぞれをキョロキョロなんだか珍しそうに見ていてなんだか微笑ましい。

 公園の奥の方まで行くと芝生の敷かれたスポットが点在する大きな広場へ出た。それぞれの芝生スポットは立ち入り自由でくつろいでも良いようになっている。

 何か所の芝生では既に寝転んではしゃぐファミリー客の姿も見える。昔はそんな仲良い家族を見ると、わざわざ人前で仲良しごっこ気取っちゃってと穿った物の見方をしていたものだが、今は不思議と気にならなかった。

 知らないうちにボーっと眺めている私に、グレンが前脚でケッケッケっと落ち葉を蹴飛ばしてくる。


「ちょっと、グレン!わっぷ…」


 次々とカサカサした落ち葉が飛んできてうっかり口に入りそうになる。私は悪戯っ子に仕返しをすべく、持っていたバスケットを地面に置いて、両腕一杯の落ち葉を抱えてグレンを追いかけた。


「コラ!待て~」


 グレンの逃げ足は速い。私は抱えた落ち葉をバラバラ振り撒きながら追いかけた。わざとやっているのかリードにギリギリ手が届かない位置を保って逃げているところが小憎たらしい。





 しかし、広場の中央にある花壇の手前でグレンは急に足を止めた。不思議に思って、近くへ寄ると先程までのふざけた調子とは違う真剣な眼差しで向こうのベンチを睨んでいて、小さく唸り声を上げている。


「どうしたの? 」


 私は持って居た落ち葉を抱えたまま、しゃがんでグレンの眼差しの先を追う。 その先にいたのは、久しぶりに見る良く知った顔の男だった。

 男は恋人なのか奥さんか知らないが綺麗な女性と来ているらしく、並んでベンチで缶コーヒーを飲んでいた。

 次の瞬間、私たちの視線に気づいたのか、驚きの表情を浮かべた男と目が合った。




「 お父さん 」




 小学校高学年までは一緒に暮らしていたのだ、忘れるはずなんかない。思わず漏れた久しぶりの呼称に、男は謎の笑みを浮かべて隣の女性の腰を慣れたように抱きよせた。女は甘えるように摺り寄ってそれに応える。


 どうしよう、逃げたいのに足が動かない。


 これ以上見ていたくないのに、せっかくの楽しいピクニックだったはずなのに。

 すっかり頭が動転していた私を正気に戻らせたのは、唯一の味方『グレン』だった。

 紳士な我が愛犬にしては珍しい事にペロリと頬を舐められて、驚いて目を向けるとグレンは私の胸元の方へ顎をクイっとしゃくった。

 


どうしたんだろう?

ここに来て、私のおっぱいが急に気になりだしたのだろうか。

 

 

 首を傾げて、もう一度グレンを見ると今度は右前脚で軽く後ろに蹴飛ばすような動きで合図している。

 漸く鈍い私でもピンときた。両腕に抱えたソレを確認してから相棒に目を向けると、言葉は発さないがその綺麗で鋭い目が『ヤッちまえ』と言っている。

 私は自分の額とグレンの額をこつんと合わせて更に元気の充電をすると、フンっと立ち上がり勢いよく走り出した。

 呆然としている男の目の前まで来て止まると、両手に抱えた枯れ葉を思いっきりぶちまける。



「育児放棄の色欲ジジイに天誅! 」



 やってしまってから、笑いがお腹の底からこみ上げてくる。

 父親は依然呆けていたが、女性はわなわなと震え出し「アナタ何なのよ! 」とヒステリックな声を上げた。しかしそれもグレンが『ワッフワッフ』吠えたてれば、ミニスカートなのにベンチから足を上げて「きゃっ」っと大人しくなった。

 

「とばっちりごめんね、美人のお姉さん」


 私はその様子にすらおかしくて噴出してくる笑いを堪えつつ、そう謝って踵を返し走って戻っていった。



 そうだ、勝手に女の人とイチャイチャしてれば良い。私は私で勝手に幸せになってやる!

 戻っていく途中、グレンは何度か振り返ってベンチの男を見ていた。




 さっきバスケットを置いたところまで戻って来ても私の笑いはなかなか収まらなかった。それでもふぅふぅ言いながらグレンにお礼を言った。



「はぁ~、スッキリした!! ありがとう、グレン」



 あんな事、私ひとりじゃ絶対無理だったはずだ。

これも一重にグレンが傍にいてくれたおかげであり、グレンさんの傍若無人ぶりを傍で見てきたおかげだ。


 何て気分が良いんだろう。

 爆破の阻止が出来たのも、酒の毒を知らせることが出来たのも全て夢の世界だからだと思っていた。しかし、自分でも気づかないうちにこんな事が出来るようになっていたなんて。


「よしっ!祝勝会やろう」


 私は言うが早いか、空いている芝生にレジャーシートを広げ、その上に厚地のブランケットを重ねた。早速靴を脱いで座ると、暖かくてとても気持ちが良かった。グレンも私の横でゴロンと足を投げ出した。



 バスケットからお弁当と水筒を取り出し、食器類も綺麗に並べる。夢の世界で見たガーデンパーティーはとても豪勢でロマンティックだった。

 私にそんなものの開催など無理だが、ささやかなパーティーなら開くことはできる。見目良くよそった料理を私は戦いを終えて空腹の兵士の如く勢いよく食べ始める。グレンはまだ温かいポタージュに驚いていたようだけど、私に負けずモリモリと食べた。

 二人の腹ペコにより、お弁当が空になるまでそんなに時間はかからなかった。




 食器の後片付けを終えた私は行儀悪いけど、ブランケットの上にゴロンと横になる。

 空を見上げると、太陽がまだあんなに高いところにある。

 仰向けになってゴロゴロしていると、隣でグレンが咎めるように一吠えした。

 満腹になった所為か、優しい午後の陽射しの所為か。夢と現のちょうど真ん中をフワフワ行ったりきたりしながら、隣にある被毛に覆われた背中を撫でる。

 グレンがいてくれるなら何の不安もない。



 目の前が白い光に覆われて前後左右の分からない浮遊感に包まれ手夢に落ちていくのを感じていると、今日の陽気に不似合いな冷たい風が吹き抜けていった。



 それは一瞬にしてぶるりと全身を震わす無情な寒風だった。






 雨でも降りだすのかと驚いて体を起こしてみると、先程の冷たい風が夢だったような優しい陽気だ。時間だって、陽の位置を見る限りあれからそんなに経っていないはずである。

 でも、なんだか体の奥にゾクゾクとした寒気を感じて、私は早々にレジャーシートやブランケットを畳んで、家へ帰ることにした。



 なんかやたら悪寒を感じるけど、風邪ひいてなきゃいいな。



 腕を摩りながら帰り道を急ぐ。もう秋なんだから、あんなところで寝なきゃ良かったな。

 あの人と鉢合わせしちゃって最悪だったけど、今日は何か楽しかったな。今日の出来事を色々反芻しながら歩いていると、所在無げに右手が揺れる。

 

「?」


 私は右利きなのに、なぜバスケットを左手で持っているんだろう。今朝、右手に別の何か持っていた気もするのだが、それが何だったか思い出せない。

 まぁ、そんな事もあるさと頭を切り替え、今日の晩御飯のメニューを考えながら歩いていると、いつの間にか自分の家の近くまで来ていたようだ。



『ワン!』


 私に気付いたドンキーが一声吠えて、尻尾を振った。


「ドンキー、たっだいま~」


 最近、ドンキーと私の関係は何故かすこぶる良い。ドンキーに手を振ると、『クゥ?』と不思議そうな声を出した。


「ヤダ!今の声、すっごい可愛かった。もう一回やって! 」


 しかし、ドンキーはイイ感じにツンデレなのでもうやってくれなかった。

 もうちょっと、デレてくれても良いのに。



 その日、家に帰るとまだ明るいのにやけに静かな気がした。

 テレビをつけても何の興味も沸かないし、夕飯作りもなんだかいつもより張り合いを感じない。

 家にいる事って、こんなにつまらなかったけ?




 深夜、また不愉快な訪問者が来て、うちの呼び鈴を鳴らした。

 私は二階にある自分の部屋の窓をガラッと開け、


「次、鳴らしたら通報するぞ! この変態野郎っ! 」


そう怒鳴って、ピシャリと窓を閉めた。

 その日、もう呼び鈴を鳴ることはもうなかった。






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