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第十八話:『借り物の血脈――銀幕の天才、その虚無(中編)』

 湊とリリは互いの手を強く握り、極限の〈遺品感応〉を通じて、雷蔵の記憶の最深部へと深くダイブした。


 目を開けると、そこは活気に満ちた「大映京都撮影所」の、嵐のような喧騒の幻影だった。

「カアァン!」と乾いたカチンコの音が鳴り響き、遮光されたスタジオの中に強烈な照明が焚かれる。その目も眩むような光の真ん中に、カメラの前に立つ市川雷蔵の姿があった。撮影されていたのは、彼の代名詞とも言える時代劇――『眠狂四郎』の、あの張り詰めた一幕だった。


 長い静寂の中、雷蔵はピタリと動きを止め、静止した完璧なポーズから、流れるように円を描く見えない刃――「円月殺法」を鮮やかに繰り出した。

 その瞬間、湊とリリの脳裏に、彼がこの役に込めた身を切るような「強烈な情念」が、冷たい濁流となって一気に流れ込んできた。


 眠狂四郎は、棄教した外国人神父と日本人の娘の間に生まれ、自らの忌まわしい出自を呪いながら虚無を生きる剣客だ。

 そして雷蔵自身もまた、決して消すことのできない、自らの「呪われた出自」へのコンプレックスに身を焼き焦がしていた。


「何千、何万の観客が私を観て喝采を送る。だが、彼らが観ているのは『市川雷蔵』という偽りの看板だ。衣装を脱ぎ、おしろいを落とした鏡の中の私は……一体、誰なのだ。私は、何者でもない……」


 感応を通じ、若き日の雷蔵に向けられた、歌舞伎界の冷酷な視線がフラッシュバックする。

『所詮は弟子上がりの養子だ』『あの男には、市川の本当の血など一滴も流れていない』――。

 伝統と血統という「血」の価値が絶対視される歌舞伎界において、どれほど血の滲むような努力で型を極め、圧倒的な実力を示そうとも、本物の御曹司には決して越えられない理不尽な壁があった。借り物の血脈しか持たない自分は、どれほど拍手を浴びても「偽物」として囁かれる。帰るべき本当の居場所など、この世界のどこにもないという、底知れぬ劣等感とアイデンティティの喪失。


「彼は……自分自身の劣等感と、どこにも行けない孤独を、狂四郎の虚無にそっくり重ね合わせていたんだわ」


 リリが痛切に息を呑む。

 彼が体現した狂四郎の、この世の者とは思えないほどの虚無感と静寂の美しさ。それは、歌舞伎界で味わった門閥外としての絶望を、あらかじめ決められた伝統のレールではなく、自分自身の肉体一つで映画という新たな芸術へと昇華させた、不屈の証明だったのだ。


 記憶の風景が、眩暈を覚えるほどの速さで目まぐるしく切り替わっていく。

 市川崑監督の『炎上』で、吃音に悩む学僧の生々しい苦悩と、内なる炎を爆発させる姿。増村保造監督の『陸軍中野学校』で、個人の名前も感情も、愛する者すらすべて捨て去り、国家の影として生きる冷徹なスパイの姿――。


 リリは確信する。彼は、養父の強烈な影から、そして寿海の操り人形としての自分を消し去るために、映画の中で数え切れないほどの「仮面」を被り続けていたのだ。そうして他者を演じることで、逆説的に『太田吉哉』という、自分自身の本当の輪郭を探し求めていたのだと。

 映画という表現の荒野において、彼は誰の所有物でもない、ただ一人の気高き表現者として確かに立っていた。


 しかし、その「個」の輝きをようやく確立しかけたその時、鮮やかだった記憶の風景は唐突に、冷たく無機質な病室へと暗転した。


 一九六八年、直腸癌の発症。

 激しい腹痛に身体を激しく歪め、脂汗を流しながらも、這うようにして撮影現場へ向かおうとする壮絶な姿が映し出される。


「まだ……俺は、俺自身の人生を、何者でもない俺の映画を、生き切っていない……!」


 三十七歳というあまりにも若すぎる年齢で、運命から死を余儀なくされた、底知れぬ無念と絶望。

 彼を今なおこの世に縛り付けているのは、伝統への未練などでは決してなかった。養父の影からようやく逃れ、自分の意思で選び取った「映画俳優・市川雷蔵」としての人生を、最後まで走り抜けられなかったことへの、強烈な悔恨だったのだ。


「リリさん、戻りましょう。彼を縛る鎖を断ち切る『剣』は、もう見つけました」


 湊の静かだが確信に満ちた言葉に、リリは力強く頷いた。

 二人は、雷蔵が映画の中で自らの手で確かに掴み取った「個の輝き」をその胸に深く抱きしめ、寿海の影が暴れ狂う、現実の骨董店へと帰還を果たした。


(第十八話【後編】へ続く)

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