第八話 職人ってやつはどこにいてもそう変わらない
防具の入った木箱を抱えて家を出た俺たちは、朝食を取るために大通りにある広場にやってきた。この辺りには屋台がたくさん並んでいて、ギルドに行く前の冒険者が寄っていく定番スポットらしい。実際、早朝にもかかわらず広場にはたくさんの屋台が並び、あちこちで食事をする人がいた。
「あそこは肉串がおすすめで、こっちはパンが美味しいんですよ!」
イリスが屋台についてあれこれと説明してくれるのを聞きながら、何を食べようかと相談していると後ろから「おいッ!」という声が聞こえた。振り返ってみると木のお椀を片手にこちらを睨むレオンがいた。
「なんで朝から二人でいるんだよッ!」
どう見ても怒っているレオンになんと説明しようかと思っていると、イリスが「昨日はうちに泊まってもらったんです」と言い出してしまった。
「なッ!?おいッ!どういうことだよッ!!」
イリスの言葉に一瞬目を剥いたレオンだったが、すぐにすごい剣幕で俺に詰め寄ってきた。俺としてはイリスに押し負けただけでやましいことは何もないのだが、彼は俺の言葉も聞かず、遂には「クソッ!」と言って持っていたお椀を地面に投げつけて駆け出していってしまった。それを見て屋台から「コラッ!クソガキッ!!」という怒鳴り声が飛ぶ。
「お、おいッ!」
駆け出したレオンの背中に声を掛けたが、彼は人波を押し退けるようにして走り去ってしまった。仕方なく地面に転がったお椀を拾う。よかった。割れてはいないようだ。
「なんだったんでしょう?」
イリスはレオンの態度に困惑しているようだった。
(あんなに分かりやすいのに……いや、案外自分のことは気づかないのか?)
あれだけアピールしているレオンが少し気の毒になってくるが、だからと言って自分を敵視してくるのは勘弁してほしい。
「な、なんなんだろうねぇ~?」
イリスの言葉にとぼけながら拾ったお椀を先ほど怒鳴り声を上げていた屋台に持っていった。屋台の親父さんに返しつつ、なぜか俺がペコペコと謝罪する。親父さんは「兄ちゃんが謝ることじゃねぇよ。それにしてもあのクソガキッ!」と言ってもらえたが、さすがに申し訳ない。朝食もまだなことだし、イリスにここで朝食にしないかと提案してみると「いいですね!」と言ってくれたので親父さんに二人分の料理をお願いする。親父さんは「あいよッ!」という威勢のいい声とともにお椀に鍋の中のものを注いでくれた。
ここはシチューの屋台だったようで、渡されたお椀の中にはゴロゴロと大きく切られた野菜がスープに浮いていた。お椀と一緒に渡された木のスプーンを使ってシチューを一口口に運ぶと優しい味が口いっぱいに広がる。
「もう!なんでレオンはいつもああなんでしょう?せっかくセイマさんと楽しく朝食だと思ったのに!」
シチューを口に運びながらプリプリ怒っているイリスの愚痴に付き合う。どうやら彼は普段からあんな感じみたいだ。イリスの話では時折「僕が主人公のはずだろ!」とか「なんでもっと僕を目立たせないんだ!」とかブツブツとつぶやいているらしいことが分かった。
(やっぱり彼も勇者候補なのか?それじゃあ“レオン”って名前は……)
イリスから出てくるレオンのエピソードを聞いていると自分の黒歴史を思い出してなんだか体がムズムズしてくる。どちらにしても彼には要注意だ。
シチューを食べ終えた俺たちは親父さんに「ご馳走様」と言ってお椀とスプーンを返却した。紙皿なんてないこの世界ではこのスタイルが普通らしい。
「それじゃあ工房に行きましょうか!」
愚痴を言って満足したのか、機嫌が直ったイリスは笑顔でそう言うので工房というのがどこにあるのかを聞いてみると冒険者ギルドの裏だという。なんでも冒険者ギルドの裏通りは工房が集まっていて“工房通り”と呼ばれているそうだ。
イリスと話しながら数十分、ギルドの裏通りが近付いてくるとあちこちの建物からモクモクと煙が立ち昇るのが見えてきた。それに合わせて「カンッ!カンッ!」と金属を叩くような音や怒鳴り声が響いてくる。
「もう少し奥に行くとお父さんの頃からお世話になってる工房があるんですよ!」
工房通りを歩きながらイリスが説明してくれた。どうやら目的地はそこらしい。工房には直接販売や製作依頼を受けてくれるところもあれば、商会と契約して商品を卸しているところもあるそうだ。その話を聞いて近くの工房を覗いてみると、確かに店舗みたいに商品を並べている工房もあれば直接作業場に繋がっている工房もあった。
工房通りの端近くまで来たところでイリスが足を止めると、「私がいつもお世話になってるのはこの工房ですよ。オグズ親方ー!」と言って工房の扉を開けた。工房入り口には『ローダン工房』と書かれた看板が掛けられている。
(今更だけどなんで読めるんだろう?)
アルファベットと記号を組み合わせたような不思議な文字を前にして首を傾げる。読めるどころか実際にいろんな申請書とかで書いたりもしてるんだけど原理が全然分からない。
「セイマさん?どうかしましたか?」
ついつい看板の前であれこれ考えていると工房の入り口からイリスが顔を出した。なかなか入ってこない俺を不思議に思って様子を見にきてくれたみたいだ。俺は深く考えても答えなんて出てこないだろう思考を打ち切って、軽く謝りながら工房に足を踏み入れた。
どうやらこのローダン工房は店舗型の工房らしい。中には所狭しと剣や防具が飾られていた。実用性重視なのか飾り気のない商品が多い。そんな商品の間にガタイのいい眼光鋭いおじさんが立っていた。俺のことをねめつけるように上から下までジロリッと見ている。
「セイマさん、紹介しますね!こちらがいつもお世話になっているこの工房の主のオグズ親方です!オグズ親方、こちらが先ほどお話ししたセイマさんですよ!」
イリスが紹介してくれるのに合わせてペコリと頭を下げるのだが、オグズ親方と言われたおじさんは険しい表情のまま「おう」と言うだけだった。
(えっ!?なんか怒ってる?)
あまりにも不愛想な反応に何か怒らせるようなことでもしたのかと心配になるが身に覚えがない。そもそも今工房に入ったばかりだからあるわけないんだけど……
「もう!親方!そんな怖い顔で睨んじゃダメでしょ!お客さんなんですよ!!」
(イ、イリス!そんなこと言って大丈夫なのか!?)
戦々恐々としているとイリスが腰に手を当ててオグズ親方に説教を始めた。するとハラハラしている俺をよそにオグズ親方は「い、いや、嬢ちゃん、俺はこういう顔なんだが……」と困ったような顔をしてタオルのような布を巻いた頭を掻き始めた。
「兄ちゃん……セイマだっけか?おめぇも悪かったな!」
イリスに説教されたのが効いたのかオグズ親方が頭を下げるので俺は慌てて気にしていないことを伝えた。それを見たイリスはなぜだか満足そうに胸を張っていたのだが、オグズ親方が「しかし、嬢ちゃんもついに俺に男紹介する歳になったのか」としみじみ言い始めたところで慌てて否定し始める。
(ミレリアといいソニアさんといい、意外とイリスは弄られキャラなんだな)
しっかりしたいい娘なんだけどそれが揶揄わる原因かも、なんて思っているとイリスを揶揄って笑っていたオグズ親方が「それで今日はどうした?」と用件を尋ねてきた。
「もう!そうやってはぐらかしても許してあげないんですからね!セイマさん、親方にあれを渡してください」
顔を真っ赤にして怒ってるんだか照れてるんだか分からないイリスに促されて、持っていた木箱を親方の前に降ろす。木箱を開けた親方は「おめぇ、これは……」と言って一瞬言葉を詰まらせたが、イリスは気にした様子もなく俺用に調整してほしいと告げた。
「おいおい、いいのかよ?ソニアには許可もらってんのか?」
どうやら親方も事情を知っているらしい。いや、イリスの父親の頃から世話になってるって言ってたから知ってて当たり前か。
オグズ親方にソニアさんから許可をもらっているのか確認されたイリスは、ちゃんとソニアさんも了承していると答えた。その答えを聞いた親方は「分かった。じゃあ坊主、こっち来い」と俺に奥に来るように言う。
言われたとおり奥に行くと体のあちこちを採寸された。それにしてもオグズ親方はデカい。身長だけでも俺より頭二つ分近くデカいのに厚みもすごい。二の腕なんてイリスの腰くらいあるんじゃないかという太さだ。それに加えて厳つい顔をしてるもんだから迫力があるなんてもんじゃない。分かってても採寸中はびくびくしっぱなしだった。
「おいっ!誰かこれ奥に運んどけッ!」
採寸が終わったところで親方が奥に向かって大声を張り上げた。すると奥から汗だくの若い男が出てきた。この工房で働く親方の弟子らしい。俺は軽く会釈をする。彼は親方に言われるまま俺が持ってきた装備一式が入った木箱を持ち上げると奥へ戻っていった。
「で、用事はこれだけか?ん?おめぇちょっとその腰の剣見してみろ」
弟子が木箱を運んでいくのを確認したところでいきなりそんなことを言われた。俺はよく分からないままにベルトから鞘ごと剣を抜くと親方に手渡す。親方は受け取った剣を鞘から抜くと真剣な表情で観察し始めた。
「おめぇ、この剣最後に使ったのいつだ?」
「えっ?昨日ですけど……」
突然そんなことを聞かれたのでおっかなびっくり答えてはみたものの何かあるんだろうか?俺が不思議に思っていると「芯に変な癖がついてやがる。おめぇ、あんま剣は得意じゃねぇのか?」と言われた。いい感じに振れたと思ったんだけどなぁ……素振りでは……
「うーん。どこで手に入れたのか知らねぇがお前さんにゃこの剣は合ってねぇみてぇだな」
親方の言葉にへこんでいると自分に合ったものへの買い替えを勧められた。剣にも合う合わないってあるんだな。でも、予算が……
「親方―ッ!」
あまり財布に余裕がないという話をしているところに、慌てた様子でさっき木箱を運んでいったのとは別の男が奥から飛び出してきた。親方は溜息を吐きながら「どうしてぇ?」と言いながら男に近付いた。
俺たちから少し離れたところでしばらく何やら話し合っていた二人だが、突然「なんだとォッ!」という親方の怒鳴り声が響き渡った。可哀そうに男はすっかり怯えて平謝りしている。俺とイリスは顔を見合わせた。
「あ、あの……親方、どうかしたの……?」
「おん?あ、ああ、すまねぇ。突然大きな声出しちまって……」
イリスがおそるおそる話し掛けると親方はバツの悪そうな顔を突然大声を出したことを謝った。そこでイリスがもう一度何があったのかを聞いてみると、どうやら弟子が素材の発注をミスったらしく、本来は少量の発注でいいはずの素材が大量に納品されてしまったそうだ。
「何の素材?」
「切裂蟹だよ……ったく、あんなもん大量に納品されても使い道ねぇぞ」
「あちゃ~。確かにそれは使い道ないね」
何やらよく分からない会話が続いている。切裂蟹ってクリーチャーの素材が予定よりも多く納品されたのは分かったけど、そもそも使い道がない素材を注文するってどういうことだ?
「あの……どういう話なんでしょうか?」
さっぱり事情が呑み込めないので説明をお願いしてみた。どうやら切裂蟹というのは小さな体で両手が鋏じゃなくて大きな鎌になっている蟹のクリーチャーらしい。鎌自体は武器の素材としてそれなりに需要があるみたいだけど、それよりも食用として人気なのだそうだ。
ただ、この蟹、かなり厄介みたいで加熱すると並みの金属より硬くなるらしく、討伐するときに火を使ってしまうと途端に身が取り出せなくなってしまうそうだ。そんな性質なので買取価格の割に冒険者からの人気は低く、需要と供給が全く噛みあっていないのだとか。
それだけ聞くと武具の素材として人気がありそうなんだけど、加工中に火を使った途端、硬過ぎて加工不能になってしまううえに、鎌以外は小さ過ぎて複数を繋ぎ合わさないと使えない鍛冶師には不人気な素材だそうだ。
「えっ?じゃあなんで仕入れるんですか?」
普通に考えればそんな扱いにくい素材を仕入れる必要はないと思うんだけど、なんでも熱して砥ぎ石として使用しているらしい。研ぎ石だから頻繁に取り換えることもないので精々一回の仕入れで注文するのは十杯程度らしいのだが、今回は間違えて百杯が納品されてしまったそうだ。そのうえ、鮮度の問題もあるので返品もできないという。
「そこまで高いもんじゃねぇのが救いだが、大量に廃棄が出ちまう。っんとにどうしようもねぇなぁッ!」
親方が弟子を見ながら吐き捨てるように言うもんだから、彼はすっかり縮こまってしまっている。
(ミスったとはいえ、さすがに可哀そうだなぁ。でも、使い道がなぁ……って、待てよ)
「あぁん?粉末にした切裂蟹を剣に吹き付けてから焼き入れしたらどうかって?無理無理。確かに強度は出るだろうがそれじゃ剣じゃなくて鈍器だろう。そもそも砥ぐのに時間は掛かるし、素の剣の強度が足りねぇよ」
思い付きで蟹を粉末にして剣をコーティングしたらどうかと提案してみたら、あっさり却下されてしまった。さすがに俺の考えつくようなものをプロが思い付かないわけないか。いや、でも……
「はぁッ!?薄い片刃の剣だぁ?そんなもんすぐ折れちまうだろうが!」
次に俺が提案したのは所謂“刀”だ。確か何かで刀は硬い鉄の芯を柔らかい鉄で包むことで『折れず、曲がらず、よく切れる』と言われるようになったと聞いたことがある。この芯の部分に切裂蟹の粉末を吹き付けてから焼いた鉄を使えばいいのではないかと思ったのだ。親方には即却下されたけど、どうせ廃棄する素材なんだからもう少し粘ってみよう。
「俺が昔聞いた話では硬い鉄の芯を柔らかい鉄で包むで鍛えると折れない、曲がらない、よく切れる剣ができるらしいんですよ。それにクリーチャーの素材なら魔力の伝導率も高くなると思うんですけど……どうせ捨てる素材なら試してみませんか?」
正直、最後の魔力伝導率云々は本当かどうか知らない。そもそもクリーチャーは動物が濃度の高い魔素を溜め込んで生まれたってことだから間違ってはないと思うけど。
「はあー。分かったよ。確かにどうせ捨てるもんだしな。試しに造ってみてやるよ」
俺があまりに熱弁したからかとうとう親方が折れた。まあ、『折れた』っていうよりも呆れたというほうが近い気もするけど……
親方が「いつできるかは約束できねぇぞ!」と言うもんだから、結局それまで使用する剣を買わなくちゃいけなくなった。今まで使っていた剣を下取りしてくれると言うので、とりあえず安い数打ちの鋳造品の中から俺に合っているものを選んでもらった。いくらか安くなったとはいえ、手痛い出費であることに変わりはない。出費で頭を抱えていると親方に鼻で笑われた。
「はんッ!そんなに金がねぇなら『マーケット』にでも行ってみたらどうでぇ?」
「マーケット……ですか?」
また知らない単語が出てきた。マーケットっていうくらいだから市場か?首を傾げていたらイリスがマーケットについて教えてくれた。マーケットというのは毎週南門近くでやっている所謂フリーマーケット的なものらしい。意外と掘り出し物が見つかることもあって、極稀にだけどオークションに出すと数十倍の値が付いたなんて話もあるそうだ。
「マーケットですか!いいですね!」
なぜか俺以上にイリスが乗り気になっている。確かに新品を買うよりは安く済むかもしれない。「武具なら調整してやるから持ってこい」という親方に見送られて俺たちは次の目的地であるマーケットを目指してローダン工房を後にした。
次回の更新は12/27(土)21時の予定です。




