婚約者が浮気しているようなので、犬をけしかけてやりますわ
婚約者のボビーがピンク髪女と浮気しているらしい。
「浮気現場を見つけて犬をけしかけてやる」
プライドは有言実行の女。忠実なる愛犬にボビーをくまなく尾行させる。ほどなくして、その時がきたことを愛犬が教えてくれる。
「行くわよ」
現場をおさえてギタギタにしてやるんだから。
あらゆる武器や道具を身につけ、愛犬と共にピンク髪の屋敷に忍び込んだ。
ここですぜ、と愛犬が教えてくれたドアを思いっきり蹴破る。バーンと激しい音を立てて扉が吹っ飛んだ。
「キャッ」
中から小さな悲鳴が上がった。
部屋に入ると、ベッドの上で抱き合うボビーとピンク。
プライドはふたりに剣を向けた。
「なーにがキャッだ。人の婚約者に手を出しておきながら、ブリッコしてんじゃないわよ」
「ヒッ」
ピンクはブルブル震え、涙をこぼす。ボビーはベッドの上で土下座をする。
「プライド、違うんだ、これは」
「よくもぬけぬけと。現場をおさえられてまだしらばっくれるつもり? 許せない。私という素晴らしい婚約者を持ちながら、こんなみえみえのあざとゆるフワ頭からっぽ女と浮気するなんて」
プライドはガラス瓶を窓に投げる。ガラス瓶が割れ、中の液体があたりに飛び散る。プライドはマッチをすって、カーテンに投げた。
「キ、キャー」
カーテンが燃え始め、ピンクが甲高い悲鳴を上げる。
「なにごとだ」
中年の男女が、かつて扉があったところで呆然と立ち尽くしている。とても間抜けなパジャマだし、表情もアホっぽいふたりだ。
「あら、ピンクのご両親かしら? 私はプライド。あなたの娘が寝とったボビーの婚約者です」
「なっ」
絶句するふたりにガラス瓶を投げようと構える。
「生産者責任を取ってもらおうかしら。あなたたちの躾がなってないせいで、私の心はズタズタよ」
流れ落ちた涙をプライドは手の甲で拭った。
愛犬があんぐりと口を開ける。馬より大きな犬の食べちゃうぞ仕草は、その場にいるプライド以外の人間を震え上がらせるのに十分だった。
「ゆ、許してください。なんでもします」
ボビー、ピンク、ピンク両親がその場で這いつくばる。
プライドは、順番に、時間をたっぷりかけて四人を踏みつけていった。
ほんの少しだけ気分が晴れた。
***
パチン。部屋に平手打ちの音が鳴り響く。
「バカ。バカバカ」
「ごめん、プライド。愛しているのは君だけなんだ。信じてくれ」
「あんなピンクに鼻の下を長くするなんて。この、浮気男」
「ごめん、プライド。君を傷つけた。許してくれ」
「許すわけないでしょう」
「頼む、なんでもする。この通り」
ボビーが何度目かの土下座をした。
プライドは恨めしい目でボビーの後頭部をにらみつける。
「なんでもするって、なんでも?」
「なんでもします。本当に」
「王家御用達の高級店で好きな物なんでも買ってくれる?」
「買います買います」
「私の好きなところを毎日百個言ってくれる?」
「言います言います」
「もう私以外の女は視界に入れないって誓える?」
「誓います誓います」
「その二回言うやつ、誠意が感じられない」
「ごめんごめん」
「はあ、いったい何を見せられているのか。プライド、ボビー、イチャイチャはそのあたりで終わりにしろ」
扉が開いて、呆れた表情の青年が入って来る。
「殿下」
プライドとボビーはすぐに姿勢を正した。
「ふたりとも、よくやってくれた。助かったぞ」
「証拠は見つかりましたか?」
プライドが問うと、王子は爽やかな笑顔を見せる。
「ああ、見つかった。プライドが大騒ぎしている間に、手の者たちが屋敷を調べ上げた。疑っていたことが概ね当たっていたようだ」
「それではやはり」
「ああ、ピンク髪は私の側近を誘惑し、最終的には私の妻になる目論見だったようだ。側近たちの詳細な資料と攻略計画が金庫に入っていた」
「んまあ。なんておバカさんでしょう」
「そうだな。だが、その動かぬ証拠によってピンク髪一家を断罪することができる。プライド、ボビー、ふたりのおかげだ。私の無茶ぶりに、捨て身の覚悟で応えてくれた。ありがとう」
「殿下にそう言っていただけると、がんばった甲斐がありました」
「殿下とプライドのためなら、土下座の百や二百、軽いものですよ」
ははは、とボビーがやや乾いた笑いを漏らす。
「なんなりと褒美をつかわす。望みを言ってみよ」
王子の言葉にプライドは満面の、ボビーは引きつった笑みを見せた。
***
王都の劇場は今日も人がごった返している。絶賛上演中の舞台が大人気なのだ。
「はああ、ドキドキしましたわああ」
「もう、どうなるのーって、手に汗握りましたわああ」
「浮気男、許せない、最低ーって思いましたわよね」
「ざまあする場面で胸がスーッとしましたわよね」
「わたくしも、浮気されたら踏みつけてやりますわ」
「あら、それには犬の協力が必要でしてよ。我らは非力ですもの」
「そうですわね。実はわたくし、気に入った犬を見つけましたのよ」
「まあ、わたくしもですわ」
「奇遇ですわ、わたくしもですわ」
「ちっとも奇遇ではありませんわ。王都では犬を相棒に持つことがステータスになっておりますもの」
「素敵な取り組みですわよね。野良犬を保護して、きっちり訓練をしているのですってね」
「犬だけでなく、飼い主も訓練を受けるところが新しいですわ」
「犬と信頼関係を結ぶには、わたくしたちがきちんと犬と向き合わなくてはならないのですわ」
「わたくし、愛犬と走ったり散歩したりできるよう、体力作りに励んでいるところですの」
「さすがですわ。共に過ごす時間が愛犬との結びつきを強くするんですものね」
「わたくしも、がんばりますわあ」
「そうですわ、頼れる愛犬がいれば、浮気防止になりますものね」
「ね」
ほほほフフフと令嬢たちは朗らかに笑いあい、後方では令息たちが苦笑いをしている。
「あ、このチラシ、いただいて帰りましょう。他国の友人から頼まれましたのよ」
令嬢はチラシを手に取った。
『私たちに明日はある。ボビー&プライド』というタイトルの下には、ピンク髪女を踏みつける令嬢、情けない顔をした令息、口をあんぐり開けた犬の絵が描かれている。
「ああ、ここですわ。わたくしが通っている犬と飼い主の訓練所」
「気が合いそうな犬を見つけてくださるのよね」
「なんでも、王子殿下の側近が始められた事業だそうですわ」
「まあ、だからこんなに大きく宣伝が載っていますのね」
チラシの下部分に訓練所の情報が掲載されているので、かなり目立っている。
「わたくし、すっかりボビーとプライドのファンになってしまいましたわあ」
「続編は出るかしら?」
「まあ、ということは、またボビーが浮気するのかしら?」
「それをプライドが見つけてハチャメチャに暴れるのかしら?」
「楽しみですわあ」
令嬢たちはうっとりと続編について思いを馳せる。
その王国は、今では犬の王国と呼ばれている。野良犬は保護され、治安がよく、男たちは浮気しないと評判だ。
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