5 旅
「アーティストとか作家の思考が理解できない」
「ほお」と私は言う。
「ええとだな、あいつらは何もかも犠牲にしすぎなんだよ。マイナスにマイナスをかけて無理やりプラスを叩き出している感があるわけだ。わかる?」
続けて、と私は顎だけでうながす。
「俺はな、足で雑多に色んなものを見まわるだけで十分だと思うわけだ。モーツァルトだかバッハだの名言にもあったろう。人の数だけ世界観は得れるし、捨てるんじゃなくて使わない。その選択肢を最初から縮めるのは阿呆らしいとな。でもそれをするやつって多くない気がする」
「その時間を使って自分の得意分野を鋭くした方がいいって分かっているのさ」
私は彼の言い分を肯定するような口調で、
「口下手で生きづらい人間のための救済策だよ」
「そうかな」彼は言った。
「そうだよ」私は頷いた。
「少なくとも飛行機に飛び乗ってしまったんだから・・・・・・無理に自分を正当化しようとしなくていいさ。今は旅を楽しもうよ。なにかアイディアが浮かぶかもしれない。そうだろう、口下手君?」
「一人じゃ何もできないと思っているだろ、通訳君」
「ああ」
そう言って私は微笑んだ。
「天邪鬼なそいつのおかげでお金を気にせず放蕩できるんだからね」
「いい気なもんだよ」
そこで、ようやく彼も微笑んだ。