乾杯は死のカウントダウン
グレンさんは部下の一人に押収した火薬を持たせ城へ戻らせ、残りの人数で私を追うことにしたようだ。
ガーデンパーティーがどこで行われているかは私には分からない。必死に脳を絞って考える。
おそらく可能性が高いのは、一番目が貴族が住むエリアで二番目が金を持った富豪の商人が住むエリアだ。
ガーデンパーティーと言うからには、庭に人がたくさん集まっているはずだ。 私は更に空高くから飛回り、一軒の貴族の屋敷に目星をつけ私を追うグレンさんの元へ舞戻った。
「キュイキュッ!」
「こっちか? 」
屋敷の側まで来るとと、騎士達の表情に緊張が走っていた。
「まさか!こちらは、今日殿下が招かれている・・・・・・」
屋敷の門前では、グレンさん達天鷹騎士団とは少し制服のデザインの違う騎士が数名見張り立っている。私は鷹なので門番など華麗にスルー出来るのだが。
「天鷹騎士団団長、グレン・フェルトンだ!火急の用故通らせてもらう」
戸惑い制止しようとする見張りの兵を半ば強引に振り払い、グレンさん達も必死で私の後を追った。
色とりどりの花々が咲き乱れる美しく手入れのされた庭では、たくさんの華やかな装いの賓客達を前に、王太子と思われる少年がまさに乾杯の合図を出すべくグラスを掲げているところだった。
「お待ちください!皆様、早急にここから退避願う。責任は私、グレン・フェルトンが負います」
ドカドカと踏み入ったグレンさん達に、周りはざわざわと騒ぎ出す。グレンさんの言葉に「それは怖い」と素直に信じる者、なんと乱暴なと眉を顰める者、反応は様々だ。場は時が経つに連れ混乱するだろう事は、世間知らずの私にも分かった。
「フェルトン殿! 殿下の御前で無礼な真似を! 」
以前街で会ったことのあるチャールズという男がグレンさんを不快気に非難する。
「ここで何かあるかもしれないと言う情報を掴んだから来た。俺も先程まで何者かにハメられて火薬が仕掛けられた建物に」
具体性のなく踏み込んだというグレンさんの言葉に、チャールズの部下は苛立ちを隠さない。
「この会場に火薬が仕掛けられているというのですか?この場の安全はこの海獅子団が調べ尽くしているというのに我々を侮辱する気ですか!?」
激昂しグレンさんに掴み掛かりかねない勢いの部下に、チャールズは「やめろ、殿下の御前だ」と静まらせた。
「フェルトン殿、どういう情報でここへ参られたのかお教え戴けますか」
これは、マズイ。
私を信じて付いて来てくれたグレンさんがこのままではマズイ立場になってしまう。
今、鷹である私が出来ることはただ一つ。
私はキョトンとした顔でワイングラスを持つ王太子殿下のグラスをそっと奪った。あくまでも悪意があると警戒されない優雅にゆっくりと。
呆気にとられたような人々の視線をよそにグラスをテーブルに置くと、それに口を付ける。濃厚な葡萄の香りが鼻を突き、私はテーブルから地面に斃れ落ちた。
「毒か?!飲み物を飲むな、毒が入っているぞ! 」
一瞬の静寂の後、あたりは怒号や悲鳴が飛び交って騒然としてゆく。体を地面に叩きつけられ痛みに耐えていると、グレンさんが切羽詰まった様な声を上げて駆け寄ってきた。
「ミレディ! 」
彼にしては珍しい焦りを滲ませた顔をしていた。ぐったりとした私を抱き上げて駆け出すグレンさんに、部下に色々と指示を出しているチャールズが声をかけた。
「フェルトン殿、その馬を使え! 」
「感謝する」
馬に乗ったグレンさんは街中を猛スピードで駆け抜けていく。
「ミレディ!しっかりしろ!必ず元気になるから 」
必死に祈るような声を聞きながら、私は途方に暮れていた。
騒ぎになる事は予想していたのだが、それを上回る大騒動だ。でもきちんと酒から毒を調べてくれるまでは、この芝居が周りにバレる訳にはいかないのだ。
そう、私は酒を飲んではいない。毒が入っていると知っていて、飲む訳がないではないか。あくまでも飲んだフリで、死にそうなフリだ。
そしてこの後どうするかまではもちろん考えていない。
ふぅ、考えてもしょうがない。こんな時に頼れる味方は一人しかいないではないか。
猛スピードで走る馬の上、抱かれた体制でこっそりグレンさんの制服のボタンをくちばしでいじる。
するとグレンさんは私に視線を落としてギョッとした。
「お、まえっ……!」
すまん、すまんのうグレンさん。
騙した上にこんな事言うのは心苦しいのだが、この後の事を何とかしてくれんかのう。絶句するイケメンに、私はサラリーマンの如く頭をぺこぺこ下げた。
それから恐る恐る顔を上げるとしかめっ面のグレンさんと目が合う。
ひぇ、怒っていらっしゃる。
「毒は飲んでいないのか? 」
その問いにコクコクと素直に頷く。すると、呆れたように溜息をついてから、優しく頭を撫でてくれた。
「それなら良いが……。なんでそんな事をしたんだ?って、まぁいいか、俺が何とかすれば」
事情を話せないのは辛いが、グレンさんってばやっぱりめちゃくちゃ頼りになる。安心感が半端ない。
こんな人が現実の世界でも傍にいてくれたら、もうチートと言って良いのではないだろうか。
安堵する私に不敵の微笑みを掛けて、グレンさんはそのままのスピードで城へ向かった。
そのまま連れて行かれたのはもう見慣れたグレンさんの執務室で、部屋に入るなり私は解放された。
珍しい事に、部屋に常在している副団長のエミールさんの姿はない。
グレンさんは、執務室に私を置いて行くとまた部屋を出て行ってしまった。
いつ戻るか分からないし、今日はあちこち飛び回って疲れたので私は仮眠をとることにした。体は思った以上に疲れていたみたいで、すぐに眠りは訪れた。
次に気が付いた時、私は篭の中でゆらゆら揺れていた。
おいおい、もっとゆっくり動いてくれないかね。
目が覚めてしまうではないか。
しかし、グレンさんならそのまま抱っこで移動するはずなのにおかしいなと考え、体制を整えて再び目を開くと篭を運んでいるのはチャールズさんだった。
どういう状況だ?
『キュイ』と一声鳴くと、チャールズさんは目を見開き私の入った篭を目線の位置まで持ち上げた。
「おぉ! 死んでしまったのかと思ったぞ。フェルトン殿めっ、いくら忙しいからと言って毒を飲んだパートナーを放ってどこか行ってしまうとは、許せん! 」
イヤイヤ、違うんです。
私その毒飲んでないです。飲んだフリなんです。
チャールズさんはどうやら私を医務室へ連れて行こうとしているらしい。
う~む、困った。チャールズさんは初対面の印象こそ良くなかったが、良い人みたいで「さぁ急ごうな」と言って、廊下を歩く速度を速めた。
仕方がないので篭から脱出しちゃおうかと思った時、背後から冷たい声が響いた。
「その鷹をどうするつもりだ?」
振り返るとすぐ後ろにグレンさんがいて、更に後ろに息を切らしたエミールさんがこちらに向かって来ているのが見える。なんだ、ビックリした~。気のせいか、なんか誰か別人の声かと思った。
どうしたのだろう?私が迷惑ばかりかけるから怒っているのだろうか。
しかし、チャールズさんはそんなのお構いなしで足を緩めずに怒鳴ったような声を上げる。
「フェルトン殿!集団毒殺の被害を防ぐために、自ら身をもって止めた鷹を放置するなんて何を考えているんだ?! 」
すると、グレンさんは少し考えてから「ああ」と頷いてこたえる。
「そいつは毒なんか飲んでない。ピンピンしてるさ」
「調べた結果、あの会場の飲み物から摘出された毒は『ゴウゲン果』によるものだった。つまり、かなり遅行性の毒なので効いてくるまで半刻程かかる」
ああ、そういえば遅行性だと言っていたなと思い出しつつも、顔色を変えるグレンさんに気付き首を振る。イヤイヤ、そもそも飲んでないから。
「本当に毒が混入していたというのか? は、半刻だと?」
私の入った篭はグレンさんにより強引に奪われて猛スピードで廊下を走り運ばれる。
だいぶ遠くでチャールズさんの「まだ話は終わってないぞ! 」と怒鳴っている声が聞こえた。
結局、誤解は医務室の老医師に診てもらい解かれる事となった。
やっとひと段落着いたかと思えば、今度はチャールズさんは一人居住まいを整え深々と頭を下げた。
「フェルトン殿、貴殿の忠告を真摯に聞き入れられなかったことを申し訳なく思う。今日になっていきなり天鷹団から派遣される予定の騎士が参加不可になったと聞き、少し貴殿の事を不信に思っていたのだ」
チャールズさんの話にグレンさん困惑の表情を浮かべた。
「何を言っているんだ?確かに酒場摘発の任務は今朝いきなり上がってきたものだが、それは俺を含むごく少人数で実行するものだ。後は決められた予定通り、遂行するようにウチの団員たちに言って出てきたはずなのだが・・・・・・」
食い違う認識に影で何者かが動いている気配を感じる。早急にお互いもっと話を詰めた方が良さそうだなと二人は結論づけた。
その後、部屋を出るグレンさんに老医師から私の足の火傷用の軟膏を渡されるとまた「いつ火傷なんて負ったのだ!」と叱られ、チャールズさんはそれを呆れた様子で見ていた。
さっきおじいちゃん先生が、薬を塗ってくれていたのに気づいていなかったらしい。
グレンさんとチャールズさんの話合いはその日夜遅くまで続いた。私は犯人の顔を見ているので一緒に話を聞く気満々でいたが、何せ体力不足が祟ったようだ。一日中動きまわった私は気づかぬ内にグレンさんの膝の上で夢の中へと旅立っていた。




