第三話 面影慕情 side イリス・レミルトン
「ハァッハァッハァッハァッ」
—私は駆ける。夜明け前の街を。
「ハァッハァッハァッハァッ」
—私は駆ける。“あの人”の背中を探して。
「ハァッハァッハァッハァッ」
—私は駆ける。胸の“紅い石”を弾ませて。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「それってなんか運命みたい」
そう言っていたのはネッティだった。私は「そんなわけないでしょ」と返したけれど……今は少しだけ『運命』だったらいいなと思う。
最初に出会ったのは合同パーティーで“大河の森”に出没した四腕熊の討伐依頼を受けた時だった。仲間の一人がいなくなって私たちはそれぞれで彼の捜索をしていた。
一番初めの“あの人”の印象は「変な人」だった。だって完璧なナイフ投擲をしたかと思ったらその後の剣術は体は流れてるし、腰も入っていないしまるでダメ。おまけにクリーチャーの解体方法も知らないなんて今までどんな生活をしてたんだろう?
「俺は……『セイマ オリド』といいます」
それが“あの人”—セイマさんとの出会いだった。
彼は不思議な人だった。黒髪と凹凸の少ない顔立ちは最近街にやってきたヤマトさんやレオンに似てる。同郷の人なのかな?でも、ヤマトさんのことは知らないみたいだし……
「だったらこれも何かの縁ですし、私たちと一緒に街まで行きませんか?うん!それがいいと思います!」
彼が「ウィーレストで冒険者になろうと思っている」と言うのを聞いて思わず身を乗り出しちゃった。は、恥ずかしい……「変な子だ」って思われないかな?だから、彼が控えめに「そ、それじゃお願いしてもいいかな……?」と言ってくれた時は嬉しかった。
チラリッと隣を歩くセイマさんの顔を見上げる。真剣な表情で何かを考え込んでいる顔。黒い髪、凹凸の少ない顔立ち、あっ!意外とまつ毛が長いんだぁ。
(あれ?誰かに……お父さん……?)
一瞬、なんだか胸が締め付けられたような気がしたけど……気のせいかな?
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ハァッハァッハァッハァッ」
—私は駆ける。見慣れた景色を追い越して。
「ハァッハァッハァッハァッ」
—私は駆ける。思い出と一緒に。
「ハァッハァッハァッハァッ」
—私は駆ける。まだ間に合うと信じて。
◇◆◇◆◇◆◇◆
合同パーティーに合流して街に帰ることになってもやっぱりセイマさんは“変な人”だった。別に常識がないわけじゃない。物腰も柔らかい。でも、ときどきみんなが知っているようなことに不思議そうな顔をする。
「そんなことも知らないの?」
そんなセイマさんに私の隣を歩いているレオンが時折バカにしたように言っている。さすがにその言い方は失礼だと思う。それにどうしていつも私の隣にいるんだろう?なんとなく嫌な気持ちになる。
—でも、セイマさんがそんな人だからだろうか?
「今日はうちに泊まりませんか?」
—なんてことを言ってしまったのは。
(私……どうして……)
夕暮れ時。
野外炊事場に集まる人。
煙を吐き出す煙突。
夕餉の匂い。
だけど、私の心は落ち着かない。ドキドキと心臓が早鐘みたいになっている。隣を歩くセイマさんに聞こえてるんじゃないと気が気じゃない。またチラリッと彼の顔を見上げる。
(似て……ないよね……?)
どうしてあの時、彼を「お父さん」なんて思ったんだろう?全然似てないのに……そんな落ち着かない気持ちのまま歩いていたらいつの間にかうちに着いていた。
「すっかり仲良くなったんですね!」
うちに着いて私が自分の部屋で着替えている間にセイマさんはお母さんと打ち解けていた。こんなに明るい表情のお母さんは久しぶりで嬉しい……嬉しいんだけど……どうしてだろう?なんだかおもしろくない。
「はい、セイマくん。今日はこれを使ってね!お部屋はあそこが空いてるから♪」
「えっ?」
「あら?どうしたのイリス?」
「う、ううん。な、何でもないッ!」
声を弾ませながらセイマさんに着替えを渡すお母さん。それに空いてる部屋ってそこは亡くなったお父さんの……驚いて声が出ちゃったけどなんとか誤魔化した。でも、お父さんが死んでから一度もあの部屋に誰かを入れたことはなかったのに……
「なんだかお父さんがいた頃みたいね♪」
彼を部屋に案内して戻ってきたお母さんの声が弾んでる……なんだろう?なんでこんなに心がざわざわするんだろう?
「ねぇ、イリス……相談があるんだけど?」
「えっ?あっ、えっと……相談……?どうしたの?」
このモヤモヤする気持ちが何なのか分からなくて考えていたら、お母さんが改まってそんなことを言ってきた。
「実はね……“あれ”なんだけど—」
「えっ!?」
それはビックリするような提案だった。
「本当に……いいんですか……?」
翌朝、ダイニングで恐縮するセイマさんに私たちは顔を見合わせる。お母さんが悪戯が成功した子供みたいな顔をしている。
「是非使ってください。セイマさんに使ってもらいたいんです」
彼の視線が目の前の木箱に注がれる。そこに入っているのはお父さんが使っていた装備。あの日以来、仕舞い込んでいたものだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ハァッハァッハァッハァッ」
—私は駆ける。息が切れようと。
「ハァッハァッハァッハァッ」
—私は駆ける。足がもつれようと。
「ハァッハァッハァッハァッ」
—私は駆ける。だってまだ伝えていないから。
◇◆◇◆◇◆◇◆
そこからの毎日は楽しかった。
なんとか装備を受け取ってくれたセイマさんをローダン工房のオグズおじさんに紹介した。
一緒にマーケットに行って……その……手を繋いだり……
彼が本格的に冒険者を始めてからは依頼に初級者講習、空き時間には道場にも通い始めたのは一緒にいられる時間が少なくなったみたいで少し寂しかったけど、その分たまにご飯を食べに来てくれるのは嬉しかった。
だから、あんなことになるとは思わなかった。
「イリス!どうしてアイツにばっかり構うんだよッ!」
それはいつもなら受け流せるはずの言葉。
「アイツに関わるのはもうやめろよ。それよりも俺と—」
「レオンには関係ないでしょッ!」
だけど、その日は我慢ができなかった。
「なんだとッ!俺はッ!お前がッ!」
「キャッ!」
言ってしまったあとに「拙い」と思った。だけど、一度出てしまった言葉は—一度届いてしまった言葉は取り消せない。目を血走らせながら詰め寄ってくるレオン。私は反射的に声を上げると目を瞑って固まってしまった。
(助けてセイマさんッ!)
「おい、いい加減にしておけ」
心の中でセイマさんに助けを求めた時、頭上から聞こえたきたのは想像とは違う声だった。
「チッ。離せよ!」
目を開くと私の前にはレオンと彼の腕を掴んでいる全身真っ黒なフルプレートの騎士—レイジさんがいた。彼は私に掴みかかろうとしたレオンの腕を掴んでくれたみたい。
「イリスッ!」
「セイマさんッ!」
傍を離れていたセイマさんは戻ってくるなり、私をその背に庇ってくれた。私は彼の背中に捕まりながらレイジさんとレオンのやり取りを覗き見る。二人はしばらく何かを言い争っていたけど。そのうちレオンはレイジさんの手を振り払うとセイマさんと私を睨みつけてどこかに行ってしまった。
その日の帰り道……私は初めてセイマさんの胸の中で泣いてしまった。
結局、私はあれ以来レオンには会っていない。だから、これは後から聞いた話。なんとレオンは『ダン』っていう新人冒険者の男の子も巻き込んで森でセイマさんたちを騙し討ちしたそうだ。またまた偶然同じ森にいたレイジさんの加勢で大事にはならなかったみたいだけど、レオンは隙をついて逃げ出したみたい。
「レオン……どうして……」
「イリス、あんたが気にするようなことじゃないわ」
そう言ってくれたのはリネットちゃん。さっき私を今日の食事会—セイマさんのランク昇格祝いなんだ—に誘ってくれた女の子。幼馴染のルデリオくんと一緒に冒険者に成るためにウィーレストに来たんだって。セイマさんとはギルドの初心者講習会で仲良くなったみたい。今回もセイマさんと一緒に森に行ってレオンとダンって子に襲われたらしい。大変だったと思うけど……セイマさんと一緒にパーティーを組めたのは羨ましいなぁ……だから、その日の帰りにセイマさんに「一緒にパーティーを組んでほしい」ってお願いしちゃった!
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ハァッハァッハァッハァッ」
—私は駆ける。また会うために。
「ハァッハァッハァッハァッ」
—私は駆ける。後悔しないために。
「ハァッハァッハァッハァッ」
—私は駆ける。私は……私はッ!
◇◆◇◆◇◆◇◆
トロイヤ商会のロックスさんからの指名依頼で念願のセイマさんと同じ依頼を受けられることになった。場所はルセリアーナ。観光地やデートスポットとしても有名な街。ハワードさんたちの話だと危険は少ない依頼みたいだし、向こうでは二日もお休みをもらえるんだって!
ルセリアーナは綺麗な街だった。街中にはたくさんの露店や屋台が出ていた。
「イリス、頑張んなさいよ!」
リネットは子声でそう言うとグッと拳を握る。どうしてあなたが私より力が入ってるの?私はこんなにドキドキしてるのに……彼女は「じゃああたしは先に行くから!」と言うと私たちに割り当てられた部屋に荷物を放り込んでさっさとルデリオくんを誘いに行ってしまった。どうしよう……
いつまでも悩んでいたら日が暮れてしまう。私は勇気を出してセイマさんの部屋を訪ねた。ドキドキしたけど、一緒に街を見て回れることになった!嬉しいけど……どうしたらいいんだろう?
(綺麗……)
ルセリアーナの街を歩く。隣にはセイマさん。色んな露店や屋台を回ったけどドキドキし過ぎて食べたものの味なんて分からないよッ!
「イリス?」
「えっ?」
そんな時に立ち寄って露店で見つけたネックレス。私の瞳と同じ深い紅色の石がついたそれに私は見惚れてしまった。セイマさんに声を掛けられるまで気づかないなんて恥ずかしい……私は慌てて「何でもない」と誤魔化すと足早にその場を後にする。おかしいってお思われなかったかな?
「イリス……あの……これなんだけど……」
休憩中に少しセイマさんが席を外すなんてことがありつつ、私たちは街のすぐ側にあるルセリアーナ湖の湖畔にやってきた。ここはルセリアーナでも一番のスポットで、その……カ、カップルが凄く多い。わ、私たちも……その……カ、カップルに見えてるのかな……?なんだか恥ずかしい。
湖畔で貸し出されているボートに乗って少しして……周りに他のボートがいなくなったところでセイマさんが取り出したのはさっき私が見ていたネックレス。彼に断ってさっそく身に着けた。
「その……どう、でしょうか?」
おそるおそる聞いてみる。周りに音はない。ただ、自分の心臓の音だけは煩いくらいに聞こえてる。
「似合ってるよ、とても」
照れ臭そうに頬を掻く彼。その瞬間、湖の上をサッと風が吹き抜けた。いつの間にか朱に染まる湖。私はこの光景をきっと一生忘れない。
だから……どうして……私はどうすればよかったんだろう……
幸せなルセリアーナの二日間。だけど、それは悲劇の序章でしかなかった。
グロイス・プリジャン都市国家連合の国境との分かれ道で立ち往生する馬車を見つけた。私たちのパーティーは盗賊じゃないかと警戒していたけれど、なんだかセイマさんは戸惑っていた。
案の定、ロックスさんの馬車が横を通り過ぎようとした時、馬車に向って飛んできた矢を引き金に盗賊たちが飛び出してきた。私はロックスさんの馬車の護衛で直接は見ていないけれど、セイマさんはその時はじめて人を斬ったらしい。斬られそうになったルデリオくんを庇った咄嗟の行動。それが彼には凄くショックだったみたいで……全てが終わってからセイマさんはその場で意識を失ったそうだ。私たちが合流した時にはもう意識は取り戻していたけど……何を話し掛けても彼は薄っすらと微笑むだけだった。
「セイマ……さん?」
ウィーレストに戻ってから、セイマさんは宿の部屋に引き籠ってしまった。私はもちろん、リネットたちが部屋を訪ねても扉は硬く閉ざされたまま……私にはどうしていいのか分からなかった。
そんな日が四日続いた。どうしていいのか分からなくて夜風を浴びに外に出た時—うちの前に見慣れた背中があった。立ち去ろうとする背中を呼び止める。どうしていいか分からない私は強引に彼を食事に誘った。
いつもと同じ……だけど、いつもとは決定的に何かが違う食卓。何となくぎこちない食事を終えて彼を送るために外に出る。
何かを言い掛けるセイマさん。
「エリーゼちゃんたちに一緒に旅をしないかって誘われたんだ」
—止めてッ!聞きたくないッ!
「師匠には『覚悟が足りない』『力を持つ意味を考えろ』って言われたんだ……」
私は頭の中で悲鳴を上げる。だけど、私の言葉は届かない……
「だから、俺はあの人たちと一緒に行くよ。自分がこれから何をしたいのかを見つけるために」
「ッ!?」
遠くなる背中。追い掛けなきゃッ!
「どうして……ウウッ」
気持ちは追い掛けたいのに膝に力が入らない。止まらない涙。私はその場に崩れ落ちた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
誰かが頭を撫でてくれる。少し乱暴な懐かしい感触。小さな私はその大きな手の先を見上げる。
「おとうさん?」
小さな私の舌ったらずな声。
「わたしもいつかぼうけんしゃになっておとうさんといっしょにぼうけんするの!」
小さな私がそう言って胸を張る。大きな手と長弓を構える姿が蘇る。小さな私が憧れた姿。
「×××……××××?」
お父さんの声が聞こえた。でも、その顔は……
「セイマさんッ!」
そこで私は目を覚ました。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ハァッハァッハァッハァッ」
—私は駆ける。
「後悔しないようにしなさい」
泣き続ける私の頭をお母さんはずっと撫でてくれていた。
—私は駆ける。
「何してるのよ!明日にはセイマが行っちゃうのよ!」
パーティーを休んだ私にリネットが怒っている。
—私は駆ける。
「走れ……俺の娘だろ?」
夢の中のお父さんの言葉。
—私は駆ける。
あの人に「いってらっしゃい」を伝えるために。
以降の更新についてお知らせいたします。
2026年3月28日(土)21時頃インタールード第四話更新
2026年3月29日(日)21時頃インタールード第五話更新
第二章第一話は2026年4月11日(土)21時頃からの投稿を予定しています。




