一週間足らずですっかり懐きました、私が
かつて魔術塔と呼ばれ熱意や活気に満ちていたその場所は、今ではまるで世界からその存在を忘れられているかのように静寂に包まれている。自分を英雄と仰ぎ付き従ってきた同胞も今では五本の指で数えるまでになってしまった。
平和ボケした十五年という短い月日が私を色あせた歴史の遺物とばかりに世界の隅に追いやってしまった。魔法の無かった時代の懐古主義だ? バカらしい。
永きに渡り王家を守り続けるためにかけた不老不死の超級魔法は、過去の英雄に未だ加護を与え続けている。そして世界から魔法が消えてしまった今、王家を守る力がないのに若い姿を保つ私から人々は顔を背ける。
殊に、平民どもには呆れる。他国からの脅威にさらされていた時分にはあれだけ英雄様と熱狂していたくせに、今ではすっかりそんな事は忘却の彼方で、新たなヒーローを作って喜んでいる。おそらく奴らは虫ほどの知能しかないのだろう。
それに加えて、当代の王は平民につくづく甘い。
その困った御気性はついに騎士団長という栄誉ある職に平民を任命してしまう事にまでなった。
その誰もかれもが、じわりと迫るであろう衰退の危機に気付いていないのだ。
苦汁を舐め続けた私だが、すっかり無くなってしまったと思っていた魔法の気が一定の獣の中に僅かに残っている事をつい最近偶然に知った。魔法があふれていた昔だったら気付けなかった程の微弱なものだが、希望は零ではない。
もし、獣から魔法の気を抽出して己の力に出来ると証明できれば、現王陛下だっておそらく予算を割いて協力してくださるだろう。
はじめに捕まえた野良犬は当然躾をされていない為、凶暴で扱いに苦労した挙句殺してしまった。その犬に宿る魔法の気は、事切れると同時に霧散してしまった。
どうやら死ぬとそれが持つ気も無に帰すらしい。そうなると、扱いやすく躾された獣が必要という事だ。
部下の提案で獣舎の存在を知り、色々な実験を試みる私は度々そこへ足を運んでは獣を連れだした。獣舎の気を持つ獣全てから魔法を抽出できても下級魔術師の足元にも及ばない程にしかならないが、あくまでもこれは抽出方法を知るための実験だから構わないと思っていた。
しかし今日、思いもよらぬ発見に心躍った。
かつての私が持っていた気に劣らない程の魔法の気を持つ獣にあったのだ。あれを手に入れ我が力へと転化できれば、私はまた稀代の魔術師として復活し本来の目的であったこの国を守ることを全う出来るのだ。不老不死なだけの単なる貴族などと言って私を愚弄してきた者たちを今度こそ見返してやるのだ。
あぁ前王陛下、これで陛下との約束を守ることが出来るかもしれない。
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この不思議な夢を見始めてもうすぐ一週間が経つ。
あれから鷹の私は、ホワイエ卿に目を付けられたかもしれないとか何とかでいつもグレンさんと過ごした。グレンさんは意外に心配性なのだ。親にあまり可愛がられていない私はそれが少し気恥しくもあるがすごく嬉しい。口では面倒くさがりを装うけど、優しい世話焼きでもあるのでみんなから頼りにされている。
余裕のある少し悪い大人の笑い方も、やんちゃな少年のように目を輝かせた顔も、事務仕事に励む真剣な眼差しも、困った顔で頭を掻くしぐさにも私は目が離せなかった。そんな時、本当に鷹の姿でよかったと思う。人の姿をしていたら、誰の目にも私の想いにすぐ気づかれてしまうだろうから。
この不思議な夢はいつまで続くのだろう。
いつかグレンさんと会えなくなる日が来たら、私の想いも消えてしまうのだろうか。
夢からゆっくりと浮上した脳でそんな事を考えていた所為だろうか、目覚めると瞼や頬が涙に濡れていた。単なる夢なのに、涙はしばらく止まりそうもない。
『ウォッ』
隣で寝ていた愛犬のグレンが目を覚ましてしまったみたいで、俯く私の顔を心配そうな(飼い主にはそう見えるのだ)顔で覗き込んだ。
そうだ、私にはこっちのグレンがいるじゃない。こっちのグレンだって、凄く頼りになるし学校にいるあいだ無性に会いたくなるのは犬のグレンの方だ。
逆に夢のグレンさんには、また今日も会えるかなと寝る前にドキドキ胸が騒ぎだして、会いたいけど会いたくない。
「グレンはずっと私と一緒にいてね」
優しく抱きしめて言った言葉に愛犬は『ウォ』と返事をしてくれる。ピッタリとくっついているとグレンの鼓動のリズムが聞こえて、抱きしめた体があたたかくて。うん、なんか元気が出てきた気がする。
今日は学校がお休みだから、ずっと一緒にいられるのが嬉しい。抱きしめていた腕を離すと、グレンはベッドから降りて行ってしまう。
なんだよー、しばらく今日はラブラブでゴロゴロしてようと思ったのに、ヤツはどうやら散歩の方が良いらしい。グレンは散歩好きみたいで、歩いている間いつも尻尾をピンと立てているのだ。
それにしても犬の個性というのは面白い。
友人が話すペットの犬とうちのグレンはまるで違っているのだ。
グレンは嬉しい時でもやたらと尻尾を振らないし、ペロペロ顔を舐めてきたりもしない。そう話すと犬を飼っている友人には「懐いてなくて可哀想ね、もっと頑張んな」などと言われるが、余計なお世話である。
グレンが嬉しい時は尻尾なんか見なくても分かるし、一緒にいるだけで心が安定するし心地良い。グレンの方もそう思ってくれていると良いのだけど。
散歩から帰って来た私は、朝食作りに挑む。その間グレンはテレビに夢中だ。
最初はおっかなびっくりだった料理作りも大分慣れて来て、今では自分の朝ご飯も作っている。レシピはネットで調べて、失敗したら置手紙で長谷川さんに聞いたりして。
そう、ハウスキーパーの長谷川さんとはあれから置手紙のやり取りが続いているのだ。鶏を柔かく煮る方法とかゴミ袋や洗剤の置き場とか学校であった笑い話まで、話題は気付いたら尽きなかった。
「出来たよ~。今日は豚肉とほうれん草のうどんだよ」
ほうれん草は長谷川さんが湯掻いて小分けにして冷凍してくれているものがあるので実に簡単料理だ。グレン用に短く切ったうどんと焼き目を付けた豚肉、ほうれん草に出汁を利かせた薄味のつゆで一煮立ちさせて完成だ。
私の分はそれにだし醤油とみりんを少々加え、小口切りされた冷凍の細ねぎをパラパラと入れて完成する。
テーブルに着く前にグレンの方をチラリと見ると、はぐはぐとうどんに夢中になって食べている。良かった、初日とかに出した料理は明らかに美味しくなさそうなのになんだか無理して食べてくれているようで申し訳なかったのだ。
湯気立つうどんはほんのりとした甘さが丁度よくて美味しかった。
私って天才!
って心の中で自画自賛してから、自分ほぼ包丁も使ってないじゃないか~いとセルフツッコミをしていると、私の百面相に『ハッハッ』と口を開いた良い笑顔(?)で見つめる視線に気付く。
「もう、何見てるのよ~! 」
恥ずかしさについ大声を出しで隠して追いかけると、心得た様にグレンは逃げ出す。最近よくやるこの追いかけっこはリビングのみでは済まない。賢い愛犬はドアを開ける術を既に会得しているのだ。
廊下へ抜け、階段を上がる頃にはもうグレンの後姿は無い。二階へ上がり足音を殺して進む。今まで使っていない部屋に勝手に入ったことは無いのでおそらく私の寝室にいるのだろう。
そしてガチャッとそのドアを開けると、そこには誰もいなかった。
「アレ? グレン?」
しかし部屋の中は静かで、1階でつけっ放しになっているテレビの音がわずかに聞こえてくる。
「グレン、どこにいるの?」
馬鹿みたいだけどなんだか少し悲しくなって、ベッドの下に隠れているのかもと屈み込む姿勢を取ろうとした時、
『ウォゥ! 』
いつの間にいたのか、背後から元気な愛犬の声が聞こえた。
「もう~、グレンってば」
私は振り返り、楽しくなって駆け寄って抱き付いた。太陽の香りがする被毛に顔を摺り寄せ、完全に立場が逆転しているのだと自覚する。グレンと会った初日には私がお姉ちゃんだなんだと言っていたが、今では完全に妹的ポジションで精神的にグレンに甘えきっているのだ。
そんなこんなで一日中グレンといられる幸せを噛み締めつつも、一つ憂鬱ともいえる作業もしなくてはならない。いるかもしれないグレンの本当の飼い主への告知ポスターだ。本当の飼い主なんていなきゃ良いのにと強く願ってはいるが、もしいるのに放ったらかしていると私は泥棒になってしまうかもしれない。
私はデジタルカメラで写真を何枚か撮って、「迷い犬」のビラを作るためパソコンを起動させた。しかしデータを取り込んでみて画面に映るグレンを改めて見ると、凄く格好良いなと思う。
野性的で精悍な体躯、艶のあるダークブラウンの被毛、そして理知的で美しい。
そんな犬の写真なんか載せたら、本当の飼い主じゃなくてもこの犬が欲しいから名乗り出る人がいるかもしれない。
結局、悩んだ私はシンプルな文字だけのビラを3枚ほど作った。
『 迷い犬を預かっています。
発見した日:○月○日
色:灰色
年齢:不詳
犬種:不詳(おそらく雑種)』
少しズルい気がするけど、本当の事だ。
ヒマなのかとなりからは、グレンが欠伸する声が聞こえた。




