嵐を告げる手紙
前世で14年、この世界で8年間生きてきたが“戦争”というものは前世では歴史の教科書やテレビの向こう側の出来事だと思っていた。
この世界に転生して自分の国が帝国制をとっていると知っても30年もの間、平和が続いていたことで意識などしていなかった。
学院で魔法や武術を学んでも実際にそれを使って人を殺す事態になるとは思わなかった。
覚悟もなく平和ボケしていた俺にあの日届いた手紙はその後生きるか死ぬかを決めるきっかけとなった。
その知らせは早馬ではなくいつもの定時連絡の手紙だった。
いつものように封を切り手紙を読んだアイラの表情がどんどん険しくなる。
「トーマス、あんたも見な」
そう言われ手紙を押し付けられ書かれた文字を読む。
『この度、エトア共和国においてエドガー候爵が暗殺された。
これによりエトアの崩壊は決定的となり、
それに伴いヴォーゼンの北進が始まった。
しかし、我が国は暫しこれを静観するものである。
アイラは職務を果たし少年を立派な兵士へと育てよ。
有事の際はすぐさま招集に答えるべし。詳細はまた後日送る』
手紙を読み終えた俺はアイラを見る。
「ヴォーゼンが攻めてくる、か」
アイラは静かにそう呟いた。
「戦争ってことですよね?」
手紙の内容を見る限りそうなのだろう。
「そうね、でも直ぐにではないわ。間にエトアがあるから」
ため息を吐いて愚痴をこぼす師匠にはまだ余裕のようなものがあった。
だが俺にはそんな余裕はなかった。不安にかられ自然と声が大きくなっていた。
「でもこの手紙に書いてあることが本当ならその国、もう崩壊してますよ!」
そんな俺を呆れるでもなく師匠であるアイラは淡々と説明してくれた。
「そうね、要人の暗殺という手を使ってね。トーマスはまだまだお子様だから帝城の中にいる海千山千の狸の考えはわからないか」
俺は反論するのをぐっとこらえ話の続きを促した。
「つまり帝国はその要人を守らなかったの。エトアが無くなればヴォーゼンがこちらに向かってくるのは自明の理なのに。この事実から考えられるのはエトアを混乱させヴォーゼンは北進させる、けど国が崩壊してもそこで暮らしていた人がいなくなるわけじゃない。当然ね。それに侵略者であるヴォーゼンも流石に住民すべてを抹殺することはできないわ。そんなことをすれば周辺国すべてを敵に回すことになるから。で、エトアの住民も何もせず黙って侵略されるわけもない。ヴォーゼンは少なからずエトアに手を割かなければならず、弱ったところを叩くのが一応の定石」
そう言って師匠は今の状況を推測する。
「その考えならエトアは完全に捨て駒扱いじゃないですか、でもエトアは帝国の属国でしょ?」
「だから何?こんなことしないって?するわよ、この国は利用出来る物は何だって。そうやって帝国は自国の領土を増やしてきたのよ?属国を捨て駒にするぐらいは平気でするわ。おおかた南の穀倉地帯をダメにしたくないから戦闘地域をエトアの国内にずらすのが狙いでしょうね。なるべく自分の国に被害が出ないようにこんな手を打つのよ」
そうのたまい俺の考えは甘いとバッサリと切り捨てられた。
帝国は順調に長年にわたる戦争で疲弊した国力を回復させ、ヴォーゼンとの因縁にケリをつけたいと思っていたそうだ。
で、その考えを後押ししたのが俺という存在。
新たな陰の術者と実績のある陽の術者が揃い、運用次第では大きくパワーバランスを崩せる駒となる。手紙に書かれた『立派な兵士にしろ』という後半の部分はそう言う意味らしい。
話し合いが終わり俺は無言で部屋に戻りそのままベッドに潜り込んだ。
「最悪だ。なんで戦争なんか起きるんだよ」
そう呟いた声は自然と震えていた。
『車に轢かれて死亡して転生したのはいい。死んじまったのだから新しい人生を歩めばいい。そうやって気持ちを切り替えてこの世界で8年間生きてきた。実際にこの世界は魔法があって俺はそれが使えることがわかった。学院に行って最初に魔法を飛ばせない魔導師だって落ち込んだ。けど適性が陰って言われて今度は天に昇るぐらい喜んだ。だけど、戦争は怖い。漫画やアニメの主人公はよく震えないものだ。俺には無理だ、臆病とかじゃなく何千、何万の兵の先頭に立たされる身にもなってほしい。しかもだ、最短で後2年後だとか!10歳になったら戦場に立たされるんだ。ふざけんな!』
愚痴を言いながら現実逃避をしていたらいつの間にか眠っていたらしい。
恥ずかしいことに起きてすぐ腹が鳴った。仕方がないので1階に戻った。するとそこには地図を広げ、さらにその上に駒を並べて考え事をするアイラの姿があった。
「何をしているんですか?」
「ヴォーゼンが攻めてきた時のシミュレーション。今はどれぐらいの規模になるかは分からないけど地図を見てどこから攻めてくるかとか、どこを重点的に守るかを考えることはできるからね。こうすることである程度“何人ぐらい死傷者が出るか”が見えてくるからね。知っての通り私は治療の魔法のエキスパートだ。火や水にも治療の魔法はあるが陽の魔法には遠く及ばない。戦争になれば私は引っ張りだこだ。後方での治療部隊に配置されるけどいつも暗殺リストの上位に乗る有名人だからね、準備は怠えないのよ」
「………」
「で、トーマスは人を殺すのが怖い?」
俺は首を縦にふった。
「そう、怖くて当然ね。あんなのは慣れるもんじゃない。でもあんたは陰の魔法が使える魔導師だ。それを今までは喜んでたかもしれない。でもいざ戦争になればあんたは大きな十字架を背負わなければならないんだよ。ここに来て陰の魔法を学ぶというのはこういう事態を含めてのこと。帝国の住民である以上逃げることは許されない、辛いけど覚悟を決めなさい」
師匠であるアイラは俺に そう告げた。
食事をとった俺は再び自分の部屋に戻ってきた。
『トーマスは初めて来た時以外あそこにある資料を見ていないでしょ?そこに書かれているものを覚えないと2年後には死ぬかもしれないわね』
戻る前に言われた師匠の言葉がまだ残っていた。
大きく息を吸い俺はその資料を手に取った。
『大量殺戮魔法についての考察』
資料のタイトルにはそう書かれていた。




