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褒美のキスを与えるのは乙女の特権

 エレンがクライヴに会えたのは、最後に会ってから1か月経とうと言う頃だった。エレンは温かい紅茶や菓子を前にいつも以上に緊張していた。


「あれから喧嘩別れのようになってしまった上に、しばらく会えずにすみませんでした」


 久しぶりに会ったクライヴは少し痩せたようで心配になる。それでも機嫌良さそうな笑みを見せてくれたことは嬉しかった。


「なんだかそんなに痩せてしまって、そんなに大変な事だったの? 」


 言葉は慎重に選んだ。


「ああ、これは違います。別の管理世界がなぜか次々とあちこちで戦争が起き出して、色々粛清やリセットに動き回っていただけです。あっちの方はグレン君がしっかりと守ってくれているようなのでやや放置気味ですね」



 クライヴの言いようにエレンはついいつものようにムッとした。


「あの時すっごく怖い顔で怒った割に、随分適当なのね」


 そして言ってから、また余計な事を言ってしまったと後悔した。しかし、クライヴはそれほど気に留めていないようで苦笑いをして紅茶を啜った。


「そういえば聞きましたよ。あれから彼らの事を気にかけてくれて、逐次報告ファイルに目を通しているみたいですね。しかしエレンみたいに一つの世界を管理する者だったらそういう事も可能かもしれませんが、300近い世界を受け持っている私はそうはいきません。それにもうすぐ月が一周回り終えるころですので、あと少しで彼女の方も心配いらなくなるでしょう」



 そう語って伸びをするクライヴの顔をエレンはじっと見つめた。おそらくクライヴはあの少女が寝ている間、私の管理する『アブサンティーン』に来ている事に気付いていないのだろう。

 その所為で何か問題は生じないのだろうかと気がかりに思う気持ちはある。

 しかし、多忙な上にやっと自分と会う時間を作ってくれたクライヴにエレンはその事を言い出せなかった。次こそ怒って、1年以上会ってくれなくなるかもしれない。



(今を逃すともっと言い難くなるかもしれないけれど、黙っていれば何もバレないはず)



 そう考えて、エレンはお茶の時間を楽しむことに専念しようとしたが、せっかくクライヴと会っているというのに喉に小骨が引っ掛かったような鈍痛がいつまでもエレンを苛んだ。






************





 鷹になる夢を見始めてからもう何日も経った。

 一時はホワイ卿に目を付けられた事をグレンさんは警戒していたが、あれから何のアクションも起こしてこなかった。よって私はグレンさんが仕事をしている間、割りと自由な事が多い。

 今や私は空高くに自由に飛ぶことが出来る。

 空を飛ぶのは楽しい。

 おとぎ話の世界に出てくるような街並みは空から見下ろすと、まるで精巧なミニチュアアートを見ているみたいでとても可愛らしい。あの山の向こうにはどんな景色が広がっているのだろう。




「ミレディ!」




 心地よい朗らかな声が私のここでの名を呼び、次いで鷹笛の音が響く。

 私は空中をくるりと大きく旋回してから、主人であるグレンさんの元へ舞い降り、勢いを緩めて伸ばされた手の上に着地する。するとグレンさんは「よしっ、良い子だ」と褒めてから暖かい大きな手で私の首元を擽る。



「悪いが、任務に付き合ってくれ」



 そう言われて私も表情を引き締める。

 グレンさんはいつも忙しく週の殆どは事務作業に費やしているが、緊急の時などはよく取り締まりにも命を受け私もそれにお供をする。


 先日緊急に賓客が遊学に来る事が知らされ、城下の街の隅の貧民窟にあるかねてから悪い噂の絶えなかった酒場の摘発の指揮を執ることが急遽今日決まったそうだ。


 連れていく部下は四名。街中で目立ちすぎると良くないので、対抗し得る最少人数で動くと部下たちに説明しているのを私ももちろん聞いていた。とりあえずは、不法営業で引っ張り、余罪は追々調べるという。


 他国からの賓客というのはどうも王族のようで、些細な問題が大問題に発展しかねない。つまり、この機会に犯罪の芽ごと摘んでしまおうというわけだ。





 城下の街を北へどんどん進むと、華やかだった街並みの風景は段々と様子を変え、今にも倒れそうなあばら屋や壁に黴が生えたような石造りの廃墟のような家が目立ち始める。

 道端の人々の表情にも笑顔はなく生気を感じない者や、グレンさんを見て慌てて家の中に逃げ込んだりする者と中々環境は良くなさそうだ。

 しかし私が元の人間の女の子の姿だったら怖いと感じるのだろうけど、今の私は鷹なので割と平気だ。




「よし、もうすぐ貧民窟に入る。ここから目的地まではバラけて行く。各自目的地に向かい持ち場にて待機せよ」


「はっ! 」



 グレンさんの指示に4人の部下たちはそう返事するなり、あっという間にいなくなった。私もグレンさんの肩を離れ上空のサポートをしようと飛び立とうとした時、彼が眉を顰めた。


「アイツは……! 」


 グレンさんの視線を追うと、通りの向こうを細身の狡猾そうな男が走り去って行くのが見えた。



「ミレディ、奴を追えるか? 居所を掴んで欲しい」



 初めてグレンさんに頼りにされたことが嬉しくて「キュイ!」と自信満々で答え、張り切って男の後を追った。

 よしっ、頑張るぞ。私は役に立つ良い鷹なのだ!





 初めての追跡にしては見つかることもなく上手く行った。細身の男が入っていったのは蔵が建ち並ぶ人気のない倉庫街だった。しかし男はそこから動く様子を見せない


 う~ん、これではまだ戻れない。男は何か用が済んだら、またすぐ移動してしまうだろう。


 そこで5分程男を見張っていると、馬車に乗った別の人物が現れた。

 何やら立ち話をし始めたので、内容を聞き出そうと近くの蔵の屋根まで移動する。話の相手は見たことのないけど偉そうな中年の男だった。



「・・・・・・で、手筈は? 」


「仰せの通りに。王太子が参加するという今日のガーデンパーティーの酒類全てに遅効性の毒を仕込みました」


「おう、そうかそうか。こちらもな、お主が顔を見られたというあのフェルトンが予定通り、正午前には例の酒場へ向かう任務が下りるように段取りしたぞ」


「そうでございますか。では後は正午頃の爆発を待つばかり。これで私めも安心して動けます。しかし、閣下には火薬までご用意いただき・・・・・・」



 話はまだ途中だったが、私は急ぎグレンさんのいる酒場を目指して飛び立った。酒場の場所は、グレンさんが部下に説明した時に地図を見ている。

 城を出た時、塔の時計は11時を少し回っていた。あれから30分ぐらいはもう過ぎているだろう。

 急げ急げ!

 私は今まで出せる限りのスピードで貧民窟へ向かった。





 貧民窟の様子は先程見た荒んだ街並みよりも酷かった。浮浪者が道にしゃがみ込み、子供たちが物乞いをしている。しかし、今の私はそんな事に気を取られてはいられない。


 地図に赤印が点けられていたと思われる建物の前には、薄汚れた看板と酒樽が置いてあるのでここだろうかと、開け放たれた扉から店内へと入る。

 店内を見回すと、既に裳抜けの殻だったようでグレンさんと他部下の3人しかいなかった。他の一人はどこかで見張りでもしているのだろうか。

 私は調査しているグレンさんたちに危険を知らせようと、『ギャーギャー』と奇声を上げて店内を暴れ回った。


「うわっと」


「ウギャア。あぶねぇ、団長止めてください」


「ミレディ! どうしたんだ? 」


 突然暴れ出した私に団員達が悲鳴を上げ、グレンさんは困惑顔で話しかける。

 もう、時間がないのに。

 店内から騎士達追い出そうとするが、「こら!後でお仕置きだぞ」と叱るばかりで全然理解してくれない。ここにいないあと1名も探して避難させなきゃいけないのにと焦りを感じた時、ツンとした刺激臭が鼻孔を擽った。


 そうだ、火薬。


 この世界に時限爆弾などと言う精密な機械は無いはずだ。それなら私でも爆発を止めることが出来るかもしれない。

 私はかすかな臭いを頼りに、火薬の在処を探った。

 それは粗末な厨房の奥の棚の下のタイル上にあった。

 素早く身を屈めて棚の下に潜り込み、火の着いた導火線を足でもみ消すとふぅと安堵の溜息をついた。どうやら火薬は臭いが出来るだけ漏れないように厚地の布で巻かれているようだ。



「ミレディ。このお転婆娘めっ! 」



 追いかけてきたグレンさんが、叱るような声で厨房に入ってくる。私は棚の下から這い出ると、『キーキー』両翼を広げて抗議した。

 全員死ぬところだったじゃないかと。



「なんだ? 逆ギレか? 」



 グレンさんは私が怒られるのを怖がって威嚇しているのかと思ったのか声の調子を和らげた。しかし、私がクチバシで示す棚の下を覗き、布に包まれた火薬を発見すると表情を変えた。


「あ?これは・・・・・・!」



 グレンさんは片手で火薬を掴み、何故か鷹の私を横抱きにすると、部下に建物から全員退避するように命じた。



「団長、いったいどうしたんすか?」


「これは誰かが仕組んだ罠だったようだ。俺たちがここへ来ている間に爆発するようにこの火薬が仕込まれていたのを、ミレディが発見した。って、これだけの火薬一体いくらするんだ?これだけあればここら辺は火の海になるぞ」


「!!!」



 グレンさんは「な? 」って言うように布を広げて火薬を見せる。

 それを見て絶句する団員達とともに私も絶句した。


 なんですと!?グレンさん達を建物から出しただけでは駄目だったらしい。  おぉ!危ないところだった。


「ミレディ。良くやった。褒美のキスだ」


 横抱きした上に、キスとは!ペットとしか思ってない相手に、乙女のファーストキスを気軽に奪われてたまるか。近付いてきた顔に頭突きを喰らわそうと振りかぶると、危険を察したグレンさんがサッと顔を引いた。



「オマエ、主人の顔に穴を開ける気か?! 」



 私は悪くない!って抗議しようと思ったが、そんな事やっている場合ではなかった。倉庫街で聞いた悪い計画はもう一つ合ったのだ。確か王太子が招かれているガーデンパーティーで酒類に毒を仕込んだという……。

 私は空へ舞い上がると、「キュイキュキュイ!」と鋭く鳴いた。


「犯人の居場所へ案内するというのか? 」


 いや、ちょっと違う。

 人の言葉を使えないという事は本当難儀なことだ。









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