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【勇者ゲーム】Fragments:13 —13人の勇者候補は願いを叶えるため異世界で殺し合う—【リメイク】  作者: 玄野 黒桜
第一章 知らない空が現実(きょう)になる

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第七話 ここにもある当たり前の営み

 今日出会ったばかりの年下と思われる女の子から家に泊まりに来ないかと誘われる……うん、自分でも何を言ってるのか分からない。


「さすがにそこまでしてもらうのは申し訳ないよ!どこか手頃な宿を紹介してくれればいいから!」


 もしかするとこの世界は意外と貞操観念が緩いのかもしれないが、さすがにいきなり年下の女の子の家に泊まりに行くほど無節操ではない。俺はイリスの提案をやんわりと断ったのだが……


「でも、これから冒険者として活動するなら装備も揃えないといけないですよね?それなら今は少しでもお金は節約できたほうがよくないですか?」


「うっ!」


 イリスにあっさり言われて言葉に詰まる。俺は自分とイリスの恰好を見比べてみた。動きやすさを確保しつつもきちんと守るべきところは革鎧を身に着けているイリスに対して、俺の恰好はよく言えば旅装だが、言ってしまえばただの分厚い服だ。装備らしい装備といえば腰の剣と数本のナイフのみ。今にして思えば、我ながらよくこれで森山猫(フォレストリンクス)に向かっていったなと感心を通り越して呆れるばかりだ。


(た、確かにこの恰好で探索とか死にに行くようなもんだよな……)


「えっと……ちなみに装備の相場っておいくらくらい……?」


 なんとなく自分の財布の中身を想像しながらおそるおそるイリスに尋ねた。彼女は俺の質問に少し考える素振りを見せると「どこまで揃えるかにもよりますが」と前置きしたうえで、「革鎧だけなら銀貨二枚くらい~、ですかね」と答えた。


(高ッ……いのか……?いや、それなりのブランドの服なら元の世界でもそのくらいするか?)


 いまいちこの世界の金銭感覚では実感しにくいけど、銀貨二枚なら日本円にするとだいたい二万円前後だ。まあちょっとしたブランドの服ならそのくらいの値段がしてもおかしくはない。ただし、よくよくイリスの言葉を考えてみると、最低ラインの革鎧だけでこの値段なのだ。一式揃えようと思うといくらくらいかかるのか考えたくもない。


 ちなみに一応宿に泊まった場合はどのくらいが相場なのかも聞いてみた。イリスはこの街の出身なので実際に経験したわけじゃないそうだけど、周囲の冒険者の話を総合すると一般的な宿の素泊まりで一泊大銅貨三枚~四枚らしい。


「でも、新人さんが毎日そんな宿を使ってたらすぐにお金が底をついちゃいますけどね……」


 イリスはそう言うと続けて新人冒険者について教えてくれた。


 ウィーレストは“冒険者の街”と呼ばれているだけあって俺のように——本当は違うけど——周辺の街から一攫千金を夢見て集まってくる若者が多いらしい。そんな若者たちなので当然だけどそんなに裕福なはずもないので、最初に利用するのはスラムなどにある木賃宿なのだという。


 イリスの話ではウィーレストにもそれなりの規模のスラムが存在するそうだ。主な住人は貯蓄もなく怪我や病気などの事情で冒険者を続けられなくなった人、最下層の娼婦や孤児みたいだが、そういうエリアは想像どおり、物価は安いが治安も悪い。


 そんなエリアにある宿だから宿泊費は一泊で銅貨五~七枚程度と安いが、大部屋で雑魚寝なうえ、荷物の盗難なんて日常茶飯事だそうだ。新人ができる依頼なんていうのは街での雑用か周辺で雑魚クリーチャーを狩って素材を剥ぐか薬草を採集するくらいしかないというのが相場だ。そんな依頼で稼げるのは頑張っても一食分の食費と最低限の宿泊費程度、装備を揃えるなんて夢のまた夢。結果として不十分な装備で無茶をして冒険者を続けられなくなるか、最悪は命を落とす。そうでなくてもなかなかランクを上げられないまま、ズルズルと底辺生活が続くだけの冒険者に終わってしまうのだという。


 実際、今の俺の財布の中にあるのも合計で銀貨二枚分になるかどうかの金額しかない。この金額だと一般的な宿になど泊まろうものなら、飲まず食わずでも四~五日で有り金が底をついてしまう。とてもではないが呑気に「装備を揃えてから本格的に活動を始めよう」なんて言える条件ではない。


(問題はある。というか、問題しかないんだけど背に腹は代えられないか……)


 結局、俺はここでもイリスに押し切られる形で、今晩は彼女の家に泊めてもらうことにした。


 街に入る前にも少し聞いていたがイリスの家は街の西側にあるというので、俺たちは街に入った北門から西に向かって歩いていた。俺自身、ようやく異世界ではじめての街に来たという高揚感も落ち着いてきたので、幾分冷静に街中を観察することができた。


 よく見ると第二外壁沿いに背が高い建物が立ち並んでいる。今いるメインストリートらしい大通りには高くても三階建てまでなのに対して、第二外壁沿いの建物は四~五階建てが多いようだ。


「あの高い建物ですか?あれは集合住宅ですよ」


 イリスにあの建物が何なのかを尋ねるとそんな答えが返ってきた。つまりはマンションやアパート、もしくは団地みたいなものらしい。彼女の家もあの辺りにあるそうだ。彼女の話では冒険者の割合が多いウィーレストでは、普通の住宅よりもああいった集合住宅が一般的なのだそうだ。


 体感では三十分ほど歩いただろうか。俺たちは遠くに見えていた集合住宅の間を歩いていた。


 遠くから見ていたときは分からなかったが、実際に近くで見てみると俺が知っているマンションやアパートとは違うみたいだ。


 とくに特徴的なのが各建物の脇に必ず大きめの東屋のようなものが建っていることだ。今はそこに女性がたくさん集まっていた。付近には食べ物のいい匂いが漂っている。時折中から煙が出ていたギョッとするのだが、女性たちにはとくに慌てたような様子が見えない。不思議に思ってあそこが何なのかをイリスに聞いてみると「あの煙が出てる建物ですか?あそこは竈ですよ」という答えが返ってきた。


 竈と言われてもいまいちピンとこない。いや、竈は何であるかは分かるんだけどなんであんなところに竈があるんだろうか?


「ああっ!外から来たセイマさんには馴染みがないかもしれないですね。集合住宅の部屋には竈がないんですよ」


 俺の反応からさっきの説明では不足だと思ったのかイリスが補足で説明してくれた。


 なんでも集合住宅の中には火事を防止するために所謂キッチンが設けられていないそうだ。ウィーレストでは惣菜を販売しているお店が多くあり、住民は自分たちで容器を持っていって購入することが多いらしい。ただ、家庭で全く料理をしないという訳でもないので、そういったときに利用するのがあの野外キッチンなのだそうだ。女性たちが多く集まっているのもちょうど今が夕食の支度時だったからみたいだ。


「ここです」


 見慣れない光景に驚いている間にイリスの家に着いたらしい。言われた建物は周りと同じような四階建てだった。ウィーレストに多い石と木でできた建物だった。一階だけで十戸以上あるみたいだ。


 イリスの家だという集合住宅を見上げていると、彼女は「うちは三階なんです」と言って石造りの階段を上り始めたので俺も慌てて後に続く。


階段の壁には等間隔でランプが取り付けられているが足元はかなり薄暗い。元の世界なら怪談の舞台になりそうな不気味さだ。各階の出入り口が近付くと薄っすらと外からの光が差し込むのが見える。ダンジョンの中にいるような気分になってきた。


 階段から三階の廊下に出たんだけど、まるで学校の廊下みたいだった。元の世界みたいに手摺付きの屋外廊下じゃなくて壁に囲まれた室内廊下。内側にはいくつも扉が並んでる。外側には明かり取りなのかいくつも小さな窓があって、向こう側が見えない気泡だらけのガラスがはまっていた。


 イリスの後に続いてそんな廊下を歩いていくと、彼女はちょうど真ん中の扉の前で立ち止まった。イリスは「ここが私の家です」と言いながら懐に手を入れる。出てきたのはおとぎ話に出てくるようなアンティークな鍵だった。よく見ると鍵には長い紐が付けられていて普段は首からぶら下げているようだった。


 彼女はその鍵で玄関を開けると「お母さん!お客様だよ!」と家の中に声を掛けてから、俺に「どうぞ」と言って家の中に入るように促してくる。


(いやいやいやいや!いきなりお母さんって嘘でしょッ!?)


 やましいことなんて一つもないはずなのに俺は内心で冷や汗を流しながら小声で「お、お邪魔しま~す……」と言って家の中に入った。


「私は部屋で着替えてきますので先にリビングに行っておいてください」


 家に入るなりそう言ったイリスは「廊下のつきあたりがリビングですから!」という言葉を残して玄関に近い部屋の中に入ってしまった。


(どうすれば……)


 廊下に一人取り残されて途方に暮れる。落ち着かなくてキョロキョロと周りを見ればイリスが入っていった部屋以外にも扉が二つあるのが分かった。


(と、とりあえずリビングに行ってみるか……?)


 さすがにいつまでもイリスの部屋の前で立ち止まっているわけにもいかない。俺は諦めて言われたとおりに廊下の奥の部屋に向かった。


 廊下の奥にあったのは八畳くらいの部屋だった。部屋の奥には小さなガラスがいくつもはめてある両開きの大きな窓か扉のようなものがあり、薄っすらと外の光が差し込んでいる。


「あ、あの~」


「イリス?帰ってきたの~?って、あら?どちら様?」


 いきなり中に入るのも気が引けたので廊下から躊躇いがちに声を掛けてみると家具の後ろから女性がひょっこりと顔を出した。人がいるのは分かってたはずなのに、いざ姿を見ると焦って「あ、えっと、お、俺はイリスさんに言われて、その……」としどろもどろな返答をしてしまう。


「イリスのお友達なの?あの子は?」


 慌てている俺とは対照的に女性はマイペースだった。


「あ、えっと、イリス……さんは着替えてくるのでリビングで待っていてほしいと……」


 なんとかそれだけ答える。女性はどう見てもイリスのお姉さんにしか見えないのだが、ここにいるってことはたぶんこの人がイリスの母親なんだろう。さすがにイリスを呼び捨てにするのは憚られた。


 実際、女性はイリスに雰囲気がよく似ているが、身長は女性のほうが少し高いだろうか。同じ赤茶色の髪を無造作に後ろで結んでいる。イリスより目元が柔らかいというのもあるが、まだまだ少女という印象が強い彼女に比べて、より女性らしい柔らかな印象だった。とくに胸元が——


「あらあら。あの子ったらお友達をほったらかしにしてしょうがないわねぇ……。私はイリスの母のソニアよ。そんなところに立ってないで中に入っていらっしゃい」


 ついつい思考が違う方向に行きかけたところで女性——ソニアさんに声を掛けられてドキッとして現実に帰ってきた。


(危ない危ない。人妻で何を想像してるんだか……)


 言われるがままリビングに入ると勧められるままにダイニングテーブルの椅子に腰を下ろした。思考が変な方向に行っていたせいか未だに心臓がドキドキしている。


「それにしてもあの子が男の子を連れてくるなんて珍しいわね。よっぽどあなたを……あら?そういえばお名前はなんていうのかしら?」


 落ち着かなくてそわそわしていたら、俺の正面の椅子に座ったソニアさんに名前を尋ねられた。俺は自己紹介もまだだったことに気づいて慌てて自己紹介した。


「セイマくん?珍しいお名前ね。あら、この街の出身ではないの?森でイリスに助けてもらって今日街に来たのね。まあまあ!あの子もちゃんと冒険者してるのね!私、安心しちゃった。あの子ったら小さい頃から『お父さんみたいな冒険者になる!』って言ってきかなかったのよ。女の子なのに困ったものよね?あの人が亡くなって意固地になっちゃったのかしら……?あら、ごめんなさいね暗い話になっちゃって。それでセイマくんも冒険者になったの?さっき登録してきたのね!あら!今日はうちでお泊りなの!イリスが誘った?あらあらまあまあ」


 自己紹介ついでにいろいろと経緯を説明したのだが、会話の流れで旦那さん、つまりはイリスのお父さんがすでに亡くなってしまったらしいことを聞いてしまった。聞いてもよかったのだろうか……?どうやらイリスのお父さんも元冒険者だったらしい。彼女自身、イリスが冒険者になることに心配があったのだろう。俺が彼女に助けられたと言うと顔を綻ばせた。


話が訪問理由になったところでイリスに誘われて今晩は泊めてもらうことになったことを説明したところでソニアさんがなにやら意味ありげな笑みを見せる。


「突然の話で申し訳ありません。ご迷惑でしたら今からでも宿を探しますので!」


 彼女の笑みに若干嫌な予感を感じつつも急な訪問を詫びた。さすがに女性二人暮らしのところに若い男が出入りするというのは問題があり過ぎる!迷惑なら素直に宿を取ろうと思ったのだが、ソニアさんは「あら?どうして?自分の家だと思って寛いでくれていいのよ?」と、とくに気にする様子もない。それどころか「どうせなら一緒に住む?」と言ってテーブルの上に置いていた俺の手を急に撫でながら色っぽい視線を向けてくる。


「や、えっと、その……」


「セイマさん?」


 突然の展開にどうしていいか分からなくてあたふたしていると、背後から底冷えするような声がして俺は肩を跳ね上げた。ソニアさんは俺の後ろを見て「あら、イリス遅かったじゃない。せっかくお誘いしたんだから男の子を待たせてはダメよ?」と満面の笑みで話し掛けた。だが、その手は相変わらず俺の手に重ねられている。


 ゆっくりと振り返るとソニアさんの言葉どおり、イリスが立っていた。着替え終わったようでポニーテールにしていた髪を下ろして服もラフなワンピースに変わっている。冷ややかな視線を向ける彼女に動揺を悟られまいと俺は「や、やあイリス」と言って愛想笑いを浮かべた。だけど、彼女の視線は俺を通り過ぎてテーブルへと向かう。そこには当然、今も俺とソニアさんの手が重なり合っているわけで……


「なッ!?ちょっとお母さんッ!!」


 テーブルの上を見たイリスは隣まで飛んで来ると俺の腕を抱え込んでソニアさんに抗議しながらキッと睨みつけた。イリスに睨まれたソニアさんはとくに気にする様子もなく「あらあらどうしたの?そんな怖い顔をしたらセイマくんに嫌われちゃうわよ?」と言いながらニコニコと笑っている。言われたイリスはハッとした顔してから俺のほうを見るので慌てて首を横に振る。


 更にソニアさんから「もう。取られたくないのは分かるけど、いつまでセイマくんの腕を抱きしめてるの?」と言われて、イリスは顔を真っ赤にしながら慌てて俺の手を離して「そんなんじゃないッ!」と言い返す。だが、それを聞いたソニアさんは「あら?そうなの?じゃあお母さんがセイマくんと仲良くするわね!」と余裕の表情で切り返すという応酬が続いた。


「もう!お母さんいい年してそんなこと言わないでよ!恥ずかしい!そ、それに、セ、セイマくんだなんて馴れ馴れしく呼んで……」


 ソニアさんは明らかに揶揄っているんだけど、イリスはどんどんとヒートアップしていく。そんなイリスの反応にもソニアさんは「いい年なんて失礼ね。これでも未だにイリスのお姉ちゃんに間違われるんだから。セイマくんはどう思う?」と言って俺にウィンクしてくる。それを見たイリスもガバッと顔ごとこちらを見る。


(か、勘弁してください!俺を巻き込まないで!)


 俺を挟んでじゃれ合う母娘に「い、いや~、どうなんですかねぇ~」と愛想笑いを浮かべてお茶を濁すのだが、「セイマさんッ!」とイリスに詰め寄られてしまった。どうすればいいか分からずに助けを求めてソニアさんに視線を向けるのだが、彼女はニコニコと笑っているだけだった。


 その後、ソニアさんが食事を用意してくれたのだが、食卓を囲んでいる間もこの調子で気が休まる暇がなかった。正直、料理の味もよく分からなかったほどだ。ただ、楽しそうに揶揄う(ソニア)とそれにムキになって応じる(イリス)の様子にどこの世界でも家族に大きな違いはないのだと思えて安心もした。


「着替えはこれを使ってってお母さんが」


 食事からしばらくしたところでソニアさんの「そろそろセイマくんを寝室に案内してあげて」という言葉でイリスに今は使用していないという部屋に案内された。そこでイリスから明らかに男性ものと分かる着替えを渡された。


「あ、あの……これってもしかして?……それにこの部屋も……」


 なんとなく分かっているんだけど念のためイリスに尋ねてみると、予想どおり「父が使ってた服と部屋です」という言葉返ってきた。それはさすがに借りならないと思って断ったのだが、「今は使ってない服と部屋ですし、お母さんも是非使ってほしいと言っているので」と言われてしまい、しょうがなく受け取った。


「桶と布は部屋の前に置いておいてください。それじゃゆっくり休んでくださいね」


 俺が着替えを受け取るのを確認すると一旦部屋を出たイリスだが、すぐに水の入った桶と綺麗な布を持って戻ってきた。これで身体を拭けということらしい。


 当然のことだけど、一般庶民の家に風呂なんてものがあるわけもなく、公衆浴場も利用は数日に一回程度みたいだ。普段は今の俺のように水やお湯で濡らした布で体を拭くだけらしい。


 体を拭き終わった俺は貸してもらった服に着替えると、言われたとおりに桶と布を部屋の前に置いてからベッドに横になった。


(異世界か……)


 横になって見慣れない天井を眺めると今日一日の出来事が頭に浮かんでは消える。視界が滲む。流れた涙を腕で拭う。


(絶対帰ってやる!)


 気がつくと目の前に知らない天井があった。身体を起こして周りを見回すとそこは薄暗い部屋のようなだった。


(どこだここ?なんでこんなところにいるんだっけ?)


 頭がぼんやりしている。横を向けばちょうど目線の高さに小さな窓があった。外なんて全然見えないガラスには見慣れない恰好をした寝惚け顔の自分が映っている。


(寝てた?なんで?この服なんだっけ?)


 ボーっとした頭がだんだんとはっきりしてくる。


(そうだ!俺は異世界に来たんだ!それで……)


 ようやくここがイリスの家だということを思い出したところで遠くのほうから鐘の音が聞こえた。不思議に思った瞬間、あの鐘が時間を知らせるものだということが分かった。たぶんの異世界の常識の能力だ。


 ウィーレストでは日の出から日の入りまでの間、大体二時間おきに鐘が鳴らされるらしい。もちろんこの世界では正確な時刻なんて分からないので目安にしかならないんだけど、感覚的には朝六時~夜八時くらいまでの間みたいだ。


(ということは、今は六時くらいなのか)


 元の世界にいた頃はいつもギリギリまで寝ていたのに意外とすっきりした目覚めだ。さすがに人の家で二度寝を決めるつもりはないので、ベッドから起き出すと静かに部屋の扉を開けて廊下に顔を覗かせる。


「ん?」


 リビングのほうから微かに音が聞こえる気がする。そういえば夜に部屋の前に出しておいたはずの桶と布も無くなってる。もう誰か起きてるのか?俺は静かに部屋を出ると、抜き足差し足、リビングへ向かった。


「あら?早いのね!まだ寝ててもいいのに。ゆっくり休めた?」


 こっそりリビングを覗こうとしたところで横から顔を出したソニアさんに見つかってしまった。彼女はすでに着替えも終えているようだ。


「お、おはようございます。はい、ありがとうございます」


 俺が挨拶をするとソニアさんは「イリスを起こしてくるわね。それともセイマくんが起こしに行く?」と言う。揶揄われていると分かっているが慌てて否定する俺に対して、彼女はクスクスと笑いながら俺の横を抜けてイリスの部屋に向かっていった。


 しばらくするとソニアさんがリビングに戻ってきた。後ろからはヨロヨロとイリスがついてきている。まだ半分夢の中のようだったが、俺が「おはよう」と声を掛けるとハッとした顔をして「おおおお、おはようございます!あっ!こ、こんな恰好……すぐ着替えてきます!」とあわあわした後で自分の部屋に引き返してしまった。


「うふふ。あの子も女の子なのねぇ」


 イリスの反応にソニアさんが楽しそうに笑う。そんなソニアさんの反応を愛想笑いで躱しながらこんなに朝早くから何かあるのかと聞いてみると、彼女はキョトンとした顔で「あら?セイマくんの地元では朝はもっと遅いの?」と聞き返されてしまった。この街ではこのくらいの時間から動き出すのは普通らしい。


 ソニアさんとそんな話をしていると、バタンッという音がして、パタパタと廊下を駆ける音が近付いてきた。ソニアさんと顔を見合わせてクスリッと笑い合う。


「お、お待たせしました!セ、セイマさん、おはようございます!」


 ばっちり着替えを済ませたイリスは勢いよく頭を下げた。彼女の動きに合わせてポニーテールが揺れる。


「う、うん。おはよう」


 頭をあげたイリスに挨拶を返すと隣でソニアさんが「あら?セイマくんにだけ?お母さんには挨拶してくれないの?」と混ぜっ返す。揶揄われることが分かっているのかイリスはソニアさんも軽く挨拶をしたのだが、「セイマくんへの挨拶と全然違うじゃない」とソニアさんに茶化されたので結局ムキになって言い返している。朝から賑やかな光景だ。


「私はもうすぐ仕事に行くけど、あなたたち今日はどうするの?確かイリスは今日はお休みよね?」


 一通りイリスを揶揄って満足したのかソニアさんが今日の予定を聞いてきた。ちなみにソニアさんは近所の食堂で働いているそうだ。(こんなに早くから食堂?)と思ったが、この街では普通らしい。なんでも朝食は通勤前に食堂や広場の屋台で済ませるのが一般的なのだそうだ。


「えっと、これからのことも考えて装備を見に行きたいんですけど……」


 先に言えということなのかイリスがこちらを見てくるので、俺は考えていた予定を告げる。さすがに今日もイリスの世話になるのは申し訳ないので、(あとで店の場所を教えてくれ)と思いながらチラリとイリスに視線を向ける。だが、俺の予定を聞いたイリスはなぜだかソニアさんのほうを見て頷いていた。


「それならちょうど良かった!イリス、お願い」


 何が“ちょうど良かった”なのか、ソニアさんがそう言うとイリスが廊下に向かう。ソニアさんに何かあるのかと聞いてみたが「ちょっと待ってて」というだけで教えてくれるつもりはないらしい。


 イリスはすぐに戻ってきた。その手には行きには持っていなかった大きめの木箱を抱えている。彼女は俺の傍まで来るとその木箱を俺の目の前に置いて蓋を開けた。


「鎧?」


 箱の中に入っていたのは鎧だった。いや、鎧だけじゃなくて小手や脛当てなどの装備一式が入っている。


「お父さんが使ってた装備なんですけど、よかったらセイマさんが使ってくれませんか?」


「えっ!?いや、これはさすがに受け取れないよ!」


 状況が掴めない俺だったが、イリスの父親の形見を使ってほしいと聞いて慌ててお断りした。さすがにこれは申し訳なさ過ぎて受け取れない。


「うちで眠らせてるより誰かが使ってくれるほうがあの人も喜ぶと思うのよ。だから……ね?」


「ですが……」


イリスが「お母さんもぜひ使ってほしいって。ねッ!」と言うと、ソニアさんも笑顔で頷く。とはいえ、軽々しく受け取れない。俺はもう一度断ろうとしたのだが、二人から「使って(ください)」と言われて結局押し切られてしまった。


「セイマくんが受け取ってくれて良かった。あっ!そうだわ!セイマくんの身体に合わせて調整が必要よね?ちょうどいいからイリスが工房に案内してあげなさい」


 ソニアさんは俺が装備を受け取ると決めたら、「いいことを思い付いた」と言わんばかりにパチンッと手を合わせるとイリスのほうを見てそんなことを言い出した。俺はせっかくの休みに申し訳ないので「場所だけ教えてもらえれば自分で行く」と言ったんだけど二人は俺の話を聞いちゃいなかった。イリスはソニアさんに「任せて!」と言って自分の胸を叩いていた。


「じゃあ私は仕事に行ってくるわね!イリス、あとのことはよろしくね。しっかりやるのよ」


 ソニアさんはそう言うとバタバタと家を出ていった。俺の抜きで俺の予定が決まっていく……


「じゃあ広場で朝食を済ませたら工房に行きましょうか!」


 なぜか張り切るイリスに木箱を渡され、俺たちは広場に向かうために彼女の家を出た。


次回更新は12/21(日)21時の予定です。

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