1 冬
子供の頃の記憶は、今とかけ離れた姿だった。浮遊草(注釈。美しいとんぼ。羽が四方に一枚ずつ生えている)をつかまえるでもなく、追いかけているだけの少年。喉からは冷たく乾燥した空気が入り込み、からだの外は汗と、セーターやマフラーの毛糸がくすぐってむずがゆい。だからもっと、もっとと風に当たりに行く。転んでけがをしても平気な顔で毎日を、その空気を景色を友達の姿を、何もかもを鋭敏に感じとっていた。
今の自分は、浮遊草の行く先に手を差し伸べてやれるほどの背になった。
けれど虫の美しさ、花の匂い、木々のざらつき、走り回ってじゃれつくような友人。それらをさわることはもうなくなった。
「どこまでも飛んでいき、どこか、花の上とか水草に止まることなんてないように見えるんだ。ずうっと中空を流されていって……。あぁ・・・・・・、あれほど無意識にささやいてくる罠もないだろうね、僕らはヤゴのくせして成虫の真似をしているんだ。飛べないくせに」
そのことを教えてくれないこともそっくりだ、いとこの兄さんはそう言った。
そして私の前から消えていっちまった。
そして、目の前の生徒たちにどう映るだろう。私の今の姿は。