第二話 甘い果実(リソウ)≠苦い現実 side 佐藤 大地
「チクショー、アイツさえいなければ……チクショー、アイツさえいなければ……チクショー、アイツさえいなければ……チクショー、アイツさえいなければ……」
鬱蒼とした森の中を一人の少年が駆けている。その口からまるで壊れた機械のように繰り返される呪詛に似た言葉が吐き出されている。
(アイツが……あの“セイマ”とかいう奴さえ出てこなけりゃ今頃俺がイリスと……)
「俺が主人公なのに……俺の『第一ヒロイン』のはずなのに……俺Tueeeee!するはずなのに……俺がッ!俺がァァァッ!」
彼—ウィーレストでは『レオン』と名乗っていたサトウこと佐藤 大地は、今や街に戻ることもできず、人目を忍んで森の中を逃走するしかない自分を受け入れることができない。「こんなはずじゃないッ!」という想いは次第に少年の声を荒げさせる。
「ダンの奴がヘマさえしなけりゃ今頃はッ!」
同じ冒険者を襲撃する—冷静に考えればそれがどれほど拙いことか分かりそうなものだが、『主人公の自分が何をしても許される』と思っている彼がそのことに気づくことはない。それどころか自分が引き込んだ少年に責任を転嫁することに何の疑問も抱いていなかった。
—ガサッ
「ヒィッ!?ゴメンサナイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ……」
その時、背後から物音がした。瞬間、大地は慌てて地面にしゃがみ込むと頭を抱えて謝罪を繰り返す。
「ゴメンナサイゴメンサナイゴメン……へっ?」
「キュウ?」
いつまで経っても何も起こらないことに気づいた大地が恐る恐る顔を上げる。そこには不思議そうに首を傾げて彼を見つめる小動物の姿。
「ッ!?チックショーッ!」
「キュッ!?キューッ!!」
大地の中で血が沸騰する。衝動的に腰から引き抜いた剣を出鱈目に振り回す。その瞳には慌てたように逃げ出す小動物の姿も映ってはいない。
「ハァハァハァハァ」
どのくらいそうしていただろうか?気がつくと周りには斬り刻まれた枝や草が散乱していた。
「チクショー……」
彼の口からまた呪詛が零れる。
(どうして俺がこんな……どうして……)
追手に怯え、物音に怯える自分。なぜこんなことになってしまったのか……彼は思い返さずにはいられなかった……
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—キーンコーンカーンコーン
チャイムと同時に生徒たちが教室を飛び出していく。彼、彼女らはこれから部活や遊びにくり出していくのだろう。そんな生徒たちを横目に大地は足早に校門を出た。
(バカバカしい)
校門を出てからも目に付くのは何人かで連れ立って歩く生徒たち。その間を気配を消すようにして大地は足早に通り抜ける。
佐藤 大地。中学三年生。十五歳。一六四センチという同世代平均ではやや小柄な身長、それが彼にはコンプレックスだった。隠れるほどに伸ばした前髪の下の目は誰とも合うことはない。友達?そんなものはいない。「程度の低い奴らとは友達になる価値がない」いうのが彼の弁だった。
いつものように誰とも話すことがなかった一日を終え、彼は黙々と家路を急ぐ。一秒だって彼らと同じ空気を吸いたくない。
(コイツはカス!)
(コイツはビッチ)
すれ違う同じ学校の生徒たちに心の中で悪態を吐く。普通に考えればレッテル張り、だけど、大地は自分の他者に対する評価を信じて疑わない。
(本当の俺ならこんな奴らッ!)
彼の中に渦巻くのは「自分は本当は凄いんだ」という強烈な自尊心。それが自身へのコンプレックスと気づくことはない。ただただ「ここではないどこか」を渇望する。「そうすれば自分だったあのラノベの主人公のように—いや、自分ならもっと上手くやれるはずだ」という想いだけが彼を突き動かしていた。そして、“それ”は唐突に訪れた。
「やあ~。佐藤 大ァ地ィく~ん♪きぃみぃ~、勇者になりたぁぁくはなーい~?」
「へっ?」
突然呼ばれた名前。地面を見つめていた視線を上げる。
「えっ?あれ?」
そこは真っ暗な空間だった。さっきまであれほど「煩いッ!」と思っていた声も聞こえない。
「ねぇねぇ~。佐ぁ藤く~ん♪」
「だ、誰ッ!?」
戸惑う大地の名前をまた誰かが呼んだ。慌てて声のした方を見る。
「えっと……あんたは……?」
そこにいたのは見覚えのない人物。ボサボサの黒髪、サイズの合っていない大きな丸眼鏡、ヨレヨレのシャツと同じくヨレヨレの白衣姿の男が立っていた。その顔に薄気味悪い笑みを貼り付けて……
「ああああんたは……?」
「ああ!ぼぉくか~い?」
明らかに異常な状況—だが、本来なら怯えるような状況のはずなのに誰何する大地の声には恐怖以外の色が混じっていた。
「う~ん、いいねぇ~きぃみぃ~」
大地の様子に男の笑みが深くなる。
「ぼぉくはねぇ~。君ぃたぁちの知識で言うとーころの~“神ぃ”ってやぁぁつさ~」
男が芝居ががった仕草で両腕を広げる。
(……タ……キタ……キタキタキタキタキタキタ……キタァァァァァァァァッ!!)
それは彼が待ち望んでいた状況。恋焦がれていた状況。数多の物語の主人公たちが通った道。「そのチャンスが遂に自分にも巡ってきた」のだ。彼の脳裏には可愛い女の子たちからチヤホヤされながら「やれやれ」と肩を竦めて英雄へと成り上がっていく自分の姿を幻視していた。
「さあ、始めようか?“|勇者の欠片”の奪い合い《ころしあい》を」
だから—告げられた宣言。大地の耳がその言葉を理解することはなかった。
「魔王に十二人の勇者候補ねぇ……まあ“主人公”の僕にとっては余裕だね!」
「うんうん。頼もしいねぇ~」
“神”と名乗る男から告げられたことを大地は疑うことなく受け入れた。無邪気とも言える彼の反応に“神”の笑顔が深くなるが大地がそれに気づくことはない。そうして大地は“神”から“勇者の欠片”とアイテムボックス、“異世界の常識”と“ステータスカード”を受け取ると意気揚々と異世界への扉を潜った。
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「ここが……異世界……?」
扉を抜けた先は街道と思われる整備された道の脇だった。周囲をキョロキョロと見回せば遠くに大きな森が見えた。
「どこだよ……ここ……ッ!?そうだッ!そんなことより俺の能力!」
一瞬不安に苛まれた大地だが、すぐに“神”から渡されたステータスカードの存在を思い出す。ガサゴソと荷物を漁りながら(どんな最強能力なんだろう?)と皮算用する。
「えっと……あった!これだ!どれどれ……ええっと……ジョブ……ジョブ……あっ!これだ!えっ?」
ワクワクしながらステータスカードを覗き込む。だが—
「……なんだよ……これ……?」
そこに書かれていたのは『英雄』でもなければ『勇者』でもない何の変哲もない『兵士』という文字。
「どういうことだよッ!アイツ騙しやがったのかッ!」
頭に血が上りガツガツと何度も地面と蹴る。おそらくその姿を見て彼が英雄になるなどと思う人は一人もいないだろう。だが、彼はそんな当たり前のことにも気づくことはない。
「クソッ!クソッ!クソッ!クソッ……ん?待てよ」
悪態を吐きながら地面を蹴り上げていた足が急に止まる。明らかな情緒不安定。だが、彼にはそれを指摘してくれるような友人はいなかったし、もちろん今来たばかりのこの世界にもいるはずもない。
(もしかするとこれは成長要素なのか?うん!きっとそうだ!『最初は何の変哲もないジョブが伝説級のジョブに進化する』……主人公っぽいじゃないか!)
「なんだよ!あの“神”め!おっちょこちょいかよ!そういうことは最初に言っておけよ!」
それは都合のいい解釈でしかない。だが、異世界に来た高揚感と『自分が主人公だ!』という自尊心に支配された大地にはそんな考えに至ることはなかった。
「ふ~ん。“冒険者の街”ねぇ……俺にぴったりじゃねぇか!」
すっかり口調すら変わってしまった大地は“異世界の常識”により存在を知った“冒険者の街”ウィーレストに向かうべく街道を誰かが通りかかるのを待った。
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「クソッ!アイツら足下見やがって!」
何もかも上手くいかない。大地は薄暗い路地裏ですっかり癖になった壁を蹴っていた。ウィーレストに来てすでに一か月が過ぎていた。
最初のうちは良かった。異世界、新しい街、これから始まる自分の英雄譚……大地には希望しかなかった。
(この世界もクソだなッ!)
だが、当たり前のことだが、そんな『誰かに都合のいい世界』なんてものは存在しない。大地に待っていたのは当たり前な現実だった。
—いきなり伝説のクリーチャーを狩る?
—ギルドでいきなり高ランクで登録される?
—注目の新人として一目置かれる?
—貴族令嬢や可愛い受付嬢を助けてチヤホヤされる?
そんなことあるわけがない。あるのはどこにでもいる『底辺冒険者』としての日々。地道に依頼をこなし、地道にギルドランクを上げるという地味な作業。
(こんなの主人公がやることじゃない!)
華々しいギルドデビュー—そんなものが当たり前だと思っていた大地にとっては今の状況は耐えがたかった。
(クソッ!ここも使えない奴ばっかりだ!)
苛立ちのままガツッとまた壁を蹴りつける。元来人づきあいが苦手な大地ではあるが、ウィーレストに来てからは彼なりに周囲に溶け込もうとした。積極的に冒険者たちに声を掛け、パーティーにも参加してきた。だが、彼からすれば主人公である自分は優秀な冒険者のはずだ。その優秀な自分が底辺で燻っていることにも大地は耐えられなかった。大地にそんなつもりはない。だが、彼の言葉の端々には「周囲の冒険者が無能だから」という他責が透ける。そうなれば優秀な冒険者ほど彼とは関わらないようにし始める……悪循環だった。
(どいつもこいつも俺の足ばっかり引っ張りやがって!それに……)
思い出されるのはある冒険者のこと。
「お前は“勇者候補”か?」
「ッ!?」
真っ黒な全身鎧に身を固めた長身の人物。兜のバイザーまできっちり下ろしていたから顔までは分からないが……おそらくは男。
(あの時はなんとか誤魔化したけどアイツ……)
自分と同じ異世界人……しかも長身であり—さらには傍らに少女を連れていたことが大地のコンプレックスを刺激した。
(あれじゃまるでアイツが……ッ!?違うッ!主人公は俺だッ!)
浮かびかけた最悪の想像を慌てて掻き消す。
(俺は主人公だ!俺の“欠片”が奪われるはずがないッ!最強だ!とにかく最強に奈良にと!!)
焦りを覚える大地。そんな彼に転機が訪れたのすぐだった。
(なんだ!?あの娘!!)
その日、大地は複数のパーティーと一緒に依頼を受ける『合同パーティー』に参加していた。やってきたのは街の東に広がる通称“大河の森”。この森の豊富な資源を求めて集まった冒険者が作ったのがウィーレストなのだ。その森での資源回収にやってきた大地は一人の少女に目を奪われる。
「イリスーッ!そっちに行ったぞッ!」
「任せてッ!」
パーティーの仲間らしき鈍い全身鎧の男が叫ぶ。どうやら彼女の名前らしい。なお、男には微塵も興味がない大地はその男との名前など当然のように覚えていない。
(イリス……)
男が叫んだ少女の名前を心の中で反芻する。その間も少女—イリスから視線が離せない。年齢は自分と同じくらいだろうか。動きやすくするためか、ポニーテールに纏められた艶やかな赤身の強い茶髪。意志の強そうな切れ長の目に填まった深い紅の瞳。自分の身長よりも長い弓を引き絞るその肢体は、やや女性らしい曲線美には欠けるが十分に魅力的だ。
(イリスか……)
もう一度、心の中で彼女の名前を反芻する。
「フッフッフッフ……ハッハッハッ!」
「お、おいッ……」
「どうしたんだコイツ?」
周りが騒がしいが、今の大地には気にならない。
(見つけた……見つけたぞッ!)
見る人が見れば気づいたかもしれない。彼の瞳がどろりッと欲望に染まったことを……
(あれが僕の—俺の第一ヒロインだッ!)
「フッフッフッフ」
ブツブツと呟きながら嗤う大地の姿を周囲の冒険者は気味悪げに見つめていたことに彼は気づかなかった。
「や、やあ、イリス!」
「あら、レオンッ!どうかしたの?」
あの日以来、サトウはことあるごとにイリスが所属するパーティー『蒼穹の翼』が参加する合同依頼に積極的に参加していた。もちろん目的はイリスに近づくことである。『レオン』なんていう安直な偽名を使用したのも少しでも彼女の気を引きたいという中学生男子らしい発想と言えた。
「この前中央通りにできたあの店、俺の知り合いなんだ!オシャレで人気もあるみたいだし、今度二人で食事行かないか?予約がなかなか取れないらしいけど、俺がお願いすれば一発だからさ!」
もちろん嘘である。いや、完全な『嘘』というわけでもない。オーナーと『知り合い』というのは嘘ではない。ただ、石級の頃に皿洗いの依頼で入った店で件のオーナーが料理修行していたという薄い繋がりではあるが……
「えっと……うーん、今度時間が取れたらね」
「えっ?あっ!ちょっと!イリスッ!」
大地の制止も虚しく、パーティーメンバーに呼ばれたイリスはその場を離れていく。
「あーあ、またフラれてやんの」
「ハッハッハ!いい加減に相手にされてねぇことに気づかないもんかね」
(クソッ!黙れよッ!)
その場に取り残された大地を周りの冒険者たちが笑う。内心の悪態を表に出せない大地は代わりに彼らを睨みつけるが—
「あァァン?なんだァ?」
「い、いやぁ~……その……何でもないです……(クソがァァァッ!)」
大地は卑屈な笑みを浮かべるとすごすごと引き下がる。心の中で悪態を吐きながら……
(なんで……俺は主人公のはずなのに……)
イリスへのアプローチは全く上手くいっていなかった。見掛ければ常に話しかけ、彼女のために流行りの店を用意しているのに、である。
(彼女だって俺のことは悪く思ってないはずなのに……)
元の世界でずっとボッチで過ごしてきた大地からすれば、「無視されない」ということは=「好意」と変換されていた。もちろん全てがそうではないが、普通は話し掛けれれば応対する、という認識が常に心の中で人を見下してきた大地には理解できていなかった。
「なんなんだよアイツッ!」
今日も大地は路地裏で壁を蹴る。今日の原因は最近この街にやってきた男だ。「セイマ オリド」と名乗ったその黒髪の男は明らかに大地と同じ異世界人だった。
(イリスもなんで……)
出会ったのはまたしても合同パーティーでのことだった。今回のパーティーには大地のほかに二人の勇者候補らしい男が混じっていた。一人は例の黒の全身鎧の男。もう一人はやはり大地と同じ頃に街にやってきた三十代くらいの『ヤマト』と名乗る男だった。この男、普段はソロで活動しているらしくたまに見掛ける程度だったが、「いつか“勇者の欠片”を奪ってやる」と目を付けていた男だった。
その男が行方不明になったことが全ての始まりだ。面倒なことに全員で奴を探すことになった。大地としては「イリスと2人きりになるチャンス」くらいにしか思っていなかったが、気がつくと彼女は自分を置いてどんどんと森の中に入っていってしまっていた。そうして戻ってきた彼女が連れていたのがあの『セイマ』と名乗る男だ。
(そこまではいい。でも……)
結局ヤマトは見つからず、あの『セイマ』という男の証言ですでにクリーチャーに殺されたと判断したパーティーは街に戻ることになった。だが、その帰り道も常にアイツがイリスの隣にいるのだ。大地からすれば邪魔でしかない。それどころか街に着いてようやくイリスがアイツから解放されると思ったのに、その彼女がアイツを「待つ」と言い出した。
(どういうことだよッ!)
そして、極めつけが今朝の出来事。いつものように中央広場の屋台に朝食を食べにくるイリスを待っていた(待ち伏せとも言う)が、現れたイリスはなぜかあの男と一緒にいたのだ。大地には最初それがどういうことか理解できなかった。だが、すぐに理解する(誤解なのだが)と沸々と怒りが湧いてきた。
(俺の……俺のヒロインなのに他の男と朝帰りだとッ!)
傍から見ればただの勘違い野郎なのだが、自分のことを主人公だと思っている大地からすれば「自分の女」を取られたも同じことだった。怒りのままに二人の前に飛び出したが、イリスは言い訳するどころか奴を庇う始末。
(なんでだよッ!)
精神がその許容範囲を超えた大地は二人の前から駆け出したのだった。
(なんなんだよアイツッ!そこは俺の……俺の場所なんだよッ!)
その日からイリスの隣には常にセイマがいた。いや、イリスだけではない。奴はあっという間に周囲に馴染んでいった。それは未だに心のどこかで周囲と溝があることを感じながらも見ないふりをしてきた大地にとっては本来の自分の居場所が奪われたように感じられた。
「これじゃまるで……まるでアイツが主人公みたいじゃないかッ!殺してやる……ッ!」
最早、彼は冷静さを失っていた。嫉妬……羨望……あらゆる負の感情がセイマと結びついていた。そうして行われた襲撃。だが、結果は知ってのとおり、黒騎士ことレイジの介入もあり、大地の計画は失敗に終わり、彼は隙をついてその場から逃げ去ることしかできなかった。
「どのみちもうこの国にはいられない」
どんなに支離滅裂であっても他者を襲撃した者の扱いは大地にも分かる。おそらくはギルドを経由してすでに自分の手配が回っているだろう。
「さすがに森までは追ってこない……か」
大河の森は深い。このまま森を南下すれば、関所を通らずに南のゼクルーシア帝国まで見つからずに抜けられるはずである。
「冒険者の地位が低いゼクルーシア帝国なら手配書もそれほど回ってこないはず。しばらくは帝国で身を潜めよう。だけど—」
大地の心に黒い炎が灯る。
「奪ってやる!欠片もイリスも……全部ッ!全部俺のもんだッ!」
ギラギラと目を血走らせた少年は昏い森へとその姿を消したのだった。
以降の更新についてお知らせいたします。
2026年3月22日(日)21時頃インタールード第三話更新
2026年3月28日(土)21時頃インタールード第四話更新
2026年3月29日(日)21時頃インタールード第五話更新
第二章第一話は2026年4月11日(土)21時頃からの投稿を予定しています。




