第11話 逆探知
「……送信経路、逆探知開始」
ナイレンの目が、魔力波形の記録を追う。瞳が細まる。
彼は椅子に座る。背筋を伸ばす。深く息を吸った。
吐く息が、机の上の埃を微かに揺らす。
夜の工房は静かだ。魔力供給ステーションの低い唸りだけが響く。
まずは送信信号の抽出だ。ナイレンは魔導計測装置のダイヤルを回す。
指先に、微かな抵抗が伝わる。装置が起動する。
「周波数帯域……特定」
耳の奥で、信号のノイズが聞こえる。高周波の軋み。
彼は記録用紙に波形を書き写す。ペン先が滑る。
線が乱れる。一度、手を止める。
手の平に汗が滲む。皮膚が冷たい。
「焦るな」
自分に言い聞かせる。声は乾いている。
再びペンを握る。今度はゆっくり、確実に。
波形が複雑だ。複数の信号が重なっている。
「……暗号化か」
歯を噛む。王国がそこまでするとは。
解析は進む。時間の感覚が薄れる。
「……送信先の座標、特定まであと一歩」
彼は魔導制御ユニットに手を伸ばす。指が震える。
ユニットが反応する。青白い光が、部屋を照らす。
「……王都の、中央ギルド塔」
呟いた言葉が、部屋に落ちる。
確信が、冷たい鉄塊のように胸に沈む。
「……終わったな、オルディア王国への信頼は」
声は渇き切っている。しかし、心は静かだ。
裏切りの痛みよりも、覚悟の重さが勝る。
ナイレンは記録をまとめ始める。手は迷いなく動く。
これで、守るべきものと、捨てるべきものがはっきりした。
窓の外で、夜明け前の風が吹く。
工房の魔導灯が、微かに明滅する。
彼は設計図から目を離す。魔導灯が、机の上だけを照らす。
「……よし」
椅子を引く音が、闇を切り裂く。膝が軋む。
暖炉の火が消えかかる。
灰の中に、旧い日記の残骸が黒く蹲る。
彼は立ち上がる。足取りは重くない。
部屋の隅の簡易ベッドへ、歩みを進める。
窓の外、共同体の灯りが次々と消える。
最後の一つの光が、遠くで瞬く。それから闇。
身体を横たえる。マットレスが沈む。
背骨の一つ一つが、硬い面を感じる。
天井を見つめる。梁の影が、闇に溶ける。
「明日は、査察が始まる」
声は出さない。唇だけが動く。
「恐れるものは、何もない」
その言葉を、肋骨の内側で繰り返す。
目を閉じる。瞼の裏が、真っ暗だ。
一日の光景が、逆巻くように流れる。
設計図の線。暖炉の炎。共同体の灯り。
すべてが、遠ざかる。水底へ沈むように。
「守り抜く」
最後の思考が、意識の縁を滑り落ちる。
呼吸が深く、規則的になる。
闇がすべてを包む。
鋼刃の谷の夜は、静寂に満ちている。
彼は眠りに落ちた。
明日の戦いへ向けて。
(第一章「発覚」完)




