エトア崩壊の舞台袖
「エトア南端の街サリーオ、エビオブルク、アトモフが交戦状態に入りました。近隣の砦にいる兵士も個別に対応していますが指揮系統がうまく働いていない様子。このままでは落ちるのは時間の問題かと」
玉座に座る皇帝と周りに控える重臣たちに報告を終えると伝令の兵は速やかに退出していった。
それを気に家臣たちは口々に自身の考えを述べていく。
「経過は今のところ順調のようですな」
「然り、あのヴォーゼンもエトアという餌をぶら下げればこうも食らいつくとは、かの国の王は耄碌されたのでしょうか」
「は!書類畑のジジイ共はお気楽でいいな。ヴォーゼンの王が耄碌?冗談にもなってねぇよ」
「なんだと、若造が生意気に」
どこの国もどうしてこう文官と武官の仲が悪いのか。
一気に場の雰囲気が悪化し文官、武官に分かれてひと悶着が起きようとした瞬間。
「静まれ」
“皇帝”この人物がそれを許すはずもなく。現にたった一言でその場を沈めてみせた。
場が静まったのを確認するとその男は再び深い思考に戻った。
「…順調すぎるな」
皇帝の手元には軍部と諜報からの資料があり、その内容を確認しながらそうポツリとつぶやいた。
「はい。陛下、ヴォーゼンには戦いに迷いがありません」
皇帝の言葉に応えたのは軍を束ねる高官の男だった。
「それに、エトア側の動きも気になります。あまりにも動かなすぎる」
その言葉が示す通り資料にはエトア側が行った戦闘に関しても記述されていた。
その記述によると砦にいる兵士たちは町や砦が攻められてから反撃を開始したとあった。砦への攻撃、または街への侵攻を確認した後に攻撃を行っているのだ。
武器を持った敵が国境を越え、街に入ってもその武器が振るわれなければ軍が動けない。動けていない。
これは明らかに異常なことだった。
「公爵家の馬鹿どもはまだ軍に防衛の指揮権を与えていないのか?」
「探ってはおりますが未だ確認は取れておりません」
「まったく、馬鹿なら馬鹿らしくこちらの言うことを素直に聞いて可愛い人形になっておればいいものを欲に目が眩みおって。逆にこちらの足を引っ張る存在になってしもうたわ」
「陛下のおっしゃる通りです。このままでは最悪不満を持つエトアの市民がヴォーゼンと結託して一緒に攻めてくる可能性が出てまいります」
「策を弄し兵を出さねばならんか…。まったく余計な手間を」
ため息を吐き出すと陛下はすぐさま兵を動かした。
馬鹿と罵られようが一応国のトップを担う人物を輩出するべき公爵家なのだ。当然そこにいる彼らはそういった教育を受けているはずで、本来ならこのような緊急事態には率先して指示を出さねばならないところだ。
敵と戦うのが怖くて館に閉じ籠っているのなら戦う意思のある者に権利を丸投げすればいい。その責任を負えばいいのだから。
その責任が負えれば今ならまだ軍は余裕で立て直せ、反撃もできる。
軍が立てば国民の不安も薄れ、怒りの矛先はヴォーゼンへと向かう。
そうなるように急ぎ駒を動かす。手遅れでない事を祈りながら。
この出来事をのちの歴史学者はこう語る。
『さしもの賢者と呼ばれた皇帝もエトアの上層部の馬鹿さ加減は計算できなかったのであろう』
そう言わしめるほどエトアの最後を飾る王は愚か者であった。
また、『エドガー候爵、彼が暗殺されずに玉座に座ることがあれば今とは全く違う地図が世に出回っていただろう』と暗殺されたエドガー候爵が比較対象としてよく取りざたされるようになるのだがこれはまた遠い未来の話。
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「報告します。我が軍は現在、エトア南端の街サリーオ、エビオブルク、アトモフと交戦状態に入りました。近隣の砦にいる兵士も個別に対応して来ますがどうやら指揮系統がうまく働いていない様子です。この調子ならば落ちるのは時間の問題かと」
「報告ご苦労、下がって良い」
その報告を聞きヴォーゼン王は笑いが絶えなかった。
「今日は随分とごきげんですね。あなた」
「フィーネか。ああ、ようやく因縁の決着が付くのだ」
「べガリア帝国、ですね」
「そうだ、向こうはエトア共和国をこちらの力を割くために切り捨ててきた」
「大丈夫ですの?」
「向こうもこちらも大国同士。勝っても負けても国が無くなる事はないだろう。しかしこの戦いで決定的な差ができるだろう」
「勝つと信じております。そして私はあなたの妻として最後まであなたをお支えします」
「……愛している」「ふふ、知ってます」




