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忘れられた解  作者: 鈴埜


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第三章 武装都市ティルム1

 沙漠化の原因は主に三つある。

 一つ、洪水や雨などによる肥沃な土壌の流出。これにより作物が育ちにくくなる。

 一つ、土壌の塩性化。地下水などが地表まで現れ、水分が蒸発する。塩類だけが残り、これが繰り返されることによって作物が育つ土壌ではなくなる。

 一つ、飛砂。すでに沙漠化した土地から砂が入り込むことによって、沙漠が徐々に拡大していくのだ。

 このうち、一つ目と二つ目の過程については現在は認められていない。すでにあの土地は乾ききっている。三つ目は常に見られていることなので、それを防ぐ魔法方程式を再三施している。

 だが、効果は見られなかった。

「魔力が枯れているのね」

 イルマは第三の、魔力の目で世界を見て深く息を吐いた。

 初日は午後からカメルという沙漠での馬のようなものに乗って、ニヒ・ラルゲ〈荒れた土地〉の少し入ったところを軽く見て回った。沙漠の砂の色と似たような短い体毛で、背中には小さなこぶがある。そこに脂肪がぎゅっと詰まってこの生物には厳しい場所でも耐えられるそうだ。沙漠の砂から目を護るために、恐ろしいほどの睫毛が飛び出していた。それがちょっと可愛い。頭部は馬に比べれば格段に小さかった。

 馬にも乗ったことがないというアーヴィンは、イルマと同じカメルだ。

「馬に乗れないだと!?」

「フェンデルワースに住んでいるんだったら、馬なんか必要ないじゃない。私だって家に馬がいなけりゃ練習なんて絶対してないもの。別におかしいことじゃないわ」

「わかってる。俺が言ってるのはそこじゃない。お前とそいつが一緒に乗るって言うのに反対しているだけだ」

「じゃあ、兄さんがアーヴィンと一緒のカメルね」

「問題外」

「お断りします」

 二人がほぼ同時に答え、サミュエルはアーヴィンをギリギリと歯ぎしりしながら睨み付ける。

「男と一緒のカメルなんて、ぜーったい嫌だ」

「でしょう? アーヴィンの魔法は私がやるんだから、実際一緒に乗っている方が便利なのよ。ほら、子どもみたいに文句言ってないでさっさと乗って!」

 正論に追い立てられて、サミュエルは不機嫌なまま午後の視察を終える。ホレスはそんな彼らをにこにこと眺めているだけだ。

「アーヴィン大丈夫?」

 途中から彼の息づかいが荒いのが気になった。

 下りてみると、顔色もこころなし。

「酔ったのか?」

 サミュエルも尋ねるが、アーヴィンは頭を振る。

「こんなに、魔力が崩れているとは思わなくて」

「ああ、魔力の世界に酔ったのね」

 見えている物すべてに力の大小はあれども、魔力が宿っている。だが、このニヒ・ラルゲ〈荒れた土地〉の魔力の欠落はすさまじかった。あちこちに大きく暗い穴が空いているように見える。

 実際に見える世界と、魔力の世界の齟齬から、感覚の違いに酔うことがたまにある。

「アーヴィンはよく見える方なんです」

 心配そうなホレスに言うと、彼は頷いて今日は早めに休みましょうとティルムの宿に戻ることにした。

 ニヒ・ラルゲ〈荒れた土地〉の端からティルムまでは普通に行けば一刻ほど。魔法を使うとそれが四分の一になる。カメルで街中は行けないので、街の端で借りていたものを返して、残りは徒歩だ。

 ティルムはモンス山脈の麓にあり、オキデス帝国からの侵入を一番警戒する場所にあった。初めは要塞だったのが、次第に街となったのだ。

 山脈の、他の場所は難所が多く、山越えは難しい。

 侵攻は常にここから始まっていた。山脈の麓には、百年以上も前から高い防壁が築かれ、等間隔に置かれた砦に兵士と魔法使いが詰める。

 街もぐるりと塀に囲まれている。

 レグヌス王国に徴兵制はなく、兵士を国が雇った。そして雇われた兵士は、まず初めに、貴族であろうが平民だろうがこのティルムに送られる。そうやって各地から人が集まり、王都レグヌスセスやフェンデルワースとはまた違った、雑然とした活気を持つ特有の空気が全体を覆うことになった。

 イルマはティルムに来るのは二度目。だが、一度目は他にも数人同行者がおり、予定がぎっちり組まれていた。見物も、父親やサミュエルに土産を買う暇すらなかった。

 一日目はアーヴィンの体調も悪いしと大人しくしていたが、二日目、アーヴィンの調子を思いやり、午前中で視察をやめるといてもたってもいられなくなった。

「街の中なら平気でしょう?」

 と、無理矢理彼を連れ出した。

「兵士が多い。気性の荒いやつらもいる。気をつけろ、騒ぎは起こすなよ?」

 一階の食堂で昼間から酒を飲んでいたサミュエルの注意を背中に聞きながら、イルマは外へ飛び出す。

その後をアーヴィンが続く。これで追いかけなければイルマから叱責が飛ぶのだ。なぜ追いかけてこないのかと。理不尽ではあるが、何度も繰り返される。ある意味様式美だ。

 その辺りは彼も心得たものであった。

 実際、ニヒ・ラルゲ〈荒れた土地〉で酔ったのも一日目だけで、今日は意識して見ないようにしていたため、彼の状態もよい。

 すたすたと前を行くイルマにアーヴィンが声をかける。

「僕の体調の心配をしてくれているなら、あんまりさっさと行かないでくれ」

「うん、ごめんごめん」

 反省しているように見えないのもいつも通りだ。だがそこで、イルマは膝を折る。何がと、思う暇もなく、アーヴィンの体も揺れた。ティルムの人々も、一様に腰を低くし立ち止まる。

「地震だ!」

 誰かが叫んだ。イルマは地面に手をつき、杖でなんとか体のバランスと取った。そうやってすぐに彼の側へ寄る。

 揺れはすぐに収まった。

「びっくり」

「うん、本当に多いね」

 道を行く人々は、まるで直前の地震など気にする様子もなく、自分の目的を果たすため動き出している。二人はさすがにしばらくそこへ留まった。

 ティルムでは最近地震がよく起こるそうだ。地質学者や魔法使いたちが原因を調べているが、よくわかっていない。この近くには火山も、地震が起こる原因も見られないため、謎のままにされていた。街の人々も、すっかりこの地震に慣れている。多い日は二度あったりするそうだ。

 王都では地震は滅多に起こらない。二人とも慣れないせいで心臓がどきどきと波打つ。ようやく落ち着いて歩き出したのは、少し経ってからだ。

「それにしても、師匠(せんせい)がティルムに詰めていたなんて知らなかったわ」

 イルマは不思議そうに首を傾げて山を見る。西に黒々と映るどこまでも高い山脈は、人を拒む。魔法も使えないのに、それを越えてまでやってくるオキデスの兵士たちの執念に恐ろしさも覚えた。

 レグヌス王国を手に入れれば魔法を自由に使うことができる。そんな風に他国には思われているらしい。

 事実、時折魔法使いが行方不明になる事件が起きている。それもこの山脈の付近で多い。

「どんなお仕事していたのかしら」

「宮廷魔法使いなんだから、魔法使いの取りまとめとかだろう。巡回に組み込まれたりはさすがにしないだろうし」

「そうよね」

 南に市場があると聞いていたので、アーヴィンの腕を掴むと人混みを上手にすり抜けて進む。

「新しい街に来ると、探検したくならない?」

「別に?」

 わくわくしていた気持ちが一気に萎む。

 いつもこうだ。彼はどうしてこう、人の気持ちを萎えさせるのが上手いのか。

「興味があることなら進んでやるけど、今は別に」

 イルマの気配を察してか、フォローとも言えないフォローをする。

「つまり、私と街をぶらぶらするのは全然興味ないってわけね! いいわよ。来る気がないなら帰れば」

「二人で出かけるところを目撃されて、一人で帰ったら君の兄さんにぼこぼこにされるだろう」

「されればいいじゃない!」

 もう知らないんだから、と手を振りほどいて先へ行く。さらに早足で人の隙間を縫う。

 いつもいつもこのパターンだ。誘わなければアーヴィンは来ない。誘えば来るが、イヤイヤだ。たまには、もう少し反応が違っていてもいいと思うのに。本当に嫌なら、彼は断る。そういう人だ。だから、本当に嫌ではないんだと自分で勝手に決めつけていた。

 でも、無性に腹が立つ。誘うのはいつもイルマ。拒否されないと無理矢理連れ出して、文句を言われる。

 だが、少し進んで踵を返した。

 アーヴィンは見え過ぎる。それで体調を崩して今日の午後も休みになっていたのだ。連れ出したのは自分だし、ここで彼を放っていくのはいくらなんでもひどい。

 どうしてそれを最初に考えないのかと言われれば、イルマがイルマであるからとしか言いようがない。

 とにかく、すぐに心配になって戻ることにした。

 この思いつきだけで行動する癖を本当にどうにかしなければ、いつまで経っても落ち着きなんてものは得られない。

 ため息をついたところに前方で男の声がした。何か揉めている。

 ちょうどアーヴィンと別れた辺りで、嫌な予感に走り出す。

「杖を持ってるくせにとっさに魔法も使えないとは。まさか、それは偽物なのか? それならば重罪だ!」

 人の輪ができていた。その層が厚く、中心は見えない。声しか聞こえなかった。低いが、どこか頭にキンと響く嫌な声だ。

 そして、杖を持って魔法を使わない人を、イルマは知っている。

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